短編集   作:トマトは後ろから呼んでもトマト

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少し前に探偵ものの映画を見たのですが、それに触発されて書きました。
探偵と助手が主題ですが、ミステリー要素は皆無です。雰囲気とノリが全てです。
愚かで学の無い私を許してくれ。


探偵、助手、そして偽証

とある山奥のコテージ。

一人の探偵と、10人にも満たない小さな食事会の参加者たち。

 

そこで夜が明けた後、とある事件が起こった。

 

劈く様な悲鳴。動き出す大勢の人。

どたどたと響く複数人の足音。

 

多くの人々が、悲鳴が聞こえた場所へ向かう。

するとそこには。一人の女性が扉の前で座り込んでいる。

扉の前に立ち、その中を覗いてみれば。いつもの光景が広がっている。

 

一人の男が、視線の先で死んでいた。

他殺だろう。その場にいた全ての人が、そう感じる死に様だった。

 

扉の前の人々が口々に言う。

 

「おい、大丈夫か!?」

【なんて惨い…】

〈おい、だれか!AEDを持ってこい!〉

 

探偵にとっては、何度も見たことのある、経験したことのある光景。

お決まりの、いつもの流れ。

助手と共に死体の傍に立ち、いつものように告げる。

既に息は無いと。

 

彼はいつも、この状況から助手と共に犯人を何度も見つけていた。

しかし、今回はそうはならないだろう。

なぜならば、探偵には最初から犯人が分かっていたからだ。

 

今回の殺人犯。それは。

 

他でもない探偵自身だった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

男は名探偵。多くの事件を解決し、数多くの事件に巻き込まれる極度の不幸体質。

時に死神と呼ばれ、時に名探偵と持て囃される。紆余曲折ありながらも、彼は今まで巻き込まれた全ての事件を解決に導いてきた。

自他ともに認める名探偵。彼はそう自認している。

 

『せんせー、ジョギングに行きましょ~。ずっと椅子に座ってたら腰痛めますよー』

 

探偵には助手が付き物だ。例に漏れず、この名探偵にも一人の助手がついている。

彼に一緒にジョギングに行こうと叫ぶ彼女は、助手のアデュトル。

まぁ、助手というよりは弟子の方が近いが、本人は探偵見習いだと言い張っている。

 

男は彼女に返事をする。

自分は忙しい、1人で行ってこい。

 

当然、少女からはそれに対する不満の声が返ってくる。

 

『えー!!…せんせー、私動けなくなったせんせーの介護したくないんですけど!将来の健康の為にも行きましょうよー!』

 

男はため息をつくと、席を立つ。

男はなんだかんだ言いながら。結局いつも彼女に付き合ってあげていた。アデュトルはそんな姿を見て、嬉しそうに笑う。

 

『ヤッター!早くしてくださいねー!』

 

そんなことを言うと、少女はさっさと玄関の方に駆けていった。

 

今でこそ、このような小気味の好いやり取りをしている二人だが。

実際は数年程度の付き合いで、実はお互いの事をよく知っているわけではない。

厳密に言うのならば、男が少女の事をほとんど知らない。

 

辛うじて知っていることと言えば。

彼女は(おそらく)捨て子であり、探偵の家に転がり込んできた居候である。

自分を弟子に、そして住み込みで働かせてほしいと急に頼んできたのが、彼女と探偵の初めての出会いだった。

 

探偵からしてみれば、あの時の彼女はみすぼらしい見た目をした、知らないとこのガキに過ぎず。

そもそもそこまで探偵自身も有名ではなかった時期だったので、金も殆どなかった。

故に、そんな何の役にも立たなそうなお荷物のガキなんて居候させる義理もない。

なので当然、無視して扉を閉めようとしたのだが。

 

『…』

 

その時の彼女の目に、その沈黙に。

無性に嫌なものが見えた気がして。

その視線に気押されるような形で、彼女の居候を了承した。今思えば、それなりに正しい選択だったのだろう。

彼は多くの犯罪者と出会い、悪意に晒され、破れかぶれになった犯罪者と相対する事も何度かあった。

 

そんな今だからこそ分かるが、あれは悪意を持つ人物の目だった。きっと、あの時見過ごしていたのなら、彼女は犯罪者になっていただろう。

 

しかしまぁ、彼女を雇ってからというもの、最初の方は散々な日々が続いた。基礎教養はあったから良かったものの、それ以外の身の回りのお世話や、探偵として必要な技術などの教授は探偵自身がやらなきゃいけなかったし。

 

彼女が探偵という仕事に憧れを抱いていたのもあって、彼女に手本などを見せるためにわざわざ彼女を連れ歩いたりもした。

アデュトルのせいで、依頼人に馬鹿にされたこともあった。

 

だが、悪い事ばかりと言うわけでもない。

アデュトルは恥知らずなガキではあったが、無能ではなかった。

よく学び、よく理解し、良く実践した。地頭がよかったのか、最低限の教育は受けてきたのかは知らないが。

かなり物覚えはいい方だったし、才覚と恵まれている子供ではあった。

 

それに、かなりビジュアルも良かった。初見では薄汚れてて気づかなかったが。

パッとしないが、優秀な探偵と。それに付き従う美人な助手。そんな風にみられることもあった。

 

まるで自分がサブパーツにされているかのようで、探偵としては心地いい扱いではなかったが。

アデュトルの見栄えのおかげで、名を売ることが出来たのは否定できない。

決して口には出さなかったが、探偵はそこそこアデュトルに感謝していた。

 

楽しそうにジョギングをする少女の後を、軽く腕を振りながら後ろからついていく。

依頼が来れば2人で探偵業に勤しみ、時に2人で危機を解決する。

浮気調査、殺人事件に巻き込まれる、いなくなったペットの捜索。

 

そんな風に二人の日常が続いていた。

二人とも、それを願っていた。

しかし、転機は嫌でも訪れる。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

ある時、探偵に一件の依頼が舞い込んでくる。

依頼内容は単純、著名な探偵である男に、自分が主催する食事会に参加して欲しいという物。それだけにしては、やけに高い依頼料。

 

そして、多額の報酬を提示しておきながら、聞いたこともない依頼主の名。

男の感覚が、この人物が怪しいと酷く訴えていた。

 

しかしまぁ、食事会に参加するだけなら問題ないだろうと。

男は安易な気持ちで、その依頼を了承することにした。

当然、探偵はその依頼書を助手にも見せる。

 

その時、彼女の目の色が変わった。

嫌な目だった。それは、幾度となく見てきた、悪意をもつ者の眼だった

しかし、直ぐにその雰囲気は霧散する。

何事もなかったかのようにアデュトルは言う。

 

『…いいんじゃないですか?…ただ食事会に参加するだけなのにお金をもらえるのなら、超優良案件じゃないですか!』

『あぁでも…結構格式高そうだし…いろいろ用意する必要があるかもしれませんね…』

『せんせ、服装に予算って降ります?』

 

彼女は少し冗談めかして、微笑んでいた。

男が訝しむような眼を彼女に向けると。

少女は少し慌てた様子をみせる。

 

『ええと…どうしました?せんせ。…私の顔に何かついてます?』

 

男がどれほど眺めてみても、彼女からは先ほど感じた悪意を再度感じることは出来ない。

しかし、彼は自分の感覚に自信と誇りを持っていた。

男は聞く。先ほどの感覚を頼りに。

 

この依頼人と何かあったのか?と。

 

少女の目が揺らめき、僅かながらの動揺が産まれる。男はそれを見逃さなかった。

アデュトルは自分を律し、白を切る事を選択する。

 

『…いいえ、知らない人です。急にどうしたんです?』

 

…これは予想に過ぎないが、アデュトルとこの依頼人の間には何かしらの因縁があるのだ。

きっと、彼女が強い悪意と憎悪を抱くに値する因縁が。

多分、彼女が捨て子な事などに関連する何かが。男はそう確信した。

 

 

彼女は見境がないわけではない。逆恨みするタイプでもない。

性格が面倒なところとか、妙に嫉妬深いところとかはあるけれども。

よっぽどのことが無ければ、素直ないい子だ。

 

しかし、逆に言うと。そのよっぽどのことがあれば。

彼女は一切躊躇わない。迷うことなく行動を起こすタイプでもあった。

それに、かなり根に持つタイプでもある。

 

男は実際、身をもってそれを知っていた。

 

 

ある時、探偵と彼女が事件を解決した際に、犯人が逆上して襲い掛かってきた事がある。

いつもだったら探偵も即座に対応できたのだが、その時は偶々足を捻挫中だった。それで反応が遅れてしまい、危うくそのまま命を奪われるところで。

 

探偵に危機が迫った瞬間。

 

アデュトルは近くにあった食器を持って、探偵と犯人の間に割って入り。一切の躊躇なくその犯人を殴りつけた。

食器の砕ける音がして。その犯人は蹲る。

…だけで済んだらよかったのだが、怯んだ犯人の鳩尾に追撃をかました上。

それによって倒れ伏した犯人の頭を思い切り蹴飛ばしたのである。

 

正直、追撃が決まった時点で勝敗は喫していた。他にも人はいた。

男は思った。これ過剰防衛じゃない?

