しかし、私自身は決して彼女を嫌いではありません。寧ろ、自分の人生を変えたと言っても過言ではない、今でも大好きなキャラクターです。
余力があれば彼女がメインの話も書ければな、と思っています。
灼け付く様な日差し、呼吸をする事さえも億劫になってしまう程の気温。
盛夏真っ盛りの中、アガルタ学園の高等部であるマリーダ・クルスは独り自宅への帰路を歩いていた。
今日この日の暑さはあまり汗はかかない体質である彼女でさえも額や項には雫が滴るほど異質で、ぼやける視界の中、家に居る
背の高い人間でさえこうまで暑さに苛まれているのに、その暑さが蓄積されているコンクリートの上を歩く蟻は何故この熱の中でも平気そうに歩けるのだろうか。
このジリリ、と鳴いている蝉は余命幾何であろうか。
そんな取り留めもない思考に追いやられていると、そのアブラゼミの命を賭した鳴声に負けぬ程大きく快活な声が此方を呼んでいる気がした。
背後を振り向けば小さな人影が段々と素早い速さで近づいて来る。
「マリーダさーん!」
とはっきりその声が聞こえた頃に漸く何者であるか悟った。
そう、彼の名は中等部のジュドー・アーシタだ。
姉達はよく彼と引っ付いて遊んでいたりしているが、自身の方は高等部と中等部では棟も違く、偶に姉達の送り迎えをしては軽く挨拶をする程度であった。
そんな彼が態々此方に話しかけて来るとは何の用であろうか。
もしや姉に何かあったのではないか、という不安も過ったが、燦然と照らし続ける太陽にも負けじと上を向き咲き誇る、向日葵の様な笑顔を振り向けられれば、それが杞憂であると分かりほっ、と息をついた。
「…ジュドー、か。どうした?」
「えへへ、マリーダさん!…大丈夫、顔赤いけど。熱中症になってない?」
それは軽く息切れしていて、まるで熟れた林檎の様に頬が赤く染まっているそちらにも言える事ではないだろうか、と内心突っ込みを入れつつも、
「大丈夫だ。この暑さでは仕方がないだろう。お前こそ大丈夫か?」
「うん、大丈夫だいじょーぶ…いやさぁ、ホント参っちゃうよこの暑さ!最近の気温、一体全体どうにかしちゃってるよ~」
「…何か用なのか」
思わずしまった、と後悔した。
あまりにも酷い暑さ、早く要件を済ませてしまいたいと欲が出てしまったのか、想定を優に超えた低く鋭い声色で急かす様に尋ねてしまったのだ。
女性にしては長身で、しっかりとした体付きで。
更に柔らかさよりも鋭さの方が縁のある表情ともくれば、少し疑問に思って尋ねただけでも気の弱そうな人からは案の定びくびく、とされてしまう程の威圧感を彼女は有していた。
それを持って以後は気を付けなければな、と留意していた筈の彼女がこれはやってしまった、と反省する程のくぐもった声であった。
バツの悪そうな面持ちになりつつ、何とか謝らなければ、と口を開こうとした瞬間、先に
「ごめん!」
と口火を切ったのはジュドーの方であった。
「ゴメンねマリーダさん。そうそう、こんな暑いんだもん。さっさとエアコン効いてる家に帰りたいよね」
「あ、いや、そんな、わけじゃ」
「いいのいいの。単刀直入に言うとね、明日一緒に街に行かない?」
何を言われているのか分からなかった。
街に行く?それは要するに
思考が熱気も相俟って纏まらない中、逆に心配そうに覗き込まれてしまう。
「…マリーダさん、大丈夫?ほんとゴメンね、暑苦しいよね。無理しないで良いよ、何とかオレ一人でも」
「…いや、行く、行こう」
「ホント!?やったぁ!!じゃあ明日の10時に駅前集合ね。それじゃあバイバイ、ちゃんと水分摂って涼しい所で休むんだよ!」
そう告げると疾風の如く愛機であろう自転車に跨って颯爽と自身を追い越してしまった。
唖然としながらも明日、10時、駅前、という単語だけが頭の中で反芻しており、それまで考えていた要領を得ない考えなど何処かへ吹き飛んでしまい、何とか自宅へと辿り着いたのはそれから十数分が過ぎた後であった。
