カプ厨ユミルに目をつけられた   作:三軒過歩

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(2-2)受け入れられない記憶

「なあ、お前名前はなんていうんだ?」

 

訓練兵となって初めての夕食。記憶にある限りでは誰も話しかけてこなかったどころか、意図的に無視されていた。今回も似たようなもので、遠巻きに見られている感じはするが話しかけてこようとするものはいなかった。この瞬間までは。

 

「タン、ベム……」

「名前覚えてくれたのか?点呼の時に一回名乗った切りで俺はまだ同期の半分も覚えてないのにすごいな!」

 

人懐っこい笑顔。記憶の彼と重なる。三年間の訓練兵として過ごした年月、シガンシナ襲撃で腕を食われて、死にかけていた彼を見殺しにした最期。彼に関する記憶が走馬灯のように流れる。

 

「うっ……!」

 

嫌な場面がフラッシュバックし、思わず口元を抑え、スプーンを落とす。

 

「どうした、大丈夫か?」

(大丈夫、ただの幻、夢だ。夢に決まってる。)

 

彼の存在、彼だけじゃない、俺の記憶にある訓練兵の仲間が今いる仲間と一致する事実が、俺の記憶が起こりうるものであると突きつけてくるようだった。

 

「なんでも、ない。名前だったな。俺はローレ・サマルブルクだ。これからよろしくタンベム。」

「ローレ・サマルブルクか、じゃあローレだな。よろしく。隣いいか?」

 

こちらが了承する前に席に着き、隣でスープをすすり始めた。

 

「もちろんだ……相変わらず、人懐っこいというか、いい性格してるな。」

「相変わらず?まあいいや、聞きたいことがあったんだよ。ローレはなんでキース教官から名乗りを求められなかったか分かるか?」

 

遠巻きに様子を見ていた連中が聞き耳を立てたのが伝わる。

 

「別に、大した理由じゃないと思うぞ。俺にもよくわからん。なんでだろうな。」

 

記憶が教えてくれる。これは通過儀礼だと。兵士に適した性格を作るために必要なことだと。だが、俺は記憶に蓋をすることに決めた。それでもこぼれだす記憶からすら目をそらし、三年間を過ごそうと。だって、そうすればまた俺はこいつらと過ごせるんだから。

 

 

「チッ!また俺は二位かよ。」

 

四半期ごとに発表される成績。訓練兵になって半年がたち、二度目の二位だ。どうやら俺程度の才能は珍しくもないらしいと突きつけられるには十分だった。

 

「ローレ!」

 

タンベムに随分と感謝されているらしく、夕食のパンを譲ってもらっているローレに声をかける。

 

「また一位だったようだが、次は俺が一位になる。お前は俺のライバルだ!いいな!」

「は?」

 

意味が分からないという顔に言葉を続ける。

 

「前回、今回とお前は俺よりも上の成績だ。前回はまぐれかと思ったが、もう認めないわけにはいかない。お前はどうやら俺に匹敵する才能がある。」

「ローレはあなたなんて眼中にないって。」

 

あえて意識しないようにしていた疑問符の意味をペトラに突きつけられる。

 

「な、なんだとペトラ。俺ほどの人間、意識しないわけないだろ」

「そうかしらねえ。」

 

実際のところ、ローレは圧倒的だ。剣術訓練、立体機動、座学。どれをとってもローレは安定して高水準だった。異常に冷静で先読みが効く優等生、それがローレの評価だ。俺のことなど歯牙にもかけてなくても不思議はない。今のところは、だが。

 

「いや、悪いな。俺とお前がライバル関係っていうのが、イメージできなくてな。」

「てめっ!ペトラの言う通りってか。」

「そうじゃない。お前は俺よりも常に前にいる存在だと思っていたというか、いや今の俺が言っても説得力はないな。」

 

言葉にするのが難しいが、嘘じゃないように思った。こいつは本当に自分を俺の後ろに置いている、そういう意識がある。それが、無性に腹が立つ。そんなに、俺があこがれた力を持ってるのに、どうしてそんなに――ああ、くそっ!

