「シガンシナ区が襲撃された?」
早馬で信徒からそう告げられ耳を疑った。とっさに後ろを振り向く。フリーダは健在だ。その瞳を見れば始祖がそこにあることも分かる。混乱が深まる。なぜ、絶対の守護者がいるのに平和が脅かされている。
「襲撃から何時間経っていますか?」
「なるべく急ぎはしましたが半日はとっくに。」
調査兵時代に得た煙弾による連絡手段の知識。それを利用したがシガンシナ区とこの教会は数百キロ離れている。半日でも十分すぎるほど早いが既にシガンシナ区は陥落しているだろう。あと一時間もすればその連絡が来るはずだ。
「フリーダ様、どういうことですか。なぜあなたがいるのにこんなことになっているのです。」
「こんな事とは?」
頭が真っ白になる、知らないはずがないだろう。お前は、始祖の巨人の継承者、巨人の壁を作る力がある。巨人を操れる力があるはずなのだから。
「ふざけ……」
荒げようとした声を制される。
「私は私の考えがある。あなたに分かってもらう必要はありません。理解していただけるとも思っていません。」
「人類の生存圏の三分の一が失われることの重大さが分かっておられないようですね。どうあがいても人類の二割は削らないと生きていけない。あなたが力を出し渋らなければ何人の命が救われるとお思いですか。」
「未来を見通すその力、私が力をふるう場面を見たのですか?それならその状況をぜひ教えてほしいものですが。」
煽られているらしい。これ以上の会話、交渉は不可能だ。どうやら壁の王は人類の二割よりも大切なものがある。
「ウォールシーナが破壊されても同じようにしていられますか。無理でしょう。シーナの住民とマリアの住民の差はどこです。」
「何もありませんよ。等しく私の同胞です。」
そういうと彼女は立ち上がる。どこへ向かうのかと問えば教会の地下、祈りを捧げに行くのだと。
「こういうのはいかがでしょうか。力を使わなければあなたの命は危険に晒される。身の危険が迫るなら力を使えるのでしょう。」
ブレードを引き抜き、切っ先を彼女に向けようとして、そして――
パリッ!キィーン!
「私を脅したあなたは力を使った私に殺される、そういう末路がお好みですか?」
――力関係を分からされた。
*
一時間後シガンシナ陥落の知らせが届く。本当に壁の王が何もしてくれなかったことを確認して地下に向かい壁の王と合流する。そこにはフリーダ一家もいた。格付けは済んでいる。俺がフリーダの家族に危害を加えないと解っているのだ。
「そのような顔をしないでください。あなたも祈りただ現実を受け入れるのです。」
「未来を知る人物にただ受け入れろと?」
「無礼だぞローレ。神の子などと言われようとも今のお前はただその神に縋るだけだ。人の子と何も変わらない。」
ロッド・レイスの言葉になんの反論もできない。その声音と表情に自嘲や同情がわずかばかり乗っていた。彼にもあったのだろうか、壁の王に願いを無碍にされたことが。
「……」
まっさらになった使命、あると思った場所に捧げられていなかった心臓。何を間違えたのか、そんなのは明らかだ。前提、それを間違えていた。始祖を守ればと思っていたのに。ここからはまた心臓の捧げられた先を探さないといけない。
そう思った矢先、この結晶洞窟に踏み入ってくるものがいた。
「この場所は限られたものしか知らない場所です。そして私はその限られた人物を記憶している。あなたは誰です?」
フリーダがいち早く気づいてローレも視線を向ける。その人物は見覚えがあった。いや、よく知る人物だ。
「私は壁の外から来たエルディア人、あなたたちと同じユミルの民です。」
