カプ厨ユミルに目をつけられた   作:三軒過歩

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(2-6)イルゼ・ラングナーの戦果

第34回の壁外調査になる。結局対策らしい対策を考え付かず、キーラ班の班員に気を抜くなと気休めにしかならないが釘を刺した。うまくいくことを祈りながら帰還していたが、祈りむなしくローレははぐれた馬と合流した。名札を見る。イルゼが騎乗しているはずの馬。

 

(近くにはいるはずだ。一周目の時は巨大樹の森にいたが。)

 

一周目で巨大樹の森にいたのはイルゼのみ。キーラ班がどこで壊滅したかは、一周目でもわかっていない。とは言え手がかりはこの馬だけだ。煙弾でローレ班の仲間に単独行動する旨を伝える。巨大樹の近くに馬を走らせる。

 

(!)

 

俺が合流するのが先か、イルゼが巨人に見つかるのが先か。

 

「どうして私達を食べる?」

 

叫び声が聞こえた。発言内容的に巨人との意思疎通を図っているのか。少なくとも叫べるくらいには無事らしい。

 

「何も食わなくても死なないお前たちがなぜ!?」

 

巨人と意思疎通を図っている時点で精神状態は無事ではなさそうだが、今ならまだ間に合う。

 

「お前らは無意味で無価値な肉塊だろう!!」

「こっちに逃げてこい!」

 

声のしたほうに煙弾を放って叫んだ。巨大樹の木が生えている群生地。不意の巨人を警戒し、最高速度で走らせられない。いや、ここなら立体機動で上に逃げれる。焦る必要はない。無事に合流することを最優先に動いても間に合う、はずだ。しかしその叫び声の悲惨さを考慮に入れなかった罰を食らうことになる。

 

(ああくそっ!)

 

イルゼの姿を確認した。腰に立体機動装置はなく身一つで6m級から走って逃げている。こちらが彼女に追いつくより巨人に追いつかれるのが先だ。捕まり、握られる。五秒あればあいつに切りかかれるが、三秒あれば食われる。生存は絶望的で、だから一体でも巨人を減らしておこうとイルゼの救出から巨人の撃破に目的を入れ替える。捕食中の巨人は本当に無防備だから。

 

「いやいやいやいやいやいやいや!たす―」

 

その言葉が呪いになると、イルゼが無理やり飲み込む。でももうローレの手元は狂ってしまった。巨人のすぐそばの木に突き刺すはずのアンカーを巨人に刺す。一瞬動きが止まった。さすがに体に、それも急所近くを刺されれば捕食中でもこちらの存在を認識するらしい。こうなると、一人で巨人と戦わないといけない。6m級との勝率は五分あればいいほうだ。巨人の肩に撃ち込んだアンカーが食い込む。視界の隅で、巨人の握る拳がわずかに緩むのが見えた。

 

(間に合え…!)

 

巨人がこちらを向いた。その瞳はイルゼへの関心を失い、完全にローレを捉えている。手応えのない目線、それでも紛れもなく殺意だけは宿していた。巨人がその腕を振りほどくようにイルゼを放り投げる。受け身もとれず地面に叩きつけられた彼女は土埃の中に消える。

 

(くそっ……!イルゼは無事か!?)

 

確かめる余裕はない。巨人が前傾姿勢で突っ込んでくる。両手を広げ、木をなぎ倒しながら一直線に。

 

(止めなきゃ、やられるのは俺だ!)

 

ローレはアンカーを打ち直し、高速旋回で巨人の横をすり抜ける。巨人が後方に腕を伸ばすが、間一髪で交わす。目指すは背後、うなじ。巨人が旋回に対応しようと体を捻る――その一瞬の動きが鈍る瞬間を、狙う。

 

「潔く死ねッ!」

 

――ザシュッ!

 

うなじを斬りつけた。浅い。まだ足りない。刃を抜くよりも先に巨人が反応し、後方へ強引に振り返る。

 

(やばい……!)

