「ローレ様、珍しいですね。あなたのほうから私どもをお呼びになるとは。」
シガンシナ襲撃を三日後に控えた日、ローレは司祭たちを呼び出した。
「この二年、定着する情報としない情報を見極めてきました。未来を大きく変える情報は定着しませんが、未来に与える影響が小さければその情報は定着します。あなたたちほどの影響力のある人たちにもこのタイミングなら問題ないと判断しました。」
緊張が走る。その前振りがすでに何か重大なことがこれから起こるということの示唆でもあるからだ。
「我々に神託があるのですね。」
「ええ。我々が真っ先に守るべきウォール教徒を守るための神託です。」
一拍おいて話す。
「三日後、シガンシナ区が巨人に襲撃され、ウォールマリアは放棄されます。」
「「「「「!!」」」」」
その言葉の意味を咀嚼するのに司祭たちはそれぞれ時間をかける。一番最初にのみ込んだのはルキア司祭だった。
「それはつまり、人類の生存圏の三分の一を放棄するということだ。ウォールローゼとウォールシーナではウォールマリアからの難民の半分を養えるかどうかだろう・壁内は大混乱になる。下手すると……」
「巨人ではなく人同士の争いで人類が滅ぶかもしれませんね。まあそれは俺が何かするまでもなく持ちこたえますよ。」
養えきれない人類をウォールマリア奪還作戦という名の口減らしに向かわせるのだからと、口にせず思う。
「それでこのタイミングで伝えたということは……」
「神託と称して蓄えさせてきました。ウォール教を拡大させるチャンスでしょう。」
極限状況下においてウォール教には余裕がある。それは信者を増やすまたとないチャンスだ。
「俺の神の子としての任期はあと五年です。それまで好きなだけ俺を使ってウォール教を拡大すればいい。でもそれで終わりにさせてもらいます。」
もう疲れた。もう、放っておいてほしかったんだ。俺はもうただ、安らかに死んでしまいたい。壁の最奥で人類が滅ぶその日まで。
*
「ローレ様、トロスト区が破壊されました、なにとぞ我々にお導きを!」
さらに五年後、トロスト区が破られたという知らせが入る。ウォールローゼが破壊されれば人類の生存圏は今の半分、五年前の三分の一になる。今いる人類の半分を切り捨てなければならないほど。間違いなくウォールローゼとウォールシーナの人間で争いが起こる。
「怯えることはありませんよ。我々には三柱の女神の加護があります。女神さまが救世主を遣わします。」
二周分エレンを見てきた身からすると彼を救世主と呼称することに少し咎めるものがある。彼はただ特別な力を授けられただけの人間だ。俺と同じように。でも今彼を表現するのにふさわしいのはトロスト区奪還の救世主、引いては人類の救世主だ。
「おお、この窮地においてなお全く揺るがぬそのお姿、さすがは神の子ローレ様だ!」
教徒からの声にうまく説法のようななにかがはまったと安堵する。神の子になってから七年、話し方や振る舞いはそれっぽくなった。
*
「それで、本当に我々は何もしなくていいのかな。」
説法を終えた後、ローレと司祭たちだけで集まった。大丈夫だと返すと少しばかり安心した様子で話題を次に進める。
「ではこの騒動後の後始末を考えるべきですな。」
「後始末?」
「救世主に対して我々ウォール教がどういう立場をとるのか。」
救世主としてあがめるか、悪魔の力を使う化け物として排斥するのか、ウォール教としての立場を決めておく必要がある、ということだろう
「神の子として俺が救世主と呼称しておいて、今更排斥は無理があるのでは?」
「そうでもない、救世主様を女神さまにお返しするとか、なんでも理由は見いだせる。」
どちらがウォール教の今後にとって有利か、彼らの頭の一番にあるのはそれだろう。
「それで我々はどうすべきか、神託はあるかな。」
エレンの味方をするかどうかはそのまま調査兵団の味方をするかどうかという問いになる。そしてウォール教の今後を考えるなら第五十七回壁外調査が成功するか失敗するか、そのどちらかによって決まる。ローレは成功の可否が分かるタイミングまで生きていない。ウォール教には財力がある。その財力をつぎ込むことで成功する可能性は上がるだろうが、確実ではない。