グリシャ・イエーガ、エレンの父親。始祖の巨人を奪い、エレンに与えるのはこの男なのか、無理だ。始祖の力はたとえ巨人の力を持っていようとも逆らえるようなものではない。そもそも彼女は巨人を操れる巨人なんだ。絶望的な戦力差がそこにはある。
「この壁に住む人々は先祖の犯した罪など知らない!!あなたが記憶を奪ったから!!ただ理由も分からず巨人に食い殺されることが贖罪だとでもいうのか!?」
彼の話で世界の真実が明らかにされていく。だがローレはその内容よりもその姿に数刻前の自分を重ねていた。
(こんなに惨めに見えていたのか。そりゃあ、ロッドレイス卿が口をはさむわけだ。)
説得は無駄で、すでに取り返しがつかない。これ以上の被害を生まないようにフリーダから巨人の力を奪うのも不可能、グリシャはここで殺されるのだろう。壁が壊されてから行方不明だとは無責任な父だと思ったが、責任を全うして結果不義理を働くわけだ。
「グリシャ先生、あなたのいうことには一理どころか全面的に正しい。少なくとも俺にはそう見える。でもここで一番強いのはフリーダ様で、彼女のいうことが正しいことになる。今すぐ引き返すべきです、少なくとも息子と娘とは一緒にいられるのだから。」
間接的に家族の安否をローレから伝えられる。グリシャの目が見開かれ、すがるように目線を後ろに泳がせる。それも数秒のことだ。
「無理なのだよ、ローレ君。その選択はできない。」
「なぜ―」
「私に宿る進撃の巨人の特性は未来の継承者の記憶を覗き見ること。君と違って改善のための未来予知じゃない、最善のための未来予知だ。」
「な、に、を……」
考える。もし彼の言うことが本当だとしたら、不可能だと断じていた始祖の簒奪が成立しうる。そして未来予知が可能かどうか、巨人の特性についてならフリーダに聞けば真実は一発だ。
「そんな話は聞いたことがありません。それに仮に私から始祖を奪っても王家の血を引いていないあなたでは扱えない。」
フリーダが言い切った。やはりそうだ。不可能だ。壁の王に勝てるものなど、いない。
「ええ、不戦の契りで始祖の力は王家の血を引く者しか扱えない。でもそれは王家と言えどあなたもそうだ。始祖の力を完全に扱えるのはもはやこの世にいない。」
「なぜ、不戦の契りを知って……?」
不戦の契りという言葉にフリーダの目が見開かれる。不穏な響きだ。見ないようにしてきた始祖が負けうる可能性がローレの脳内をよぎる。
「私がここで始祖を喰らい、王家の血をここで絶やす、そういう未来だと決まっている。」
フリーダが家族を振り返る。逃げろと手を振りかざす。その行動はフリーダがグリシャを脅威と認めた証。未来予知を否定しきれなかった。
「嘘だッ!予知者が二人いる時点で確定された未来予知は成立しない!あなたの予知は偽物だ!」
それをローレは納得できない。それを認めてしまえば俺の力は何のために与えられたのか。何のために地獄を繰り返しているのか。その答えを得る前に雷鳴が轟く。
「ぐおおおおおお!」
「キアアアアアア!」
戦いが始まる。
*
視界が白く弾け、結晶洞窟に反響する轟音が鼓膜を叩く。フリーダの背後で、肉と骨が膨張する音が重なる。――始祖の巨人。その全貌が現れる前に、俺は天井へと射出した。
「――っ」
始祖の巨体が俺のいた空間を通り過ぎる。遅れて飛んだ衝撃波が身体を叩き、内臓が浮いた。
(一応フリーダ様と共闘するつもりなんだけど!?)
遠慮のない動きでグリシャに迫るが、想定よりも一段階遅い。巨人の体を操るのに慣れていないからだ。
「キアアアアアア!」
その半歩の遅れは知性巨人同士の戦いでは致命的だ。しかも相手は巨人の中でも一等恵まれたその肉体で躍動する。グリシャは知性巨人との戦闘で半歩進んでいる。
(巨人スケールでの一歩の差を埋めなければ!俺が!)
