幼馴染たちが美しく歌う中、俺は哭き叫び狂い堕ちる   作:零城

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第二十五話 イチイバル

「待って!昇!!」

 

クリスの背中が、どん、と襖横の壁にぶつかる。

 

「っぐ…!」

 

細い喉を掴まれ、クリスは苦しそうに眉を歪めた。

未来は状況を飲み込めず、ただ呆然とその光景を見る。

 

「…なんで、お前がここにいる」

 

昇の声は、低く、今まで未来が聞いたことのない色をしていた。

さっきまで店先でおばちゃんに見せていた柔らかい顔はどこにもなく、獣が敵を見据えるような鋭さだけがそこにある。

 

「答えろよ。…雪音クリス」

 

クリスの瞳がびくりと揺れる。

 

「な、なんでお前がここに」

 

「黙れ。ここはノイズもシンフォギアも関係ねぇ場所だ。…なのに、よりによってこの店を選んで転がってるとか、ふざけてんのか」

 

昇の指に力がこもり、クリスの足が床からわずかに浮く。

 

「昇──やめて!」

 

未来の声がようやく飛び出した。

 

「止めんな未来。コイツがどういう奴か、分かってねぇだろ」

 

「どういう…って?」

 

「こいつは──」

 

言いかけた瞬間、昇は息を吸い込んだ。

あの、喉の奥を裂くような、不快な吸気音。

未来は一度だけ聞いたことがある。

先日、響と昇を見つけて駆け寄った時に白い鎧を纏った何者かに襲われて響が天使なような歌を歌う中、悲鳴のような歌で化け物になった――あの時の音だ。

 

(うそ…やだ、また…!)

 

「──ッ!」

 

昇の口が開きかけた、その瞬間。

 

「やめてって言ってるでしょ!!」

 

未来は反射的に踏み出し、昇の腕を両手で掴んだ。

掴むと言うより、しがみつくように。

 

「やめて昇!! ここ、【ふらわー】だよ!? 誰も傷つけない場所でょ!?そんな声、もう聞きたくない!!」

 

昇の喉がきゅっと詰まり、息だけが漏れる。

 

「未来、どけ。そいつは──」

 

「この子は、倒れてたのを私が連れてきただけ! 何もしてない!!」

 

未来が前に回り込むように一歩踏み出し、昇とクリスの間に身体を割り込ませる。

それは、ほとんど無意識の行動だった。

 

「…は?」

 

「怪我してて、濡れてて、冷たくて…放っておけなかっただけ。…それだけだよ」

 

未来は震えながらも、しっかりと昇を見上げる。

 

「なんで庇うんだよ」

 

昇の声が、低く落ちる。

 

「そいつは敵だ。俺も響も傷つけた。ノイズと一緒に街を壊した。…それでも庇うのか?」

 

「“敵”とか、そんなの知らない!」

 

未来は叫ぶように言った。

 

「私の知ってるのは、ここで倒れてて、熱があって、痛そうにうなされてた“女の子”だけ! …それだけだよ!!」

 

クリスは壁にもたれたまま、驚いた顔で二人を見ている。

さっきまで喉を締め上げていた昇の手が、ゆっくりと力を失っていった。

 

「……チッ」

 

短く舌打ちして、昇はクリスから手を離す。

代わりに未来の肩を掴んで、自分の方へぐい、と向けさせた。

 

「…わかったよ。今ここで首を折るのはやめる」

 

「物騒な譲歩の仕方やめて」

 

未来が思わずツッコむが、声は震えている。

 

「でもな未来。そいつは、俺からすれば“何もしてない”なんてもんじゃない。…それでも、未来がそう言うなら、俺は今は引く。…それだけは覚えといてくれ」

 

吐き捨てるように言って、一歩だけ後ろへ下がる。

距離がわずかに開いたことで、部屋の空気が少しだけ動いた。

 

しばしの沈黙。

昇は深く息を吐き、未来から視線を逸らした。

 

「…その前に、未来」

 

「…なに?」

 

「謝りたいことが、山ほどある」

 

昇はゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。

 

「まず、連絡しなかったこと。あの日、いきなり消えて…何も言わずに音信不通になって、ごめん。それから、“自転車で事故って入院してた”なんて、クソみてぇな嘘ついてごめん」

 

自分で言いながら、その言葉がどれだけ軽薄に聞こえるか、よく分かっていた。

 

「本当は、ノイズのせいで配達に巻き込まれて、UNKNOWNに喰われて、死にかけて、響と戦って…勝手に自殺して」

 