結果として問題にはならなかったが、それでもかなり危うかったと。

 

さらに問題なのが、彼女はその行為を一切反省していない。

探偵は、アデュトルがその時に言っていた言葉をしっかりと覚えている。

 

『…なんで怒るんです?放っておけば、先生が死んでしまったかもしれないんですよ?』

『躊躇う事を悪いとは言いませんが、大事な時に動けないのはいけない事です。その一瞬の躊躇いが…全てを台無しにしてしまうんです』

『…もう、あんな結果になるのはごめんだから…

 

最後の言っている意味はよく分からなかったが、この一件で男はよーく理解した。

この子、思ったより危ういところがあるなと。

 

 

 

そんな事情もあり、探偵はアデュトルを今回の依頼に連れて行くのはやめようと思うのだった。早速その意を彼女に伝える。

すると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、不満を男にぶつけてくる。

 

『ふぇ?…ええと、なんでですか?』

『理由を教えてください!いつも連れていってくれてたじゃないですか?なんで急に…』

 

理由…理由か。男は一瞬悩んだ。

そして、適当な理由をつけることにした。なんでもいいや。

 

ドレスコードに不安な点が残るからだ。フォーマルな場にお前を連れて行って面倒なことになったら困る、と言ってみる。

 

『…せんせ、私、既にそう言ったフォーマルな場のドレスコードの講習受けてるんですけど!専門の人の講習!先生が行けって言ったやつですよ!!…3年前の事、忘れたんですか!?』

『それじゃ理由になりませんよ!もう!』

 

アデュトルは頬を膨らませて反論をしてくる。

 

…男は首をかしげて思い返す。

そういやそんなこと言ったかもしれない、いや言ったわ。忘れてた。

なんなら金も出したんだった。

どうしよっかな。

 

…じゃあこうしよう。俺はお前を雇う立場でありながら、休暇をやるのを忘れていた。という訳で、有給休暇だ。取得しろ!

 

ということで、次は有給休暇の話を持ち出してみた。

すると彼女は怒り出す。

 

 

『はぁぁ!?なんですかその制度!そもそも私の扱いは個人事業主扱いになってるって以前先生に言われたんですけど!』

『何今さら私の事従業員扱いしてるんです!?嘘つかないでくださいよ!』

 

ブチギレられてしまった。

意外と細かく覚えてんだなこいつ…。

…もういいや、直接に言うことにしよう。

 

理由を立てるのが面倒になった男は、目の前で可愛らしく怒る少女に向かって、真面目なトーンで言葉を投げかける。

 

分かった。お互い正直にいこうか、我が弟子よ。

お前を連れて行きたくない理由は一つ。お前が何か、とんでもない事をしでかすんじゃないかと危惧している。

 

どうしてもついていきたいのなら、正直に話せ。…お前、この依頼主と何があったんだ?

黙るのはいいが、お前が正直に言わない限り。

お前を連れていくことはできない。

 

少女は男の言葉を聞くと、少し黙り込む。

そして、いつものように微笑むと。冗談めかす様な、茶化す様な態度でこう言った。

 

『もう、先生ったら。…さっきから、何の話をしてるんです?』

『知らない人についてどうやって話せばいいんですか?むしろこっちが、教えて欲しいくらいです』

 

彼女はそう否定する。

しかし、その眼には確かに、酷く冷めた…嫌な感情が見てとれた。

本当に知らないのなら、その眼には当惑や怒りが浮かぶだろうに。

彼女の眼からは、そんなものは感じられなかった。

 

男はため息をつく。

彼女から明確に嘘をつかれたと感じたのはこれが初めてだった。…いや、勿論嘘だと決まったわけではない、もしかしたら本当に知らない可能性だってある。

 

だが、先程の男の言葉を否定した時の彼女は、今まで見たことないほど冷め切っていた。

普段の活発な彼女ではない、そんな姿を見た上で。男には彼女が何もしないと信じることは出来なかった。

 

結局、幾つか問答をしたうえで、男は彼女の同行を了承した。

アデュトルが折れるとは思えなかったし、そこにエネルギーを割くのが面倒だった。

 

彼女が嘘をつくのなら、こっちだって嘘をつくに限る。

 

そう、彼女を騙し、パーティー会場に連れて行かなければいい。

パーティーの当日に、こっそり1人で行けばいいのだ。

 

男は嘘の日程を伝え、そのまま一人でこっそり行く事を心に決めた。

 

 

―――――――――――――――――

 

当日、男はアデュトルが日課のジョギングに行ったことを確認する。

そして、自身のデスクに彼女宛ての手紙を置いてそのまま流れるように隠しておいた外出用の衣服などを後部座席に突っ込む。

彼女はジョギングに行けば大体40分程度は帰ってこない。

 

一人で車を動かし、家から離れるには十分すぎる時間だ。

男はそのまま車を走らせることにした。

 

今日は午前中は曇りらしいが…午後から大雨の予報が出ている。

山奥である事を加味して、急いで出発した方がいい。

 

帰ってきたら恐らくとんでもなく不機嫌な彼女と見合わせることになるのは間違いないだろうが、まぁ仕方なし。

何をお見上げに買って帰れば許してくれるかな、なんてことを考えながら。

そのまま車を目的地まで走らせる。

 

そして、数時間車を走らせた後。

異常なほど細い山道を進み、圏外になっている地域まで来ると。

目的地に到着する。

 

そこはどこかの資本家の別荘らしいのだが。

…広すぎないか?

 

車から降りて、荷物を取り出した男はそんな事を思う。

別荘というには、余りにも大きすぎるような…。

駐車場を見渡すと、自分以外にもチラホラと車が見える。他の招待客だろう。

合わせてもだいたい8台ほどだろうか、豪邸の大きさに反して食事会の参加者は少ないようだ。

 

まぁいいか。同封されていた招待状を取り出し。

そのまま歩きだそうとした矢先。

自分の車から、異様な音が聞こえてくる。

 

ドン、ドン!

ドンドンドン!!!

