「くっ……■■を刻みさえすればお前らなんかは……」
酷く頭が痛い。内側から、張り裂けるように頭が揺れる。頭が吹き飛びそうだ。何度、止まってくれと念じても……痛みは止まず。
「うぅぅぅ……!」
何度も針で数多く刺されるように、引っ張られるように。不規則なリズミを刻んでいきながら、頭の何かが歪んで行っている気がする。カチッ、カチッ、カチッと時計が刻を刻んでいく音が聞こえる。
「うわぁぁぁ!!!!」
叫ぶのと同時に視界に光が入ってくる。どうやら、体ごと起き上がったみたいだ。両足の裏に自分の体重が乗っているのを感じられる。少々、未だに頭が痛いが……動くには及第点だろう。
「随分な目覚めだな。ダンテ」
「誰だ!」
後ろから聞こえてくる音に振り返ると、背を見せるように着崩した真っ黒なマントを羽織って、白いシャツに赤いネクタイをきっちりと結んだ女性が立っている。エメラルドのようにきらり、きらりと輝く瞳は鋭くこちらを見ていて、思わず自分の叫び声で彼女を起こしてしまったのではないかと考えてしまう。
「……そうか……やはり、彼女の予想通りか」
「今、酷く混乱していると思う。だが、まず文明人らしく話をするには私と契約して貰おう。そもそも対人関係というのは一種の契約行為から始まるものであるのを踏まえると旧来の関係構築法に該当するとも考えられるだろう。しかしだ、ダンテ。それは相互の情報の対等性が担保されたうえで行われる交渉行為であるからして、今の状態は君からすれば暴利をふっかける悪徳な金融屋に等しく見えるかもしれない。だが、私はそうではないことを保証しておくためにまずは名乗ろう」
「元ロドス製薬医療部部長のケルシーだ」
長ったらしく話しかけてきたこの女性はケルシーと言うらしい。長すぎて思わず、その頭の上に付いている耳が動かないかを眺めていたが、微動だにしなかった。だが、契約とはなんだろうか。
「契約ってなんだ」
話しかけるが、ケルシーは顔を顰めるばかりだ。もしかしてだが……
「聞こえてないのか?」
「おそらく、今ので答えに至ったな。そうだ。契約を結ばなければ……ダンテ、君の声は時計が奏でる規則的な雑音としか聞こえない。例えば、カチッカチッという擬音語が正しいだろう」
よくわからない夢を見て、飛び起きて、そして面識のないこの女性には契約を迫られる。自分の発する声はあの夢で聞いた忌まわしい音に成り代わったという始末。
「散々だな……でも、ここは結ぶしかなさそうだ……」
「なら、ダンテ……こう言うんだ。『お前の星に従え』」
「お前の……星に従え」
そう言った刹那、自分の頭から一つの鎖が伸びていく。それはケルシーへと飛来し、何も抵抗せぬ彼女にそのまま突き刺さる。荒ぶる時計の針がまたあの頭痛を引き起こし、両腕で強く頭を抱え込んでしまう。一秒また一秒と過ぎるうちに痛みは無くなっていき、やがて手を離す頃にはやや汗を流したケルシーと自分しか居ないという気まずい空間に至る。
「……聞こえるか?」
「ああ、聞こえる。では、改めて自己紹介しよう。囚人番号02のケルシーだ。リンバスカンパニーへの入社を歓迎しよう。管理人ダンテ」
待て、管理人? 囚人? 何もわからないぞ。まずは、このリンバスカンパニーとやらについて聞いて見よう。
「リンバスカンパニーってなんだ?」
「そうだったな……リンバスカンパニーについて簡単について説明するならば……ペーパーカンパニーだったものというのが適切な表現だろう。肥大化したロドス製薬が有する別名義の口座や事業をロドスとしてではなく、別会社であると周囲に隠蔽するための隠れ蓑だな。最も、すでに過去の話であるが……今ではどちらかと言うと、独立行動隊を務める子会社であり、同時にロドスに居ては望ましくない者が送られる左遷先でもある。だが、我々は事実上孤立無援と言って差し支えない」
腕を組みながらケルシーは顔を顰め、ロドスという名前を述べる度に語気が強くなった気がする。あまり、触れるのは得策ではないのかもしれない。左遷と言っていたし……おそらくは……ケルシーも。
