護衛と言っても緊急時以外はお飾りだ。実際、始祖は最強で、もともとついていた護衛、中央憲兵もいる。だからフリーダとローレの間には穏やかな時間が流れることがほとんどだ。
王家区画の書庫は静かだった。高い天井まで届く本棚、その間を落ちる光がゆっくりと埃を照らしている。フリーダは古い書物を開いていた。俺はその背後、数歩の距離を保って立つ。
「何か興味の引く本があれば手に取ってきていいのですよ。」
視線は本に落としたまま、彼女は言う。
「私は護衛としてここにいます。読書をしに来たわけではありません。」
ページを捲る音が止まる。
「今はお飾りの護衛としてここにいるのに?」
軽くからかうようなそんな声音。ただ確認。
「……一応真剣なのですが。」
それだけ言う。
「そういうことにしておきましょうか。」
フリーダは小さく笑った。
始祖は無敵ではない。だが、最強だ。その牙城が崩される可能性を持つものはグリシャを除けばいない。だからグリシャのシガンシナ区入出記録を信徒に連絡させている。医者としてたびたびウォールシーナに来ているが、今グリシャはシガンシナ区にいる。警戒するべきタイミングはこちらが常に握れていた。
*
地下礼拝堂は薄暗い。フリーダは跪き、静かに祈っている。
「始祖にも、祈る対象があるのですか」
問いは無意識に零れた。
「ありますよ」
振り返らず、彼女は答える。
「始祖は無敵ではありませんから」
他の者には聞かせないでくださいねといたずらっぽく話す。一瞬だけ思考が止まる。
巨人を操る力。
記憶を改竄する力。
壁を築いた力。
それでも無敵ではないと言う
「私がいればあなたは無敵です。」
俺の言葉に、フリーダは目を細めた。
「そうでしたね。」
沈黙。そのまま祈りが終わるまで、俺はそこを動かなかった。
*
最近、お姉ちゃんがいつもより少しだけ楽しそうに見える。いっつも素敵だったけど、どこか苦しんでいる気がしてた。
「時間です。」
このお兄さんが一緒に来るようになってからなような気がする。一緒に遊んでくれればいいのに、いつも終わりの時間を伝えに来るから、少し嫌い。でもお姉ちゃんが苦しんでそうなのを直してくれたから、許してあげてる。
「それじゃあヒストリア、今日はここまでにしよっか。」
「うん!今日もありがとうお姉ちゃん!」
最後にお姉ちゃんに頭をなでてもらうのがお別れの挨拶、頭を差し出す前にふと気になった。
「お兄ちゃんはお姉ちゃんの旦那様なの?」
空気が止まる。伸ばしかけていたお姉ちゃんの手が固まった。
「なっ……」
フリーダの声が一瞬裏返った。
「ど、どうしてそうなるの」
「だって今日読んでもらった本に書いてあった。夫婦はずっと一緒にいるって!最近私のところに来るときずっとお兄ちゃんと一緒!」
「彼は私の護衛だからよ。夫婦だからではないの。」
自信満々に言うヒストリアにフリーダは事実を伝える。
「でもお姉ちゃんずっと前から護衛さんがいたんじゃないの?」
「いや、それは……」
視線が泳ぐフリーダにローレは淡々と話した。
「ちょっとだけ事情が変わってできるだけ護衛が近くにいたほうがいいってなったんです。でも心配いりませんよ。私がいればお姉さまは大丈夫です。」
「怪しいけど、そういうことにしといてあげる!」
そういって頭を差し出した。次会ったときはもうちょっと突っ込んでやろうと意気込んで……
あれ、私、こんなところで何してたんだっけ?
*
「記憶を消す必要が本当にあるのですか?」
「消してはいませんよ。蓋をしただけです。」
ヒストリアに関して、フリーダ含めたレイス家の対応は半端だとは思う。おそらくフリーダが融通を聞かせているのだろうが、それにしたってもう少しやり方があるとは思わなくもない。ヒストリアに会うとき、フリーダは始祖であることを忘れたようにふるまう。それがきっと心地いいのだろう。彼女は特別な力を持つ特別な人間だが、それでもどうしても人間だから。そういう側面がなければ彼女は負けないはずなのだから。