 

車の後ろにある、備え付けのトランクから、ガタガタと音がする。

まるで誰かが中から叩いているかのような。

…嫌な予感がする。

 

見て見ぬふりをしたい欲求にかられながらも、仕方なくそこを開くと。

 

『…数時間ぶりですね、先生』

 

自分の弟子が、縮こまってトランクの中に入っていた。

 

―――――――――――――――――――――

 

『ゲホッ…あのトランク、埃っぽい…』

『昔だったら、もっと楽に入れたんだけど…ケホッ』

 

そんなことを言いながら、運動着のジャージでトランクから出て来るアデュトルを見て、男は頭を抱えていた。

…いったい何時から気付かれていた?どうやって相手方に説明する?そもそもこいつの服装どうしよう…。

 

そんな数多の悩みが男の頭を浮かんでは消えていく、しかし、一番の問題は。

 

『…せーんせ、私に何か。言う事ありますよね』

『バカ弟子、とかの罵倒以外でお願いしますね?』

 

…光のない眼で自分に話しかけてくる、この七面倒くさい弟子をどうにかしなければ。

そもそも、今回の場合は自分にそこまで非はないはずである。

彼女に嘘の日程をついて、一人で勝手に食事会に出席しようとしただけで。別に文句を言われる筋合いはない…いやまぁちょっとはあるかもしれんけど。

 

『先生、私と約束しましたもんね。一人で行動しないって』

『私と貴方は、一蓮托生だって』

『…黙ってないで、何か言ったらどうですか?』

 

今返答を考えているんだからちょっと静かにしてほしい。

そもそも、今回の場合はそっちが本音を言わなかったからこうなったんだろうが。

そんな事を男は思うが、この状態のアデュトルに論理的反論はほとんど意味をなさないことを男は知っている。

コイツ、約束やら決め事にかなりうるさいんだよな。自分の事は棚上げするくせによ…

 

男は仕方なしに謝罪をして、アデュトルの機嫌を取る。

彼女は謝罪を受け取ると、少し満足げに微笑んだ。

 

『…まぁいいです。あんまりここで文句言ってても意味ないですし…では、少し待っててください。車の中、覗いちゃめっですよ』

 

彼女はそんなことを言うと、トランクの中から衣服と靴が詰まった袋のようなものを取り出してきて。

それを抱えると、車の中に入っていく。

暫くすると男が昔買ってあげたフォーマルな姿になって出てきた。

 

『はい、お着換え完了です。行きましょうか、先生』

 

いや、行きましょうじゃないが。

男は彼女を止める。そもそも呼んでないのに、さも当然のように隣に立たないで欲しい。

 

『…?え、じゃあなんですか?私に帰れって言うんですか?この山道を徒歩で?』

『車で数時間かかるのに?』

 

見開かれた目で問い詰められると、男も答えに窮す。

…いやまぁ、そう言う訳ではないんだが…。

 

男が答えを渋っていると、畳みかけるように少女は言葉を続ける。

 

『私、もうここまで来ちゃいましたからね。帰りませんからね!絶対!』

『折れるべきなのは先生です、別に招待状におひとり様限定なんて書いてなかったんでしょう?書いてあったらそれを伝えるはずですもんね。ほら行きましょう』

 

納得はいかない。いかないのだが。

実際、こいつもうここまで来てしまっているしな…。

なんかいつもこっちが折れているような、という気がしながらも。

 

男は致し方なく、歩き始める。

アデュトルは男の横に並び立ち、そのまま二人は屋敷の内部に入っていった。

 

 

――――――――――――――――――

 

そうして、屋敷の中に入って。

男は様々な人物に会った。

 

この屋敷の持ち主であり、主催者の男性。

荒々しい雰囲気の、どこからどう見ても堅気ではなさそうな男性。

この屋敷の管理を任されているらしい執事と従業員らしきメイド。

煌びやかなドレスに身を包む、気性の荒い女性。

一見すると普通に見えるが、何やらあらゆることに警戒しているそぶりを見せる男性。

真っ黒い服装で、顔を見せず、会話を拒絶する謎の人物。

そもそも招待客リストに載っているのに姿を見せない人物。

 

等々

 

怪しい奴らのオンパレードである。

しかも尚の事気がかりなのが、主催者以外、誰一人として男を歓迎するそぶりを見せなかった。

…探偵だと自己紹介をした暁には、やれ興味ないだの、やれゴシップ記者と大差ないだの、ハイエナと言われたり、シンプルに無視されたり。

散々だった。

 

挙句の果てには、主催者からはこんなことを言われた。

自分が呼ばれた理由を聞いたときの話だ。

 

『アンタ、名探偵なんだろ?だからだよ。誰だって、捕まるのは避けたい。捕まると分かってるときに事件を起こすバカはいない、抑止力ってやつさ』

『俺があんたに望む事は一つだけ、何もしないでただ他の招待客に目を光らせとくだけでいい、その為に高い金払ってんだ。何かあったら俺に知らせろ』

『この屋敷の秘密には、絶対に触れるなよ』

 

『アンタの助手にも口酸っぱく言っとけ。頼んだぞ』

 

…脅迫である。

この屋敷と自分達には秘密がありますよと言ってしまっている。いっそ清々しい。

ここまで言われると…男も一体この屋敷に何があるのか、気になりはするが…そこまで踏み込みたいとは思わない。

触らぬ神に祟りなしだ。

 

それよりも、男が気がかりだったのは。

アデュトルの存在である。

彼女、チェックインを済ませて、他の客に適当に挨拶をするなりすぐに部屋に引っ込んでいってしまった。

主催者との会話の時もいなかったし。

 

そもそも、男がここに彼女を連れてくるのを渋ったのは、彼女が何か此処と関りがありそうで、かつ彼女の危険な雰囲気を感知したからである。

おそらく、ここで過去に何かあったのだろう。

男は直感的にそんなことを思考する。

 

しかしまぁ、取り敢えず会って話をしてみなければ何にもならない。

男は後で彼女と二人で話し合おうと考えながら、自分に割り当てられた部屋に入る。

すると、さも当然かのようにアデュトルは男の部屋のベッドの上で天井を見つめていた。

 

『あ、先生。戻ってきたんですね』

 

…一周回って安心する。

少なくとも、一人になって何かとんでもない行動をしていたわけではないようで良かった。

男は部屋に備え付けられた椅子に座り、彼女に向き直る。

 

ベッドの上で寛ぎ、天井を見つめるアデュトルからは、なにやら悲壮感のようなものを感じた。

男は聞く、ここで何をしているのかと。

 

『…この場所であまり一人になりたくありませんでした。…でも、あの人たちの中に混じるのも嫌でした』

『先生の部屋なら、落ち着けると思ったので。この部屋で寛いでいました。それだけです』

 

…この場所って言ったな。

男は確信する、この子はきっと過去にこの場所に来たことがあるのだ。

そして、それは…この場所の秘密と何か関係があるのだろう。

 

いい加減、話してくれてもいいんじゃないか?

お前、ここで何があったんだ?

 

男がそう切り出せば、少女は冷やかな目を男に向ける。

その眼は、男に向けられたものというよりも…この場所全体に向けられているように感じられた。

少女は少し考えるそぶりを見せた後、口を開く。

 

 

『…私、ここで産まれたんです。…今はどうだか知りませんけど、私が生まれて育った時のこの場所は、酷く醜い場所でした』

『醜いクズどもの道楽場であり、捨てられ、連れ去られた子供たちの墓場であり、新しい不幸が産まれる場所でした』

『…私には、父と母に関する記憶が一切ありません。そもそも誰なのかも知りません』

『私と似たような境遇の姉妹や兄弟がここの地下には、沢山いました』

 

『みんな、この悍ましい場所で、消費され、消え、また産み出されました』

『…くっだらない、浅ましい怪物どもの道楽として。消費される以外の選択肢はありませんでした』

 

…ぶつぶつと、苛立ちを隠すこともなく。

アデュトルは話し始める。その目からは、この場所に対する憎悪が向けられている。

 

『…私は幸運でした。私の姉妹、兄弟は。私に最低限の教養を施してくれました』

『それだけじゃなくて、私の事をいつも庇ってくれて…』

『私がこの地獄から逃げられるように、みんなが協力してくれました』

 

『…結果的に、私はこの場所から汚れることなく抜け出すことが出来ました』

『こっそり抜け出して、知らない車の後ろのトランクに潜り込んで』

『この場所から、助けてくれた人を差し置いて、一人で逃げ出したんです』

『…でも、逃げ出した所で。誰も私の言う事を信じてくれなくて…そもそも、私にはこの場所の住所も、特徴も分かりませんでしたから、嘘吐きだと思われたのかもしれませんね』

『結局、私は誰も救えませんでした。…あの時、私を救ってくれた兄弟姉妹がどうなったのかも、私は知りません』

 

『…そのうち、思い出す事すら嫌になって』

『ここでの思い出を、嫌なものだと思って封印していたんです』

『最悪ですね。我ながら…最低です』

 

