98:かわいい字幕の魔法少女
住宅街に着いたのは、そろそろ陽が沈む頃だった。
99:かわいい字幕の魔法少女
あの民家はまだ燃えていない。
100:かわいい字幕の魔法少女
火事になるまで待つか、それともこっそり侵入するか。
いろいろシミュレーションしてみたが、やはり真正面からいくべきだろう。
チャイムを鳴らして、もし、エマが出てきたら……それで解決するのだから。
101:かわいい字幕の魔法少女
私の目的はエマだ。
あの雄牛など、究極的にはどうでもいい。
まだ火事になっていないのなら、あの化け物と遭う前に、エマを連れ出せるかもしれない。
102:かわいい字幕の魔法少女
……もちろん、そんな都合よくいくはずもなく、またあの化け物に鉢合わせして、無様に屍を晒すことになるかもしれない。
だがこんな異常事態、正解など分かりはしないんだ。
ならあとは覚悟の問題。
……それなら、一年前からできている。
103:かわいい字幕の魔法少女
息を整え、目的の家に近づく。
104:かわいい字幕の魔法少女
家屋が内側から爆発した。
105:かわいい字幕の魔法少女
「……はあ?」
106:かわいい字幕の魔法少女
素っ頓狂な声が漏れた。
咄嗟に物陰に隠れて様子をうかがう。
冗談みたいに弾け飛んだ一軒家から、瓦礫をまとってあの化け牛が姿を現した。
107:かわいい字幕の魔法少女
やはり大きい。周囲の民家の二階部分に、あの巨大な頭部が位置している。
その金属の両腕を振り回して、化け物は周囲に破壊を撒き散らしていた。
いや、なにかを攻撃している?
108:かわいい字幕の魔法少女
目を凝らせば――化け物の足元を、少女が二人、駆け回っていた。
109:かわいい字幕の魔法少女
「聞いてませんわ聞いてませんわ聞いてませんわー!? 何なんですのコイツー!?」
「おっきい牛さんですね! カッコイイ!」
「呑気なこと言ってる場合じゃねーんですのよ! ふーみーつーぶーさーれーるー!?」
「ハンナさん、ちょっと離れていてください! てえええいっ!」
110:かわいい字幕の魔法少女
青い髪の少女が、両手につけた巨大なグローブを打ち鳴らし、真鍮の足に殴りかかった。あんな華奢な体で、なんて無謀な。思わず上げかけた静止の声を、私は飲み込んだ。
111:かわいい字幕の魔法少女
どおん、と大砲のような音がして、化け牛の足がわずかにひしゃげる。
とても少女一人が殴ったものとは思えない。
化け牛はバランスを崩してたたらを踏む。
その隙に、もう一人の金髪少女は箒のようなものにまたがって――ふわりと空中に浮かびあがった。
112:かわいい字幕の魔法少女
「わたくしは! 戦闘なんて、まるーっきり専門外なんですからね!」
「私だって専門外ですよー」
「そんな馬鹿力しておいて無理がありませんこと!?」
113:かわいい字幕の魔法少女
かしましく叫んで、小柄な少女は化け牛の周囲をジグザグに飛び回った。箒が何らかの補助具なのか、ジェットエンジンのように火を噴いて、目にも留まらぬ速さで空を疾走する。化け牛は鬱陶しそうに腕を振るうも、空飛ぶ少女には当たらない。
114:かわいい字幕の魔法少女
なにが……一体何が起こっている?