「残念ですが俺の任期の範囲外です。ただ、どういう立場をとるにせよ、リスクとリターンは教えられます。」
エレンにつく場合、それは調査兵団につくということだ。調査兵団の目的と、それに必要な資金、達成した場合得られる利益と達成し損ねたときに食らう損害を話していく。
「リターンと引き換えリスクが高すぎる。だが、こちらがリスクをとればとるほど、リターンを得られる可能性が上がるとはな。」
「リスクとリターンが釣り合ってない。静観が丸いだろう。」
「我々が静観するならば、エレンの処遇は調査兵団に任せられるのか。」
「まあエレンをうまく使ってウォールマリアを奪還できるならそれに越したことはない。うまくいかなくとも、壁内を混乱に陥る存在がいなくなるならそれはそれで悪くはない。こちらには余裕があるからな。」
ウォールマリアを破られ、壁外の敵対勢力がいる可能性をローレを含む司祭たちは考えている。しかし、彼らは真の壁の王の存在を知っている。だから、これほどに落ち着いている。壁の王が人の理を超えた神にも等しい存在だと知っている。
*
「それで結局エレンは調査兵団に委ねられたわけですか。」
「ええ、あなた様の予言通りに。一月後の壁外調査の成果によっては憲兵団に引き渡すことになる、というところまで。」
それはそうだろう。その成果を持って帰れるか否か、それがエレンの行く末を決める。
「あなた様の任期は次の壁外調査中に終えると聞いています。次の神の子が我々に都合よく姿をお見せになるとも限らない。ローレ様は次の神の子についてなにか知っていることははあるのですか。」
「残念ながら、何も知りません。考えたくもないですが、次があれば任期が今回の倍できかないくらい伸びることを祈ってますよ。」
「再び神の子になる可能性がおありなのですか。」
少しだけ嬉しそうに話す姿を見てこちらも少しだけ罪悪感が生まれる。神の子になって7年間、最もお世話になったのはこの人だ。それが、司祭からの差し金であっても。
「面白い表現ですね。俺は依然神の子ですよ。ただその寵愛にあずかれなくなるだけです。少し早いですがいままでお世話になりました。あと少しの間よろしくお願いします。」
「あと少しで私から解放されると思っているのですか?」
「違うのですか?」
少し意地の悪い笑みでローレに告げる。
「私は神の子ローレ様の付き人ではなく、ローレ様の付き人です。」
「気の休まらない日々が続きそうですね。」
「任期が終わってからであれば、休めてもらって結構です。今でも十分に休めていると思っていたのですけどね。」
「これは手厳しい。」
考えてみれば当たり前かもしれない。死んだらループする人間なんだ。監視下に置かないなんてありえないのだろう。息がかかっているとはいえ、ループすることを知らないものを付き人にしてくれたのはせめてもの慈悲だろうか。それに間違いなく救われていた。
*
「それは、本当なのですか?」
調査兵団の壁外調査まであと二週間となったころ、ローレはウォール教大司祭として中央政府に呼び出されていた。そこで衝撃の事実を明かされる。
「そうだ。五年前、ウォールマリアが破壊されたその日、我々のもとにやってきた巨人の力をその身に宿す人間が王家の巨人の力を奪った。」
壁内が安全たらしめる存在の消失、ウォールシーナに住んでいる壁の王の存在を知るものには慢心があった。もしローゼが破壊されても、シーナが破壊されることはないだろうと。そして最悪シーナが破壊されたとしても壁の王に守ってもらえるだろうと。その柱が失われているというのだ。
「どういうことですか、レイス卿、なぜそれを黙って―いえ、今はいい。なぜ今になって話したのです。」
黙っていた理由は想像がつく。王のいないレイス家に価値がないからだ。今の特権階級を失うことをロッドレイスは恐れていた。それが人類に対する明確な裏切りであると知りながら。
「奪われた巨人の力のありかが分かったからだ。」
「まさか……」
この局面で奪われた巨人のありかが分かった、それの意味するところは一つしかない。
「エレン・イエーガ、彼が王家の巨人の力を持っている人間だ。」
ぐらり、と視界がゆがんだ気がした。