 

風圧でバランスを崩した。枝にアンカーを打ち込んでなんとか体勢を立て直すが、巨人の腕がすでに迫っていた。

 

「ぐっ……!」

 

右肩をかすめて地面に叩き落とされる。背中の装置が軋み、肺の空気が押し出された。だが立ち上がる。ローレはすでに立体機動装置のガス噴射部を最小限に絞り、高圧で勢いをつけて噴射し空中へ投げ出されるように飛び出す。

 

「うぐぐぐ!」

 

噛みつこうと飛びついた動きにカウンターのように飛び出せた。今ならさっきよりも深くうなじを狙える。

 

「――ぁあああああっ!!」

 

鈍く裂ける音、巨人が一瞬、ぴたりと止まり、がくりと前のめりに崩れ落ちた。地響きとともに静寂が戻る。蒸気が吹き出し、ローレはその場に崩れ落ちた。

 

「イルゼ……!」

 

振り向くと、土埃の中からかすかに動く影。イルゼが、血まみれの顔でこちらを見ていた。

 

「ローレ……先輩?」

「よかった。まだ死んでないね。」

 

イルゼを抱きかかえ巨大樹に上る。怪我の具合を確認しようとして右手の指が二本喰われていることに気づく。

 

「傷口を焼く。痛いだろうけど、このままじゃ壊死して被害が広がる。なんとか耐えろ。」

 

マントを噛ませて舌を噛まないようにする。血の流出が止まったことを確認して、頭に包帯を巻く。頭の傷は手に比べれば軽いもので、包帯を巻いている間に出血は収まっていた。応急処置を終え背中に背負う。

 

「手をぐるぐる巻きにされて難しいだろうがしっかりつかまれ。落ちたらせっかく拾った命をまた捨てることになる。なるべく急いで帰還するが、それまで死ぬなよ。」

 

返事の代わりに強くしがみつかれ地上に残した馬に乗り帰還する。兵士になってから多くの人を助けた。それを繰り返しただけだ。だが救った人が必ずしも救われたいとは思わない場合もある。

 

 

偉くなればなるほど、部下の死を看取ることが増えて、その責任を取らなければならない。幸いなのか分からないが、責任を取らなければならないほど、ローレは偉くなっていない。ただ、今回は事情が違った。

 

「イルゼ・ラングナーから辞表を受け取った。」

「……それをいち調査兵である自分に告げていいんですか。」

「君は彼女を救った当事者だろう。」

 

エルヴィンからそう告げられたのは前日。受け取ったということはもう彼女は調査兵ではないということ、ではない。受理されたのならそれを調査兵に通達することに何の問題もないが、エルヴィンは俺に当事者だから伝えたと言った。エルヴィンの考えの全容を理解することはできないが、この行動の意味するところと俺に求められている行動は流石に理解できた。

 

 

 

イルゼの実家にお見舞いに行き、イルゼの両親にもてなされる。そこまで上等なお茶ではないが、間違いなく、彼ら両親が自分を歓迎していることは理解できた。それが不可解でならない。生活は厳しく、娘が傷物にされて帰ってきた、だというのにろくな保障もない。ラングナー家の負担はさらに増えるのに、どうして俺達調査兵団に友好的でいられるのだろう。

 

「イルゼに会うのはもう少し待っていただけませんか。あの娘にはまだ落ち着く時間が必要なんです。」

 

その言葉も俺への嫌がらせではなく、俺を慮ってのことだ。

 

「ご存じだとは思いますが、娘さんから辞表を受け取っております。しかし調査兵団にはイルゼさんがまだ必要なのです。彼女が戦線に立てなくとも。」

 

だから引くわけにはいかないと伝えた。

 

「わかりました。今娘に会うのはお互い辛いだけだと思いましたが、それほどの熱意があるなら会ってあげてください。それと――」

 

どんな選択を取っても私たちは娘を応援すると伝えてほしいと言われた。

 

 

 

「イルゼ、経過はどう、だ……」

 

ほとんど物がない殺風景な部屋にただ一つあるベットの上で起きあがった彼女が一瞬女神か何かに見えた。

 

