「それではこれより、第四十五回壁外調査を開始する。前進せよ!」
99期調査兵にとって初の壁外調査が行われる。初めての壁外、得も言われぬ緊張が新兵を包み込むがしかしローレにとってはそうではない。記憶の中の自分は何度も壁外調査に赴き、そして生き残ってきた。ローレは一つ一つの景色が記憶に重なっていくのを感じていた。
(懐かしいと思えればまだよかったのにな。)
掃討班に壁に群がる巨人の対処を任せ駆け抜けたのち、前方から赤色の信煙弾が放たれた。巨人は南からやってくると言われていて、こちらの目的地はウォールマリア最南端のシガンシナ区、巨人との遭遇は避けられない。それは最先端で索敵をする役割でない新兵であってもだ。
(赤の煙弾、進行方向に巨人、このタイミングは――)
記憶を探る。トーア班長とライム副班長がグンタをかばうために巨人と戦いライム副班長が戦死する。しかし、俺が戦闘に加われればこの未来の回避は可能だ。
「サマルブルク、巨人に向かって信煙弾を――っておい!」
上官に逆らうのは兵士に許されない。しかし上官の指示の先に俺はいる。すでに馬から離れ立体機動に移っている。背後で班長の怒声が響く。
「ライム、サマルブルクの援護だ。巨人の足を削ぐぞ!」
「了解!」
三人の立体機動が交錯し、鋼索がうなりを上げる。巨人がローレを掴もうと振りかぶった瞬間、トーアとライムが両側から一気に斬り込み、片足が吹き飛ぶ。巨体が膝をついたところへ、ローレが勢いそのままにうなじへと刃を突き立てた。
――ザシュッ!!
「――!!」
巨人が絶叫をあげて崩れ落ちる。蒸気の中に立ったローレは、肩で息をしながらも剣を構え巨人の肉体が蒸発することを確認し剣をしまう。
「ローレ、なぜ指示もなく交戦に移った!」
ライム副班長が責めるように言う。上官の指示に従わない兵士の存在はリスクだ。当然の反応だと思う。それがライム副班長を守るためであっても。
「叱責は後だ。理由は想像がつく。よく見つけ、間に合わせた。だが、最善手ではあったが正しい行動とは言えない。そこは勘違いするな。」
「分かっています。勝手してすいません。援護に来てくださってありがとうございました。」
再び馬に乗りながら、トーア班長がライム副班長を静止する。ライムが周りを見渡せば、自分たち以外に馬が二体に新兵が一人。
「助けるために飛び出したってことか。」
「二列三班の新兵だな。巨人が民家に隠れていて気づけなかったのはお前の落ち度じゃない。命を拾った幸運に感謝して配置に戻れ。」
「はい!」
トーア班長がグンタに即座に指示をして、グンタが馬を走らせ始める。それを見て、ローレ達も配置に戻り移動を開始した。馬の蹄が地を叩く。前方でライム副班長の背中が揺れていた。
(……生きてる。あの時は死んだはずの人が――俺の行動が人を生かしている!)
胸が熱く跳ね、息が詰まった。一周目の絶望と、目の前の光景がせめぎ合い、強烈な確信だけが残る。
(記憶は変えられる! だったら――次は!)
脳裏に浮かんだのは、血を吐きながら崩れ落ちたミヤ先輩の姿。心臓が焼け付くように脈打ち、言葉が勝手に心の奥から湧き上がる。
(次は必ず、ミヤ先輩を救う!)