案の定
そうしなければ、如何にも落ち着かなかったのだった。
明朝、何故か奪われていた思考のリソースは完全にマリーダの元に戻っていた。
きっとなんてことの無い、何なら別に自分が特段出向くこともない用件なのかもしれないな、とさえ思うようになった。
それでも人に会って恥ずかしくない程度には身嗜みを整え、漸く夏休みの残り日数と、残された課題の量の非情な現実に気付き始め顔を青ざめだした姉達には
「見たい映画があるから街中へ行く」
と言い残して家を出た。
良心の呵責があったものの、きっとそれを伝えれば私達も付いて行く、と駄々を捏ねるだろうし、天真爛漫に見えてその実嫉妬深い、先日アイスを買い忘れ機嫌を損ねた一番上の姉はかっとなり癇癪を起こしてしまうかもしれない。
このうだるような暑さの中喧嘩なんてしてられない、これはやむを得ない行動だ、と自分に言い聞かせる事にした。
家の戸を開ければまだ朝方であるのにも関わらず、むわっとした熱気とじりじりと身を照らすというより焦がさんとばかりに照付ける日差しに身を襲われた。
一体全体、どうにかしている、と先日彼の口にした戯れを自身も無意識に呟きながら、最寄りの駅へと向かう。
途中で目にした生え盛る緑の木々も、かぁかぁ、と鳴き飛ぶ烏の群れも、水分も摂らず、冷房の効いた部屋に入ることもなく、お前達はよくもまあ生き延びられるものだ、と内心感心しながら歩み続けた。
最寄り駅から多くの路線が集う、この街最大の繫華街を直ぐ近くに擁する駅へと向かう路線に乗り、20分ほどの電車旅が始まる。
朝のラッシュも終わり、席も頑張れば座れなくもない程余裕があったが、どうにも他人を押しのけて迄座る気にはなれなかった。
というより、生まれてこの方、大袈裟に言ってしまえば誰かを不幸にしてまで自らが幸せになりたい、とは思えぬ性分であった。
それは決して尊い自己犠牲の精神、と言えるものでなく、もし仮にそんなつもりは無かったにせよ、他人を押しのけて迄自身が幸せになった時、その押しのけてしまった者から向けられる冷たい眼差しがどうにも耐えられそうになかった。
更に言えば、そうまでして手に入れた幸せに何の価値があるのだろうか。
他人を不幸にした者が幸せを享受するという不合理の、なんと醜い事だろうか。
そんな事になるくらいなら、幾らでも我慢してやろう、という詰まらぬ意地を張っている結果であった。
がたごと、と揺られながら強く効きすぎて今度は汗冷えしてしまいそうな冷房の風邪に身を震わせていると、壮年であろう車掌の、日々の疲れを隠そうともしない声色の、目当ての駅が間近であることを知らせるアナウンスが鳴り響いたのであった。
駅の改札を通り過ぎ、眩暈を起こしてしまいそうな程大勢の人々が闊歩する降口周辺に独り佇んでいると、得も言われぬ寂寞感に襲われた。
その様な非道い事をする人だと思ってしまうのはあの子に失礼な事とは分かっていたものの、此の侭待たせるだけ待たせてすっぽかされて、夜半まで一人待ち惚けになってしまうんじゃないか。
そんな風にさえ思えてしまった。
約束の時間まであと何分だろうか、と腕時計に目を配った瞬間、少し強めに肩を叩かれ、思わずびく、と身を震わせてしまった。
「ジュ、ドー……」
「マリーダさんっ。おはよ。…びっくりしちゃった?ごめんごめん」
顔を上げれば先日よりもまた微かに日に焼けたのではないだろうか、と思う程小麦色の、ある種健康的という文字を身を挺して示してくれているような肌色をした、先日思わぬ提案をしてきた少年が居た。
尋常ならぬ暑さにも関わらず着込んでいて露出は控えめだったものの、その控えめの肌の露出が、却って先述のようなありありとした生命感を演出しているように思えた。
「……驚いてなんか、ない」
「…そう?なら、いいんだけど。それじゃ、いこっか!」
