幼馴染たちが美しく歌う中、俺は哭き叫び狂い堕ちる   作:零城

24 / 32
お気に入り500超えありがとうございます!!
あとバーも四つ目になりました!


第二十四話 謝罪

朝日の縁だけが城壁の縁を金色に縫い、冷えた石床は夜の気配をまだ手放していない。フィーネは片手で受話器を持ち、もう一方の指で窓枠を軽く叩きながら、抑えた声で言葉を突きつける。

 

「——確かにこちらの依頼ではあるけれど、仕事が杜撰すぎるといってるの」

 

薄い靄が差し込む塔の室内。指先を止めず、背後の計器の灯だけが脈打つ。

 

「足がつければこちらの身動きが取れなくなるわ。まさか、それもあなたたちの思惑と言うのなら・・・・・・」

 

受話器越しの声は乾いていて、冷笑を含む。

 

『神ならざる者が全てに干渉するなど不可能。お前自身が一番わかっているじゃないか』

 

互いの沈黙が、牽制の刃先を確かめ合うように長い。廊下の遠音すら、刃の背で弾かれたみたいに澄む。

 

バァン!!

 

扉が壁を叩く音。雪音クリスが飛び込んできた。頬には情けなさと怒りが混ざり、拳は白く握られている。

 

「私が用済みってどういうことだよ!?もういらないってことかよ!?あんた、私を物のように扱うのかよ!?」

 

フィーネは受話器を耳に当てたまま視線だけを向ける。温度を一切含まない瞳。泣きつく子をわざと見過ごす親のそれ。

 

「頭の中がぐちゃぐちゃだ!何が正しくて何が間違っているのかわかんねぇんだよ!!」

 

ガチャン。

 

フィーネは相手の言葉を遮るように、一方的に通話を切った。ゆっくりと立ち上がり、微笑にあった甘さを完全に捨てる。

 

「——どうして誰も私の思い通りに動いてくれないのかしら」

 

冬の刃のような声。ソロモンの杖が緑光を吐き、床面からノイズが芽吹くみたいに立ち上がる。クリスの周囲に円環を描く群れ。ざわめきが空気の膜を震わせる。

 

「流石に潮時かしら」

 

「・・・え」

 

「そうね、あなたのやり方じゃ争いをなくすなんて出来やしないわ。精々、一つを潰して新たなる火種二つ三つばら撒くことくらいかしら」

 

「あ、あんたが言ったんじゃないか!!痛みも嫌味もあんたが私にくれた——」

 

「私が与えたシンフォギアを纏いながらもへほども役に立たないなんて・・・そろそろ幕を引きましょうか」

 

フィーネの右手が光に包まれる。筋肉でも衣でもない、“概念”が組みあがる音が室内に走り、光は全身へ。甲冑の縁が空気を切り、黒と紅の紋が起動する。

 

「私も・・・鎧も・・・不滅。未来は無限に続いていくのよ」

 

光が剥がれ落ちると、そこに立っていたのはネフシュタンの鎧を纏ったフィーネ。静かに杖を翻す。

 

「カ・ディンギルは完成しているのも同然。もうあなた1人に固執する必要はないよ」

 

「カ・ディンギルって、それは・・・」

 

「あなたは知りすぎたのよ」

 

「っ!?」

 

杖先がわずかに下がる。ノイズ群の眼窩に擬似の光が灯り、命令が流し込まれる。床を裂くような足音が一斉にクリスへ——。

城内の鐘が、遠くで一本だけ鳴る。朝日が窓を満たす直前、黒い奔流が少女へ殺到した

 

                    

 

雨の早朝。

リディアンの寮の一室で、未来は静かに身を起こした。窓の向こうでは土砂降りの雨がカーテンを叩き、室内にまで低く湿った音を響かせる。

 

「・・・・・・」

 

