陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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11話

次の朝は、わざと“遅く”起きた。

 布団の端で伸びをして、窓の外の光が白から薄金色に変わるのをぼんやり眺める。

 (昨日は走った。今日は……歩く日や)

 顔を洗って、機械式の時計を巻き直し、外套を肩にひっかけて宿舎を出た。

 

 局の玄関ホールは、昼前のゆるいざわめき。旗の色が交差して、紙とインクの匂いが混ざる。

 掲示板の前に人だかり——でも、僕の足は軽い。喉の輪も固まらん。

 

 (さて、貼られとるか……どや)

 

 木枠の大掲示に、赤い帯紙がぴしっと走っていた。

 〈臨時:隣町・廃ビル群 スリラー群/地下巣 殲滅・封鎖任務〉

 横に朱印。下段には分厚い実施要領。

 目で追うだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。

 

 ――戦闘班(前衛:戦士系/後衛:高火力魔導/巡回班含む)募集。

 ――工作班(封鎖材運用・符杭打設・他班物品準備)募集。

――神殿班(治療・加護・結界・封鎖後の清め)募集。

 ※先行隠密/導線確保は局受付にて指名運用(臨時)

 

(きた。仕事、早っ。それでいて正確。小野寺さん、やっぱり出来る人やわ)

 

 周囲のざわめきが耳に入る。

 「巡回二班、前線に回されるってよ」「工兵は二列体制だって」「神殿は清めで」

 誰かが小声で「先行隠密って何だ?」と囁いて、別の誰かが「導線引く人だろ、工兵が読みやすいやつ」と答える。

 その言葉が、胸の内側でかさりと鳴った。受理票の音と重なる。

 

 (“名前のない線”やなかった。ちゃんと枠になって貼られとる。

 ほな、そこに僕が入るだけや)

 

 掲示板の端には参加名簿の紙束。

 戦闘班の列には前衛の屈強な文字、魔導の端正な文字が並び、工作班は工具油のにおいが染みた字、神殿班は祈りの筆致で埋まりつつある。

 その下に一枚だけ、薄い紙。

 〈先行隠密/導線確保(臨時・受付指名)〉——枠の右端に小さな欄。

 

 喉が少しだけ鳴った。

 ペン先を紙に落とす。

 ――加賀谷 凪

 丸めず、飾らず、細い線で。

 

 (にひひ……あかん、顔がにっこにこなる)

 慌ててフードの影に表情を隠す。けど、頬は勝手に上がる。

 ここまで早く、ここまで綺麗に話が回るとは思わんかった。

 “見えへん線”が、“読める地図”になるのに、こんなに時間が要らん日が来るとは。

 

 横から誰かが覗き込んで、「あ、臨時の人もう入ってる。心強いな」と呟く。

 僕は会釈だけ、視線は落としたまま。喉は問題ない。

 紙束の端を整えて掲示に戻し、掲示全体をもう一度だけ見渡す。

 

 〈統一符牒:白=発見/赤=封鎖/黒=撤退〉

 〈工兵導線:凡例▶∥×/現地に準ず〉

 〈医療待機:南門〉

 必要な線が、全部揃ってる。

 

(行方不明は外に出した。次は“終わらせる”番や。

 見つからんまま、見つけて、残して、太い線で封じる)

 

 視界の隅、受付で小野寺さんが別書類を束ねながら、ほんの一瞬だけ——目線を伏せたまま口元をゆるめる。

 (見とる。届いとる。……よっしゃ)

 

 胸ポケットの受理票がかさっと鳴った。

 音が合図に聞こえる日がくるなんて、ほんま、ええ感じやんけ。

 

 

「ほな、準備や。にっこにこでやわ」

 誰にも聞こえん小声で気合を入れて、僕は踵を返した。

 

 

 掲示板から離れ、出口へ向かおうとしたとき——玄関ホールの外扉がバンッと開いた。

 冷たい日差しと一緒に、やたら通る声が転がり込んでくる。

 