115:かわいい字幕の魔法少女
特撮か何かかと疑うが、悪いことに、私はあの化け牛が『本物』なのだとこの身をもって知っている。ならばあの非現実的な光景も、真実戦いなのだろう。
化け物と少女たちが、こんな何の変哲もない住宅街で戦っている。
116:かわいい字幕の魔法少女
「こわっ! いまかすったんですけど!?」
「ハンナさん、そのまま囮お願いします!」
「さっさとしてー!?」
「もういっぱあーつ!」
117:かわいい字幕の魔法少女
「――ファラリスさん、燃えてください」
118:かわいい字幕の魔法少女
途端。
真鍮の雄牛が白く輝き、ごう、と全身から炎が勢いよく噴き出した。
熱波に炙られ、箒の制御を失った少女が危険な軌道を描いて墜落する。
119:かわいい字幕の魔法少女
「きゃっ!?」
「ハンナさん!」
120:かわいい字幕の魔法少女
墜ちてきた少女を、青髪の少女が間一髪抱きとめる。
その時、崩れた廃墟の中からさらに一人、シスター服の少女がおずおずと姿を現した。
121:かわいい字幕の魔法少女
「本当にごめんなさい……でも、こうしなくちゃいけなくて。だから、申し訳ないんですけど……」
泣きそうな、心底申し訳ないという表情で、無慈悲な結論を口にする。
「死んでください」
122:かわいい字幕の魔法少女
ファラリスと呼ばれた真鍮の雄牛が咆哮する。
先ほどまでは戯れていただけだというのか。空気が一段重くなり、圧し潰されてしまいそうになる。
123:かわいい字幕の魔法少女
私は――
124:かわいい字幕の魔法少女
(……ふざけないでほしい)
125:かわいい字幕の魔法少女
どうでもいい。
至極どうでもいい。
こいつらの事情など心底どうでもいい。
殺し合い? 知るか。勝手にやってくれ。光の巨人でも巨大ロボットでも何なりと呼べばいい。
126:かわいい字幕の魔法少女
だがあのシスター服の少女は別だ。
彼女は明らかにあちら側だ。あの異物、あの異形、あの化け物の同類だ。
それに彼女は、あの家屋から出てきたのだ。エマを見かけたあの家から。
127:かわいい字幕の魔法少女
アレは、この一年探し求めて、ようやく掴んだ手がかりなのだ。
この異常事態の原因。
そして――いなくなったエマに至る、たった一つの道しるべ。
128:かわいい字幕の魔法少女
エマ。
君は、こんな異常な連中と関わっていたのか?
だから連絡も取れなかったのか?
それなら仕方ない。納得はできないが理解はしよう。
言いたいことは山ほどあるが、いいさ、全部呑み込んでやる。
だから……あと少しだけ待っていてくれ。
129:かわいい字幕の魔法少女
私は背中のリュックをそっと下した。
防火手袋をはめた手で、武骨なバールを握り込む。
馬鹿なことをしようとしている。
それでも。
胸の奥に燃え残った熾火がごうごうと音を立てて、私の身体を駆り立てるのだ。
130:かわいい字幕の魔法少女
見つからないよう道を戻り、ぐるりと路地を回りこむ。
炎をまとった化け牛に守られるように、後方に控えるシスター服。ちょうど、その無防備な背後をとる位置で、私はそろりと立ち止まった。
131:かわいい字幕の魔法少女
最後に一度、深呼吸。
132:かわいい字幕の魔法少女
駆け出す。
133:かわいい字幕の魔法少女
最初に気づいたのは、小柄な金髪の少女だった。
134:かわいい字幕の魔法少女
「へ……? な、なあ!? だ、誰!?」
「……っ!?」
135:かわいい字幕の魔法少女
シスター服が振り返る。
怯えた顔が、驚愕に目を見開く。
整った、あどけない少女の顔。庇護欲をくすぐる容貌。善人然としたその風貌。
136:かわいい字幕の魔法少女
何ひとつ考慮に値しない。
これは魔女だ。
性質が悪い食虫花だ。
でなければ、どうして、私を殺したあの化け牛を従えて、いままた少女二人に向かって、のうのうと「死んでください」などとのたまうのか。
掲げたバールを振り下ろす。
躊躇はなかった。
そうしなければならないと、私の本能は理解していた。
137:かわいい字幕の魔法少女
「ひっ!?」
「――――」
138:かわいい字幕の魔法少女
――止まった。
139:かわいい字幕の魔法少女
右肩を砕くつもりで力任せに振るったバールは、差し込まれた真鍮の腕によって、いとも容易く止められていた。
140:かわいい字幕の魔法少女
主を攻撃された怒りか、化け牛は炎を噴きだして大きく吠えた。
反射的に、歯を食いしばってバールを前に盾のように突き出す。
衝撃。
ごみのように吹き飛ばされた己の身体を知覚した直後、私は石塀に背中から叩きつけられた。
141:かわいい字幕の魔法少女
肺の空気が押し出される。
うまく息ができない。
何度かあえぎ、ようやく咳き込むことに成功した。呼吸が痛い。明滅する視界。口からごぼりと血が溢れる。
142:かわいい字幕の魔法少女