視線の先、ピアノの上に立てかけてある写真立て——幼馴染三人が並んで笑う一枚。そこに触れかけた指は宙で止まり、未来は小さく唇を噛む。寂しさと、素直になれない自分への悔いが胸の底で絡まり合っていた。いつもなら「起きて」と声をかける相手へ視線を送るが、躊躇いが勝つ。未来は無言のまま制服に袖を通し、そっと部屋を出た。

 

(・・・なんでだろ)

 

扉が閉まる音に、雨音だけが残る。

 

* * *

 

——昨日のこと。

 

響が装者だと未来に露見し、二人の間に冷たい隙間が生まれた翌日。

授業には出席した。だが、視線も言葉も交わらない。響は「黙っていたこと」「騙してしまったこと」を謝りたいのに、喉の奥で言葉が固まったままだ。

 

やがて昼休み。いつもの席、いつもの時間——なのに、いつも通りになれない。

 

「・・・・・・ここ、いいかな」

 

未来は返事をしない。首も振らない。ただ黙って弁当の蓋を開け、箸を動かす。響は向かいに腰を下ろし、その横顔をそっと見つめた。本来なら、たわいない話で笑い合うはずの時間。だが未来は終始、黙食のまま。

 

「・・・あのね、未来、私——」

 

食欲はない。握った箸が小さく震える。勇気を振り絞って口を開いた、そのとき。

 

「あれ?今日はいつもと雰囲気が違うのですわ?」

 

「どういうことー?よくわかんないからアニメで例えてよ」

 

「これはきっとビッキーが悪いに違いない。ごめんね未来、この子、馬鹿だから許してあげてね」

 

仲良しの女友達三人が、いつもの調子で現れる。空気の異変に気づきつつも、軽口で埋めようとする。

 

「そういえばレポートのことで先生がおっしゃってましたが・・・」

 

「提出していないの響一人だけってねぇ、大した量じゃないのに何してんだか」

 

「ビッキーてば、内緒でバイトとかしてんじゃないの?」

 

「えぇ!?響がバイト!?」

 

「それってナイスな校則違反では!?」

 

ガタッ——。

 

未来が突然、椅子を鳴らして立ち上がった。そのまま踵を返し、駆け出す。

 

「あ、未来!?」

 

響も慌てて追う。事情を知らない三人は顔を見合わせ、ぽかんと口を開けたままだ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ——」

 

階段を駆け上がる足音に、胸の鼓動が重なる。(——私が悪いんだ) そう繰り返し、響は手すりを掴んでさらに足を速める。

 

「未来!」

 

屋上の扉を押し開けると、風に髪を揺らす未来の背。灰色の空。雨粒がまばらに混じり始めた気配。

 

「ごめんなさい!私——」

 

「・・・どうして響が謝るの?」

 

振り返った未来の瞳は、水気を帯びている。崩れそうな表情で、しかし言葉は刃のようにまっすぐだった。

 

「未来は・・・隠し事をしないって約束のに、私は・・・未来にずっと隠し事をしてた。私は——!!」

 

「言わないで」

 

一言で遮られる。短いその音に、響は息を飲んだ。

 

「これ以上・・・・・・響の友達でいられない————ごめん」

 

背を向け、扉へ向かう足取りは迷いなく速い。すれ違いざま、未来の頬から零れた涙が、降り始めの雨と混ざって響の手の甲を打つ。

 

扉が閉まる音。

屋上に取り残された響は、硬く握っていた拳を解き、空を仰いだ。

 

「どうして・・・こんな・・・・・・嫌だよ・・・・・・」

 

ぽつ、ぽつ、と大粒の雨。堰を切ったみたいに、彼女の目からも涙がこぼれ落ちる。灰色の空は返事をくれない。ただ冷たく、静かに降り続けた

 

                      

 

(…響と喧嘩したこともあったけど、そのたびに間に入ってくれたのは昇だったな)

 

雨脚の強い朝。未来は傘をさして歩く。滴が骨組みを叩くたび、一定のリズムで心臓が沈む。こんな天気でも授業はある。今日は響より先に寮を出た。

 

(…昇、結局会えてない)

 

幼馴染だからこそ、響とは些細なことで衝突もした。子どもみたいな理由ばかりだったけれど、いつも最後は昇が緩衝材になってくれた。

 

——相手のことを考えてやろうとしたんだろ? なら、一人で考えるじゃなくて話し合おうぜ?

