陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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1話

「——加賀谷。お前、後ろで異常がないか確認しとけ」

 救済局の駐屯所前で、班長にそう命じられた。

 

 僕は小さく頷く。

 それだけ。声は出ない。

 

 周囲から冷たい視線が集まるのがわかる。

 「返事ぐらいしろよ」「また無口かよ」

 そんな呟きが、矢みたいに突き刺さって皮膚を焼く。

 

 胸の奥が凍りつくように固まり、喉が塞がってしまう。

 これが僕にとっての“恐怖”。視線を浴びること。

 

 「ほら、行くぞ。どうせ何も起きねえから、さっさと済ませるぞ」

 班長の声で、ぞろぞろと新人班は街外れへ向かった。

 

 今日の任務は廃屋群の調査。

 スリラーの残骸や核の残滓が残っていないか調べるだけ。

 上官たちは「雑用」と呼ぶ。

 

でも——僕は知っている。

 “雑用”なんて任務はない。見落とされた小さな残滓が、街ひとつを飲み込むことだってあるんや。

 

 * * *

 

 廃屋群は昼間でも影が濃い。

 崩れかけの壁、抜けた屋根、黒く煤けた窓。

 モブ班員たちは鼻をつまみながら足を踏み入れる。

 

 「うわ、ホコリっぽ……」

 「どうせ異常なんかねえよ。形だけの調査だろ」

 「ほら加賀谷、ぼさっとすんな」

 

 僕は彼らの背を追いかける。

 声を出したい。何か言いたい。

 けど視線が背中に刺さった瞬間、喉が凍りつく。

 

 「おい、加賀谷、なんか気づいたら言えよな」

 ——無理や。

 舌が震えて、息が逆流して、言葉にならん。

 

 「ほんと空気みたいな奴だな」

 「黙ってるだけで給料もらえていいよな」

 「班長も扱いやすいだろ、黙ってついてくるだけだし」

 

 笑い声が背にまとわりつく。

 足音と一緒に、影みたいに僕を追いかけてくる。

 

僕はうつむいた。

 ……でも、僕はただの空気やない。

 誰も知らんだけで、僕には僕の役目があるんや。

 

* * *

 

 

「……あれ、加賀谷どこ行った?」

 「さぁ? どうせ何もできねーんだから放っとけよ」

 「だな。邪魔にならんうちに勝手に歩いてろって」

 

 モブ班員の笑い声が遠ざかる。

 彼らは廃屋の手前を適当に回って、すぐに切り上げる気や。

 

 僕はその背を見送り、奥の扉をそっと開けた。

 人の気配が消えた瞬間、胸の奥の重りがふっと消える。

 

「ふー……やっと一人や! はぁ、窒息するか思たわ。僕はなぁ、声出さんと死ぬタイプやねん!」

 

 言葉が弾ける。笑いが漏れる。

 影の中に紛れ込んだ瞬間から、僕の世界は別物や。

 

* * *

 

「さてさて、こっからが本番やな。あーもう見えとる見えとる、胡散臭い床のきしみ。僕にゃ丸見えやで〜!」

 

 床板の隙間に指を滑らせる。

 粉が舞い上がり、指先にざらりとした灰色がついた。

「ははっ! はい出ましたぁ、核の残滓やん! ただの埃ちゃうで、金属っぽい匂いするやろ。これな、スリラーがここで暴れた証拠や! わざわざ鼻で笑った班長に教えたら、どんな顔するやろなぁ!」

 

 記録石を取り出し、数値を走らせる。

 残滓濃度、揮発速度、散乱角度。

 普通なら二、三人がかりで半日かかる調査を、僕は数分で片づける。

 

「よっしゃ! 簡単簡単! 僕の部屋でもここまで汚ないことはないで、マジで!」

 

 自嘲混じりの冗談を吐いて、にやりと笑う。

 でも目は真剣だ。

 

 壁の影に近づくと、爪痕が無数に走っていた。

 光の角度を測り、掌で傷の深さをなぞる。

 

「ふむふむ、浅いな。暴れとったんは成長段階の低いやつや。……これなら巣にはされてへん、ギリギリセーフってとこか」

 

 肩の力が抜ける。

 でも次の瞬間、床に小さなシミを見つけた。赤黒い染み。

 