バールは、壁にもならなかったか。うまく拳に合わせられたのはいいものの、あまりの衝撃に握っていられず、手からすっぽ抜けてどこか遠くにいってしまった。
143:かわいい字幕の魔法少女
だが、まだ生きている。
144:かわいい字幕の魔法少女
ならまだ動ける。奇襲こそ失敗したが、まだ、何か。
145:かわいい字幕の魔法少女
「一般人!? ハンナさん、結界は張ったのでは!?」
「張りましたわよ!? そのはず……わ、わたくし、わたくしは、言われた通りちゃんと起動を……!」
146:かわいい字幕の魔法少女
「……びっくり、しちゃいました」
147:かわいい字幕の魔法少女
シスター服の少女は、まばたきをして、困ったような微笑みを私に向けた。
148:かわいい字幕の魔法少女
「まさか、いきなり襲われるだなんて。
やっぱり島の外の人たちは野蛮です。怖いです。うぅ……嫌だよぉ。
だから……ファラリスさん。
怖いので、あの人、排除してください」
149:かわいい字幕の魔法少女
「させません!」
150:かわいい字幕の魔法少女
「あ、あなたはこっちに……って動けませんわよね。酷い怪我……。
ああもう、なんでこんなところに一般人が! 初任務でこれって想定外が重なりすぎですわ! なんなんですのよ、もおー!」
151:かわいい字幕の魔法少女
己の不安を和らげるためか、小柄な少女はぷりぷりと不満を叫ぶ。
それでも気づかわし気にこちらに駆け寄り、怪我の具合を見ておろおろしていた。
152:かわいい字幕の魔法少女
「そこの人、大丈夫ですよ! 任せてください。私たち、正義の魔法少女なんです! 絶対助けてあげますからね! ……まあ、今日が初任務なんですけど!」
153:かわいい字幕の魔法少女
何度も化け物の殴打を受けて、青髪の少女は全身に傷を作っていた。
だのに不平不満を微塵も漏らさず、こちらを安心させるように、明るい笑顔を向けてくる。
154:かわいい字幕の魔法少女
彼女たちはきっと善人だ。
底抜けに優しいお人好しだ。
少なくとも、死地にふらふらと迷い込んだ赤の他人を、身を挺して守るくらいには。
155:かわいい字幕の魔法少女
ああ、だが。
それでも、私にとっては。
156:かわいい字幕の魔法少女
「わた、し……、は……っ」
声が出ない。痛みでうまく息が吸えない。
私の声は、少女たちには届かない。
157:かわいい字幕の魔法少女
「さぁ、あなたはこっちへ!」
「安全なところに、逃げてください!」
158:かわいい字幕の魔法少女
私を遠ざける、その声が。
……邪魔でしかなかった。
無関係な一般人は逃げてほしい、そんな優しい心遣いは――私にとって、邪魔だから引っ込んでいろと言われているに等しかった。
159:かわいい字幕の魔法少女
あまりの屈辱に、頭の中が真っ白になる。
160:かわいい字幕の魔法少女
「…………ッ」
161:かわいい字幕の魔法少女
奥歯が軋むほど強く噛む。
162:かわいい字幕の魔法少女
……ああ、分かっている。お荷物は私だ。足手まといは私だ。邪魔者なのは私の方だ。
私には、戦う力などないのだから。
163:かわいい字幕の魔法少女
戦闘はいよいよ激しさを増す。
魔法少女たちは傷つきながら、それでも懸命に戦っている。
無力な守るべき一般人を、必死に遠ざけようとするかのように。
164:かわいい字幕の魔法少女
――首吊り縄。
165:かわいい字幕の魔法少女
――行方不明の張り紙。
166:かわいい字幕の魔法少女
また。
私が何より大切なものが。
私の意志を無視して、私のいない間に、勝手に赤の他人に無茶苦茶にされようとしている。
また私は、この手から、大事なものを取りこぼすのか。
167:かわいい字幕の魔法少女
「冗談じゃない……」
168:かわいい字幕の魔法少女
これは私のものだ。
この戦いは私のものだ。
169:かわいい字幕の魔法少女
戦えば私は死ぬだろう。なにもできぬ間に死ぬだろう。
バールで殴ろうが何をしようが、あの化け物には傷一つ付けられないだろう。
170:かわいい字幕の魔法少女
だがそれがなんだ。
171:かわいい字幕の魔法少女
関係ない。まったくもって関係ない。
172:かわいい字幕の魔法少女
これは私の戦いだ。
私だけの戦いなんだ。
173:かわいい字幕の魔法少女
どいてくれ。
それは、私のものだ。
それはようやく見つけた、エマにつながる手掛かりなんだ。
174:かわいい字幕の魔法少女
エマが私を待っているんだ。
あの壊れた瓦礫の中で、うずくまって泣いているかもしれないんだ。
175:かわいい字幕の魔法少女
そこをふさぐな。
視線を隠すな。
私の道をさえぎるな。
私の目からエマを隠すな!
邪魔をするな。邪魔をするな。邪魔をするな。邪魔をするな!
176:かわいい字幕の魔法少女
後からしゃしゃり出てきたくせに、私の邪魔をするんじゃない……!
177:かわいい字幕の魔法少女
――まあ、ヒロ。なんて顔をしているんですか。