「おっはよーございまス! 殲滅任務の魔術支援、エントリー行くじゃン! 募集枠まだ空いてるじゃン? だったら二列展開で詰めるじゃン!」

 

 ……遠い。入り口、まだ十数メートルはあるのに、耳に刺さる。

 黒いローブに金糸の飾り、腰には魔導符の束、肩から下げた筒には長い杖。

 髪はひとつに結って、足取りは小走り。

 口は——ずっと動いてる。

 

「工兵導線の凡例、▶と∥と×で統一されたんでしょ? 最高じゃン! 合わせやすいじゃン! 私、詠唱短縮いけるから前詰めでも支援回せるじゃン!」

「神殿班とも連携するから、清めの後の余熱、火力に変換するじゃン! うんうん、いい循環だと思うじゃン!」

 

 周りの職員が、肩をすくめたり、視線で笑ったり、ため息ついたり。

 「……あ、来た」「また始まった」「あいつ、いっつもうるさいよな」

 「でも腕は確かだってさ」「喋る核のタイプね」

 

 彼女はカウンター手前で足を止め、掲示板へ身を乗り出す。

 「戦闘班、魔術支援、**班名:鳶色(とびいろ)**の受理お願いするじゃン! 今回の廃ビル群、うちも参加するからさ!」

 離れてても、はっきり聞こえる。

 僕はフードの影でまばたきだけして、足を止めず、横をすり抜ける。

 

(……めっちゃ喋るなぁ。ホールが一段明るなった気ぃするわ)

 

 彼女は受付に書類を突き出し——もちろん、目線はまっすぐ——ぺらぺら続ける。

 「先行隠密の人が導線引いてくれてるって聞いたじゃン! だったら詠唱位置、合わせにいくじゃン! 白は発見、赤は封鎖、黒は撤退、了解じゃン!」

 受付の職員が「声、もう少し……」と苦笑し、小さく指を口に当てる。

 彼女は「あ、ごめんじゃン」と小声にしようとして、たぶん普通の声になる。

 

 背中でまた誰かが囁く。

 「うるさいけど、前線出たら頼れるんだよな」「火力、えげつないらしいぞ」

 「じゃン口調、クセになるわ」

 

 出口の手前、扉の金具に指をかけたところで、僕はふとだけ振り返る。

 ローブの金糸が光を拾い、杖の金具がちりと鳴った。

 彼女の声はまだ弾んでいる。

 「じゃあ、現地で! 導線、読みに行くじゃン!」

 

(現地、な。……たぶん、同じ任務や)

 騒がしいの、苦手や。視線も、よう刺さる。

 でも——あの明るさは、嫌いやない。

 

 扉を押し出す。

 外の光に目を細めながら、胸ポケットの受理票を指でひと撫で。

(静と動。うるさい魔術士と、見えん隠密。……妙な取り合わせやけど、線は太くなるかもしれん)

 

 風が外套の裾をめくった。

 僕はいつもの音のない足取りで、階段を降りて訓練場に向かった。

 

 訓練場はいつもより賑やかだった。

 砂を踏む音と、木剣が打ち合う乾いた音。手旗の練習で旗布が風を裂く。壁際の古い機械式時計が、カチ、カチと秒を刻んでいる。

 

(僕は——端。端こそホームや)

 

 誰の視界にも入りにくい柱の陰に荷物を置き、外套を畳む。

 短剣二本、針束、麻糸。

 靴裏の静音パッドを指で押して、足の指に重心を移す。まずは足音の削りから。

 

 吸って——吐く。

 足の置き場を目地だけに限定し、三歩進んで二歩戻る。

 砂は鳴らさない。呼吸は浅く、胸ではなく腰で動かす。

 右、左、柱影から柱影へ。

 視線がこちらに流れてきても、輪郭を一段落とす。そこに“いる”のに“いない”。

 自分の影に、自分が溶ける感覚が戻ってくる。

 