「行くって、何処へ?」
「それは着いてからのお楽しみ、って事で。ささ、いこいこ!」
半ば急かされるように降口を出て、繁華街の方向へ二人歩を進めていく。
あまり口が達者ではない点を考慮してくれているのか、尽きぬ他愛もない話題を口にしてくれて、此方から返していく、という事を何度も繰り返す。
大抵は口を大きく開けて目にすれば誰もが気分が良くする程の屈託のない笑顔を見せてくれるが、此方からもツボに入る面白い話があればくつくつ、と笑みを溢したりする。
すると、彼の視線が此方の顔を捉えている事に気付く。
ジュドー・アーシタのぱっちりとした翠色の瞳は、その目に宝石のような輝きを宿し、見られていて嫌でないどころか、寧ろ此方が引き寄せられてしまうような、不思議な魅力を醸し出している。
そんな彼の瞳に魅入られていると、想定だにしなかった言葉が耳に入る。
「マリーダさん、笑った顔…いいね。きれい」
「…は?」
「マリーダさん、もっと笑いなよ。笑ったらこんなに優しそうな顔してるんだって、オレ、初めて知ったよ」
今まで言われたことがなかったような言葉にどう反応すればいいのか逡巡するも、決して悪気の無い事だけは理解できて普段より抑えた声で
「わかった…笑える様、努力する」
とだけ返した。すると再びけたけた、と華やかな笑みを見せつつ、
「笑うのに努力なんか要らないでしょ。だいじょうぶ、オレがもっとマリーダさんの事、笑わせたげるから」
と告げた。そして、気を取られすれ違う人と接触しそうになった此方を、危ない危ない、と引き寄せてくれた。
思えば、ずっと彼は自分を路面店側の、なるべく人と接触しない側に歩かせていて、自身は大通り側の人通りが多い側の方を歩いていた。
年少なのにも関わらず、配慮させてしまって申し訳ないな、と思う反面、その気配りが素直に嬉しく思える自分も確かにはいた。
ほんの少し前までは、他人に不幸にさせてしまうくらいなら、と偽善に満ちた欺瞞を呟いていたのにも関わらず。
そこから然程時を有せず、目的の地に着いた。
そこは、如何にも女児向けなぬいぐるみが多数陳列されている店舗であった。
視線を少年の方に向ければ決まりの悪そうな、恥じらいも浮かべてみせた絶妙な面持ちで佇んでいた。
「……ここに、私と行きたかったのか?」
「ぅ…うん、その、あのね、プルがここにおいてあるキャラクターが好きだ、って言ってたもんで…でもオレ、あんまこういうの知らなくてさぁ」
「それで私に白羽の矢が立った、と。…お前には、姉さんと同い年くらいの妹が居ただろう。その子に聞けばよかったのではないか?」
「それは…ほら、プルの妹のマリーダさんの方が良く知ってるんじゃないか、って!ささ、折角来たんだし、入ろうよ、ね!!」
何だか本当の理由を逸らされた様な気がするが、此処に至って断るつもりは毛頭ないので其の儘店内に入る。
姉妹とはいえ、姉の好みの作品のキャラクターを知っている訳ではないが、それとなくは知っていたので、沢山の種類があるぬいぐるみから、眠る際の抱き枕になる様なぬいぐるみをオススメした。
一番上の姉は、眠りに就く際、ぼんやりとした孤独感──先程私が駅内で感じた物に近いのか──を覚えるのか何処か寂しさを湛えた瞳をしている場合が多く、眠る前に寝顔を見に行けば、頬に滴が伝っている事さえあった。
そんな寂しさを少しでも打ち消してくれればいいだろう、という理由も確り伝えた。
すると彼も真摯に話を聞き、姉の寂しさを知れば同じく悲痛な表情を浮かべ、全て聞き終えた上でなら、この子が良いね、と納得したような表情で頷く。
しかしどれもこれも物価高の今日この頃。
ぬいぐるみもどれも高価で、抱いて眠れるような大きさ故か予算がオーバーしていたのか財布を見ながら顔色を悪くしていたので、折半してそれぞれお金を出すことにした。
