幼馴染たちが美しく歌う中、俺は哭き叫び狂い堕ちる   作:零城

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あれなんか昇の出番少なくね?


第二十一話 黎明

森の奥、風が止む。

響の拳が唸りを上げ、ネフシュタンの鎧を纏うクリスの腹部へ直撃した瞬間、白い閃光と爆音が一帯を呑み込んだ。

 

大地が抉れ、木々が揺れ、熱風が葉を焦がす。

濛々と立ちこめる土煙の中、二人の影がわずかに揺れる。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

肩で息をしながら、響は拳をゆっくりと下ろした。

彼女の視線の先——コンクリート擁壁に叩きつけられ、大穴を穿って沈むクリスの姿。

装甲は砕け、腹部には拳大の穴が空き、そこからわずかに肌が覗いていた。

 

「……っく、なんて無理筋な力の使い方を……っ」

 

呻きながら、クリスはかすれた声を漏らす。

完全聖遺物・ネフシュタンの装甲を貫くなど、常識ではありえない。

それは本来、ツヴァイウィングの天羽々斬と同格——響の出力は、もはや“人の枠”を超えていた。

 

——パキ、パキパキ……。

 

乾いた音が響く。破損した装甲が自己修復を始め、白い鎧が脈動を取り戻していく。

だがその再生は、皮膚ごと巻き込み、クリスの肉体を“取り込もう”としていた。

 

(……チッ、こいつ。下手すりゃ自分ごと喰われる)

 

ふらつく足取りで立ち上がるクリス。

その一方で、響は目を閉じ、胸の奥にフォニックゲインを集束させる。

無防備な姿。だがそこに、恐怖も迷いもない。

 

「っな、バカにしてんのか!? 私を……雪音クリスを!!」

 

「……そっか。クリスちゃん、って言うんだね」

 

「っ!?」

 

思わず自身の名を呼ばれ、クリスの瞳が揺れる。

誰にも呼ばせたくない名前——それを自然に口にされた瞬間、胸の奥がざらついた。

 

「ねぇ、クリスちゃん。もうこんな戦い、やめようよ。ノイズとは違って、言葉を通わせることができる。話し合えば、きっと分かり合えるはず!」

 

「嘘くせぇ……青臭ぇんだよ!!」

 

クリスは怒鳴り返し、そのまま踏み込む。

拳がうなり、響の腕に叩きつけられた。

 

「くっ——!」

 

衝撃で体勢を崩した響が、木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされる。

追撃。蹴撃。殴打。ネフシュタンの拳が連撃のように襲う。

 

「はぁぁっ!」

 

防御一辺倒の響が、徐々に押されていく。

クリスの瞳には怒りよりも、焦燥が燃えていた。

 

——その瞬間。

 

「響!!」

 

空間が裂けた。紫色の閃光。

“次元の裂け目”から飛び出した昇の蹴りが、クリスの腹部へ突き刺さる。

鋭い衝撃音。破壊された装甲の継ぎ目へ、まるで狙いすましたように。

 

「が……っ!?」

 

ゴム毬のように弾かれ、クリスの身体が宙を舞い、地面を転がる。

 

「ッ、お前、それ……」

 

蹴った足に鈍い感触が残る。昇は眉をひそめ、飛ばされた先のクリスを見る。

唇の端から血が伝っていた。

 

「うるさい、うるさいっ!! お前なんかに心配されてたまるかぁっ!!アーマー・パージだッ!!」

 

叫びと同時に、ネフシュタンの鎧が赤黒く光を放つ。

次の瞬間、爆ぜるように破片が四方へ飛散した。

 

「っ!? 響、下がれッ!!」

 

昇が咄嗟に前へ出る。

無数の金属片が弾丸のように襲いかかり、昇の身体を貫いた。

 

ブシュッ、ガキン、ザクリ——。

 

嫌な音が連続する。

肉に突き刺さる。骨を掠める。背後の木々が薙ぎ倒され、森全体が土煙に呑まれた。

 

「の、昇!?」

 

「……いっつぅ……」

 

煙が晴れたとき、そこに立っていたのは満身創痍の昇。

全身に大小無数の破片が突き刺さり、血が滝のように滴り落ちていた。

それでも——彼は、まだ響の前に立っていた。

 

「……ったく、相変わらず派手な女だな……」

 

口の端から血を垂らしながら、それでも苦笑を浮かべる。

彼の足元に、真紅の血だまりが広がっていった

 

「の、昇……ち、血が――」

 

「ぁ? こんなの何てことないさ。UNKNOWNに喰われた時よりマシだろ」

 