 

「その鼻っ柱絶対明かしてやるからな、次の成績発表で目にもの見せてやるから覚えとけよ!」

「だったら、次の訓練から俺と組まないか。」

 

懐かしそうに、そんなことを言う。俺はこいつとまともに話すのは今日が初めてだというのに。

 

「次の成績発表と言わず、明日から毎日勝負できるぞ。きっとお前はもっと強くなる。俺よりもずっと。」

「当然だろ!明日にでもお前を超えてやる!ペトラ、お前も付き合えよ。」

「なんで私まで!?」

 

――悲しそうにしてる。そんな力を持っていながら、並び立てる者がいない孤独でも感じているのか知らないが、今に見ていろ。俺がお前を孤独にはさせないから。

 

「ははっ!いいなそれ!俺も混ぜろよ、ローレ。班編成は一班五人だろ?俺とリーザを加えれば五人だ!」

 

いや、俺達が、お前を孤独にはさせない。

 

 

「ローレは何を考えて訓練しているの?」

「お前の動きは常に最適解に近いし、澱みない。なんていうか、年季の差を感じる。」

 

訓練の後、ペトラとオルオにそんなことを言われる。鋭いなと感心しながら適当にごまかすかと口を開く。

 

「年季の差じゃなくて才能の差だ。」

「なっ!くっそ、今に見てろよ!」

 

すぐに追いついてやるからと捨て台詞を吐き、オルオは兵舎に戻る。きっと戦術の見直しをするのだろう。今俺と差がついている部分はそこだ。

 

「で、結局何を考えてんだよ。」

 

オルオはごまかせたが、他三人はごまかせなかったようだ。タンベムが聞いてくる。参考にならないと思うと前置きし続ける。

 

「より効率のいい動き、だな。」

「ってことは訓練中に別のこと考えながら動いてるってことかよ。余裕ありすぎねえ?」

「いや、なんていうか、今回の訓練なら今の俺達ならどういう動きをするかってのが分かってて、それよりも優れた動きはどうすればいいか考えて、都度指示するって感じだ。」

 

一周目の知識がある。一周目でもこの五人で訓練することが多く、似たような訓練、状況が数多くあった。その時自分がどうしたか、どういう反省をしたか思い出し、反省に沿って改善していく。

 

「予知能力でもあるの?」

「ははっ、さすがに小説の読みすぎだろリーザ。確かにローレはすごいけどな。」

 

記憶に蓋をして過ごすと決めたくせに都合のいいところだけ引っ張ってきてそして、それで格好つける自分がひどく醜く、その罪悪感にとっさに言葉が漏れていた。

 

 

 

そうだ

 

 

 

と。

 

 

 

一瞬、時が止まったように静寂が訪れる。

 

「ははっ、さすがに小説の読みすぎだろリーザ。確かにローレはすごいけどな」

「凄いのが何かズルしてるからなんてそれはローレに失礼よ。」

 

リーザを諫めるペトラの言葉が鋭利な刃のように突き刺してくる。予知があると肯定した言葉は誰にも聞こえなかったかのように再び時が動き出す。何かがおかしい。反応に困って会話をやり直している風でもない。もう一度、もう一度だ。

 

「失礼でも何でもないよ。ズルしているってのは事実だ。だから気にすんな」

 

再び、一瞬の静寂。そして繰り返される言葉。

 

「凄いのが何かズルしてるからなんてそれはローレに失礼よ。」

「そうね。ごめんなさいローレ。あなたの才能に嫉妬しちゃったのかも。」

「ッ!」

 

なかったことにされている。いや、俺の言葉だけ聞こえていないのか。

 

「二年後の訓練兵団卒業した次の日、ウォールマリアは破壊される!」

 

聞こえないなんて言い訳も聞かないほど大声で叫んだ。鳥が驚いて飛び立つ。

 

「そうね。ごめんなさいローレ。あなたの才能に嫉妬しちゃったのかも。」

 

鳥は大声を認識するのに目の前の三人は俺の声を認識しない。こんなバカげた話があるか。こいつら三人が鳥未満だとでも?