以前の周回ではここでグリシャが勝ち、ロッドレイス以外の者は死んだ。それがグリシャの言う未来通りだというならばまずその未来を回避しないといけないのだろう。彼にとっての最善の未来は俺にとって受け入れがたい未来だ。
「ぐおおおおおお!」
始祖の巨人の突進を進撃の巨人が受け止める。格闘訓練でも受けたのかというほどの動き、洞窟の床が砕け、始祖が押し返される。振るわれる拳を間一髪硬質化が間に合う。
ギイィィン!
鈍い音、拳が効かないと判断してからのグリシャの動きは早い。対策済みだとでもいうかのようにそのまま寝技に持ち込みに行く。
(それは悪手だ!)
寝技を仕掛けている間は無防備だ。うなじを狙える。
「チッ!」
すぐさまフリーダをどつき、鋼糸をひっかく。たったそれだけで軌道は大きく乱れ、狙いは定まらない。よっぽど巨人戦闘に慣れている、だけじゃ説明がつかない。立体機動装置の戦い方に、対応に詳しすぎる。だが、グリシャの未来予知を変えるだけなら時間はこちらに味方する。レイス家の人物は既に逃げ始めている。
「! 逃がさない!」
バランスを崩されたが柱の立体物が大量にあるこの洞窟内は立体装置の独壇場だ。殺戮に走りだすグリシャを追いかける。逃げる相手に攻め込むなら一歩分の遅れ程度ではおつりがくるアドバンテージをもらえる。
*
「ひっ、ひいっ!姉さー」
一番最初に潰されたのは兄弟や母親を庇って最後列にいたレイス家長男。巨人同士の戦闘の中最期の言葉はなぜかローレの耳に届く。
「ギアアアアアア!」
戦闘前に自分に活を入れるための叫びではない。確かな怒りがその声に乗る。その怒りをその慈悲をマリアの人に注げていたならこんなことになっていなかったはずだ。
ズガーン!
激情に任せた拳をグリシャはもろに受ける。回避はおろか受け身すら取らなかった。
(今なら!)
アンカーを刺し足の腱を狙うがそれは躱される。そんなことが
「フリーダ!」
母と
「お姉ちゃん!」
次女と
「姉さん!」
次男と、繰り返された。それぞれ潰し引裂き蹴り飛ばすたびに、グリシャは罰だとでも言うようにフリーダから一撃もらう。フリーダは怒りに冷静さを欠き一撃がグリシャなりのけじめと気づかない。
(巨人の殴打を4発、それに合わせるように刻んだ斬撃2発、相手の優位はもうない。それどころかレイス家を追っている間はこちらが優位、そしてまだロッド・レイスが生きている!)
彼がロッドレイスを追う間、こちらは有利に攻め込める。それにロッドレイスはいち早く逃げ出している。グリシャが追いつくまでわずかな猶予がある。
見出された勝機、それを逃すことなど許されない。ガスを強めにふかし、グリシャの前にでる。レイスを逃せば、こちらの勝ちだ。
(いや、おかしい。俺は三周目でこの惨劇をレイスから聞いているのだぞ。)
ふと考える。俺がいない三周目なら間違いなくロッドレイス含めて皆殺しにできるはずなのにロッドレイスは生きている。つまり、彼はあえてロッドレイスを逃したのだ。もうこちらに優位はなく、なのにレイスを優先することを前提とした立ち回りをしてしまった。存在しない勝利条件に飛びつく自分はグリシャの格好の餌だ。
「ッ!」バスッ!
巨人の攻撃をモロに喰らう。それだけで決着だ。立体機動装置は巨人と渡り合う攻撃力を与えてくれるだけで防御力は与えてくれない、だが。
(さすが医者、死なないが動けない程度に調節された。)
「改善のための未来予知、この光景を俺に見せたこと必ず後悔させてやる……!」
改善のための未来予知とはよく言ったものだ。その力を持つ自分を生かしたことを絶対に後悔させてやる、そう心に刻み、ローレは意識を手放した。