強がって笑ってみせる。けれど響の瞳は今にも涙で滲みそうだった。

 

「わ、わたし……昇を――」

 

「……今はいい。まずはクリスを止め――」

 

――その時。

 

『Killiter Ichaival tron〜♪』

 

天使の声のようでいて、棘を孕んだ詠唱が土煙の向こうから響く。

そちらを振り向いた二人の前に、装甲スカートを翻し、赤と白の装束を纏ったクリスが立っていた。

 

「見せてやる……【イチイバル】の力を!!」

 

「クリスちゃん……私たちと同じ、シンフォギア……」

 

「歌わせたな……」

 

「え?」

 

「私に、“歌”を歌わせたな!!」

 

噛み殺していた感情を吐き出すように、クリスは叫ぶ。

 

「教えてやるよ。私は――歌が大っ嫌いだ!!」

 

瞬間、装甲の一部がガシャリと展開し、十字弩が形成される。

矢形のエネルギーが四条、閃光の尾を引いて解き放たれた。

 

「くそっ!」

 

昇は肩から生えた紫の刃を振り払い、飛来する矢を叩き落とす。

間髪入れず、十字弩は唸りを変え、両腕に巨大な回転砲――ガトリングが生成される。

 

「薙ぎ払え……!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

轟音。鉛雨にも似た光弾が、森を切り裂く暴風のように襲いかかる。

 

「響! 捕まれ!」

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

 

【次元斬り】

 

昇は即座に防御を捨て、響の腰を抱き寄せると足下の空間を切り裂いた。

開いた“裂け目”へと身を投じる。

 

「逃すかァ!!」

 

弾幕は容赦がない。クリスは裂け目の口そのものへ弾丸のシャワーを叩き込む。

出現と同時に撃ち抜かれるため、昇は次々と新たな裂け目を開けては潜る、出る、また潜る――瞬間移動にも似た綱渡り。

 

「見境なしかよっ!?」

 

「しゃらくせぇ!!」

 

装甲スカートが開き、蜂の巣のような発射口が幾枚も覗く。次の瞬間、無数の誘導弾頭が飛び立った。

 

【MEGA DETH PARTY】

 

圧殺的な密度の爆炎。裂け目を開く余地ごと、空間を“塞ぐ”弾幕。

回避先にミサイルが刺さり、昇は衝撃波に弾き出される。

 

「もらった!!」

 

倒れ込む昇。即座に響がその前に身を投げ出し、両腕を広げて庇う。

クリスはなおも撃ち続け――やがて、息を荒げて引き金を止めた。

初手からイチイバルを酷使した反動が、肩で荒ぶる呼吸に現れている。

 

舞い上がった土煙が、ゆっくりと晴れていく。

そこに立っていたのは――重厚な鉄壁。

 

「……盾?」

 

「――剣だ!!」

 

澄んだ声が空を裂く。見上げた先、蒼い刃が陽を弾いた。

剣身を盾のごとく構え、響と昇の前に、凛として立っていた

 

「——っへ、死に体でおねんねと聞いていたが、足手纏いとバケモンを庇いに現れたか。」

 

「……もう、何も失うものかと決めたんだ。」

 

「翼さん……」

 

「気が付いたか、立花。だが私も十全ではない——力を貸してほしい。」

 

初めて、翼が“同じ戦士”として響に向けた言葉だった。

 

「……はい!」

 

「おい、蒼月。まだ立てるだろ?」

 

「……一応、ミサイルとあいつの破片が体中に刺さってんすけど?」

 

「っふ。だがそんなもので死ぬお前じゃない。」

 

「……えぇ、まぁ。これ以上ないほど心強い助っ人っすよ、先輩。」

 

翼は天羽々斬を構え、クリスへ一直線。イチイバルの弾幕が咲くより早く踏み込み、刃で軌道を断ち切る。

クリスは距離を取りたくても、近距離は分が悪い。押し込まれ、歯噛みした。

 

(この女——前より冴えてやがる!)