 

「気にするな。それだけ俺が凄いということだからな。」

 

とりあえずはどうしようもないと違和感を持たれない程度に取り繕う。四人で兵舎に向かいだして話題を変えようとタンベムが話だし、またいつもの日常が戻ってくる。記憶に関係ない俺の言葉は三人にちゃんと届いていた。

 

 

「なあ、オルオ。相談事があるんだが。」

「なんだよローレ、改まって。珍しいな、お前が俺に聞きたいことがあるなんて。」

 

訓練兵団卒業を残り半年に控えたころ、ローレはオルオを呼び出して、夜の訓練場に来ていた。

 

「立体機動のコツでも教えてほしいのか?今回の成績では俺のほうが上だったからな。」

 

得意げにオルオが言う。総合成績ではまだローレのほうが上だったが、立体機動の成績でついにオルオに抜かれた。立体機動だけでなくあらゆる項目でオルオはローレに追いすがってきている。半年後の総合成績ではローレとオルオどっちが主席となっても不思議はない。

 

「それも悪くないが、別の相談だ。タンベム達には通じなかったからな。」

「通じなかった?断られたってことか、安心しろ。俺は優秀だ。たいていのことは解決できる。」

 

少しばかり嬉しそうにローレは話し始めた。

 

「成績中位から下位組のレベルの底上げがしたい。手伝ってくれ。」

「……理由を話せ。下位組が開拓地送りにされるのを防ぎたいというなら今更だし中位組が残りの期間で憲兵団に入れる上位十名争いに参加できるとは思えない。やるとしても調査兵団志望のやつらだけにしとくべきだな。お前みたいなやつが何人いるのか知らんが。」

 

オルオが当然の反応を示す。即座に反対しないで理由を聞いてくるだけ彼は温情だ。問題は理由が俺の記憶に基づくことであること。おそらくオルオには定着しない。

 

「半年後俺らは巨人のいる戦場に立つことになる。今のままでは半分以上の同期が死ぬ。それを防ぎたい。」

 

一瞬の静寂。この感覚を俺はここ数日何度も味わっている。

 

「おいおい、言えない理由なのか?」

 

定着しなかった。理由を伝える手段をローレは持たない。

 

「頼む。必要なことなんだ。理由も今は話せない。」

 

ただ、頭を下げるしかない。訳も分からない提案。しかもそれによって自分の訓練にも支障が出かねないものだ。色いい答えは得られないだろうと思っていた。

 

「ハァ、分かったよ。いつか話せ。半年後か、一年後か、二年後か。いつでもいいがお前が死ぬ前にな。……なんだよ、信じられないものを見るような顔をして」

「いや、訳も分からず受けてくれるとは思わなくてな、ありがとう。オルオ」

 

次の日から、俺とオルオで立体機動訓練指導生活が始まった。

 

 

「オルオ、そいつまだ余裕あるぞ」

「いやまて、あの訓練の後にもう一時間も扱かれてるんだから、もう限界……」

「そんだけしゃべれりゃあ大丈夫だ。大体時間感覚狂ってないだろうが。」

 

兵士の叫び声が響く。最初は調査兵を目指す人に声をかけた。そいつらの成績が上がり、下位組が開拓地送りを恐れて訓練に合流し成績を上げる。さらに中位組が危機感をもって訓練に合流する。そうしていくうちにだんだん兵士全体のレベルが上がっていく。

 

「懐かしいなあ。俺も一緒に訓練してばっかの時は毎日限界まで鍛えられたぜ。」

「お前らあいつらによくついて行ってたよな。そりゃあ強くなるわ。」

 

タンベムやリーザがが懐かしむように同期のフォローをするべく水を差しだす。

 

「これだけ訓練していると他の訓練場の兵士たちと比較してみたくなるな。」

「平均レベルは頭一つ抜けているが、巨人の前では全員誤差だ。」

 

タンベムが他の訓練場に思いをはせるとローレが即座に言葉を返す。

 

「ふーん、そうなのね。物のついでだけど、三つの兵団とウチら差はどれくらいあるの?」

「憲兵団も駐屯兵団も巨人との戦闘から離れているから、今の俺達と大差ない。だが調査兵団は頭一つじゃきかないな。巨人と人間くらいの実力差がある。」

「それなら文字通り頭一つの実力差は誤差だな。調査兵団入隊訓練なんてやったら速攻で鍛えられそうだ。」

「参加費は心臓だぞ。死ぬ覚悟がないならやめとけ。」

 