手綱を握る掌に力がこもる。その誓いは衝動のように一瞬で立ち上がり、ローレの全身を熱で貫いた。
*
目的地に到着し、兵站拠点設営のために準備をし始める。この拠点づくりも四年後の襲撃を考えればやるせなくなるが、残念なことに四年後の襲撃のことを伝える手段はない。
「ローレ、お前はこっちだ。俺達と一緒に迎撃班に入ってもらう。」
荷物を降ろし終わった後、トーア班長から声をかけられる。一緒に作業をしていた同期の新兵には驚きの表情が浮かぶが、あえて無視してトーア班の迎撃に参戦した。巨人がくるまで勝手したことを責められる。
「結果だけ見れば最善だったからあまり強く言えないが、あの場面、兵士としての最適解は三人以上の仲間と迎撃だ。」
言外に、新兵は頭数として数えられていないと告げられる。当たり前だ。最初の巨人戦など、実力の半分も出せないのが普通。ローレ達シガンシナ区の訓練兵はシガンシナ襲撃を生き残っているが、彼らはシガンシナ襲撃でローレの立ち回りを見ていない。
「言いたいことは分かる。悠長していてはグンタは救えなかった。お前の勝手がなければ俺だってあの場面では巨人のそばにいるのが新兵でない可能性に賭けてライムと俺の二人で巨人と交戦に移っただろう。」
そして、襲われている兵士と三人で戦う予定だったはずだ。実際のところあの場にいたのは新兵のグンタで記憶の中の彼らは二人で戦うことを決意し、ライム副班長は殉職した。
「最適解が最善手とは限らないが、最適解を選び続ければ大きく負けはしない。そうやってここまで調査兵団はやってきたんだ。お前がずいぶんな実力者なのは疑ってないが、自分の分はわきまえて動けよ。」
お説教は終わりだと言ってトーア班長は陣形を指揮した。
「勝手した罰で迎撃班に入れられるとはお前もついてないなあ。」
「違うでしょ。ローレがどのくらい巨人に通用するのかローレ自身に体感してもらうためよ。この陣形ならローレがミスしてもフォローできるし。」
ついでに私達もシガンシナ襲撃を乗り越えた期待の新兵の実力を見れるわねとミヤが続けた。
*
「ホイム班より増援要請です!」
巨人の迎撃をして、二体の巨人を撃破したころ、キーラ先輩が伝令を告げる。
「今回は余裕があるからな。ジオ、ライム、行ってこい。」
「「了解!」」
日没まで一時間、記憶でミヤ先輩が命を落とすまでのタイムリミットまでも一時間だ。六人で戦えるなら間違いなくミヤ先輩を救えると思っていたが、四人、奇しくも前回と同じ人数と状況。
「13m級です!」
ミヤ先輩の声でローレは覚悟を決める。こいつを倒した直後の3m級にミヤ先輩は食われた。ライム副班長は救えた。ミヤ先輩だって救って見せると、覚悟を決めなおす。
「ローレ、フォロー!」
四人になってからの陣形は記憶と同じ、囮をトーア班長とキーラ先輩がこなし、止めをミヤ先輩と俺がやる。
「了解!」
少し無理をしてミヤ先輩がうなじを狙う。ミヤ先輩の初撃と俺の次撃で13m級を屠る。
ザッ!
浅くうなじを削ぐ音、急所を狙ってきたミヤに巨人のヘイトが集中する。
「はあぁっ!」
――ザシュッ!
巨人が倒れる。一周目ではこの瞬間13m級を撃破して警戒が緩んだ一瞬を突かれて、そのツケをミヤ先輩に払わせてしまった。
(いた……!)