 

「翼さん! その子は——」

 

「わかっている。」

 

“人だから、致命は避けて”——響の眼差しを受け、翼は短く頷く。鍔迫り合いから一度離れ、互いに呼吸を整えたその刹那——

 

 

パリッ。

 

 

「ッ!? 上!」

 

昇が叫ぶ。見上げれば、空に群れる飛行型ノイズが数十。鳥形のシルエットがドリルに変形し、雨あられの急降下。

ガトリングを破壊されたクリスが身を固める間もなく、突撃の一体が一直線に彼女へ——

 

「危ない!」

 

響が飛び込み、身体で軌道を逸らす。鈍い衝突音。抱き止めたクリスの腕に響の体温が落ちる。

 

「響!?」

 

「立花!?」

 

「お前!? 何やってんだよ!?」

 

「ごめん……クリスちゃんに当たりそうだったから、つい。」

 

「よ、余計なお節介だろ!?」

 

外傷は浅い。安堵して昇が駆け寄ると——

 

『……命じられたこともできないの? クリス。私をどこまで失望させる気かしら?』

 

森の奥から澄んだ女の声。夕陽を背に、白金の髪が揺れる。手には緑光を宿したソロモンの杖。

 

「フィーネ!?」

 

(フィーネ——“終わり”の名、か。)

 

クリスが響を翼へ投げ渡し、声を荒らげる。

 

「こ、こんな奴なんかいなくたって、戦争の火種くらい私ひとりで消してやる! そうすりゃ——あんたの言う“呪い”から人は解放されて、バラバラの世界も元に戻るんだろ!」

 

だが返ったのは、冷ややかな溜息だった。

 

『もう、あなたに用はないわ。』

 

「……は? な、なんだよそれ!?」

 

フィーネの右手が微光を散らす。粒子化したネフシュタンの欠片が渦を巻き、掌へ吸い込まれていく。

目的——回収は果たされた。踵を返しかけた彼女は、ふと思い出したように細い指を弾く。

 

『あなたたちの相手は、こちらに任せるとしましょう。』

 

足元に黒い楔が刺さり、紫の膜が裂ける。そこから這い出たのは——

 

ぐずり、と粘りを引く【紫のスライム】。

ギィン、と関節を鳴らす【二足歩行の無機質な機械】。

地を擦り、節を蠢かす【橙の巨大な芋虫】。

 

「な、なんだコイツら!?」

 

ノイズに似ている。だが違う。フォニックの逆位相のような、耳の奥に残る不快な軋み——“作られた”気配。

 

「ノイズか何か知らんが、ぶっ壊して——」

 

ドクンッ。

 

胸腔の奥で、鼓動がひとつ跳ねた。嫌な乱れだ。視界の端が白く焼け、別の光景が割り込む——鉄と蛍光灯に満たされた無機質な施設。見知らぬ制服の職員たちが、今まさに目の前にいる“三種”を手際よく鎮圧している。知らない。はずなのに、名称だけが舌先に浮かぶ。

 

「……黎明?」

 

ぽつりと零した瞬間、フィーネの肩がびくりと揺れた。

 

(——どうして、その名を?)

 

呼び名を与えたのは自分だ。なのに少年は、まるで記憶しているかのように。

 

『……まあ、いいわ。試作品だけど、存分に“楽しんで”。』

 

踵を返すフィーネ。昇は裂け目を刻もうと刃を立て——

 

「どけぇ!!」

 

紫の縫い目へ踏み込む直前、踏み止まる。行く手を遮って、二足歩行の機械がランスを突き立てた。鈍い緑青の装甲。無表情な単眼が、氷のように光る。

 

ギンッ!

 

道を失った乗客の刃と、緑のブレードが噛み合った。油膜の焦げる匂い、サーボのうなり、散る火花。力の線が拮抗する。

 

「硬っ……! なんだよ、お前らは!?」

 

ドクンッ。

 

また、心臓がズレる。胸のど真ん中に、目に見えない針を打たれたような不快。脳裏では、見覚えのない識別票が明滅する——〈緑青の黎明‐疑問‐〉。

 

「チッ……!」

 

横合いから迫る影。翼の前に、橙色の芋虫のような塊が群れてきた。粘液を撒き、地表を這い、だらしなく口器をもがきわせる。動きは鈍い。だが数が悪い。しかも翼は腕に気絶した響を抱いたまま、退路を塞がれた。

 

「下がれないなら——斬り拓く!」

 

天羽々斬が一閃。最短の縮地、最少の肩の回転。刃が空気を裂くたび、橙の節が二つ、三つと弾け飛ぶ。血肉らしきものはない。ただ、乾いたゼラチンを砕くような抵抗。崩れた欠片は、ノイズの炭化と違い、土に溶けず“残る”。

 

(ノイズとは違う……崩れ方も、音も、匂いも。)

 

翼は片腕で響の体勢を支えつつ、踵で一体を蹴り払い、鞘で別の個体の突進を逸らす。腰を落とし、半身。刃線はつねに低く、最短で戻す。彼女の動きに無駄はない——が、群れはじりじり包囲を縮めてくる。