ギリギリまで悪いよ、いいよ、と粘っていたものの、姉さんの為だ、と此方も譲らずにいれば、いよいよ彼が折れる結果となった。
「ごめんねマリーダさん、ほんとごめん…ありがとう」
「いい、気にするな。それより、それ、持ってやろう。ほら、私に貸せ」
「いやいや、いいのいいの!荷物持ちくらい男のオレに任せておきなって!女の子はこういう時いっぱい扱き使っていいんだからね!」
といった会話も交わしつつ、重量感もそこそこあり、持つのには苦労しそうな荷物を抱えて貰いつつ来た道を戻っていった。
一部の人は反感も覚えるかもしれないが、可愛らしい店にも傍らで一緒に連れて行って貰ったり、こうしてあからさまなレディーファーストめいた対応をされるのは嬉しく思えた。
普段学び舎ではかわいい、よりもかっこいい、だとか、なんだか怖いという声まで耳にする場合が多かった。
日常では経験できない様な心情を齎してくれる少年。
ジュドー・アーシタに姉達や他の女性が惹かれる所以はこの様な所にもあるのか、と心の内に思えた。
暫く歩を進めると、道の外れに高名な喫茶店を見つけた。
この頃この街にも出店してきて、此処の看板メニューであるアイスクリームをふんだんに使ったチョコパフェは是非とも食べてみたいと思っていたが、開店当初は酷く混雑していたり、そうでなくても中々都合が付かず赴く事が出来なかった店舗だ。
思わず足を止めてしまうとよいしょ、と半分荷物で隠されていた顔を出して隣の少年が尋ねてきた。
「……マリーダさん、あそこ行きたい?」
「…え?」
「いいよ、食べに行こ!暑くて休憩したかったし。もうお昼時だしさ、丁度いいよ!」
と、言うと途端に向きを変えその店の方向へ歩み出した。
慌てて付いて行き暫し店内で呼ばれるまで待つ事にした。
店内は昼時なのも相俟ってか流石に待たされたが、再び二人で他愛もない会話をしていれば想定よりも幾分早く呼ばれ、二人向かい合って着席した。
メニューと睨め合いを行った上で此方はサンドウィッチと食後に例のチョコパフェを、彼はこれまた名物のナポリタンを大盛りにしてオーダーした。
提供されるまでの間、どうやって渡そうか、一旦彼の家に預かって貰って、また我慢できず遊びに行った時にサプライズで渡そうか、という旨の会話を重ねた。
驚くだろうな、と悪戯っぽい笑みを浮かべる彼の顔を見詰める。
やや面長の、ごつごつと角ばった箇所もある面持ち。
決して筋骨隆々とは言えない躰ではあるが、それでいて野生味の滲み出る姿と香り。14という年齢にしては酸いも甘いも嚙み分けたようなハスキーじみた声。
噛みしめれば噛みしめる程、ジュドー・アーシタという男の存在に浸り溺れてしまう気がした。
すると、ちょっとちょっと、と声を掛けられる。
改めて其方を見遣れば、物珍しく恥じらう表情を浮かべていた。
「……マリーダさん。そんな見詰められるとオレ…なんていうか…恥ずかしいよ?」
「…そんなに見詰めてたか?」
「見詰めてた」
「……すまん。忘れてくれ」
今度はすっかり此方の決まりが悪くなり、俯いてしまう。
このような時にそれまでなら何かしら話題をかけてくれた彼も何故か助け舟を出してくれなくて、妙な沈黙が二人の間を貫く。
ゆったりとした曲調の、優しいジャズピアノがBGMとして鳴り響く中、まずい、何かしら声をかけなくては、と思いつつもその一歩が踏み出せないまま暫し時が過ぎ、漸く口を開かんとしたその刹那、此方の頼んだサンドウィッチが届き、その直後に大盛りナポリタンも着席した。
「…ん~……!うま!おいしいね、マリーダさん!」
「そうだな、これは旨い…」
木目を基調としながらも、所々に遊び心を宿した物珍しい装飾が施された内装に、きちんと教育の行き届いているであろう丁寧な接客、そして口に運ぶたびに広がる旨味と幸福感。
なるほどこれは人気の出る店だな、と自己解決してしまう。
