否定、否定、そしてさらに否定。兵士として自分を再構築するために、今までの自分をすべて破壊するために。
「貴様は何者だ!」
「ドーラ区出身、ローレ・サマルブルク!」
一瞬、その出身地区に言葉が止まる。ドーラ区はウォール・シーナ内の中でもさらに中央にほど近い区域。その場所に住めるのはお貴族様くらいのものだ。そんな人物がなぜ兵士になろうとしているのか。
「何しにここに来た!?」
「巨人から仲間を守るためです!」
家族や友人ではなく仲間という言葉に引っ掛かりを覚える。よく見れば襟元に徽章がある。ウォール教徒である証。
「家畜以下の存在が祈ったところで何の効果もないだろう!何もできない家畜以下だと判明したらすぐにでも開拓地に送ってやる。覚悟しておくんだな!」
高貴な身分であろうともここに来た時点でただの家畜。やりにくいなどとは思わない。道楽できたのだとすれば、開拓地に送り付けてやると凄む。最もこいつほどのやんごとなき身分ならば訓練に根を上げて開拓地送りなっても助けが来るだろう。反吐がでる。
そしてその程度、少しこの世界についての知識があれば十歳を過ぎたばかりの少年少女にも分かる。
そんなローレ・サマルブルクが同期の目の敵になるのは必然の流れだ。
*
「マリア・ローゼ・シーナ、三つの女神に祈りを。我々の信仰が壁をより強固にし、巨人の手から人類を守ってくれる。」
壁の最奥で安全に、裕福に、三つの女神に愛されて幸福に生きる。週に一回の礼拝だが、これから三年間は来ることができなくなる。両親を事故で亡くしてから、親代わりとなって育ててくれたダルキア司祭に挨拶くらいはしておこうと礼拝が終わった後に声をかけた。
司祭はその日に少しだけ説教をしてくれた。
「人生には三度の大きな転機が訪れるとされている。今がその一つの転機になるだろう。その選択が正しいか間違っているかなんて今はわからない。だけれど、決して後悔するんじゃないよ。例え取り返しがつかないことが起ころうとも。」
訓練とはいえ死人が出ることもある。死ぬ覚悟を持って行けということなのだろう。あるいは最後の引き留めなのかもしれない。その厚意にー
「ありがとうございます司祭様。でも大丈夫です。自分には女神様のご加護があるんですから絶対に死にません。」
「……では行くが良い、ローレ・サマルブルク、君に壁の加護が在らんことを。」
ー甘えてしまったら報いれない。
*
彼に立体機動の才能、ひいては巨人を殺す才能があったのか。それは間違いなくあった。訓練は苦しいものだったがついていけないほどではなく、だからと言って余裕でこなせるほどではない。1,000人近くいた訓練兵は200人程度まで減ったが、それにふるい落とされないで残った。
「あいつ、ドーラ区出身って言ってたよな。どうして訓練兵なんてやってるんだか。」
「お貴族様の道楽なんじゃないの?」
「嫌になったら逃げだせるなんて言い御身分だよなあ。」
飛び抜けた実力があるわけでもない、身分が高いお坊ちゃま。彼はだんだんと孤立していって、それでも同じ苦難を共にする者同士、少しづつ同期と打ち解けていきながら訓練兵時代を過ごす。幸運だったといえるかわからないが、彼は周りの近しい人間に恵まれていた。
*
卒団式が終わり、いつもより少しだけ具が多くて濃いスープ、少しだけ柔らかいパン、大半が駐屯兵団を目指すらしいと食堂の同期たちが話しているのを聞きながら、調査兵団に入る覚悟を決める。それが彼の一つ目の転機の日はもうすぐそこに迫っている。
*
シガンシナ区の壁が破壊されたという情報が入って訓練場は大混乱に陥った。今日が終われば内地に行けたと嘆く仲間、本物の巨人を殺せることを喜ぶ命知らず、でも大半は実際に巨人と戦うことの恐怖に支配された。それは訓練兵を卒業したばかりの新兵だけでなくて、駐屯兵団も含めてだ。