そこで言葉が詰まる。喉が焼け付くように重い。

 

「…それでも、何も言えない事情があるとか、守秘義務だとか、いろいろ言い訳はできる。でも、未来からしたらそんなの関係ないよな。だまって…怖がらせて…ずっと隠し事して、本当にごめん」

 

頭を下げようとしたところで、

 

「…違うよ」

 

かすれた声で、未来が遮った。

 

「ちがう?」

 

「謝りたいことが山ほどあるって言うなら…もっとあるでしょ」

 

未来の両手が、ぎゅっとスカートの裾を握りしめる。

 

「響にも黙ってた。私にも黙ってた。…でもね、昇」

 

顔を上げた未来の目には、うっすら涙が浮かんでいた。

 

「一番謝ってほしいのは、“勝手にいなくなったこと”でも、“嘘をついてたこと”でもないよ」

 

「じゃあ…何に対してだよ」

 

「私を置いて行ったこと!」

 

声が弾けた。

いつも穏やかな未来からは想像できないほど、鋭くて、真っ直ぐな叫びだった。

 

「響も昇も、私に何も言わないで…勝手に“戦う側”に行っちゃった。私だけ、何も知らないまま“普通のままでいて”って場所に置いていかれた!」

 

堰を切ったように、言葉が溢れる。

 

「あの時、昇言ったよね?『地球の裏側からでも来てやる』って。でも昇は何も言わずにいなくなった!!」

 

未来の拳が震える。

それを見ているクリスは、どこか居心地悪そうに視線を逸らした。

 

「怖かったんだよ…!」

 

とうとう、一筋の涙が頬を伝った。

 

「二人とも…ある日突然、戻ってこなくなるんじゃないかって。何も知らされないまま、“普通”の場所から、もう会えなくなるんじゃないかって。置いていかれるのが、怖かったの!!」

 

昇は、何も言えなかった。

胸のどこかに鈍い痛みがじわじわと広がっていく。

 

「それでも…それでもね」

 

未来は、言葉を絞り出すように続ける。

 

「響が危ない目に遭ってるって聞いて…昇が死にかけたって聞いて…“戦わないで”なんて、言えるわけないじゃない…!」

 

握った拳が、ぽろぽろと涙で濡れていく。

 

「だから私、どうしたらいいか分かんないの。止めたいのに、止めたくない。守ってほしいのに、守ってほしくない。そばにいてほしいのに、置いていかれたくない。…そんなの、ずるいよね」

 

最後の一言は、自分自身に向けたものだった。

 

昇は、ゆっくりと未来に一歩近づいた。

手を伸ばしかけて——途中で止める。

触れていいのかどうか、その判断すらつかなかった。

 

「…ごめん」

 

それでも、絞り出せたのは、たったそれだけだった。

 

「本当に…ごめん」

 

未来は、それには答えなかった。

ただ、その沈黙が、どんな言葉よりも重く部屋に落ちる

【ふらわー】の裏座敷には、雨音と、三人分の呼吸音だけが静かに響いていた

サイレンが鳴り響いたのは、ちょうどその時だった。

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

 

 

 

「サイレン!?」

 

反射的に三人とも店の外へ飛び出す。

土砂降りの雨の中、通りには人が溢れ、みんな一斉に同じ方向へと走り出していた。

 

「な、なんの騒ぎだ?」

 

「ノイズの警戒警報だよ!? 知らないの!?」

 

逃げ惑う人の波に飲まれそうになりながら、昇はポケットの中で振動する感触に気づく。

 

 

 

ピリリ ピリリ 

 

 

 

「……っと」

 

胸ポケットから小さな通信機を取り出し、二人に気づかれないよう半歩だけ下がって耳に当てる。

 

「蒼月です」

 

『弦十郎だ。ノイズを検知した。そう遠くない場所に複数箇所で発生している。おそらくは早朝のノイズ発生と関連があるはずだ。響君と翼にはすでに連絡している。昇君のほうが近いから、先に向かってくれ』

 

低い声が、いつものように状況だけを簡潔に告げる。

 

「了解。現場に急行します」

 

短く返して通信を切ると、すぐにくるりと振り返る。

 

「おばちゃん、急ご」

 

「え、えぇ」

 

未来が店主のおばちゃんの手をぐっと掴み、避難の流れに乗ろうとした――その瞬間。

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

「クリス!?」

 

クリスが弾かれたように、避難の流れとは逆方向へ走り出した。

雨を切り裂くような赤い背中が、すぐに人混みに紛れていく。

 

(バカ! 私ってば、何をやらかしてんだ!!)