「孤立無援?」
「ああ、ロドス製薬とは初期の施設投資及び定期的な送金を行う代わりに委託された業務を執り行う約款が結ばれている。一見すれば……業務提携だが、実態は金と施設だけは提供するから後は任せたという無茶振りそのものだ。この広いテラで金だけで生きていけると思うのはクルビア人だけだろう。無論、クルビア人のすべてがそうであると言いたいわけじゃないが、その歴史的栄光の裏にはヴィクトリアへの参与を望まなかった資本家……いわば、我々のよく知るクルビア人へのステレオタイプに該当する人物が多かったのも事実。故にだ、管理人。そういったクルビア人と同じ考え方をしないのならば、我々はこの施設の維持、我々の衣食住の確保、与えられた任務の達成を大前提に業務を遂行し、それ以外にも多くの自立活動なども行わなければならない」
「……まだまだ、あるがすべて聞きたいか?」
早口で捲し立てられた一言、一言がこの管理人という職務の難解さについて語るもので、同時にこのリンバスカンパニーが常に置かれることになる苦境を示している。
「いや……うん、大丈夫」
「……それでこの会社の社員は何人かな?」
「管理人を除いて、四名だ」
「四名!?」
乗りかかった船はどうやら泥舟だったらしい。即刻、辞任しよう。
「あの、やっぱりやめても……」
「管理人、記憶を取り戻したくはないのか?」
確かに、記憶の奥底が欠けている気がする。大事なことをしようとしていることだけは……それだけは覚えている。
「……だけど、これじゃ」
「安心しろ、管理人。四名と言ったが選りすぐりの四名だ。それに我々には旧人類の遺物である黄金の枝を集める任務があるのだから、人員が足りないくらいで嘆いていてはおそらく集め終わるのはブラッドプルードが一生を終える頃になってしまいかねん。それと、残念だが……リンバスカンパニーに退職規定はない」
「!?!?!??」
時計がけたたましく鳴り響く。自分の踏んでいる床が何故か揺らいだ気がした。コンクリートの柱が無数に聳え、地面すら灰色の海みたく延々と続いている。そんな場所が揺らぐわけないと思うのも束の間、ケルシーに体を支えられる。
「……石棺より起きたばかりの君には酷だったか。だが、状況は急を要するため説明するしかなかったことはわかってくれるな?」
「まぁ……もう管理人になっちゃったわけだし……諦めたけど、ここって?」
「ウルサス帝国チェルノボーグ市、現在レユニオンムーブメントというテロリストにより襲撃されており、無政府状態にある」
「……逃げれる?」
「ああ、問題ないだろう。それにそろそろ、彼女が到着する頃だ」
暗く、見通すことすら憚られる大きな空洞の中から、走る音が反響する。壊れた蛍光灯から溢れる粉とその微かに残る明かりの下に、一人の少女がやってくる。白い髪が一歩一歩踏み込む度に揺らぎ、微かな海の香りを漂わせながらやや息切れしながら我々の前にやってくる。NO.7と刻まれた黒を基調としたケルシーと同じ制服に加えて、左に持たれている淡い光を放つ薄紫色のガラスで作られた灯籠とベルトに括り付けられたホルターにレイピア。重武装と言う他ない。
「囚人番号7。アイリーニ現着しました」
「よろしく、管理人になったダンテだ」
すると苦笑いを浮かべるように薄く開かれた口を見れば、またあの契約とやらが必要なのだろうと勘ぐるには十分だ。流れ作業のよに、契約に必要な文言を言えば再び現れた鎖がアイリーニへ向かい、契約を為す。予想していなかったのか、思わずレイピアで弾こうとしていたが何度振るっても触れられないのか通り抜けていた。
「そのですね……先にやるなら言ってください……びっくりしますので……」
「あ、うん、ごめん」
ケルシーは話は終わったかと切り上げると、急げと言わんばかりに駆け出す。
「ちょ、ちょっと!?」
「早くチェルノボーグから出るぞ。話は後だ」