アデュトルが自嘲するように自分自身の過去を語る。

男はその言動を嘘だと思うことは出来なかった。彼女の痛々しい雰囲気が、その発言が真実であると裏付けているように感じたからだ。

男は黙って聞く事しか出来ない。

 

『…あぁ、でも。いい事もあったんですよ?』

『さっき、記憶をたどって私がいた場所が今どうなってるのかチェックしてみました』

『ざっと調べた感じだと…誰かがいるような感じはしませんでした。きっと、もうここは使われていないのでしょう』

『ま、そうでなかったらここで食事会なんて開かないでしょうし…当然ですね』

 

少女が笑みになっていない笑みを見せる。

彼女の笑みからは痛々しさと彼女の苦しみ以外、何も感じられず。

男は何も言えなくなり、辛うじて絞り出した言葉は、慰めにもなっていないものだった。

 

その…すまなかった。

 

『やめてください、別に先生は何も悪くないんですから』

『悪いのは、力のなかった私と…この施設です』

 

『…でも、今の私なら。あの人たちの敵を討つくらいは出来ると思うんです』

 

彼女の吐き出した言葉から、男は物凄く嫌な予感がする。

雲行きが露骨に怪しくなってきていて。

目の前の少女が何か良くない考えを巡らせている事だけは理解できた。

 

『…あの主催者の名前だけは、きちんと憶えています。どうやら、私がいた時と運営者は変わっていないみたいですね』

『先生、私がこれからする事を黙っていてもらえませんか。…いえ、黙っている必要はありません。ただ、私が復讐を遂げるまで、猶予をください』

『ただ、それだけでいいんです』

 

クソ、嫌な予感が当たった。

だからこいつを連れてきたくなかったんだよ。

 

そんな事を思うが、現に既に彼女はここにいる。

取り敢えず、彼女を落ち着かせなければ。

自分の弟子が凶行に走るのを止めるために、男は口を開く。

 

衝動的に動いてもいい事なんかないぞ、男はそう諭すが。

目の前の少女がそれで止まるとは思えなかったし、実際止まるつもりはなさそうだった。

 

『なら、次にいつチャンスがあるって言うんです?表舞台にあいつは出てきません』

『ここで消費されていったあの子達の無念は?…私の家族の無念は?』

『あいつは罪から逃れる手段をたくさん持ってるんです、今、直接手を下さないと』

『そうしないと、あいつはどこかへ逃げて行ってしまうんですよ!それを黙って、見逃せというんですか!?』

 

アデュトルは感情のギアを上げ、捲し立てる。

彼女の興奮が、その憎しみが、言葉の節々から滲んでくる。

彼女に落ち着くよう言ってやりたいが、言ったところで火に油を注ぐだけだろう。

 

それに、彼女の言っていることが本当なら。

あの主催者の男性に殺意を向けるには十分たる理由になるのかもしれない。

そんな同情にも似た感情が、男の舌を鈍らせた。

 

男が黙っていれば、少女は最低限の落ち着きを…いや、体面を取り戻し。ベッドから体を下し、自室へと戻る準備をする。

 

男は椅子に座ったまま。

何をすることも出来なかった。今ここで、彼女を殴ってでも止めるか?

…そんな事をしたところで、彼女は止まらないだろうな。

長い付き合いのあった男は、その程度で彼女の決意は揺らがないことを理解していた。

 

なにも動けずにいれば、少女はそのまま部屋から出ていく。

 

『まぁ、別にいいです。…私は私のしたい事をします。先生は…私のトリックを見破る準備でもしておいてください』

『無理やりにでも止めるっていうのなら…お互いに得のない。…醜い結末になるだけです』

『それじゃ、晩餐会でまた』

 

犯行予告が目の前で出される。男はそれを受け止めることしか出来なかった。

放っておけば、必ず凄惨な場面になるだろう。

 

それは自身の弟子に対する同情か、それとも諦観か。

理由はどうあれ、男が彼女を止めることはなかった。

 

『…私の罪を暴くのが、貴方である事を願っています』

 

彼女はそう言い残す。

そのすぐ後に、扉の開閉音が空虚に響く。

 

探偵は一人、貸し出された部屋で椅子に座る。

男はこれからの自分の行動を、考えなければならなかった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

自分の弟子を止めるために、何をするべきか一人で考える。

 

物理的に止めようとしたところで。きっと彼女は凶行に走るだろう。

刺し違えても、彼女は自分の目的を果たそうとするだろう。

彼女のトリックを事前に暴き、破綻させたところで、結局は同じだ。

 

復讐の無意味さを説いてもきっと意味はない。

あの子にとって、そういう話ではないのだ。

自分の家族や、自身の尊厳の全てを奪っておきながら、悠然と生きているのが許せない。

彼女にとって、きっとそこが根幹だ。

アデュトルは、あの主催者に代価を払わせるまで止まるつもりはないのだろう。

 

止める方法はいくらでもある、彼女を縛り付け、この会合が終わるまで閉じ込めておく。

予め主催者に彼女の目的を伝える、等々。

 

しかし、そんな事をすれば。

彼女はより苛烈に復讐の炎を燃え滾らせるか、逆に彼女が闇に葬られることになるだろう。

そのくらいは、男にも理解できる。

 

しかし、だからと言って彼女を放置したくもなかった。

彼女とはそれなりに長い付き合いで、彼女には優れた才能がある事も、既に自分の弟子でなく普通に一人の探偵としてやっていける実力がある事も、男は知っている。

そんな彼女が、目の前で破滅していくのを黙ってみていくのは、苦しかった。

 

昔は確かに面倒な子供でしかなかった。しかし、彼女が美しく育っていき、自分の技術を吸収して大きくなっていく様を見ていて。

男は、親心にも似ている愛情のようなものをアデュトルに抱いていた。

自分の弟子が、過去の復讐に取り憑かれ、輝かしい未来をドブに捨てる様を、見たくはなかった。

 

男の思考に、一つの暗く、悍しい。

破滅的な選択肢が浮かび上がる。

その選択は自身の破滅、キャリアの崩壊、そして今までの全ての栄誉を自分自身で破壊する事を意味している。

 

…しかし、それ以外に。彼女の未来を保全したまま、彼女を救い上げる方法が思いつかなかったし。

それは、自分のような探偵の終わりとしては、ある意味相応しいような気もした。

 

男はため息をつき、自らの手を眺め。

そして、何か決意をするように。ギュッと手を握りしめる。

愛する娘のような存在であり、自分の大切な、たった一人の弟子の為。

男は自らの弟子の復讐を代行し、彼女の一番最初の推理ショーの主役になることを決める。

 

観客、犯人、会場。

全てに不足なし、偉大なる探偵の初めての一歩としては、完璧と言って差し支えない舞台だろう。

彼女の実力も不足はない、あの子ならば、どれほど難しい謎でも。必ず解いて見せるはずだ。

 

それに、彼女の復讐を代行するという点で見ても。

自分なら警戒すらされていない。

あの主催者は何かあったら知らせろと言っていたし、近づく理由なんて幾らでもある。

 

男は自慢ではないが、数多の事件を解決する過程で、何度も今のような状況になった事があり。

このような場面で利用可能なトリックを知っている。

 

後はこの屋敷の内装などを知って、不測の事態が発生しないことを祈るだけだ。

この屋敷にはカメラがないし、倉庫は誰でも入れる、他の宿泊客は自分を警戒して近づこうとすらしない。

トリックに都合の良い状況を整えることなど、容易だった。

 

 

――――――――――――

 

 

そして、男はこの屋敷でいくつかの準備を整え。

会食が始まり、全ての参加者が無事に席に着く。

 

男はホッと一息をつく。

日が昇っているうちにアデュトルがこの主催者との決着をつけてしまうことはなさそうだった。

 

結局、彼女は食事を終えると誰とも会話をしないで部屋に引き籠ってしまったし、探偵は会食の出席者たちが行う話に殆どついていけなかった…というか、そもそも話を聞かせてもらえなかったのだが。