 

遊ぶ順番で揉めたときも、昇は笑って肩をすくめた。

 

——別に俺が消える訳ないだろ? なんなら、三人で遊ぼうぜ。

 

(…気づけば、いつも昇に助けられてばかり)

 

響の話では、昇は今は外に出られず、謝りに来ることもできないらしい。

 

ギュッ——

 

無意識に、柄を握る指に力がこもる。先日の戦い。見たことのない姿で歌い、光に包まれる響は衝撃的だった。けれど、別の意味で心に刺さったのは昇だ。天使のような歌声で変わる響に対して、悲鳴のような声で“怪物”へ変わっていく昇——あの光景は、今でも夢であってほしいと願ってしまう。

 

「……なんで、こういう時に限っていないの」

 

ふいに、耳の奥で思い出が再生される。

 

『ま、なんかあったらいつでも助けを呼べよ? 地球の裏からでも助けに行ってやる!!』

 

——あのときは、まだ何もぎくしゃくしていなかった。三人で笑い合えた、当たり前だった日の声が、雨音に紛れて胸に落ちてくる

 

「・・・昇に会いたいな」

 

こういう時こそ、あの皮肉っぽくて優しい声を聞きたい。自然とそんな言葉が漏れた。

 

「…………ん?」

 

ぽつぽつと雨粒がアスファルトを叩く中、未来はふと路地裏の奥に黒い影を見つけた。気になって近づいてみると——少女が、ぐったりと倒れている。

 

「大丈夫ですか!?」

 

反射的に駆け寄る。少女は意識がないようで、ぐったりと冷たい。周囲には、なぜか炭の塊が小さな山のように点々と積もっていたが、今はそれどころではない。

未来は少女——雪音クリスの体を抱え上げると、リディアンの寮よりも近くにある、いつもの場所——【ふらわー】へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぅぅ…………っは!?」

 

ガバリ、とクリスは敷布団から跳ね起きた。胸を荒く上下させながら、夢と現実の境目を確かめるようにあたりを見回す。

 

「よかった、目が覚めたのね」

 

布団のすぐ横には、未来がいた。心底ほっとしたように微笑んでいる。そこは路地裏ではなく、古い木の柱と畳の匂いが落ち着く、どこかの店——いや、家だった。

 

(確か……フィーネが呼び出したノイズに追われて、イチイバルで片っ端から倒して……そのまま力尽きて——)

 

ちくちくと体中の痛みが蘇り、ようやく状況がつながる。

 

「びしょ濡れだったから、着替えさせてもらったわ」

 

未来がそっと説明する。今クリスが着ているのは、どこか見覚えのある学校指定の体操服。クリスが元々着ていた服は、【ふらわー】の店主であるおばちゃんが洗濯してくれているらしい。

 

「か、勝手なことを!!」

 

反射的に怒鳴るが——次の瞬間、致命的な事実に気づく。

 

「……あ」

 

「ん?…………な!?」

 

ガバッと布団から上半身を出したクリスは、そこでようやく自分の下半身に“ないもの”を自覚した。慌てて視線を落とし、顔を真っ赤にしてそのまま布団に潜り込む。

 

「ご、ごめん。流石に下まではなかったから……か、体拭いてあげるから、少しだけ脱いでもらえるかしら?」

 

「…………」

 

恨めしそうな視線を向けながらも、クリスは観念したように布団の中で体勢を変え、未来に背中を向ける。

 

「あ、ありがと……」

 

「……うん」

 

タオル越しに伝わる肌は、ひどく冷えていた。背中一面には、古い痣と新しい打撲が幾重にも重なっている。殴打されたような跡、何かに縛られていたような食い込み跡——そのどれもが、ろくでもない過去を物語っていた。

