「おーい、ローレさーん!」
最初に会ってから数か月たった。最初の出会いからなつかれないと思っていたが、子供というのは分からないものだ。
「あなたは神の子ですよ。慕われるのは当然です。」
「私のことは内密にといったはずですが。」
「もちろん立場のことは伝えておりません。それでもあなたのご威光が伝わってしまった、ただそれだけです。」
心なしか得意げにシアンが告げる。
「シガンシナ訓練所トップの成績、それも立体機動、馬術、座学、指揮、ありとあらゆる分野でトップです。あなたはシガンシナ訓練所のすべての訓練兵の羨望の的ですよ。」
周回時の経験が残るということを自覚したのはは三周目の終盤だ。同じ訓練をすでに二度受けていて、今回は三回目。トップをとることは難しくない。自分の成績を操作することもある程度は可能だから最初は目立たず過ごそうかとも思っていたのだが、自分はもちろんシアンも道楽で訓練兵をやっていると思われていてもおかしくない立場だ。成績で黙らせるのが一番早かった。それに、そうすることで得られる縁もある。
「おい、ローレ!こんなところで油売ってたのか。」
「オルオ、また性懲りもなく来たんですか。」
「うるせえ、同期でこいつに勝てるのは俺ぐらいだろ。勝つ気がないのに口出しするな。」
「おやおや、確かにローレ様には勝てませんが、あなたには負けるつもりはありませんけど。」
唯一俺にライバル意識を持ってくれる人物。何度敗けても挑んでくれる彼にシアンは何かしらの対抗心を燃やしているようだが。
「それで、今日は何で勝負するんだ?」
「せっかくの休息日だ。訓練場は広く使える。立体機動の勝負日和だろう。」
そうしてローレの今日の予定が決まる。
*
「見てろよ。ローレ、あと二年半ある。必ずお前を超えてやるからな!」
立体機動の訓練を終え、オルオは捨て台詞を吐いて去っていく。その様子をローレ様は嬉しそうに眺めるのだ。
「いい加減面倒ではないですか?せっかくの休息日の半分以上を彼との訓練に使うのはもったいないですよ。我々はまだここに来た目的を果たせていないのですから。」
エレンに壁の王の力を譲渡するであろう何者かを見つける、目的。あたりはついているが確証を得られない。
「すいません、シアン。使命を忘れたわけではないのです。ただ彼に、オルオに希望を見出してしまうのです。彼が俺の見えない世界を見せてくれるのではないかと。」
自分に見えないものがローレ様には見える。未来を知れる。全知と言ってもいい彼をもってして見えない世界を作りうると言わせるオルオにたぶん自分は嫉妬している。オルオのようになりたいわけではないけれど。それでも―
「いいえ、あなたの望んでしていることであれば私から言うことは何もありません。私はあなたの命令に忠実な付き人ですから。」
―一番に頼られるのは自分でありたい、そうあることが自分の存在意義だ。
その想いは、季節が巡っても変わらなかった。二年が過ぎた。
訓練は続き、オルオは挑み続けローレ様に挑み続け、私はローレ様のそばにいる。だが、目的だけは果たせないままだった。疑いはあっても確証はない。そもそも継承方法を考えるのであれば確証を得るのは極めて難しい。停滞した時間が流れていたのだろう。私はそれすらも彼のそばにいられるだけで十分だったが。
そして三年目の夏――卒業を半年後に控えた時期に事態が動き出す。私がそばにいないその瞬間を狙って。
*
「初めまして、でいいでしょうか。いつも息子からお話をよく聞くので、私もぜひあなたとお話してみたかった。ウォール教大司祭、ローレ様。」
卒業を半年に控えた特別訓練、森の中からたった一人で訓練所に向かう行軍、不意打ちだった。実際、エレンに始祖の力を与える人物の容疑者として最有力だったのは彼の両親、グリシャとカルラで、だから彼ら二人のことは警戒していた。決して、こんな人気のない場所で相対するなんてあってはならない。
「俺はただの訓練兵としてこの訓練所に来ています。エレンにも自分がウォール教徒であることすら伝えていません。どうして俺がウォール教徒だと知っているのですか。」
「あなたが私のことを調べたように私もあなたのことを調べていたのです。それもあなたが私を調べ始めたのとほとんど時を同じくして。」
口調は落ち着いている。それが不気味だった。お互いにばれないように情報を探り合う関係、良好なものになるはずもない。
「未来が視えるとのことですね。」
「敬虔な信徒がそうそう内部の事情を漏らすとは思えませんが、どうやって知ったのですか。」
ローレが神の子であるということを知っている者はウォール教司祭と助祭の中のごく一部に限られる。そもそもだ。
「なぜあなたに記憶が定着しているのかも気になりますが。」
この人は俺が未来を知っていることを知ったからこその行動をしている。そしてその行動は未来に大きな影響を与えるはずだ。それなのに、この人から記憶が消えていない。この接触に価値はないはずはないのに。
「あなたの予知も万能ではないということですね。」
背筋が凍る。この人と関わり続けてはならない。この場にいてはならない。何か致命的なことをされる確信があった。だが、まだエレンに始祖を継承する者を見つけていない。シガンシナを離れるわけには……
「お願いがあります。」
お願いの皮をかぶった命令に聞こえた。
「私はあなたを害したいわけではないのです。だから―」
「俺の秘密を暴いて、何がしたいのですか!」
この人は特別で、選ばれた人間なのだろう。俺のような凡人が特別ぶっていることに我慢ならないのかもしれない。
「俺だって望んで得た立場ではない!ただどうしようもないから、あがいているだけだ!」
「そのあがきが、私には許容できないんです。」
立体機動装置の柄を握りしめる。数瞬後、我に返る。立体機動装置を使って何をしようというのか。この人を武力で脅す気だったのかと。
「すいません、冷静さを……」
そういってグリシャに視線を戻し、そして。
ガシャン!
立体機動装置を外し両手を上げた。
「ウォールシーナに戻ります。あなたたち家族にはもう関わらない。だからどうか。」
グリシャが自身の右手に突き刺そうとしていたメスをしまう。とっさの状況、自傷しようとしていたことが意味することは明らかだ。
「……その言葉が真実であることを祈ります。」
グリシャが背を向けてその場を去る。姿が見えなくなったことを確認して、ローレは上げていた両腕を降ろした。
進撃の巨人は始祖の巨人からの記憶干渉を拒絶できるという設定をこの物語では付与しています。原作にあっても矛盾はないと思いますが、私が勝手に生やした設定です。