陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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12話

局内の食堂街は、夜になると湯気と出汁の匂いでふわっと満ちる。手書きの黒板、油で少し透けた紙袋、アナログのパンチの音。

「今夜は——唐揚げとコロッケの合盛り弁当やな。勝つと転がすで縁起ええし」

 店のおばちゃんが笑って紙袋に詰めてくれる。「はいよ、若いの。明日も頑張りな」

「まかせとき」心の中では饒舌、口では会釈。

 

 宿舎の自室。机の片側には薄板と地図、もう片側に弁当。

「いただきます——明日が楽しみや」

 唐揚げ一個目でにやける。二個目で確信する。(幸せは揚げ物の衣に宿る)

 食べながら地図に目を走らせ、凡例カードを指でなぞる。▶、∥、×。

(明日は“渡す日”。僕の線を、皆の線に合流させる。……楽しみで、腹の虫が仕事増やしてるわ)

 

 食後、刃を拭き、麻糸を巻き直し、機械式の時計を一度叩く。カチ、カチ。

「よっしゃ。寝る。明日は喉固まっても紙が喋る」

 布団に潜って三十秒で落ちる。夢の中でも導線を引いてた。起きたら笑った。(働き者の脳みそやな)

 

 * * *

 

 翌朝。

 目覚ましより早く目が開いた。空気が軽い。

「スッキリ。勝ったなこれは」

 顔を洗って外套を羽織り、まとめた資料を袋に詰める。

 薄板/地図/導線凡例カードの小分けセットを十束。

(“見つからんまま見つける”のが僕の仕事。——今日は“見える場所に残す”のがもうひとつの仕事や)

 

 局へ入る。ブリーフィングルームは第一会議室。

 扉を開けると、もう小野寺さんがいた。書類の山、木札、朱肉。視線は伏せたまま、口元だけ笑う。

「——おはよう、凪くん。早いね」

(出た、この一言で喉の鍵が外れる魔法)

 

「……お、おはようございます。えっと、資料、持ってきました」

「二番乗りだよ。トップは私。ふふ、同着ってことにしよっか」

 軽い。良い。心が転がって前へ進む。

 

 彼女は部屋を見渡し、指でスッと示す。

「この席、目立ちにくいよ。柱の影で視線が抜けるし、前のスピーカーから少し外れてる。音は届く、視線は届きにくい。凪くん向けの“隠密席”」

「……助かります」

(まじで助かる。命の席や)

 

 勧められた椅子に腰を下ろし、資料を机に広げる。

「配布は開始直前に私がやるね。凪くんはそのまま座ってて。質問が来たら“ここ”——」

 視線は外したまま、机の右上を指でトントン。「凡例カードね。口が詰まったらカード指差しでOK」

「……了解、です」

(カードが喋る。僕が詰まっても、紙が繋いでくれる。最強の相棒や)

 

 彼女は水の入った紙コップを僕の席に置いてくれた。

「喉、乾くから。あ、今日はちょっとフランクに行くからね。固いのは詰まるでしょ」

「ありがと。や、ほんま、助かります」

「いいのいいの。味方だもの」

 短い言葉が胸の中心に刺さって、じわっと温かく広がる。(うわ、やば……泣きそうなのを唐揚げのせいにしたい)

 

「開始は定刻の五分前に扉閉めて、私の合図で全体サマリ。凪くんの“導線パート”は前半の七分。しゃべる量はカード一枚分でいい。無理しない」

「はい。カード、一枚。……一枚で世界動いたら最高やな」

「動かすよ。動かすために座組作ったから」

 さらっと言う。強い。僕の心が勝手に立ち上がる。

 

(いける。いけるいける。僕の線、今日ここで皆の線と結節になる)

 

 扉の外が少しずつ騒がしくなる。木靴の音、旗の布擦れ、笑い声。

 僕は深呼吸、カードの一枚目を親指で弾く。

「——よし。今日は渡す。明後日は終わらせる。行くで」

 小野寺さんが、視線を伏せたまま親指を小さく立てた。

「その調子。二番乗りの英雄さん」

「……やめて、恥ずかしい」

「じゃ、英雄(ひと)見知りの凪くんってことで」

「それはそれで刺さるわ」

 二人で小さく笑う。声はちいさく、気持ちはおっきく。

 

 間もなく、会議室の時計がカチ、カチと一つ進む。

 僕は“隠密席”で姿勢を正し、紙の角を揃えた。

(さぁ、ブリーフィング。線を見せる番や)

 

 

 

 開始二分前。

 人の気配が波みたいに押し寄せ、ブリーフィングルームの空気が一段あがった。

 

