21:かわいい字幕の魔法少女
静かな夜だった。
昼間貼り付けていた仮面が剥がれる。頬を軽く揉み動かす。笑顔で固定していたせいか、筋肉がわずかに引きつっている気がした。
制服の襟元を緩め、私服に着替える。
私は今日も、意味のない夜の探索を開始する。
22:かわいい字幕の魔法少女
(……エマ)
23:かわいい字幕の魔法少女
もはや習慣と化した夜の散歩は、もう一年ほどになるだろうか。
彼女が行方不明になったと聞いたその日から、一日も欠かさず続けている。
生きてるのか。
それとも、もう■■でいるのか。
あるいは何らかの事件に巻き込まれたのか。それとも――。
24:かわいい字幕の魔法少女
エマのことだ。案外遠出して迷子になって、道が分からず泣いているのかもしれない。
彼女はよく転ぶ泣き虫の子供だった。
寂しがってはいないだろうか。
お腹はすいていないだろうか。
もし、ただ学校が嫌になって遊び歩いているだけなのだとしたら……なんて奴だ。人騒がせな。まったくもって度し難い。人に迷惑をかけるのは正しくない。叱って、叱って――手を引いて、連れ戻してやらないと。
25:かわいい字幕の魔法少女
(見つけなくては……)
26:かわいい字幕の魔法少女
……本当は分かっている。
これは逃避だ。意味なんてどこにもない。
見つかるのなら、ビラを配り歩いたあの時期にとっくのとうに見つかっている。
もう一年だ。
行方不明者がそう簡単に見つかるはずがないだろう。
……分かってはいるんだ。
それでも私は、ありもしない希望にすがって、夜の街を放浪する。
それがいま、私が己に呼吸を許している唯一つの理由なのだから。
27:かわいい字幕の魔法少女
「私はエマを、探さないと」
28:かわいい字幕の魔法少女
繁華街を巡る。
ざわざわと切りのない雑音。
がやがやと意義のない騒音。
両耳に綿を詰めたかのようだ。世界が遠く、意味のある音は何一つとして聞き取れない。
29:かわいい字幕の魔法少女
透明なガラス越しに、ファーストフードの店をのぞく。人が多い。だが、目当ての人影はない。
本屋。……いない。
喫茶店。……いない。
複合商業施設。……いない。
機械じみて精確に歩を刻んでいた足が、ふと止まる。
電柱に貼り付けられた黄ばんだ紙。行方不明者を探すそれに、求める少女の顔を見つけた。
30:かわいい字幕の魔法少女
「…………」
31:かわいい字幕の魔法少女
こちらに笑いかけるエマに居たたまれなくなり、私は視線を逸らして歩き出す。
足取りはふわふわと頼りない。
酒など飲んだことはないが、このような不安定な心持になるものだろうか。
ならば生涯、私には不要だ。
アルコールの力など借りずとも、私の世界はぐらぐらと揺れている。
自ら進んでこんな気持ちになるのだとしたら、世の酒飲みどもはよほどに物好きなのだろう。
32:かわいい字幕の魔法少女
歩くだけで呼吸が乱れる。
息継ぎの仕方を忘れてしまった。
いつから私は、こんなにも泳ぎが下手くそになったのか。
……いや何を。ここは地上だ。思い出すべきは泳ぎではなく歩き方だ。もっとも、それもよく思い出せないが。
33:かわいい字幕の魔法少女
ふと。
煙の臭いが、重く水底に沈んだ私の意識を浮上させた。
34:かわいい字幕の魔法少女
鼻を刺す煤の悪臭。
視界が白いもやに覆われる。
……どうかしている。こんなあからさまな異変にここまで気づけなかっただなんて、いよいよもって、見回りの意味がない。
遠くで消防車のサイレンが聞こえる。
そういえば――教室で、立て続けの不審火が噂になっていたのだったか。
35:かわいい字幕の魔法少女
「火事、か」
36:かわいい字幕の魔法少女