「……血やな。しかも小さい。子供のや」

 

 関西弁の軽口が途切れる。

 胸が締めつけられた。

 

「……逃げ切ったんか、食われたんか。……はぁ……」

 

 僕は記録石に丁寧に書き込む。

 班長に見せても「ただのシミ」と笑われるやろう。

 でも僕は残す。誰も気づかんでも、僕は見逃さん。

 

「……誰も分からんでもええ。僕は見とる」

 

 呟きが廃墟に溶ける。

 

 * * *

 

さらに奥。

 扉を押すと、ふわりと冷気が流れた。

 

 家具の山が、ガタリと動いた。

 釘の飛び出した板が床を叩き、ガラス片がカラカラと転がる。

 

「おっとっと! でたなガラクタポルター! ……あぁもう、見た目からして掃除欲そそらへんわ!」

 

 ズシン、と机が揺れながら突っ込んでくる。

 僕は壁際の影にスッと体を滑らせた。

 

「おーおー、雑やなぁ! 狙うんならもっとええ場所狙わんかい! ほら、机に突っ込んで板割れてもうたやん! 自滅してどないすんねん!」

 

 バラバラに崩れたガラクタが再び集まる。

 鉄片がぎちぎちと軋みを上げ、腕のような形を作る。

 

「腕かいな。ははっ、形になるだけマシやけどな。……でも動きは遅い! 僕には丸見えや!」

 

振り下ろされる鉄腕。

 僕はしゃがみ込み、粉塵を巻き上げながら床を滑る。

 手にした短剣で、影の隙間から突き出る光点を狙う。

 

「核はそこや! 心臓丸見えやでぇ!」

 

 カシャンッ!

 刃が突き刺さり、光が火花のように散った。

 

 ガラクタは悲鳴を上げることもなく、ただバラバラに崩れ落ちる。

 残ったのは、手のひらほどの核の欠片。

 

 

「はい、お疲れさーん!」

 

 手の中の短剣が残骸を穿つ。

 カシャン、と中から光の欠片が弾けた。核のかけらだ。

 

 まだ小さい。人を殺すほどの脅威ではなかった。

 けど、確かに“ここに恐怖がいた”証や。

 

「難しいことも、僕には簡単。僕は僕の仕事をしただけや」

 

 欠片を袋に収め、記録石に最後の文字を刻む。

 

「……あーあ、誰かと一緒に見つけて笑いたかったなぁ。『やったな!』って肩でも叩いてくれる友達が欲しかった。……けどまぁ、僕一人でもやれる。それは、証明できた」

 

 小さく息を吐いて笑う。

 胸の奥には、冷たい孤独と、熱い決意が同居していた。

 

夕暮れ、廃屋群から駐屯所へ戻ってきた。

 任務終了の空気は、妙に軽い。

 

 「いやー、ホコリっぽかったなぁ」

 「結局何も出ねぇじゃん。マジで時間の無駄だよな」

 「なぁ、帰りに飲みに行こうぜ。俺んちの近くに安い酒場あんだよ」

 

 班員たちは笑いながら背中を叩き合う。

 緊張感なんてかけらもない。

 まるでただの散歩帰りや。

 

 僕は黙って歩く。

 ポーチの中には記録石。残滓の濃度、核の揮発速度、爪痕の深さ、血痕の位置……全部、正確に記録した。

 本来なら班長に詳細を報告すべき重要情報。

 

 

 でも。

 もし僕が口を開けば、また視線が集まる。

 喉が固まり、言葉が出なくなる。

 そうなれば結局、「また加賀谷は気味悪いこと言ってる」と笑われるだけや。

 

 「よし、班を代表して報告する。異常なし、っと」

 駐屯所で班長が書類に記入する。

 僕の背中に視線が集まった。

 

「……」

 息が詰まる。声が出ない。

 

 本当は、言いたいことが山ほどある。

 床板の残滓は核の灰。

 壁の爪痕は低段階スリラーの暴走痕。

 子供の血痕は——もしかしたら犠牲者が出てるかもしれん。

 

 「……残滓……反応、微弱……ありました」

 僕は、なんとか絞り出した。蚊の鳴くような声で。

 

「はぁ?」

 班長が眉をひそめ、僕を見下ろす。

 「ただの埃だろ。大げさなんだよ」

 

 「そうそう。埃ぐらいで大騒ぎか?」

 「お前、いつも暗い顔して余計なこと言うよな」

 「どうせまた“自分は特別です”って顔したいんだろ」

 

 嘲笑が飛び交う。

 僕は下を向き、黙った。

 

 ——ちがう。ちゃうねん。

 これは、ただの埃ちゃう。

 残滓や。命がかかっとんねんぞ!