 

「……何にも聞かないんだな」

 

クリスがぽつりと漏らす。

 

「……うん」

 

未来は手を止めないまま、小さく答えた。タオルを滑らせながら、少しだけ目を伏せる。

 

「……私は、そういうの、苦手みたい。今までの関係を壊したくなくて。でも、結局いちばん大切なものを壊しちゃった」

 

絞り出すような声だった。

 

「——それって、誰かと喧嘩したのか?」

 

クリスが、タオルの向こうから問いかける。

 

「うん……一人とは喧嘩しちゃって、もう一人とは、会えてないの」

 

ぽつり、ぽつりと言葉を落とす未来の背中は、クリスのそれとは別の意味で、深く傷ついて見えた。

 

「・・・喧嘩か、私にはよくわからないことだな」

 

クリスはタオルで髪を拭きながら、ぽつりとこぼした。

 

「友達と喧嘩したことないの?」

 

未来が問いかけると、クリスは一瞬だけ手を止めて、小さく息を吐く。

 

「・・・友達、いないんだ」

 

おばちゃんに洗ってもらった赤い服の袖に腕を通しながら、背中越しにぽつりと告げる。

 

「地球の裏側でパパとママを殺されてからひとりぼっちだがらな——友達どころじゃなかった」

 

ぎゅっと服の裾を握る指先に、力がこもる。

脳裏には、焼け焦げた街と銃声の残響、NGOの車列、そして——悲鳴。

南米の戦場で両親を失い、その後は捕まって、ただ「使い捨て」として扱われていた日々。

 

「たった一人、理解してくれると思った人も私を道具のように扱うやつばっかだった。誰もまともに相手をしてくれなかったのさ」

 

その声は強がっているはずなのに、どこか擦り切れていた。

 

「・・・ごめんなさい」

 

思わずそう謝ってしまう未来に、クリスは肩をすくめてみせる。

 

「・・・なぁお前、その喧嘩の相手をぶっ飛ばしてしまいな」

 

「・・・え?」

 

唐突すぎる提案に、未来は瞬きをする。

 

「どっちが強いのかはっきりさせたらそこで終了。とっとと仲直り、そうだろ?」

 

昨日、迷子の兄妹を送っていった帰りに聞いた言葉——

「喧嘩しても、最後はぎゅーってして終わり」

あの兄妹の笑い声が、クリスの頭の隅に残っている。

 

「・・・できないよ、そんなこと」

 

未来は苦笑いを浮かべてうつむく。

 

「・・・わっかんねぇよな」

 

クリスも視線を逸らし、舌打ちともため息ともつかない息を吐いた。

 

「・・・でも、ありがとう」

 

「はぁ?私は何もしてないぞ?」

 

「ううん、本当にありがとう。気遣ってくれて。——あ、えっと」

 

未来がおずおずと名乗ろうとすると、クリスが先に口を開く。

 

「クリス。雪音クリスだ」

 

「・・・優しいのね、クリスは」

 

「・・・・・・そうか?」

 

図星を突かれたように、クリスは顔をそむけて頬を赤くする。

 

「私は小日向未来。もし、クリスがいいのなら——私はクリスの友達になりたい」

 

未来はそっと手を伸ばし、クリスの手を包み込むように握って、柔らかく微笑んだ。

 

その一言に、クリスは目を見開く。

「友達になりたい」と、真正面から言われたのは——いつ以来だっただろう。

 

握られた手が熱くて、苦しくて。

それでも、簡単には頷けなくて、クリスは歯を食いしばる。

 

「・・・私はお前たちに酷いことを——」

 

罪悪感と自嘲の続きを口にしようとした、その時。

 

ガラッ。

 

店の方から、引き戸の開く音と、濡れた足音が近づいてくる。

 

「はいはい、いらっしゃいま・・・」

 

カウンター側にいたおばちゃんがいつもの調子で声をかけ——途中で言葉を飲み込んだ。

 