まぁ、そんな事は彼にとってどうでも良い事だ。変に注目を浴びてこれからの行動に干渉されることの方が困るし。今のまま、目立たない監視役のように振舞おう。

今の状況で、自分が何か恐ろしい事件を起こすとは思われていないという事が重要だ。

 

 

そして、会食は終わり。誰もが寝静まる夜になる。

 

 

屋敷の廊下を歩き、主催者の部屋までたどり着く。

全てが自分の思い通りになるとは限らない、けれどどうか、彼女によって自分の罪が暴かれるまでは。何もかもが、上手く運びますように。

 

男はそんな事を考えながら、凶器を手に持ち。

主催者の部屋の戸を叩いた。

 

――――――――

 

そして、数分が経ち。

 

目の前で動かなくなった人物を見て、探偵の頭と背中は酷く冷めていく。

今まで、誰かが罪を犯す場面は嫌というほど見てきたが。

自分がその立場になってみて、彼らの取り繕い方がいかに上手かったのかを思い知ることになった。

 

首尾は上々、何か不測の事態が起こるか、彼の仕掛けたトリックが暴かれなければ探偵が犯人だとは分からない。

 

彼は急いであらかじめ考えておいた仕掛けを仕込み、残してはいけない物を回収し急いでその場を立ち去る。

事後処理や事件を起こすまでの手際、その全てが完璧に彼の想定通りだった。

唯一の誤算は、自分の手の震えが止まらない事と、あの時の感覚が消えなかったことくらいだろう。

 

ある程度の証拠隠滅を済ませ、考えていた通りのルートで部屋から脱出。

証拠を隠滅し、そのまま何食わぬ顔で部屋に戻る。

 

…帰る途中、少しだけ誰かの視線を感じた気がしたが。

そこには誰もいなかった。

 

…取り敢えずは、無視するしかない。

もしも明日、招待客の中の誰かがそれに関する話をしたら。

大人しく首をくくるしかないかもな。

 

そんな事を思いながら、部屋に戻り、ベッドの上に身体を投げ込む。

悪寒と手の震えが止まる事はないまま、彼は浅い眠りについた。

 

数刻の後、甲高い叫び声が響き渡り、目が覚める。

そして、解決されるべき事件は開幕する。

 

 

――――――――――――――――

 

よって、この話は最初に戻る。

 

男が中に入り、死んでいることが分かりきっている人物を検死するふりをした時、幾つか違和感があった。

まず第一に、部屋が自分がいた時以上に荒らされている事、幾つかの家具の配置が変わっていること、窓の様子がおかしい事。

色々と言及したい事はあったが、ここで言及すればすべてが水泡に帰すことになる。

 

取り敢えずはいつものように取り繕い、これは殺人事件だと叫ぶ。

その場にいた人々が他人を疑い始め、ここから出ていくと叫ぶ人物もいた。

しかし、誰一人として自分から内線電話で警察を呼ぶとは言い出さなかった。

 

…本当に、この場所には何かがあったのだろう。

そして、ここに居た全ての人間が、この場所の秘密を知っていたのだ。

罪深い連中め、男は内心毒づく。

 

次の一手を思案する最中、宿泊客の中の一人が、探偵に向かってこんなことを言った。

 

「アンタ、探偵なんだろ?…犯人を捕まえてくれよ」

「ここで犯人を見つけてくれれば、そこまで大事にもならないだろ」

 

…普段だったら、無茶ぶりをするなと嫌に思っていたかもしれない。

しかし、今に至っては都合がいい。

 

探偵はその言葉を聞いて、全ての宿泊客が自分と助手に対して誠実に接して、犯人を見つけることが出来たのなら。

警察に説明して、最低限の調査で済ませることも可能かもしれないと法螺を吹く。

その言葉を聞いて、彼らは渋々ながらに了承する。

 

そして、お互いを監視するという名目で食堂に集まってもらうことにした。

今のところ、探偵を疑う者はだれ一人としていない。

あの時感じた視線は気のせいだったのかと、探偵は内心安堵した。

 

そして、自由に行動する権利を獲得してから。

今朝から一言も喋らない助手に向かって男は言った。

 

偶には、お前だけの力で事件を解決して見せてくれ。

 

その言葉を聞いた少女は、少しだけ返事に窮するような様子を見せた後。

取り繕うような笑顔を見せて、こんなことを言った。

 

『…ふふ、分かりました先生。私の実力、ちゃんと見ていてくださいね』

『必ず、この事件を導いてみせますから』

 

男は彼女の傍に居て、彼女の調査をただ見守る。

いつもとは逆の立場で、彼女の傍でただ黙って、自分の弟子が推理をするのを見ていた。

 

…これを見ることが出来るのも、今日が最後になるかな。

なんてことを思いながら。

 

最後に食堂に居る人々のアリバイなどを聞いて。

ある程度考えの整理がついたらしいアデュトルがわざとらしく席をする。

他の客たちのいる前で。

 

『分かりましたよ。この事件の犯人が!』

 

宿泊客たちが騒めく。

探偵は黙って彼女の後方に立ち、自分の弟子の発言を待つ。

 

そして、推理ショーの幕が開ける。

 

 

 

―――――――――――――

 

まず最初に、事件の概要を述べ。

全ての客たちのアリバイを改めて確認する。客たちの仲は険悪だったからか。

従業員と執事以外の全ての客は、アリバイを持っていなかった。

 

しかし、ここで思いがけなかったことが起こる。

宿泊客の一人が、探偵たちのアリバイを聞いたのだ。

当然、探偵は自分にもアリバイはない事を答えようとするが。

 

『私と先生は、昨日の食後から今日に至るまでずっと一緒でしたよ。同じ部屋に居たんですから!』

『そうですよね、先生?』

 

男が何か言う前に、アデュトルは男に抱き着きながら。

その会話に入り込み、あろうことか存在しないアリバイを吐いた。

そのような事実はなく、完全に偽証である。

 

腕に自らの体を絡め、上目遣いで探偵が自身の発言を肯定するのを待っている様子は。

傍から見る分にはかなり甘い、少女が異性に甘えるようなものに見えたかもしれない。

しかし、直接向けられた男の目線では全く異なるものに映った。

 

彼女の視線は、男に肯定以外を認めない。もしも否定すれば、何か男の望んでいないことが起こる。そう確信できる、ある種の禍々しさを感じる視線だった。

醒め切った眼からは、何か嫌なものが垣間見える。

 

『………………』

 

彼女が男に肯定を求めるその一瞬は、ものすごく長く感じられた。

その事実を否定すれば、この推理ショー自体が破綻しそうな気配がしたし。

何よりも、アデュトルからの無言の圧が凄まじく、男は首を縦に振らざる終えなかった。

 

何か考えがあるのか?

男はこの時そう思考したが、よくよく考えなくても、この時点…いや、最初から彼女は本気で犯人を導き出すつもりはなかったのだろう。

この偽証をしたことによって、彼女は犯人の完璧なアリバイを作成してしまっているのだから。

 

その宿泊客が二人でいた理由を掘り下げようとすれば。

彼女は平気で嘘を続けた。

 

『私達の探偵事務所、家とセットなんですけど、寝室が1つしかなくて』

『いつも一緒に寝てるんですよ』

『だからこういう慣れない場所だと寂しくって…ってそうじゃなかった、私達の話はどうでもいいんですよ、ほら推理を聞いてくださいってば!』

 

探偵もそれはさすがに訂正する。

寝室自体は二つあるだろ。しょうもない嘘をつくな

 

『ちょっとやめてくださいよ先生!今真剣な話してるんです!多少自分の名誉を守ったっていいでしょ!』

『それ言っちゃったらまるで私が旅先で一人で寝れない可哀想な子みたいじゃないですか!』

 

とまぁ、わちゃわちゃやるものの。

二人の即興劇は観客たちのお気に召さなかったようで、ため息と気まずい沈黙が食堂に満ちる。

アデュトルも流石に雰囲気を読んだのか。

 

『…えっと…コホン、失礼。推理を続けましょう。心配しなくても、我々にはアリバイがありますので』

 

そして、彼女は推理を続ける。

しかしまぁ、彼女の即興劇に乗っておいてあれだが。男はもうすでにかなり嫌な予感がしていた。

彼女がアリバイを偽証した時、彼女の勢いに呑まれそれを肯定してしまった。

間違いなく悪手だ。これによって、男は犯人の候補から外れた。

 

一体何を考えている?