一周目を思い出す。新兵は初陣で半数が殉職、五年後生存率はそこから六割、つまり三割程度しか生き残れない修羅の道。

 

「この自主練を卒団までやったら巨人との差はどれくらいになるの?」

「子供と大人くらいの差にはなるんじゃないか。まず勝てないが、勝ち目がゼロじゃないくらいの。」

 

初陣ではまともに動ける人などほぼいない。実力をちゃんと出せる二陣以降の話だと言葉にせず前置く。

 

「つまり誤差ってこと?」

 

タンベムやローレにしか聞こえないように声を落としてリーザが聞く。

 

「まあそうだが――」

「大丈夫よ。その差が明暗を分けるってこともある、でしょ。」

「その通り。この訓練で一人でも生き残れた奴がいれば、いい。」

 

未来を知ってこの程度しかしない自分を、もし俯瞰できる誰かがいれば怒るだろうか、叱咤するだろうか、でもこれが俺のできる最大限の譲歩だった。

 

 

「これより、訓練兵団の成績上位十名を発表する!十位―」

 

訓練兵団を卒業する日、前回は一位から発表されていったが、今回は十位から発表されていった。一周目は一位と二位は明らかだったからだろう。今回オルオとローレどちらがトップとなるのか、緊張が走った。

 

「二位、ローレ・サマルブルク!」

 

ローレが呼ばれ前に出て整列する。この時点で一位は決まった。大衆の予想通り、オルオが呼ばれる。

 

「一位、オルオ・ボサド!」

「はい!」

 

万感の思いでオルオが返事をし前に出る。

 

「以上で成績発表を終える。明日には所属兵科を問う。分かっているだろうが、憲兵団を志望できるのは前にいる十名のみだ。では解散!」

 

 

訓練兵として最後の夕食。いつもよりも具の多いスープといつもより柔らかいパンが配られて、訓練兵として最後の夕食。同期達の声ははずみ、笑いと拍手が絶えなかった。

 

「おい、肉だぞ! 久々に肉だ!」

「パンもふかふかだ! 今日は本当に特別だな」

 

オルオ達よりも一足先に席に着いたローレは同期たちが歓声を上げながら皿を取り合う様子を静かに眺めていた。

 

「はーはっはっは!どうだローレ俺が自他ともにお前の上に立ったことが認められたぞ!」

 

席に着くなりオルオが嬉しそうに言い放った。

 

「素直に祝おうと思っていたんだけど、これ以上にオルオを調子に乗らせるのは気が進まないわね。」

「おいおい嫉妬か?まあ今日の俺は気分がいい。お前らの嫉妬も軽く流してやる。」

「誰が誰に嫉妬してるですって?」

「祝いの席だからそれくらいにしとけよ。俺は気にしてない。」

 

二人のやり取りをローレが諫めているとタンベムとリーザもローレ達のテーブルの席に着いた。

 

「ローレもペトラも二位と三位じゃない。うちらなんか上位十名にも入れなかったのにさ。」

「まあ初日の適性検査の時を思えばびっくりするぐらいいい成績で卒業できただろ。俺なんかいつ教官に開拓地送りにされないかとひやひやする三年を覚悟してたんだぜ。」

 

四人の話を聞きながらパンを口に運ぶ。口の中に広がる旨味を味わうが喉を通る瞬間には微かな苦みが混じる。

 

(明日……シガンシナが襲われる。そう、俺は知っている……いや、予感しているだけか、記憶が正しいなんて俺は思ってないんだから)

 

頭の隅で考えてしまう明日のことを、ローレは振り払うように目を閉じる。向かいではペトラが楽しそうに笑い、その隣ではオルオが得意げに武勇談を語っていた。その輪の中に身を置きながら、ローレは意識的に目の前の皿へと集中する。

 

「やっぱりうまいな。」

 

自分でも驚くほど、声は穏やかに出た。未来を見据えれば、この笑顔は長く続かない。だが今だけは、仲間と共に味わえるこの一瞬に酔っていたかった。その選択の責任を明日の自分に投げながら、ローレは同期の乾杯の音頭に乗って杯をかがげた。

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