 次に暴れ出したら、街ひとつ飲まれるかもしれんのや!

 

 心の中で関西弁が弾ける。

 けど、声にはならない。

 視線が突き刺さって、喉が焼け石みたいに固まっている。

 

 「おい加賀谷、聞いてんのか?」

 「……はい」

 やっとそれだけ答えるのが限界だった。

 

班長は鼻を鳴らし、書類にサインをする。

 「異常なし。これで終了だ」

 

 「やったー! 飲みに行こうぜ!」

 「加賀谷も来いよ……いや、どうせ来ねーか」

 笑い声と共に、班員たちは散っていった。

 

 残ったのは僕ひとり。

 ポーチの中の記録石が、やけに重く感じる。

 

 「……ほんまに、何も見えてへんのやな」

 

 誰も僕を見ていない。

 でも僕は確かに見た。

 灰の粒も、爪痕も、血痕も。

 その全てを、僕は残した。

 

 「なぁ……街の命がかかっとんのやで。笑いごとちゃうんやぞ」

 

小さな声が、夜風に消える。

 誰にも届かない。

 

 けれど——僕は諦めない。

 誰が気づかんでも、僕は記録する。

 誰が笑っても、僕は見逃さん。

 

 それが、僕にしかできない仕事やから。

 

 

夜。

 寮の屋根に登ると、街の灯りが遠くに瞬いていた。

 風が涼しい。誰の視線も届かん場所。

 

「ふーっ……やっと一人や。あーもう、今日も疲れたわ……」

 

 肩の力を抜き、膝にノートを広げる。

 救済局から支給された記録用の石板に、僕は昼間に集めた情報を一字一句洩らさず刻み込んでいく。

 

 ——灰色の粉末は核残滓。濃度は通常値の二倍。

 ——爪痕の角度は低段階スリラーの暴走痕。

 ——血痕は子供のもの。時間は半日〜一日以内。

 

「なぁ……これ、ただの埃ちゃうやろ。僕には分かんねん。これは“兆し”や。小さいけど確かに、恐怖がまた芽吹こうとしとる」

 

 誰も気づかない。

 けど僕だけは知っている。

 

 この記録は、後々“前兆”として扱われるやろう。

 街を飲み込む事件の、最初のページとして。

 

「ほんま、班長もあのアホどもも笑いよったけどなぁ……。命かかってんねんぞ、笑い事ちゃうで」

 

独り言が夜空に弾ける。

 饒舌で、少し軽口で、でも心の芯は熱い。

 

「僕やから気づけた。僕にしかできへん。……せやろ? これでも“救済者”やねんから」

 

 ノートにペンを走らせる手は迷わない。

 分析も推論も、完璧に積み上げられていく。

 けど、この正確さを誰も評価しない。

 班長も、仲間も、見ようともしない。

 

「……ははっ。アホやな僕。友達欲しいとか言うときながら、人の視線が怖くて一言も出されへんのやもんな。そら誰も寄ってこんわ」

 

 寂しさに笑いが混じる。

 でもすぐに視線を上げる。

 

 夜空には、かすかに崩れかけた塔スリラーの影が浮かんでいた。

 遠くに見えるその異形は、いまだ人類を見下ろしている。

 

「……僕は見とるで。誰も信じんでも、僕は恐怖の足跡を拾い続ける。誰かに気づいてもらえるその日まで、な」

 

 風が吹き抜け、ページをめくった。

 白紙の欄に、自分だけの印を刻む。

 

「明日も僕は僕の仕事をする。命を繋ぐんは、こういう地味で泥臭い作業や。……なぁ、ほんまやで?」

 

 返事はない。

 けれど空の向こうで、雲間がわずかに光った気がした。

 

 ——その光が、未来の嵐の前触れやと気づくのは、もう少し先の話や。

 

 

 

 

 

 

 




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