「・・・久しぶり、おばちゃん」

 

どこか照れたような、それでも懐かしさのにじむ男の声。

 

「昇・・・君・・・・・・かい?」

 

おばちゃんの驚いた声が、ふすま越しにまで聞こえてくる。

 

その声は——未来が誰よりも今、聞きたくて、会いたくてたまらなかった声だった。

 

                      

 

その頃、リディアンでは——。

 

「未来、無断欠席なんて・・・」

 

昼休みの屋上。灰色の雲が垂れ込めた空の下、響は一人ベンチに座り、ぼんやりと空を見上げていた。

朝起きた時にはすでに未来のベッドは空っぽで、教室にも姿はなかった。それがずっと胸に引っかかっている。

 

「昇に知らないか聞いてもノイズが現れたって行っちゃって聞けてないし」

 

早朝、街でノイズ反応が出たと連絡が入り、昇はそれに出動した。到着した頃にはノイズはすでに炭となっており、イチイバルの反応だけが残っていたという。

つまり——クリスが戦っていたのだろう。その事実も、不安の種を増やすだけだった。

 

「・・・どうしたらいいんだろ」

 

未来とまだ仲直りできていない。

クリスも帰る場所を失ったまま、今どこでどうしているのか分からない。

守りたいものがいくつもあるのに、どれにも手を伸ばせていない気がして、響の視線は自然と足元へ落ちていく。

 

ガチャ。

 

屋上の扉が開く音がして、響は顔を上げた。

 

「翼さん・・・」

 

そこには翼が立っていた。いつもの無表情にも見える涼しい顔のまま、翼は何も言わず響の隣まで歩み寄り、同じベンチに腰を下ろす。

 

しばし、二人の間を風の音だけが通り過ぎる。

 

「・・・私、自分なりに覚悟を決めたつもりでした。守りたいもののためにシンフォギアの戦士になるんだって。だけど、ダメですね。小さなことに気持ちを乱されて何も手もつけられないですね。私、もっと強くならないといけないのに・・・変わりたいのに・・・」

 

俯きながらぽつぽつとこぼれる響の言葉を、翼は黙って聞いていた。

否定も、慰めも、すぐには口にしない。ただ、隣に座っている。

 

やがて、少しだけ視線を前に向けたまま、静かに口を開いた。

 

「・・・その小さなことが立花が本当に守りたいものとしたら。今のままでもいいんじゃないかな。立花は立花のまま強くなれる」

 

「・・・翼さん」

 

思わず顔を上げる響。

翼はわずかに顔をそらし、照れ隠しのように続けた。

 

「・・・奏のように人を元気づけるのはやはり苦手だな」

 

その横顔は、ほんのりと頬が赤くなっていた。

 

「いえ、そんなことありませんよ。2年前の事件でリハビリを頑張れたのは翼さんの歌のおかげです!」

 

響がまっすぐにそう言うと、翼は小さく息を吐き、口元だけで微笑む。

 

「・・・ふ、まるで私が励まされているようだな」

 

屋上の風はまだ冷たいが、ベンチに並んで座る二人の間には、さっきまでより少しだけ、あたたかい空気が流れていた。

 

                      

 

「昇・・・君・・・・・・かい?」

 

「おう、ただいま。おばちゃん」

 

少し申し訳なさそうに笑いながら、昇は元バイト先である【ふらわー】の暖簾をくぐった。

雨で湿った外気とは違い、店の中は相変わらずソースとダシの混ざった、妙に落ち着く匂いがする。

 

「あー、久しぶり。迷惑かけ・・・ましたね」

 

そう言いかけた瞬間——

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

おばちゃんはカウンター越しに飛び出して、そのまま昇の胸に顔を埋めて大声で泣き出した。

 

「・・・・・・ふぅ、ごめんねぇ。泣いてしまって」

 

しばらくして、ようやく落ち着いたおばちゃんが目元をぬぐう。

 