撃破がスムーズに済んだ結果か、3m級はミヤ先輩のすぐ近くにいる。ローレは一周目の記憶に突き動かされすでに次のアンカーを撃っていた。
「させるかッ!」
風を切って巨人に迫り、横薙ぎにうなじを抉る。刃が肉を断ち切り、3m級は声を上げる暇もなく崩れ落ちた。
「ローレ!?大丈夫か!」
「や、やった。やっと、俺は……!」
一周目で失われた二人の命を救い切った。生かしてもらった一周目の四年間がこの瞬間、どうしようもなく報われた気がして。俺はこの瞬間のために訳の分からない力に目覚めたとすら思えた。
*
「先輩、安息日だからってまだ寝てるんですか?」
壁外調査が終わってから初の安息日、兵舎のキーラ先輩の自室にローレが入っていく。
「慰労会、買い出し担当ですよね。買い出しは早ければ早いほどいいものが手に入るんですから!」
「いや、だからってまだ早いだろ。お昼くらいに市場にいきゃあいいじゃねえか。あと一時間くらい寝かせてくれよ。」
「なんだローレ、お前目利きとかできるのか!」
既に起きていたライム副班長が少しうれしそうに聞いてくる。
「こう見えても、お貴族様のお膝元、ウォールシーナ出身ですから。兵団に所属するまではいいもの食べさせてもらいました。」
「いいこと聞いた。おい、キーラ、さっさと起きろ。買い出しは俺も行く。酒の目利きを教えてもらおう!」
「いや、ローレはまだ十五で酒の目利きなんて――」
なおも言い募るキーラの布団を豪快に剥ぎ取り、十分で支度させるから玄関で待ってろと言われ、玄関に向かう。その途中ミヤ先輩に会った。
「ローレもう買い出しに行くの?キーラなかなか起きてこないでしょう。あいつ休息日となったら昼まで起きないんだから。」
買い出し担当がローレになってよかったわと少しいたずらっぽく笑うミヤ先輩に、彼女はこんな風にも笑うんだなと思った。
「火を通せば大体同じですってばー。せっかくの安息日なのに午前中から動きださなけりゃならないなんてさあ。」
ライム副班長に引っ張られるながら愚痴を垂れ流しながらも支度を終わらせたキーラ先輩と合流し、三人で市場に出かけた。
*
「さて、せっかくの慰労会です、何を買いますか。」
一周目はシチューと卵料理を作ったなあと思い出しながら二人に話題を振る。
「まずは馴染みの店でおすすめ聞いて、それからだな。」
「分かりました。じゃあ行きましょう。」
ローレの頭に、少しいかつい顔した店主が浮かぶ。最後に会ったのはローレの主観的には三年以上前、元気しているだろうか。
「えらく迷いないが店の場所分かるのか?」
「当たり前ですよ。俺が何度この店にお世話になったこ、と、か……」
ふと失言に気づく。二周目では初めてこの店に行くのだ。俺が知っているはずがない。ただ今のセリフは一周目の記憶に基づく発言だ。俺以外には定着しない。
「へえ、常連だったのか。お前、ウォールシーナ出身だったと言ってたけど、どういう縁だ?」
「え、あ、いやえっと、そんな何度も来たわけじゃないんですけど、子供のころに一度ここで買った肉の味が忘れられなくて……」
(記憶が定着している?なんで?)
一周目の話をグンタにしたときなぜか定着しなかった。それからタンベムやリーザに自分の知る未来のことを話したが、その時もだ。俺の記憶は他人には定着しないものとばかり思っていたが、この二人は当たり前のようにローレの失言を覚えている。
「そうか、そうだよな。ちょっと前まで、ここは人類と巨人の最前線とは無縁な内地だったんだもんな。」
キーラ先輩が少し悔しそうにそういった。
「やめやめ!暗い話は今日はなしだ。酒が不味くなる。せっかくローレに目利きしてもらおうってんだからな。」
「だから、十五歳のローレに酒の良しあしが分かるわけ……」
「大丈夫ですよ。こう見えて、お酒の目利きには定評がありました。」
当然一周目の話だが。一周目のことを話しているのだから、俺の今までの常識だと二人にはこの発言がまるで聞こえなかったかのように話が進むはずだ。
「はっは!ウォールシーナ出身だと十五で酒を当たり前に飲むのか!俺には分からん世界だな。」
「ローレがウォールシーナにいたのは訓練兵になる前なので十二ですよ。ちょっと心配になるくらいでは。」
やはりこの二人には定着するみたいだ。二人は特別なのか、むしろ俺の同期だけ特別に定着しないのか、確かめる必要がありそうだ。でも――