 

クリス自身も自分を罵るように、がむしゃらに前だけを見て走っていく。

 

「だぁ、くそ!」

 

昇は舌打ち一つ、考えるより先に地面を蹴っていた。

逃げる人の流れを逆走するように、クリスの背中を追いかけて駆け出す。

 

「昇!」

 

ブレーキをかけるように足を止め、振り返る。

そこには、濡れた前髪の下で不安を隠しきれない顔をした未来が立っていた。

 

何も言っていないのに、表情だけで「行かないで」と訴えかけてくるのがわかる。

 

「安心しろ、未来」

 

昇は一度クリスのほうから目を離し、未来に歩み寄ると、その手をそっと握った。

 

「もう俺はどこにも行かない。響と一緒に帰ってくるから」

 

「ほ、本当?」

 

縋るような視線。昇は、少しだけ情けない笑い方で、それでもはっきりと頷く。

 

「あぁ。少なくとも、もう二度と死ぬ気はない」

 

わざと軽く言う。

その言葉に、未来の指先から少しだけ力が抜けるのを感じた。

 

未来が小さく息を吐き、掴んでいた昇の手をゆっくり離す。

それを確認してから、昇はいつもの調子を装った笑みを浮かべ、くるりと背を向ける。

雨を切り裂くように走り出し、クリスの消えた方角へと駆けていった。

 

 

(私のせいで関係のない奴らまで——私がしたかったのはこんなことじゃない!)

 

胸の奥からせり上がってくるものが、視界をじわりと滲ませる。

けれど、悔やんでうずくまっている暇なんか一秒だってない。

ここまでの状況を招いたのは、全部自分自身だ。立ち止まった瞬間、どこかで誰かがノイズに殺される。

 

現実は、泣く時間すら与えてくれない。

 

ビチャビチャと水たまりを踏みしめる音と共に、芋虫型、鳥型、人型——様々なノイズが、いつの間にかクリスの周囲をぐるりと取り囲んでいた。

 

「・・・私はここだ。だから、関係のない奴らのところにいくんじゃねぇ!!」

 

怒鳴り声を合図にしたかのように、ノイズたちが一斉に飛びかかってくる。

 

クリスは息を吸い込み、喉を震わせる。

 

「Killiter Ichai——ゲホゲホ!?」

 

無理に出した声が、途中で掠れて潰れた。

病み上がりの身体は、全力の絶唱どころか、起動歌すらまともに歌わせてくれない。

 

シンフォギアを纏えないまま、大きな隙が生まれる。

そこへ、頭上から翼の影が幾つも落ちてきた。鳥型ノイズが一斉にドリル形態へと変形し、クリスめがけて急降下してくる。

 

「しまっ——!?」

 

「ぬん!!」

 

間一髪。

どこから飛び出してきたのか、クリスの視界に飛び込んできたのは、見慣れたスーツの男だった。

 

弦十郎がクリスの前に回り込むように着地し、その場で地面を思いきり踏み抜く。

 

ドゴォン!

 

コンクリートの路面が隆起し、まるで即席の城壁のように盛り上がる。

ドリルと化した鳥型ノイズの突撃は、そのコンクリートの盾に突き刺さり、砕けた破片が周囲のノイズへと雨のように降り注いだ。

 

弦十郎は装者ではない。ノイズに触れれば、ひとたまりもなく炭にされる身だ。

だからこそ、奴はノイズそのものを殴らず、地面や残骸だけを利用して、執拗な猛攻を凌ぎ続ける。

 

「しっかり掴まっていろ!」

 

短くそう言うと、弦十郎はクリスの身体をひょいと片腕で抱え上げ、そのままビルの壁面を駆け上がるように跳躍した。

二人は三階建ての建物の屋上へ避難する。

 

しかし、逃がすまいと、芋虫型ノイズがビルの壁を這い登りながら追撃してくる。

屋上に転がるように着地したクリスは、すぐに弦十郎の腕から抜け出し、荒く息をつきながら口を開いた。

 

 

 

『Killiter Ichaival tron』〜♪

 

 

 

掠れていた喉から、今度はしっかりと歌が紡がれる。

光がクリスの身体を包み込み、次の瞬間にはイチイバルの装甲が彼女の体躯を覆っていた。

 

「くらえ!」

 