まさかとは思うが。
彼女は、巻き込まれてはいないだろうか。
37:かわいい字幕の魔法少女
……ああ、気づけばふらふらと煙の出元を探して歩いていた。なるほど火に誘われる夏虫はこんな気持ちか、と益体もない思考が脳裏をよぎる。
どうせ手がかりなどないのだ。関係ないことは百も承知。
それでも私は、遠い空、もうもうと煙のあがるその場所へと歩を進める。
38:かわいい字幕の魔法少女
夜空が赤い。
39:かわいい字幕の魔法少女
そこは住宅街の外れだった。
大通りを抜けて幾つかの路地をくぐった先。白く可愛らしい民家の壁に、強烈な炎が這い回っている。
ごうごう燃える赤い炎。
踊るように身をくねらせる火の照り返しが、夜だというのに街路を真っ赤に染めていた。
40:かわいい字幕の魔法少女
三人で見た、あの赤い夕焼けを思い出す。
41:かわいい字幕の魔法少女
「……っ」
頭痛。眉間を押さえ、周囲を見渡す。
「……人がいない?」
42:かわいい字幕の魔法少女
野次馬連中なら嬉々として集まりそうなものだが。
奇妙なことに、そこはまるきり人気がなかった。
これだけ盛大に燃えているというのに、周囲の民家は、不気味な沈黙を保っている。
夜だから家にこもっているのか。いや、近所の人なら、自身の生活を守るためにも、気になって様子を見に来るべきではないのか。
43:かわいい字幕の魔法少女
黒煙が赤い空を覆う。
視界が灰色に霞み、目を開けていられないほどだ。
離れていても、火に照らされる私の肌は、じりじりと熱を帯び始めている。
44:かわいい字幕の魔法少女
(消防車はまだか)
45:かわいい字幕の魔法少女
サイレンは変わらずうるさく鳴り続けている。なのに、一向に近づいている様子がない。
あれから数分は経っている。いくら何でも、私の足より緊急車両の方が遅いはずがない。ではなぜ来ない。通報はいっているはずだろうに。
……まさか、通報されていないのか?
46:かわいい字幕の魔法少女
(ではなんだ。近所に別の火事でもあって、こちらの火事には気づいていないとでも?)
47:かわいい字幕の魔法少女
そんな馬鹿な話が、とは思いつつも、万が一を考えて、私は慌ててスマホを取り出す。119。押し付けた耳に響く呼び出し音。
48:かわいい字幕の魔法少女
家人はもう逃げただろうか。
当たり前だ。これだけ派手に燃えているのだ。出火から相当な時間が経っているはずだ。逃げる猶予は十分にあっただろう。
……いや、住人の生活スタイルによっては、逃げ遅れの可能性もある、か? だが一階は完全に火の海だ。これではもう……。
だから、もし生存者がいるのであれば、二階の窓から外に逃げようとするはずで――――
49:かわいい字幕の魔法少女
「――――は?」
50:かわいい字幕の魔法少女
二階の窓。
一瞬よぎった人影は。
桜色の髪をした、あの少女は。
51:かわいい字幕の魔法少女
「……………………エマ?」
52:かわいい字幕の魔法少女
どくん、どくん。耳の奥がひどくやかましい。
53:かわいい字幕の魔法少女
なぜ。
54:かわいい字幕の魔法少女
なぜエマがここに?
55:かわいい字幕の魔法少女
今まで何をしていたんだ。なぜ連絡をよこさなかった? お腹はすいていないか。怪我は? 体調は大丈夫か? そういえばお互いに高校生になったんだな。見てくれ、私は主席入学をしたんだぞ。また一緒に学校に行こう。そうだ、たまにはエマの好きな買い食いに付き合ってもいい。一緒に登下校して、一緒にどこかに遊びに行って。大丈夫だ、今度は私が絶対、絶対、絶対に――
56:かわいい字幕の魔法少女
いや違う! いるわけがない! 幻覚だ! 幻覚だ! 幻覚だ! 幻覚だッ!!