「なんですか、信じられないものを見たみたいな顔をして。」

「いや、兵士の時のイルゼしか知らなかったからな。そうしているとやんごとなき身分の令嬢とかに見えなくもない。」

「ハハッ!なんですか、ローレさん、冗談言えたんですね!せいぜい、偽物のが枕詞につくくらいが限界ですよ。」

 

少しだけ空気が澄んだ気がする。ただ、確実に壁を一枚感じる。越えてくるなと祈るように建てられた壁が。他愛もない話をして、そういえば経過の話を聞いてないとなった。

 

「お医者様が言うには順調みたいですよ。元通りとは言えませんが、日常生活を送るくらいはできるようになるとのことでした。」

「それはよかった。」

 

特になんの変哲もない返答。イルゼもその言葉に対する返答を用意している、はずだった。だけど、彼女は少し迷ったように言葉を止めた。

 

「ねえ、ローレさん」

「なんだ?」

 

少しの躊躇いの間が空く。壁を越えてくるなと作ったはずの壁を自分から壊そうとしていることの躊躇のような。

 

「私が生きてて嬉しい?」

「嬉しい。当たり前だろ。」

 

どんな返答を期待していたのか、よくわからないが、これを即答しないのはあり得ないことだ。

 

「私はあの場で死んでおけばよかったって毎晩思ってます。」

 

――勘違いしていた。壁を壊したんじゃない。壁の外にいる人間を撃つことをためらっていたから間が生まれたんだ。

 

「生き残ってしまったから、私は親になにも返せてないのにまだ迷惑をかけ続ける。死んでしまえれば、少しばかりは補償も出たのに。兵士としては死んだのに、なんで私は生きている?役立たずになって生き残った私を仲間は許さないしなにより私が許せない。」

 

巨人と戦闘する力を失ったものが調査兵団に居場所があるのか。彼女なりに考えてないという結論になったのだろう。巨人との闘いは戦闘だけではないけれど、戦闘能力なくして調査兵団に居続けるには、エルヴィンのような信じられない頭脳か、ハンジのような巨人への狂気か、あるいはミケのような特異な能力がなければならないと、そう思ってしまっている。そしてそれは完全な間違いではない。

 

「俺がお前を助けたのは、お前に価値があるからじゃないぞ。」

「知ってますっ!あなたはただ、民間人を助けるように私を助けた!」

「違うな。あの場にいたのが仲間だったから、調査兵だったから生き汚く、あがいてくれると信じて俺も危険を犯して助けに行った。」

 

あがいていたから、手を犠牲にしてコンマ数秒稼いだから、イルゼは生きている。

 

「その結果助かったのが民間人より役に立たないごくつぶしですよ。」

 

その瞳は昏い。この部屋が殺風景でほとんど物がない理由が今なら痛いほど分かる。

 

「お前が腐ったら、誰が仲間の死に意味を与えるんだ?」

「あなたならできます!」

「お前ほどうまくはできないよ。」

 

言葉が切れた。

 

「死者に意味を与えるのは生き残った俺らだよ。だけど、直接託されたのはイルゼだけだ。」

「でも、私はもう兵士として死んでしまった……!」

「違うな。戦闘員として死んだってんならまあそうかもしれないが。」

「何が違うと―—」

「調査兵団に必要なのは、まあいくつかあるんだろうけど、未知を許さない探求心があればいいと思う。お前は無意味で無価値な肉塊だと巨人を断じていたのに対話を試みた。そういうことができる者が人類には必要だ。」

 

ふと、自分はひどく残酷なことをしているのではないかと思った。こうして壁の奥で縮こまっていたほうが、イルゼは安らかに過ごせるだろうに。また巨人と向き合わせる権利が俺にはあるのだろうか。結論はすぐに出る。

 

「だから、頼む。どうか仲間の心臓の在処を見届けてくれ。」

 

そんなものはないからこうして懇願するんだ。

 

 

イルゼの手帳はそれまで凍結されていた巨人の捕獲作戦を再始動させた。作戦を指揮したハンジの手腕によって死者はゼロで巨人の捕獲に成功した。

 

「いやー十余年ぶりの快挙だってのに、巨人の研究に意欲のある者がたったこれだけの人数しかいないっていうのは悲しいなあ。」

 