「よし、次」

 木柱に貼った白紙に、鉛筆で小さく**×と▶と∥**を散らす。

 ×は斬らない、外す。▶は“鍵穴”、∥は“冷やす帯”。

 短剣の刃を紙に触れないギリギリの角で滑らせ、×の“関節”だけを抜いていく。

 音は立てない。紙は破らない。

 視界の端で、戦士たちの掛け声が跳ねる。僕の世界は——実戦みたいに冷たくて、静かや。

 

 汗が額からあごへ落ちる。

 針へ持ち替え、今度は投げないで“置く”練習。

 “視られた瞬間に見失わせる”角度で、紙の縁へふっと乗せる。

 針が光らないよう、わずかに角度を下げる。

 最後に麻糸。砂の上に細い導線を引き、足で一度だけ踏んで馴染ませる。

 工兵が見れば一秒で分かる“絵の約束”。誰も見てなくても、約束は守る。

 

(……ごっつ汗をかいたわ。切り、外し、置き、引く。今日の僕は薄くて鋭い)

 

 キリのいいところで息を整え、桶の水で顔を洗う。

 冷たい。けど、喉は固まってない。

 外套を羽織り、荷をまとめる。夕方、もう一度掲示板を見て日程を確認や。

 

* * *

 

 夕陽が窓から廊下に長く伸びて、掲示板の木枠が赤茶に光っていた。

 人だかりはもうない。掲示は書き足しが増え、帯紙が二枚に増えている。

 

 〈臨時:隣町・廃ビル群 スリラー群/地下巣 殲滅・封鎖〉

 〈作戦開始:明後日 夜明け前〉

 〈前日(明日)全班ブリーフィング/第一会議室〉

 〈進行:小野寺〉

 

 戦闘班、工作班、神殿班の名簿はびっしりと埋まっていた。

 さっきまで空いていた枠も、もう全部、黒い字で埋まっている。

 下の隅に小さく——〈先行隠密/導線確保(臨時・指名)〉。

 横に、細い僕の字がもう入っている。加賀谷 凪。

 

(はっや……! しかも、きっちり回っとる。明後日、夜明け前。明日は全員集合)

 

 胸の奥で、熱と冷が交差した。

 助かるな、という思い。

 人に頼ってばかりじゃあかん、という思い。

 

(けどな、凪。頼れるって、武器や)

 僕は端っこで薄い線を引く。

 小野寺さんは真ん中で太い線にしてくれる。

 それで救える命があるなら、恥じることやない。

 ——それでも、僕は僕で強うなる。

 誰が見てへん場所でも、線を消えんように引き続ける。

 

 掲示の進行役の欄に、小野寺の字がくっきり残っている。

 目を合わせずに、口元だけが緩むあの笑顔が脳裏に浮かんだ。

 喉の輪が、自然にゆるむ。

 

(明日、全員の前やと喉固まるやろな……でもええ。紙で言わせたらいい。

 導線の凡例、配置、薄息の層、全部“絵”にして置いていく)

 

 気づけば、頬が少し温かかった。

 夕方の廊下はひんやりしてるのに、胸の内側だけぬくい。

 頼れる場所がある、という重心の低さ。

 そこへ体がすっと落ち着いていく。

 

「——明後日、やな」

 誰にも聞こえない声でつぶやいて、掲示板から一歩下がる。

 受理票が胸ポケットでかさと鳴る。

 味方の音。出陣の音。

 

(見つからんまま、見つけて、残す。

 明日は話を“渡す”日。明後日は“終わらせる”日や)

 

 夕焼けは短い。

 柱の影が長く伸びる中を、僕は音のない足取りで寮へ戻った。

 夜は軽く刃を磨き、糸を巻き直し、眠る。

 明日の全員集合の前に、もう一度だけ端で汗を流すために。

 

 

 





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