 

「蒼月、そっちは!?」

 

「遊んでる暇は——ねぇ!」

 

昇は緑の槍を受け流し、刃の縫い目をねじ込む。カメラアイが自動補正で追従し、刺突軌道が微細に修正される。機械は学習する。正面は悪手だ。

 

「——なら、横だ。」

 

キィンッ、と刃が鳴る。足元に縫い目。昇の影が沈み、別の裂け目から肩越しに飛び出した。側頭部装甲へ水平斬。火花。浅い。だが効く。緑の単眼が瞬き、ほんの一拍だけランスが鈍る。

 

「そこで落ちろ!」

 

回り込みざま、肘関節——機械の死角に最短突き。刃が関節の隙間に喰い込み、ギヤの噛み合わせが悲鳴を上げる。緑の機械が膝をつき、体勢が崩れた。

 

ドクン——ッ。

 

心臓の乱れが更に深く刺さる。視界の端に別ラベル——〈琥珀の黎明‐完全食‐〉。知らない言葉が、知っている顔で迫ってくる。

 

「持たせる!」

 

翼は響を胸に抱え、切り結びながらステップで群れを誘導する。擁壁の前で跳躍。踵で壁を蹴り、回転と同時に斬撃の雨を落とした。群れの先頭が裂け、進路に隙間が生まれる。

 

「今だ、蒼月!」

 

「任せろ!」

 

昇は緑の機械のランスを外側へ弾き飛ばし、縫い目で足元をすくう。機械の足裏が虚空を踏み外し、片膝が地に落ちた瞬間——

 

ズバァッ!

 

肩の刃を叩き込み、装甲のロックピンを断つ。腕部がぶら下がり、ランスの先がだらりと垂れる。

 

「一体削った! 先輩、そっちは——」

 

「数で押してくるタイプね。斬れる、が、キリがない!」

 

橙の芋虫は、切断してもなお小型の塊に分かれて蠢く。翼は刃の返しで“核”を探るように切り口を浅く刻み、動きの鈍った個体から順に踏み潰した

琥珀の黎明に意識を割きすぎた一瞬——死骸の陰に潜っていた“紫色のスライム”が、翼の足元までにじり寄っていた。

 

「——翼!」

 

昇は反射で肩からぶつかり、翼を押し退ける。次の瞬間、紫の塊が昇の右肩に覆い被さり、ぽうっと妖しく膨張——

 

ボンッ!!

 

衝撃と共に、紫の光が四散した。

紫の黎明《理解の果実》の自爆。爆煙の中から現れた昇の皮膚には黒紫のヒビ割れが走り、目・鼻・口から血が筋を描く。右肩の刃は根こそぎ消え、シンフォギアが剝がれた素肌がむき出しだ。

 

「ぐっ……はぁっ……!」

「蒼月!?」

 

喉の奥で泡立つ咳が、血と唾液と胃液をまとめて吐き上げる。体のどこかで“締め具”が外れていくような、不吉なゆるみ。

 

「アイツ……自爆で“噛む”のかよ……」

 

「くそ、立てるか!?」

 

翼は響を庇うように傍らへ横たえ、空から舞い降りる鳥型ノイズと、フィーネの置き土産——黎明の群れを同時に捌く。

 

『たった今、救助隊を出した! それまで耐えてくれ!!』

インカム越しに弦十郎の声。

 

「弱いが数が多いな!!」

 

 

【千ノ落涙】

 

 

天羽々斬から散った無数の光刃が、雨脚のように空域を制圧。ノイズは次々と落ちる——が、黎明は違う。倒れた個体を“盾”に使い、刃の隙間を読んでガードを組む。明らかな【知性】がある。

 

「……面倒な!」

 

自由に動ければ押し切れる。だが今は響と、血を流す昇を守りながらの立ち回り。優先脅威も見えた。緑青の黎明《疑問》——装甲と突撃が厄介。紫の黎明《理解の果実》——数は少ないが自爆で精神を削り、遅効の“毒”を残す。

 

(このままじゃ——)

 

紫の爆光で《聖遺物》の底を揺さぶられ、暴走の“芽”が疼く。歯を食いしばって押し戻し、昇はふらつく足取りで前へ出ようとする。

 

(……頭が割れる……でも、倒れたら先輩が危ない)

 

視界がちらつく。力は安定せず、右肩は痺れたまま。それでも、胸の底にひとつの祈りを握る。

 

(頼む……貫く刃じゃなくていい。切り裂く牙じゃなくていい。——みんなを守れる、“傘”を)