前腕部の装甲が変形し、両腕にクロスボウが展開される。

クリスは姿勢を落とし、空に狙いを定めてトリガーを引いた。

 

エネルギーの矢が無数に走り、降下してきた鳥型ノイズを次々と撃ち落としていく。

 

「私のことはいいから他の奴の救助に行かな!!」

 

「だが・・・」

 

「こいつらの相手はまとめてやってやるって言ってんだよ!!」

 

一喝。

その声の強さに、弦十郎も短く頷いてみせる。

 

クロスボウは唸りを上げながら形状を変え、両手を覆う巨大なガトリングへと姿を変えていく。

クリスは屋上の縁から躊躇なく飛び降り、そのままノイズの群れのど真ん中へと突っ込んだ。

 

「ついてこいよクズども!!」

 

 

 

『BILLION MAIDEN』

 

 

 

雨を裂く轟音。

回転するガトリングから放たれたエネルギー弾が、まるで暴風雨のようにノイズの群れへ降り注ぐ。

 

撃ち、跳び、回り、蹴る。

クリスは乱暴な言葉とは裏腹に、精密なステップで弾丸の雨と共にノイズを薙ぎ払い、次々と炭へと変えていく。

 

(・・・俺はまたあの子を救えないのか)

 

屋上からその姿を見下ろす弦十郎は、拳を握りしめたまま奥歯を噛みしめる。

 

「ハァァァァァァァ!!」

 

クリスは一体、また一体とノイズを殴り飛ばす。

ガトリングの火線で数を減らしながら、残った個体には自ら飛び込み、拳と脚で止めを刺していく。

 

雨音と爆音と、少女の荒い呼吸だけが、街角にこだましていた

 

「こいやごらぁ!!」

 

『MEGA DETH PARTY』

 

腰のユニットがパカッと開き、そこから夥しい数のミサイルが噴き出す。

クリスは回転しながら射角を変え、雨あられのような爆炎でノイズの群れを次々と炭へと変えていく。

 

だが——

 

遠距離火力には秀でていても、接近戦はどうしても一拍遅れる。

 

バァン!!

 

「しまっ!?」

 

目の前のノイズを掃討することに意識を割きすぎていた。

その背後——マンホールの蓋が内側から弾け飛び、吹き上がる水柱のようにノイズが飛び出してくる。

 

振り向きざまにガードを上げようとした、その瞬間——

 

『諱先?悶→蟇セ髱「縺玲悴譚・繧剃ス懊l縲らスェ縺ィ蜷代″蜷医>閾ェ謌代r遒コ遶九○繧』

 

「ぶっ叩く!!」

 

 

『哀しみの激流』

 

 

悲鳴ともざらついたノイズともつかない歌声が、雨音を裂く。

マンホールの上空から、雨合羽姿に狐耳と尾を生やした【さすらいの狐】が回転しながら急降下し、傘をフルスイングで叩きつけた。

 

ノイズは一瞬で押し潰され、黒い炭となって砕け散る。

 

「・・・お前」

 

「ふぅー、勝手に行くな。お前、まだ病み上がりだろ?」

 

「っは、お前に銃弾で貫かれた時よりかはマシだ」

 

「・・・・・・あれはすまんかった」

 

「な、なんだよ急に謝りやがって」

 

「あん時は制御できていなかったとは言え、傷つけてしまってすまん」

 

「・・・・・・」

 

「——はい、これでいざこざは一旦おしまいだ。背中は任せるぞ」

 

「は、はあ!?お前の背中、撃つかもしれないんだぞ!?」

 

「・・・・・・お前、見たところによると未来と仲良くなったくさいな」

 

「ま、まぁ・・・」

 

さっきまでのことを思い出し、クリスは視線をさまよわせて口ごもる。

「友達になりたい」と言われた、その一言がまだ胸の奥で燻っていた。

 

「未来が仲良くなるほどだ、お前、結構いい奴だろ?」

 

「・・・前まで戦っていた関係だぞ?」

 

「それはそれ、これはこれだ」

 

昇は軽く肩をすくめ、片手で傘を担ぎ直す。

視線の先では、ノイズの群れが再び列を成してこちらへ押し寄せてくるところだった。

 

「それに、お前が死んだら未来が悲しむからな!!」

 

叫びと共に、昇は傘を振りかぶり、ノイズの群れへ向かって全力で駆け出していく。

 

「・・・っは、そうかよ!!」

 

クリスもニヤリと口の端を吊り上げると、ガトリングを唸らせながら昇の隣へ駆け込んでいった。

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