57:かわいい字幕の魔法少女
ぎゅううう。胸元を握りしめる。は、は、は、と短い呼気。喉が引き攣って動かせない。つばってどう飲み込めばいいんだ? 一瞬で噴き出した大量の脂汗が額からぽたぽたと地面に落ちる。
58:かわいい字幕の魔法少女
髪を振り乱して頭を押さえ、見開いた目で窓を見上げる。
やはりいない。エマはいない。あれは幻覚だ、こんなところにいるはずがない。
周囲を見る。人影はない。変わらず消防車はやってこない。火はごうごうと激しさを増す。サイレンの音。耳元で鳴り止まぬ呼び出し音。私は通話終了ボタンを押した。
59:かわいい字幕の魔法少女
なにか、おかしなことが起こっている。
60:かわいい字幕の魔法少女
――民家の庭に蛇口を見つけた。
半ば無意識だった。勝手に敷地に踏み込んで蛇口をひねる。熱を帯びた手のひらを流水が冷ます。かがんで頭から水をかぶり、全身を濡らしていく。アウターを脱いでよく濡らし、びしょびしょのそれを羽織りなおした。
61:かわいい字幕の魔法少女
(……私は何をしている?)
62:かわいい字幕の魔法少女
私は自殺志願者ではない。
私はエマを探しているだけだ。
63:かわいい字幕の魔法少女
エマは泣き虫だった。私の気を惹こうと大げさに騒ぐ子だった。子供心にその姑息さに腹を立てたし、小賢しさによく呆れたものだ。
エマはよく笑う子だった。いつも私の後をついてきて、何でもないことにニコニコしていた。何がそんなに面白いのかと尋ねると、一緒にいるのが楽しいのだと、えくぼを見せて笑っていた。
64:かわいい字幕の魔法少女
そんなエマが、いま、あの火事の中にいるのか?
65:かわいい字幕の魔法少女
「……正しくない」
66:かわいい字幕の魔法少女
分かっている。
正しくないのは分かっている。
67:かわいい字幕の魔法少女
「だが、私は……エマを探さないと」
68:かわいい字幕の魔法少女
そう決めて、胸に手をあて呼吸を整え、私は燃える玄関へと走り出した。
69:かわいい字幕の魔法少女
扉は開いていた。
ぶわっと、熱い空気を突き破る。
熱い。熱い。熱い。
姿勢を低くし、呼吸を止めて土足のままフローリングを駆ける。二階を確認するだけだ。私の見間違いであると確認したらそれで終わり。自分の馬鹿さ加減に呆れながらしっぽを巻いて逃げ出そう。
リビングダイニングに入る。そこに――
70:かわいい字幕の魔法少女
あってはならない異形がいた。
71:かわいい字幕の魔法少女
唐突に、その化け物と対面する。
広々とした、高さ三メートル近いリビングの天井に、それは曲げた背中をこすりつけていた。
窮屈そうに身をかがめ、その巨大な鼻面をこちらに向けて、闖入者を見下ろしている。
72:かわいい字幕の魔法少女
――牛だ。
73:かわいい字幕の魔法少女
真鍮でできた巨大な雄牛。
馬鹿げたことに、その牛は二本の脚で立っていた。だから背を伸ばして直立すれば、身の丈は五メートルに届くだろう。
金属製の牛頭の怪物。全身鎧のミノタウロス。
そんな空想世界の化け物が、一般家庭のリビングに、騙し絵のように存在していた。
ぎょろり、と。
金属の眼球が私を捉える。
74:かわいい字幕の魔法少女
「な――」
75:かわいい字幕の魔法少女
一歩よろける。足元にびしゃりと嫌な感触。
床は、流れ出た血で赤く汚れていて。
ちょうど二人分の少女の死体が、四肢を投げ出すように捨てられていた。
76:かわいい字幕の魔法少女
「ひ……っ」
77:かわいい字幕の魔法少女
風圧。
――視線を切った私が愚かだったのだろう。
羽虫を払うように無造作に、雄牛のこぶしが、私の身体へ迫っていた。
78:かわいい字幕の魔法少女
……ああ。
命の危機に、時間感覚が鈍化する。
壁のような金属塊が高速で迫る、数瞬後の死をよそに。
私の視界は、リビングの奥、二階へと続く階段を捕捉していた。
79:かわいい字幕の魔法少女
「エ、マ」
80:かわいい字幕の魔法少女
次はきっと。
81:かわいい字幕の魔法少女
私の意識は、そこで途絶えた。