男は推理を披露する彼女の背を見ながら、そんな事を思う。

 

しかし、考えても分かる事はなく。

あっという間に推理ショーは進んでいく。

しかし、彼女の推理を聞けば聞くほど。

探偵ではない人物に矛先が向いていく。

 

アデュトルは、何かを意図的に誘導しようとしている。

探偵はその事実を考えることは出来たが、始まってしまった推理ショーを止めることはしなかった。

どこかで彼女が自分に矛先を向けるのではないかと、そんな淡い期待を向けていた。

 

普通に考えて、そんな事はあり得ないと分かっていながらも。

 

結局、推理ショーが終わり、アデュトルが最後に出した犯人は。

探偵とは、全く異なる人物だった。

 

確かに、推理自体には筋が通っている。アリバイもない、その人物には調査で明らかになった殺人を犯すに足る動機もある。

というより探偵が主催者を殺した後、部屋を荒らしたのはその人物で間違いないのだろう。

しかし、証拠は。彼女が証拠として宿泊客たちに示した物には、明確な問題点があった。

 

確かに、それは証拠になる物だ。

男が用意したトリックの核であることには違いない。証拠には違いない。

しかし、それは彼女が見つけたと主張する場所で見つかるはずがないのだ。

だって、その証拠は。男が彼女が言っていた場所とは別の場所に隠したのだから。

 

証拠に関する偽証。

アリバイに続き二度目だ。この時点で、男は確信した。

最初からアデュトルは、自分を摘発するつもりなどなかったのだと。

 

男が口を開こうとする。しかし、彼女はその前に犯人とされている人物を指摘してしまった。

殺人犯に仕立て上げられた人物は叫び、自分は犯人ではないと主張する。

その時点で、もはや推理ショーはクライマックスだ。今さら流れを止める事なんて出来やしない。

 

犯人にされてしまった人物は、立ち上がり、茶番だと叫ぶ。

しかし、面倒ごとを嫌っていた宿泊客の一人が、勢いよくその人物を殴りつけ、あっという間に気絶させてしまった。

彼らは誰か犯人かなんて興味ない。自分に火の粉が掛からなければなんでも良く、これ以上のごたごたには巻き込まれたくない。

そう言った人物の集まりであったこの環境に置いて、そのような結果になるのはある種の必然だった。

 

殴りつけた男性を筆頭に、皆がアデュトルに賞賛を投げかける。

だが、その賞賛の言葉には想いなんてものは一切籠っていない。ただ、今すぐこの場を離れたい。そのような望みが明け透けだった。

 

「おい、探偵の嬢ちゃん。こいつが犯人だというのなら、俺達はもう自由に動いていいよな」

【…どうも、名探偵さん。素晴らしい推理でしたわ。若くて聡明だなんて、羨ましいわ。では、わたくしはこれで】

〈見事な推理だったよ探偵さん、それじゃ、私達はこれで〉

 

宿泊客たちは、口々に言いたいことを言いながら、犯人とされた男性を適当に縛り付け。

その場を離れていく。

 

そんな彼らを尻目に、探偵は口を開こうとする。

しかし、口を開きかけた瞬間、足先に鋭い痛みが走った。

自分の一歩先で、観客たちからの賞賛を受け取っていたはずのアデュトルは。

いつの間にか男の目の前に立っていた。

彼女は探偵の足に自分の足を押し付ける。誰にも見えない様に、人差し指を自分の唇に当てるジェスチャーを取って言葉を紡ぐ。

 

その眼は、深淵のような深みを持ち。

ドロリとした泥のような感情が読み取れた。

 

『先生、この事件は警察が来るまでは解決していません』

『だから、それまでは。静観していてください』

『何も言わずに、ここで私と二人でいてください』

『…ね?』

 

男の足先を踏みつけ、有無を言わせぬ圧力で発言を制す。

まるで蛇に睨まれた蛙のように。

アデュトルと最初にあった時のように。

結局、男は何も言うことは出来ず、観客たちは散っていく。

 

 

結局、探偵と助手だけが残り。

そのまま、警察が来るまで待つ事になった。

 

 

―――――――――――

 

推理ショーは終わり、犯人と断定された人物は物凄い時間をかけて到着した警察に連行されていった。

その人物が最後まで自分を犯人だと認めることはなかったが、其れはまぁまぁある事だ。

探偵たちを信じ切っている刑事たちにとって、容疑者の言葉を信じる通りもなく。

 

いつものように感謝された探偵と少女は、二人で車に乗り。

探偵事務所へ向かう帰路に就いたのだった。

二人の間には、事件が解決したとは思えない重苦しい空気が漂っている。

そして、その沈黙は少女の口によって破られる。

 

『どうでした?私の推理。上手く出来てたでしょう?幾分かは稚拙だった感じは否めないですけど。割と上手にこなせたと思うんですよね』

『…感想、教えてくださいよ。せんせー?』

 

男は感想を求められ、車のハンドルを握りながら答える。

 

論外

 

その一言だけ、吐き捨てた。

少女はその言葉を聞いても特に動じず、仄かに笑いながら男に言葉を返す。その言葉には棘があった。

 

 

『わぁひどい。可愛い弟子に調査から何まで全部丸投げしておいて、全否定ですか。貴方の教え子は悲しくて泣いちゃいそうです…シクシク』

 

全く涙を流しそうにない、舐め腐ったトーンでアデュトルは男の言葉に返事をする。

そんな彼女をみて、男は質問をしたくなった。

彼女の真意を確かめなければいかない。

その想いのままに、彼は言葉をアデュトルに投げかける。

 

なぜ、アリバイを偽証した?

なぜ、証拠を偽証した?

なぜ…わかっていながら、正しい犯人を言わなかった?

 

男は聞きたかった事を、少女に問い質す。

少女は探偵の言葉を聞き、少しばかり面食らったような表情をしている。

車の中を僅かな沈黙が支配した後。

アデュトルは、真剣なトーンで口を開いた。

 

『…先生だって私の偽証になにも文句言わなかったでしょ。その時点で、私を糾弾する権利は貴方にはありませんよーだ』

 

探偵がその言葉に何も言い返せずに黙れば、次は自分の番だと言わんばかりに。

アデュトルは男に問いを投げかける。

 

『なら、こっちからも質問なんですけど、先生はなんで殺したんですか。あいつ』

『あのクズは、先生とは何の関係もないのに。私にとっては怨敵で復讐したい相手でも。貴方には他人でしょう』

 

当然のように、そして少しぶっきらぼうに。

少女は自身の偽証と犯人隠避、そして真犯人が探偵だという事を認めた。当たり前ではある。

 

彼女も探偵が犯人であることを最初から見抜いていたのだろう。

そうでなければアリバイの偽証も証拠の捏造も。

起こり得るはずがないのだから。

 

男が彼女からの質問に何も言わなければ、次の言葉が到来する。

 

『私の代わり、なんですよね。あのまま行けば、私があいつを殺すと分かっていたから』

『…だから、貴方はあいつを先んじて殺した。どうでしょう、この推理…もとい予想。かなり自信がありますよ』

 

男は何も言わない、ただハンドルを握り。車を運転する。その指先はほんの僅かに震えていた。

少女は男の事を様子を少し横目に見ながら、そのまま言葉を続ける。

 

『殺しは無駄だって、説得してくるのは予想してましたよ。止まるかどうかは別として』

『けれど…先にあいつを殺してしまうのは予想外でしたね…』

『確かにどれだけ説得されても、私はあいつを殺すつもりでしたけど。それこそ、刺し違えることになっても』

『…先に行動を起こすなんて、とんでもない手段に出ましたね。せんせ?』

 

男は何も言わない。何かを言うことも出来たが、彼が選択したのは沈黙だった。

少女は一人、喋り続ける。

 

『それで…ええと、何の話でしたっけ?偽証した理由について?…聞かなくても分かるでしょう?』

『先生が代償を払ってでも私を助ける選択をしたように、私は貴方を助けることを選択した。だから、偽証しました。これからも二人でいられるように』

『犯人に仕立て上げる相手だって、ちゃんと選んだんですよ。少なくとも、さっき連行されていったあの人は疚しい事をたくさん隠してます。…逮捕されて当然なクズです』

『…まぁ、でも。きっと拘留所につく前に…

 

黙っていた男も、その思考にだけは賛同できなかった。

思わず、言葉が口からこぼれてしまう。

 

…クズなら、犯してもいない罪を追加してもいい?