「・・・いえ、謝るのは俺ですよ」

 

昇は視線を落とし、静かに言った。

 

そして、あの日のこと——二課に用意された「カバーストーリー」をなぞるように話し始める。

 

「・・・そうかい、事故して病院に運ばれたけどノイズの警報とかぶって連絡が遅れたのかい」

 

「そうなんです、おばちゃん・・・本当に連絡が遅れてしまい申し訳ございませんでした!!」

 

カウンター前で、昇は腰を折るように深々と頭を下げた。

本当は、ノイズだの二課だのUNKNOWNだの、全部話してしまいたい。

けれど、それは出来ないと決められている。

その「言えない」という事実が、嘘を重ねているみたいで胸に重くのしかかる。

 

「いいのよ、あの日に宅配を頼んでから帰ってこなかったから・・・なんか、雰囲気変わったね昇君?」

 

「ッ」

 

おばちゃんのその一言に、昇は思わず息を呑んだ。

やっぱり、この人は鋭い。咄嗟に誤魔化す言葉が出てこない。

 

「・・・なにかあったのかい?」

 

「あ、いえ——」

 

「・・・言えないことかい?」

 

「・・・・・・・・・」

 

言葉を失って黙り込む昇。

次の瞬間、おばちゃんはそっと昇の体をぎゅっと抱きしめた。

 

「・・・安心しなさい、例え昇が怖い人に脅されてもおばちゃんが言ってやるから」

 

「・・・おばちゃん」

 

その言葉が、ひどく嬉しくて、同時に残酷だった。

その優しさのせいで、余計に何も言えなくなる。

 

(あぁ、でもその優しさのせいで俺は言えないんだ)

 

心の中でだけ、小さくこぼす。

 

「安心しておばちゃん、別にヤバい人から請求されたりとかじゃなくてこれからもいつも通りに接していいのかわからなくて——」

 

「はっはっは!なんだい、おばちゃんは仮に昇君が宇宙人でしたとかでも普通に昔みたいに会いに行くよ」

 

「——ありがとう、おばちゃん」

 

頭をかきながら、小さく笑う。

 

「あ、そうそう。未来ちゃんが友達と一緒に奥の方にいるから会いに行きなさいな。あの子もすごく心配してたのよ」

 

「・・・未来が、いるのか」

 

胸の奥がきゅっと痛む。

さて、腹を括るか。

 

謝ったところで許してくれるとは限らない。

響だって、ちゃんと謝ったのに許してもらえなかった。

それでも——やるしかない。

 

「・・・誠心誠意にやるだけさ」

 

靴を脱いで上がり框を越え、奥の座敷へ続く廊下を進む。

畳の匂いと、鉄板の残り香が混ざった、どこか懐かしい空気。

 

(なんて言おうかな)

 

胸の中で言葉を組み立てながら、昇は襖の前に立つ。

 

「未来?いるか?」

 

意を決して襖に手をかけ、すっと横に開けた——その先にいたのは。

驚いたように目を見開く未来と、警戒心を剥き出しにしてこちらを睨むクリスの姿だった。

 

「なんで・・・お前が・・・」

 

クリスの顔を見た瞬間、昇の視界がぐにゃりと歪む。

あの日、ネフシュタンの鎧を纏い、響や自分に牙を剥いた少女。

そして、さっき司令室で聞いた「雪音クリス」の名前。

 

思考より先に体が動いた。

 

昇は一歩で間合いを詰め、そのままクリスの首元を掴み上げ、勢いのまま背後の壁に叩きつけた。




シンフォギアのアニメを見ながら書いているけど、なんでフィーネは城の中では全裸なん?

アンケートをします
今回で昇のUNKNOWN君の正式名が決まります

UNKNOWNの新しい名前は?

  • 禁断の書庫(パンドラ・ライブラリ)
  • 夜空
  • デットリーシン・X・オンリーワンブック
  • 混沌の書
  • 偽典の光種
  • 楽園断章
  • 偏在する罪火
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。