走っていくうちに写るのは、煙を立てて炎上していく町並み。無数の死体が力無く横たわり、死に際の壮絶な表情を保ったまま時が止まっている。青空が見えるはずの大空も、分厚い無機質な雲で覆われる様を見るとここがまるで死都であるかのような錯覚を与えてくる。
「ケルシー先生、管理人。前方に敵数名、接敵します!」
アイリーニがそう、声を荒げると親子を襲っている暴漢数名へ向けて迷わずにレイピアを抜く。
「管理人、指揮の見せ所だ。私も前に出る!」
唐突に指揮なんか任されても……でも、あの親子を救えないという事実に自分が向き合えるかと言えばそうじゃない。
「ケルシー、Mont3rを前に。アイリーニは側面から強撃」
何故か分かる囚人たちの攻撃手段。眼前に浮かぶように、はっきりと見えたその構想を鎖で繋ぎ、発する。
「ひぃ! なんだ、こいつ!」
現れたMonst3rに
「ぐぁっ……」
血が滴り、よろめきながらも暴漢たちはまだ立っている。もはや、意地で立っているようなものに等しい。
「ケルシーは守備、アイリーニはトドメを」
「……戦闘終了。親子は無事か?」
倒れ伏している親子を見ると……体のいくつもの箇所を打撲痕が濃い紫色に染め上げていた。ケルシーが医療アーツとやらで治療を試みたが、すでに時は遅かったみたいだ。親も娘も、事切れていてもはや再度息をすることはないと断言されてしまった。初勝利であるにも関わらず、この勝利の味はどこか鉄の味がした気がする。
「酷い……これがレユニオンのやることですか……」
「……感染者の鬱憤が表出してしまった結果だ」
「でも、すでに治療薬はあるじゃないですか! どうして、感染者は……」
感情を高ぶらせて、ケルシーを問いただしているアイリーニを見ていると何故か嫌な予感がした。まるで、明確な死が迫ってきているような……
「ダンテ! 後ろに引け!」
「なっ!」
渦巻くように溢れた火がすべて飲み込んでいきながら、眼前を通り過ぎる。先程の親子も暴漢も、死体たちもすべて灰燼へと返しながらアイリーニを飲み込んだ。慌ててMont3rを出してくれたケルシーが居なければおそらく、その予熱だけで自分も死んでいたであろう大火に思わず……言葉を発することすら忘れてしまう。それに、いい子に見えていたあのアイリーニすら……こんなにあっけなく、死んでしまうなんて……もはや、この街から出ることすら望めないのではと絶望しても仕方がない。
「……何を落ち込んでいる。管理人、お前ならその時計を回せるはずだ。すでに囚人になった者ならば、蘇らせることができる」
「本当か?」
「ああ、早くしろ」
言われたとおりに時計を回す。肋骨をえぐられ、脳を握られ、内蔵が反転していくような苦痛。それが神経という神経に伝わり、もはや痛みに悶えることしかできない。そんな、最中に見えたのは宇宙そのもの。無数の星に象られ、無限という情報量を持つ絶対的な領域。すべてがあって、すべてに繋がっているような……この歪な感覚はいわば内なる宇宙と形容できるのかもしれない。そう思っている内に視界が、先程の惨状へ舞い戻るはずだったが、一つの事実に否定される。
「管理人! どうやったかは知りませんが、その……生き返らせてくれてありがとうございます」
変な笑いを浮かべる死んだはずのアイリーニが居た。という事実に。
とりあえず、メモをつけてみることにした。わからない単語とか、用語とかをまとめていこうと思う。
#1096.12.23
リンバスカンパニー。
私が入社した会社。どうやら、ロドスアイランド製薬という大企業の子会社らしいが……もともとはペーパーカンパニーという営業実態の無いものだったみたい。あとはその親会社に好ましくない人間が左遷されてくるらしいけど、今のところケルシーくらいしか知らない。
正直、分かるのはそれくらいかな。ケルシーは別のことに忙しいし、アイリーニはどうやらあまり詳しくないみたいだから。
ただ……退職規定がないからろくでもない会社なことだけはわかるかな。