当の付き添う彼は、うまいうまい、と唸り乍らたどたどしくもスプーンの上でフォークを躍らせ、ちゅるる、と麺を吸いこんでいた。
ふと口元にケチャップが付いてしまっている事に気が付く。
何処か可愛らしいな、と思いつつも同時に普段姉達にしてあげている様に黙って口元を拭いてあげなければ、とも思いきゅ、っと備品のウエットティッシュで拭いてやる。
するとわわ、と後ろへ飛びのくので思わず此方も驚いてしまう。
「どうした?」
「ど、ど、どうしたじゃないよマリーダさん!汚れてるならちゃんと言ってよ!」
「そうか…しかし別にそう驚くこともないだろう」
「赤ちゃんじゃないんだからさ、それくらいの事、自分でできるよ!」
それもそうか、と思いつつでは拭いてもらう事が当たり前となっている姉達(特に一番上の姉)は一体何なんだろう。赤ん坊か、言われてみればそうだな、と勝手に連想して勝手に納得してしまう。
そんな顛末も有りつつも此方より提供も遅く、量も多い筈の彼の方が先に食べ終わり、続いて此方も最後の一口を口にして一息つくと、タッチパネルから店員を呼び出す。
チョコパフェをお願いします、と告げると彼も続けさまに
「同じ奴、もう一個!お願いします!!突然注文してすみません!」
と勢い良くオーダーした。大丈夫ですよ、寧ろありがとうございます、と愛想の良い返事と共に厨房へと戻っていく店員を尻目にしつつ、
「…良かったのか?よかったら私のを半分食べさせてあげたのに」
「……まーたそんな事言って…いいの、オレがもっといっぱい食べたいから注文したの!」
「…そ、そうか…すまない」
彼の気分を害してしまったか心配する半面、もっといっぱいたべたい!と頬を膨らませて主張する姿の、なんてあどけなく愛らしい事か。
目の前に居るジュドー・アーシタという男は、漲る活力と頼りがいをありありとその体全体で表していて、それだけでなくきちんと他人の気持ちを思い労われる優しい心根を持ち、そしてその垣間には年相応のあどけなさも時折見せて来る。
魅力、という単語を辞書で引けば「人の心をひきつけて夢中にさせる力」とあるが*1、正しくその魅力という言葉が肉体を得て躍動しているかのような印象を勝手ながら覚えていた。
一瞬感じた杞憂もなんのその、すぐにまた彼と談笑を始めればあっという間に二つのチョコレートパフェが提供された。
突然のオーダーにも柔軟に対応できる対応力の高さも、じわじわと各地にその店舗を増やしていける証であるのだと改めて実感した。
「これは…」
「おぉ~…おいしそー…!」
パフェグラスの上では先ずこんもりと二段に積み重なったチョコレートアイスが大きく主張しており、その脇をブラウニーや生チョコレート、ワッフルクッキーが固める。
その上を満遍なくチョコレートソースが走っており、パフェ全体を黒色が独壇場とばかりに勢力を広げる中、負けじと純白の生クリームの山も聳えていて、その山の地層を担うかのように先程のチョコアイスよりは少し小さめなバニラアイスがグラスの中に埋まっていた。
その中で行き場を失った熟れた赤色の苺が独り立ち尽くしており、その苺を拾い上げ先ずは一口、はむ、と口にする。甘酸っぱさの極地に在る様な風味が口全体に広がる。
続いてメインディッシュでもあるチョコレートアイスを口に含む。
甘さだけではない、何時までも口の中に残る様な濃厚さと、ほろ苦さのマリアージュが口内を多幸感に包み込む。
こうなれば頬が緩んでしまうのも不可抗力で、夢中になってグラスと口内をスプーンを何度も行き来させる。
かのような至福の一時を過ごしていると突如眼前の少年から見て見て、と声を掛けられる。
視線を其方にやれば器用にアイスクリームを丸ごと一個、スプーンで掬いあげ得意気な笑みを浮かべていた。
「…どうした?そんな風に持って、落とすなよ」
「ふふふ…これ、どうすると思う?」
「どうするって…」
「…こうするんだよ、ん、く…!」