捕獲した巨人の調査、巨人が好きな人などそうそういない。しかも捕まえた二体の巨人は抵抗できず無防備と来ている。下手すると凶行に走る兵士がいてもおかしくない、とはさすがに言い過ぎではあるだろうが。

 

「むしろ、ハンジ分隊長以外に巨人の調査に意欲的な人がいることに驚きを隠せないですね。どうして来たんですか、ローレ先輩。」

「そりゃあまあ、お前を引き留めたのは俺だし。お前の復帰後初仕事ってなったら様子を見に来るだろう。」

 

ウォールマリアが破壊されてから初めての研究。まずはハンジとイルゼが巨人と意思の疎通を試みる。

 

名前を聞いてみる、反応はない。どこから来たのか聞いてみる、反応はない。どうして人間を食べるのか聞いてみる、反応はない。

 

「というか、そもそも人の言葉をこの巨人は分かるのか?」

「それは、まあ私が出会った個体が特別で普通の巨人は人間の言葉が分からない可能性はありますが……」

「言葉を話す巨人がいた以上巨人にも言葉があると考えていいだろう。まあ人間とは全く違う言葉で解読が必要な可能性はある。それでも最低限こちらが意思の疎通を図ろうとしていることは伝わっているはずだ。」

 

その後も聞き込みを続けたが、有意な反応は得られなかった。

 

「ユミルの民、ユミル様にも反応なし、ですね。では次は日光の遮断しましょう。巨人は食事を必要としないそうですが、夜は動きが鈍くなるそうですから。」

 

4m級にのみ日光を遮断し、二時間が経った。反応が鈍くなっていき、ついには眠ってしまった。

 

「巨人も動きが鈍くなるから疲労という概念があるとされていて、であればこそ夜は睡眠をとって体力を回復していると、考えられていたわけだけど。」

「時間帯としては昼間でも動きが鈍くなる、眠ってしまうということは、睡眠以外にも何かエネルギーを補給していることになりますね。」

 

ハンジとイルゼがそれぞれ所見を話し合う。

 

「状況的に日光か。」

「そうですね。日光を遮断し続けたら死ぬかもしれません。まあ毎夜生き延びているわけですから半日は大丈夫でしょうけど。」

「興味はあるけど、うなじに何かあるのかを調べるのが優先だから、今回の実験では調べられそうもないかな。」

「次は、痛覚の確認ですね。弱点がうなじ以外に見つかればいいのですが。」

 

人体の急所となる場所を一通り突き刺した。討伐する際の反応からしてうなじ以外にも痛覚があることは疑いがないはずだが、人間のそれと比較すれば鈍いのか、人間のように泣き叫んだりはせず、苦しそうに表情をゆがめるに留まった。

 

「巨人によって個体差があるからね。今回とらえた個体は鈍いタイプだ。」

「弱点がうなじ以外に見つかればよかったが、うまくいがないな。」

「頭が吹き飛ばされても生きているくらいですからね。」

 

イルゼはそういいながら、何事かをメモしている。

 

「何メモってるんだ?」

「各部位の再生速度です。両目の再生に1分というのは有名な話ですけど、心臓に30秒、肺も30秒、鼻は1分、口、というより喉というか首も1分。」

「ああ、面白いね!巨人は呼吸をしてないし、血は流れてるけど、血液から何かを補給するわけじゃない。多分人を食べる、獲物を見つけるといった行為に必要な場所の再生に時間がかかっているんだ。」

「せっかくだから、どの部位がどれくらい再生に時間が必要なのか調べてみませんか。こういう記録は兵士たちの役に立ちますよ!」

「いいね。両目だと1分の通説が正しいのかも検証しよう。何事にも裏付けは必須だ!」

 

片方は巨人への尽きぬ憎悪を糧に、片方は巨人へのゆがんだ愛を糧に。ローレはこの日初めて捕まった2体の巨人に同情した。




前話と今話で手帳だけがイルゼの戦果ではないって話を書きたかったです。うまくできていればいいのですが。
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