気の触れた考えだ。

 

そんな言葉を男が吐けば。

少女は口を尖らせ言う。

 

『…それ、先生が言います?…少なくとも、世間一般で見て。弟子が殺人を犯すのを止めるために、先んじて殺人を犯す人間は狂ってると思いますけど』

『そして隠蔽に加担する私も、多分狂ってます。…気の触れた者どうし、そんなにギスギスしないで仲良くしましょう?ねぇ…せんせ?』

 

少女は車のひじ掛けに、腕を乗せながら流し目で男を見つめた。

探偵は何も言わず、ただ黙るだけ。

 

これは彼が当初思い描いていた結末からは遥かに逸脱したものだった。

本来、彼は逮捕され。新たな名探偵が産まれるはずだったのだ。

しかし、実際蓋を開けてみればどうだろう。殺人犯は捕まらず、探偵は共犯者に成り果てた。

彼の善性からしてみれば、このような結末は狂っているように感じられた。人を殺しておいて、隠蔽工作をしておいて。いまさらそんなことを気にするのも変な話ではあるが。

 

間違っている。

ただ、そんな感覚と、昨日の夜の嫌な触感が。探偵の頭と体を巡る。

 

そして、男は一つの覚悟を決めた。

アデュトルには悪いが、殺人犯の末路がこのような結末であるべきではない。

犯罪者は牢にぶち込まれるべきだ。自分も含めて

 

そう考えた男はそのまま車を運転し、取り敢えずアデュトルを家まで送り届け。

その後に自分一人で警察署まで向かい。自首する事を決心する。

 

男がハンドルを握り、家まで向かう道すがら。

そんな覚悟を決める横で、助手席でその顔をじっと眺める少女がいた。

彼女は見透かす様な眼を男に向けていたが、男はそれに気づくことはなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

家に到着する。あの屋敷は山奥な事もあり。

着いた頃には既に日を跨いでいた。

 

『ふわぁ…』

『お風呂入って寝ましょ、せんせ。私疲れちゃいました』

 

アデュトルは大きく欠伸をして、男に眠る提案をする。

男はそれに同意し、二人はさっさと寝る前の支度を始めた。

 

男は最初から寝るつもりなんぞなかったが。

 

家に帰ってから暫くしてから、アデュトルが寝室に行ったのを確認する。

男はすぐに動きやすい服装に着替えてから、深夜で回らない頭を抑えて、車の鍵を探す。

しかし、何故か見つからない。帰ってから玄関の所定のスペースに置いておいたはずなのだが。

 

まぁいい。見つからないのなら、そのまま歩いて警察署まで向かえばいい。自首するのなら交番でもいいな。

そんな事を思いながら、なるべく静かに玄関の扉を開ける。

誰もいない深夜、静寂に包まれた道路を歩こうと、足を踏み出して数秒後。

 

 

後ろから物音がした。

思わず男が振り向くと、寝間着のままのアデュトルが男を見つめていた。

彼女は若干息を切らしている。

 

『…良かった。まだいた…!…全く、出ていくのが早いですよ、せんせ』

『車の鍵、もう少し探そうとか思わないんですか?』

 

彼女の手には、見つからなかった車の鍵が握られている。

男はそれを見て、少女に言う。

そのカギを、こちらに渡してくれ。と

 

 

『…嫌ですよ。先生、こんな夜遅くにどこに行くんです。外出するのなら、明日でもいいでしょ?』

『理由を教えてくれなきゃ、これは渡せませんね』

 

少女は男を不機嫌そうに睨みながらそう言い放つ。

そんな様子を見て、探偵は鍵をもらうのを直ぐに断念した。徒歩でも目的は達成できる。

彼は彼女に寝るように伝え、そのまま踵を返して歩き始めた。

 

 

『自首するんですか?』

 

一切緩衝材を挟まず、直球で来る質問に男は思わず黙ってしまう。

ここで認めては面倒なことになりかねない。故に彼は適当に濁す。

アデュトルには関係のない事だからと、早く寝るように促して。

 

『否定しないんですね。それ、肯定してるのと一緒ですよ』

 

男は大きくため息をつく。そして、口を開いた。

自分は自首をする。邪魔をするな。

 

そんな事を、自分の弟子に言った。

 

『…受け入れられません。そんなの』

『どうしてですか。今さら、罪悪感にでも駆られました?捕まるかもしれないからって、怖くなっちゃいました?』

 

少女はあからさまに不愉快そうなトーンで、男にそう告げる。

男は毅然とした態度を取り繕い、なるべく威厳を保ったまま自分の助手と相対する。

 

別に怖くなったわけじゃない、ただ…正しい事をしないといけないと思っただけだ。

そんな事を目の前の少女に伝える。しかし、彼女は納得しない。

 

『…嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐いてもらってもいいですか?…酷い顔ですよ。先生』

『焦燥してるって言葉がぴったりです』

『本当は怖いんですよね?…あなたと私の行為が世界にバレて、全てが水泡に帰すのが恐ろしい。違いますか?』

 

 

男は黙る。もしかしたら、実際にはそうなのかもしれない。

あの時、自分の矜持として自白することを決意したが、それは自分の心を守る為の方便に過ぎなかったのかもしれない。

そんな考えが彼の頭を過った。

 

しかし、どちらにしろやることは変わらない。結局のところ男は自らの過ちを正すために決意したのだ。ならば、それに相応しい行動をするしかない。

男は返事をすることすらやめ、少女を無視して歩き始める。

 

彼は止まるつもりなどなかった。例え、彼女は直接止めようとしてきても。

断固として歩み続けようとしていた。

後ろから、アデュトルの声が聞こえてくる。

 

『ねぇ、先生。私、貴方の事が好きですよ』

『貴方が私を二度も救ってくれた。私は貴方にその恩を返したいんです。だから、自首するなんて言わないでください』

 

男の歩みは止まらない。

少女はさらに言葉を綴る。

 

『どうせバレることはありませんってば。…だって、屋敷は焼け落ちそうですし、被疑者はもう死んでしまいました』

『貴方が罪悪感を感じる必要はないし、捕まる恐怖に怯えることもありません。あそこで起きたことや、自分の過去をペラペラ喋る人はいないでしょう?』

 

男の足が止まった。

全く知らないニュースだ。少女の方を振り向き、思わず問いを投げかける。

 

…待て、どういうことだ?

…なんて言った?被疑者が死んだ?…屋敷が焼け落ちる?…なんの話をしている?