「敵前逃亡は死罪だ!人類に心臓をささげた覚悟を見せろ!」
「新兵は避難誘導だ。少しでも多くの住人を生かせ。お前たちの働きで生き残る人類の数が決まる。今一度人類に心臓をささげろ。」
陣形もほとんどまともに組めないで、民間人の避難をする時間の一秒のために兵士の命が消費される。その一秒で避難できる人は一人も増えない。なぜなら。
「おい、おいおいおい!まだ俺たちがシガンシナ区にいるだろ!なんで壁が閉ざされようとしてるんだ!?」
シガンシナ区とウォールマリアの内地をつなぐ場所、そこを閉ざせば被害はシガンシナ区の住民だけで済む。まだ三割も避難が済んでいないが、ここが破壊されれば人類の三割が殺される。シガンシナ区の住民の七割と人類の三割、比べるまでもない。壁が閉ざされる。
ウォールマリア、信じていた神が自分を殺す悪魔に見える。
「住民一人抱えろ!立体起動ならまだ間に合う!」
兵士の怒号が響く。近くに一人しかいなければ最悪の中では最高だ。そいつを抱えて飛ぶだけでいい。人を抱えた立体起動は普段と勝手が違うだろうし、抱えられた者の何割が縄もなしにしがみつき続けられるかという問題はあったが、それでも全力を尽くすだけでよかった。しかしそうでないものもいる。
「なんでもするから私を助けて!」
「いや、俺だ!」
「子供だけでも!」
「しがみついて絶対に離すな。お前を気にかけながら立体起動はできない。離したら死ぬ。置いていくやつらの命をお前は背負ってんだからな。」
人が大勢いるところで避難誘導をしていたものは運が悪い。誰を助けるかの取捨選択を兵士はしなければならない。それでもまるで神になったかのように選べるならば最悪の中ではマシなほうだ。
「離せ!二人は無理だ。」
「おいて行かれたら絶対に死ぬ。俺を連れていけないならこの選ばれた子どもを殺す!それでも選ばれないなら俺が選ばれるまで選ばれたやつを殺していく!」
一瞬の間に起こる暴動、そこで繰り広げられる地獄。ちゃんとしがみつける成人男性か、抱えやすい子供。選んだ一人がこの惨事ののち生きていけるか、兵士はとっさに一人を選び、先の発言のように避難を邪魔するものを腰の剣で切り裂く。まるで悪魔になったかのように選ぶのが最悪の中の最低だ。それでもその瞬間、意味があった。
選べないことが何の意味もない最悪最低未満の糞だと気づけない兵士は選択から逃げて一人で内地に向かって飛び立った。それを責めることができるのが果たして何人いるのか。
*
新兵勧誘式、壇上に登るのは調査兵団団長、エルヴィン・スミス。勧誘式といっても憲兵団は上位十名しか所属できず、その十名はほとんどが憲兵団に行く。駐屯兵団は憲兵団に行けなかった者がそれでも憲兵を目指す唯一のルートとして駐屯兵団に所属する。だからこの勧誘式は慢性的な人手不足である調査兵団のみに勧誘される。
最初の壁外遠征で新兵の三割が死に、そこで生き残ってから五年後の生存率は六割。ウォールマリアを奪還するために大部隊輸送ルート、それを作るのにいったい何年かかって何人死ぬのか。知らなければ希望を持って入団する者もいただろうに、エルヴィン・スミスは突きつけてくる。
二十年はかかり、二十年後の兵士生存率は一割もない、と。
「君たちは死ねと言われたら、死ねるのか。」
残った人数はわずか5名。あんな地獄を体験してまだ地獄に立ち向かう人類に心臓を捧げた兵士。
「それに意味があるなら!」
「……良い答えだ。今この場に残るものを第99期調査兵団と認める!これが本物の敬礼だ!」
その日、ローレ・サマルブルクは調査兵団になった。
ローレ・サマルブルク:ローレシアの王子、サマルトリアの王子、ムーンブルクの王女より