するとそのアイスクリームを一気に口に入れてしまった。大丈夫か、と心配する間もなく、即座にごくりと喉を鳴らし飲み干した。
そして得意気に微笑む彼。
薄ら口を開けつつ眼を見開いてじっと見詰めてしまうと続けさまに、
「これ、プルがいっつもやって見せてって強請ってくる事で。今日一日お世話になった恩返しと、やっぱマリーダさん、笑顔が素敵だから…笑ってくれたらなって思って。…どう、だった?」
またもや口元にチョコレートを付けながらも目尻を緩めてふにゃり、と彼が笑う。
嬉しかったし、やはり健気で、普段の頼もしさとギャップを感じさせる姿は愛おしかった。
彼とは深い接点があるわけではないので、どの人にもこの様な事をしているのかな、と思うところもあった。
しかし、それらの考えよりも先に、自然と手が彼のくせのある茶色がかった頭髪へと伸びていた。
こうして初めて食事を共にした者同士がすべき行為でない。
しかし、さら、さら、とそのくせを直してやるように何度も何度も撫でてしまう。譫言の様に
「ジュドー、やさしいな」
「ありがとう、ありがとう。やさしいんだな、うれしい」
と繰り返しながら。
当の本人は暫し眼を見開いて固まっていたものの、漸く今までしていた行為の異質性に気が付き手を止めると、再び優しく微笑んで見せて
「…なーに言ってんの!マリーダさんの方こそやさしいでしょ。ほら、アイス溶けちゃうよ、早く食べちゃお」
と、朗らかに返す。
彼の言う様に溶けかけていた残りのアイスクリームを他の具材を巻き込みつつ食べてしまえば、今度はほぼ二人揃って完食して、店を後にした。
店を出れば既に陽は西へ傾きかけていて、ニュースキャスター曰く危険な暑さ、と呼ばれる暑さも心なしかマシになったような気がした。
家では宿題と悪戦苦闘している(と、思われる)姉達が待っているのでそろそろ帰路につかなければならない。
それは妹がいる彼も同様なようで二人揃って駅の方角へ向かい、同じ路線の電車に乗った。
彼の最寄り駅は此方の最寄り駅の二駅さらに奥にあるので、再び約20分程度の時間を、今度は彼と過ごした。
物事の終わりに体感する時間は、何事もあっという間に過ぎてしまうもので、行きとは打って変わって、初々しく若い力に満ちた女性車掌のアナウンスが、此方の最寄り駅を伝える。
「それじゃあね、マリーダさん。また、ね」
「あぁ。また、な」
その”また”、が意味するのが、学校で再び顔を合わせる事なのか、それともこうして二人きりで街を練り歩き、買い物や飲食を共にする事なのか。
それは分からないが、今はどちらでも良かった。
得も言われぬ満足感と、どの様な形であれ、再び彼の顔が見られたら良いな、という気持ちで一杯だった。
駅のプラットフォームに降り、自動ドアがガシャン、と閉まる。
他の乗客に迷惑にならない程度に手を振り、分かりやすく”バイバイ”と口の動きで表現する彼。電車が動き始めたその瞬間、何故か彼の
「もっと笑いなよ」
という言葉が頭の中に反響した。
笑顔を意識してしてみろ、と言われても中々に難しい事だが。
彼の言葉に従い、恐らく傍から見ればぎこちなく見えるであろう笑みを浮かべてみせる。
すると僅かに驚きの表情を浮かべつつも、直ぐ様満面の笑みへと変わり、力強くサムズアップを行っていた。
どんどん速度を増し、彼の顔がとうに見えなくなる。しかし、何時までも何時までも彼を乗せた電車を見送った。
「またな、ジュドー」
と、何度も小さく呟きながら。
原則現代パロとなっていますが、アガルタ学園ってなんだよ、と思うかもしれません。
が、まぁそういう名前の学校に二人して通ってるんだよという事です。
意味はググってみて下さい。
マリーダさんもその実18歳、平和な世界に生まれ変わっていれば学生生活を満喫できていた筈。
そのささやかな幸せを想像するくらい、罰は当たりませんよね。