 

男が振り向くと、少女は魚が釣れた時のような笑みを浮かべ、言葉を続ける。

 

『あはっ、せんせ。ニュースの速報を見てくださいよ。…私達が昨日までいた屋敷が、派手に燃えている姿が映っていますよ。綺麗ですね』

 

男がすぐさま携帯端末を取り出して検索をかける。…あの屋敷が燃えていた。いや、もっと厳密に言えば。山火事騒ぎになっている。

 

山奥な上、近くに湖もない。消火にはかなりの時間がかかるのは想像に難くない。

アデュトルが語りだす。

 

『ねぇ先生、あの屋敷は貴方が思っている以上の秘密を抱えているんです。私が貴方に教えてあげた秘密なんて、氷山の一角に過ぎません』

『だから、もし誰かが秘密を不用意に暴こうとしたり、何か原因があって秘密が漏れそうになった時には。…BON!』

『…証拠を即座に隠滅しようとするでしょうね。それが人為的な物か、備え付けの設備によるものかは分かりませんけど』

 

男は直ぐに頭を切り替え、彼女のもう一つの発言に焦点を当てる。

 

…被疑者が死んだってどういう意味だ?…あの男は拘留場に一時的に輸送されたはずだ

 

アデュトルはにこやかに微笑む。そして、男に自分の端末を見せてきた。

 

『…これですよこれ。一台の警察車両が襲われた事件です。数分前に出た速報で…中に乗ってた人物は3人とも死んじゃったみたいです』

『先生の方でも調べてみてはいかがですか?』

 

男が再度検索をかける。

確かに数分前に一つの速報が出ている。内容は単純、警察車両が銃撃を受け、犯人が逃走している事を注意喚起する旨の内容だ。

被害者の名前は書かれていないが…つい数時間前まで男たちがいた場所の直ぐ傍で起きた事件だ。…辻褄は合う。

 

『あの人、わるーい連中と馴れ合ってたみたいで。…悪い人たちも、利用価値がなくなったと判断したんでしょうね』

『…巻き込まれた警察官は、かわいそうで仕方がないですけど』

 

…お前がリークしたのか?

男は問いかけるが、アデュトルは即座に否定した。

 

『まさかぁ!私には出来ませんよ!リークする相手がいないですから。あの屋敷に居た誰かがやったんじゃないですか?』

『まぁでも、助かりましたけどね。ずっと否認されてたら裁判も長引くし…色々と面倒なことになったでしょうから』

『私達にとっては僥倖ってやつです…そうですよね、せんせ?』

 

嬉々として少女は語る。

男は目の前の少女が恐ろしくなった。仮に彼女がこれらの事件に何も関係していないとしても。

人の死を喜び、自分に都合の良い事だからと悪行を肯定するその様は、酷く悍しい。

 

『ほら、せんせ。帰りましょ?先生の名声とあの場に居た人々の証言。そして被疑者死亡の事実さえあれば。誰も貴方を捕まえませんし、捕まえようとも思わないでしょう』

『仮に疑われても、否認すればいいんです。きっと、証拠不十分で立件はされませんよ』

 

アデュトルが男に向かって、優しく笑みを湛ながら一歩踏み出す。

その様子は少しばかり艶やかで、狂気を内包しているように感じてしまう。

男は口を開く。このままでは少女のペースに呑まれてしまいそうだった。

 

少女が一歩踏み込めば、男は一歩後ずさる。

男は抵抗する。

だとしても、自分は―

 

『―だとしても、なんて考えなくていいんです。回れ右して布団に戻って一緒に寝ましょう。一緒に寝て、微睡んでしまえば。起きた時には、どうでも良くなっていますから』

『二人で、この秘密は一緒の墓に持っていけばいいんです。二人だけの、二人しか知らない。大切な秘密にしてしまいましょう?』

 

少女は間髪入れず、男の言葉に割り込んできて。

凡そ正気とは思えない発言で、男の言葉を制した。

気が触れているとしか思えない発言に思わず男は語気を荒らげる。

 

何を言い出すかと思えば…ふざけるなよ!人を殺した事実が、大事な秘密だと!?

お前…!

 

男がその言葉を咎めるように、威圧する想いを籠めて少女を睨みつける。

しかし、もはやその視線に大した覇気はなかったらしい。

アデュトルはさらにもう一歩踏み出し、その狂気を内包したまま男に向かって語り始める。

 

『し~、声が大きいですよ先生。誰かが聞いていたらどうするんですか?』

『…この秘密は、大切な秘密なんですよ。確かに、この悍ましい行為が誰かにバレてしまったら、私達は一貫の終わりです。でも、だからこそ』

『この秘密がある限り、私達は切れない繋がりを持ち続けることが出来るでしょう?…婚姻関係?肉体関係?師弟関係?…そんなものより、よっぽど深い絆じゃないですか。お互いに、相手を想う純然たる好意から発生したんですから。私達の心を深く…深く繋いでいるはずです』

 

『この秘密を共有し続ける限り、私達は運命共同体で、大切なパートナーです』

『先生、そもそもですね。元はと言えば、貴方の行いがスタート地点なんです。貴方が私の復讐に横槍を入れなければ…私を助けようとしなければ、こんな風に狂うことはなかったんですから』

 

男は何も言えない。目の前の少女の言葉に絶句していたのか、それとも何か思うところがあったのか。男に構わず、少女は言葉を吐き続ける。

彼女はまた一歩、男の傍へと近づいた。

 

『それに~もしも、このまま自首をするのなら。貴方は当然、私の偽証にも触れますよね。触れざる負えないはずです。…そうすると、仮に受理されれば。私と貴方。二人とも捕まってしまいますね』

『先生は、私が殺人犯として捕まるのが嫌だったから…いえ、私が逮捕されるのが嫌だからこんなことをした。でも、自首すれば。二人して捕まってしまいますね?』

 

『それじゃあ、貴方の行いに何の意味があったんでしょう?…何のために、人を殺めたんでしょう?』

『その行為を、無意味にしてもいいのでしょうか。貴方が全てを投げ打って救おうとした私を。不幸にしても良いのでしょうか?』

 

男の思考が止まる。冷静に考えれば、殺人犯として検挙されるのと。証拠隠滅の罪で検挙されるのでは大きく異なるだろう。

しかし、重要なのはそこではない。男は少女を助けるために、彼女を罪人にしたくない一心で、一人の生きた人間を自分の手で葬った。

男にはいくつから黒いコネもあるし、彼女を無罪にすることは出来る。その確信が先ほどまで彼にはあった。

しかし、前提条件として。彼女が自身の罪を否定しなければならない。

 

男が脅迫していたことにして、彼女は加担せざる終えなかったことにする。男の持つコネを通して、彼女を不起訴処分にする。

そういった方法ならいくらでもある。彼女が無罪を受けたいのならば。

しかし、彼女がそれを望まない場合は…彼女が自身から罪を暴露して。自分の人生を台無しにしようとするのなら。

男のこれまでの行為は殆ど無に帰すことになるのかもしれない。

 

…ここで、彼女を罪人にするわけにはいかない。そんな考えが男の頭を過る。

考え俯く男を他所に、少女がさらに一歩進む。男は動かない。

男の決意が揺らぎ、畳みかけるように少女は言う。

 

『…自首をしても、二人して不幸になるだけです。私が偽証をした瞬間か、その前に貴方が自白をしなかった以上。私も貴方も、もう戻れないんです』

『だから、帰りましょう。帰って、私と一緒に寝ましょう。貴方が嫌な事を思い出す度、私が慰めてあげます。貴方が傷つく度、私が癒してあげます』

『たった一人の共犯者が、貴方をたくさん愛してあげます。貴方が、私を愛してくれたのと同じように』

 

もう、男と少女の物理的距離は殆どない。

アデュトルは俯く男の手を愛おしそうに握り、彼の目をじっと見つめながら言う。

 

『貴方が全てを投げ打って、私の人生を守ろうとしてくれたように』

『今度は私が、貴方の人生を守りますから』

『家に戻りましょう、先生』

 

男は、その誘いを拒むことが出来なかった。

彼は自分の想いを貫くことなど出来なかった。そもそも、最初からそんなものはなかったのかもしれない。

 

探偵が、握り返したことを確認すると。

少女は嬉しそうに微笑んだ。

 

『ふふ…捕まえた』

 

少女は慈しむ様に手を優しく包み込むと、目を合わせて優しく言葉を紡ぐ。男はその狂気を受け止める以外に選択肢はない。

その狂気に呑まれる以外に、道はなかった。

 

『ずっと、ずっと…。一緒です。2人で、全てを抱えて…この罪を背負って生きていきましょう。お互いが腐り落ちるその日まで…』

『…あはっ。愛していますよ、先生!』

 

そうして、2人の犯罪者はそのまま自分の罪を隠匿する。

この狂気的な関係は、彼らが死ぬまで続くのだろう。

 

 

 




あとがきです。
とんでもなく長くなってしまいました。
読みにくかったらごめんなさい。
文を書くのが下手な私を許してくれ…
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