「なあローレ、この酒、高くて手を出したことないんだが、安物よりどれくらい違うんだ?」
「値段が高い味、安い味ってのはないんで表現するのが難しいのですが、このお酒は渋みが評価されてこの値段がついてます。」
「ローレーこの肉どうだー!」
「新鮮ですね!買いです!」
今日だけは今を楽しもうと決めた。
*
帰宅して後、しばらく時間を潰し頃合いを見て夕食の準備に取り掛かる。財布も出さず買い出しにもいかないというのは居心地が悪いとジオ先輩とミヤ先輩が手伝いに来てくれた。
「聞いたぞローレ、俺がホイム班に援護に行った後大活躍だったんだってな。」
「先輩方がフォローしてくださってこそですよ。」
「もっと誇ってもいいのよローレ。巨人を仕留めた直後が一番油断するっていうのに、あなたはあの場で索敵を担う私よりも完璧に周囲を警戒し、巨人を発見して仕留めた。熟練の兵士顔負けの働きね。」
調査兵としては一周目を含めれば五年目、今のトーア班長と同じ期間の長さだ。そういう風に褒められることに何となく居心地の悪さを感じながらも、トーア班が誰も欠けることなく壁外調査を乗り切れたという喜びがローレを満たす。
「こんだけ優秀でおまけに料理が上手い!我が班はラッキーだな。」
「班が再編成されちゃう日が今から残念だわ。ローレだけ引っ張れないかしら。」
「班員もある程度融通が利く。再編成の時に団長に希望してみればいいんじゃないか。まあ少なくとも五人から指名が来ることは確定だが。」
二人と談笑しながら料理を続けていく。ちょうどもうすぐ完成するタイミングとなりジオ先輩が班長達を呼びに行った。
「班の再編成ってまだ一年近く先じゃないですか。別の班になっても慰労会の料理くらい作りに出張しますよ。」
「あら、よく知ってたわね。でも一年近く先は最長でもよ。こんな仕事をしてるんだもの。班の再編成は来月にもあるかもしれないわ。」
壁外調査は二月に一度、壁外調査で班員が二人以上欠ければ再編成することもある。
「大丈夫です。俺が絶対にそんなことにはさせませんから。」
「……頼りにしてるよ。」
「はい!」
目を細めてそういう彼女にローレは力強く返事した。
*
一周目の記憶を活かし仲間を救った。ミヤ先輩を救えたこと、新兵でありながらトーア班長に劣らない実力を持ったローレの存在でトーア班は一年間犠牲者を出さないで生き残った。彼の評判は調査兵団を駆けめぐる。
「ローレ・サマルブルクか、聞いているよ。今期入団でありながら、熟練の兵士に劣らないどころか凌駕する部分すらもある期待の超新星とね。そんな人物が我が兵団に来てくれた幸運を生かさなければならないな。」
「平の兵士の大多数よりも状況判断、部隊の統率、立体機動、馬術、およそあらゆる部分で優れてるよ。特に部隊の統率力は抜きんでてる。」
「紅茶の趣味も悪くねえ。」
「においもよかった、だが今期ならオルオが一番見込みがあると俺はかぎ分けたんだがな。」
「ミケさんの鼻が見誤るって珍しいですね。」
当然上層部にも。そしてエルヴィン・スミスは新たに新兵が入ってくる部隊編成のタイミングで今までにない異例の人事をする。
*
「異例の昇進おめでとう。まさか同階級になるとは思わなかったわ。いやまあ能力的には納得なんだけどね。」
来年度の編成が決まり送別会の最中、話題の中心は来期から班長を任されることになったローレだ。
「でもよりにもよって俺の班の班長にしなくてもいいのになあ。直属の上司ってことだろ、やりにくいよ。」
しかも元トーア班では俺が一番下っ端だと愚痴るキーラにライム副班長が肩をたたいた。
「何言ってんだよ。ローレがやりやすいように同じ班であるお前を副班長に添えたんだろうが。お前がやりにくいとか言ってどうすんだ。」
「そうだな。ローレが優秀なのは疑いがないが、それでもまだ二年目、本来はまだまだこれからって時期だ。行き届かない部分もあるだろう。それをフォローしてやれ。お前相手ならローレも相談しやすいさ。」
「頼りにしてますね、キーラ先輩」
「その先輩呼び、次の班ではやめてくれよ。トーア班では先輩だが、ローレ班では部下だ。周りが混乱する。」
早速ローレのフォローに回るキーラの様子を見て、他の班員は顔を見合わせて笑った。