 

 

ギチ…ギチ…ギャリィィィン

ブゥゥゥン

キィィィィン‼

 

 

「っ……!」

 

紫の痛みとは質の違う、鋭い頭痛がこめかみを刺した。胸の鼓動がひと拍跳ね、何かが起動する“気配”だけが、確かに近づいてくる。

 

胸の奥で雷がはぜたみたいな痛みが、ふっと雨音に溶けた。

土埃の匂いの上から、あり得ないはずの〈陽の差す雨〉——狐雨——の匂いが被さってくる。視界の端に、廃れた路地と、そこに積み上がる古い傘の山が“あり得ない角度”で差し込んだ。背に折れた柄を突き刺した、大きな狐がその路地の主のように佇む。『背中に傘の柄が刺さった狐』『古傘の巣の路地を形作る』という語が、どこからともなく頭に貼り付いた。 

 

『——子よ。望んだのは、刃ではなく庇(ひさし)であろう?』

 

低く、湿り気を帯びた声。昇は膝をついたまま、歯を食いしばって笑う。

 

「……盾が欲しい。俺じゃなくて、あの二人を、雨から守れるやつ」

 

『ならば、我が“狐雨”を貸そう。これは契りではない。ただの雨宿りだ』

狐が首を振るたび、破れた傘骨がからんと鳴り、頭上に薄い雨幕が張られていく。狐の周りに転がる古傘は、かつての厚意の落とし物——その厚意はときに相手を傷つける。だがそれでも、狐はそれらを捨てずに寄り添ってきたのだと、雨が教える。 

 

「……来い。俺は、傘になる」

 

狐の金の瞳が細く笑み、雨粒が昇の皮膚の裂け目に触れた瞬間——。

紫の灼ける痛みが静かに沈んでいく。肩口に覗いていた“乗客”の刃が雨樋のような流線に変わり、背面で骨組みじみた傘骨が六つ、痛々しく生えているように刺さっていた。肩と腰を覆うのは黒地に白い縫い目の合羽。掌に握った柄は、半ば折れた古傘——“破れた傘”。狐が授ける名は“狐雨”。 

 

『忘れるな。我は好んで血気を求めぬ。ただ、理解と共感を差し出す者を、雨の下へ招くだけだ』

 

「蒼月!? どうし——」

 

「先輩!」

 

肉じみた【道を失った乗客】の装いが、ぱきん、と鏡が割れるような音を出して割れる。

狐の耳と尾、濡れ艶の合羽。昇は“雨具の狐”へと姿を切り替え、ぐっと翼の肩を引き寄せた。唐突すぎて、翼の頬が昇の胸にぶつかる。

 

「——広がれ!!」

 

地面へ傘の柄を叩き込む。

 

【狐雨】

 

ぱん、ぱん、ぱぱん——。

地表が弾け、大小さまざまな傘骨が次々と芽吹く。開いた布は刃の縁を帯び、迫るノイズと黎明を片端から穿ち、叩き折り、呑み込む。

さらに布の裏から二重、三重に新たな傘が芽吹き、周囲は一瞬で“傘の森”。突き出た骨が柵となり、雨幕のような衝撃波が残党をまとめて薙いだ。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

一気に出力を上げた反動で、昇はその場にへたり込む。

 

「……すまない。助かった」

 

「はぁ、はぁ……い、いえ。無事なら、それで。響のほうは?」

 

「立花も無事だ」

 

「そ、そうっすか」

 

笑ってみせるが、右肩には紫の黎明の自爆痕——黒紫のひび割れが走り、血がじわりと滲む。

 

「す、すみませんけど……少し寝ていいっすか?」

 

「……死ぬのか?」

 

「死にませんって」

 

軽口を交わすと、昇は傘骨の影にもたれて仰向けになる。遠く、救助隊ヘリの回転音が近づいてくる。

 

「昇!!」

 

「……あ、未来」

 

——やべ。未来、いたんだった。

何て言おう。響と一緒に隠してたこと、どう謝る……。

 

意識がふっと遠のく。

言い訳も弁明も出てこないまま、昇は雨上がりの匂いを胸いっぱいに吸い込み、静かに眠りへ落ちた。




え、赤ずきん➕狼がアホほど入っているのはわかるけどなんでこんなに次元屈折変異体が人気なん?(あ、あと今回も新しいアンケートです)
今回は「選ばれなかったアブノマは敵側に出してもいいか?(出し方は決めていない。WAW以下しか出さない)」

選ばれなかったアブノマは敵側に出してもいいか?

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