 扉が開くたび、装備の金具がちりと鳴る。重装の前衛——肩当ては擦り傷だらけ、背の槍は実戦で角が丸い。「おう」「任せろ」の声が低く沈む。

 そのすぐ後ろ、年季の入った弓袋を肩にかけた渋いおじさんが入ってきた。灰の混じる髭、静かな目。弓柄の手入れ跡が、長い時間を物語ってる。

 

 そして——例の騒がしい女魔法使いが、扉を押し広げるみたいに登場。

 鳶色のお団子が連なったポニーテールがぴょこぴょこ揺れて、ぱっちり目と闊達そうな口元が一緒に弾む。可愛い顔立ちやのに、なぜか可愛いで済まない圧がある。

 

「おっはよ——戦闘支援、鳶色班、参加するじゃン! 詠唱短縮は二列展開に対応するじゃン! 火力は任せろじゃン!おじさんいっぱいじゃン!」

 離れてても刺さる声。会議室の壁が一瞬だけ明るく見える。

 

「……今日も元気だな」「うるさいの来たぞ」

「でも火力は助かるんだよな」小声がそこかしこ。

 

(ほんま、元気やなぁ。ホールが二割うるさ……いや、明るなった気ぃする)

 

 前方で小野寺さんが手を上げ、進行の木札を立てる。

「——時間です。では始めます。隣町・廃ビル群、地下巣殲滅の全体ブリーフィング。配布資料は手元に。凡例カード〈▶/∥/×〉は統一です」

 

 紙の擦れる音。僕は“隠密席”でカードを指に挟み、喉を軽く湿らす。

「先行隠密/導線確保は加賀谷凪。現地の線はこの人が引きます。見落としのない線です、信じてください」

 小野寺さんの“目を合わせない紹介”。喉の鍵がするりと外れる。

 

 

重装の前衛(顎に古傷)が、うなずいて短く言う。

「俺ら第二世代(ジョブ恩恵のみ)でやってきたが、先導は第三世代か。文句はねぇ。読むだけだ」

 隣の斧持ちも続ける。

「扱いづらいほど効く——第三世代はそういうもんだろ。リーダーの号令に従う」

 

(……助かる言い方や。前提で信じてくれるの、ほんまありがたい)

 

「……凡例、これ。〈▶=投入口/∥=冷却帯/×=脆弱〉。導線はA→B……」

 カード一枚分だけ、指差しで要点。

 

 前衛の一人が「了解」と拳を握る。別の一人が「∥の上、足音落として進む」と復唱。

 騒がしい魔法使い——音在 奏子(おとざい・そうこ)が、即座に被せる。

「▶に合わせて熱量制御するじゃン! ∥の上は熱流逃がしが効くじゃン! バフ、神殿と同期するじゃン!」

 

 隣の前衛が苦笑。「声のボリュームだけ下げろ」

「了解じゃン(たぶん下がってない)」

 

 進行が一段落したところで、小野寺さんが言う。

「現場リーダーは、総経験値から**榛名 弦一(はるな・げんいち)**さん。弓のベテランです」

 

 渋いおじさんが一歩前へ。

「現場リーダー、榛名だ。最後のYes/Noは俺が出す。——加賀谷、目は合わせなくていい。紙だけ置け」

 

 

 視線がまっすぐ来る……来る直前に、彼はほんのわずかに目線をずらした。

(……見とる。わかってくれてる)

 

 

「……すんません。僕、視線、ちょい苦手で。紙、最速で出します」

「第三世代だろ? そういうこともある。気にすんな。

 お前は“見る”と“線を引く”をやれ。俺は“読む”と“射る”をやる。——分業だ」

 

 榛名さんは、手帳の端を指先でトントンと二回叩いた。

「『了解』は二叩き。『再確認』は一叩き長押し。声が出ない時はそれで十分だ。

 紙は“ここ”に置け」胸の前、矢筒の帯の上、固定のポケット。

「俺が拾う。責任は俺が持つ」

 短く、乾いた言葉。胸の奥が、ぐっと熱くなる。

 

「……助かります。僕、線、太うします」

「細くていい。俺が太くする」

 さらっと言い切って、弓の弦をきゅと鳴らす。会議室が一瞬、静まった。

(第三世代の“扱いづらさ=強さ”。ちゃんとわかってる顔や)

 

 

 そこへ割り込むように、奏子がずいっと前へ。

「つまり、導線→前衛→魔術→神殿→工兵の順で波にするじゃン! 私、前詰めで詠唱短縮三発までは無詠唱で回すじゃン! 合図、白赤黒、了解じゃン!」

「だから声——」

「了解じゃン(やっぱり下がってない)」

 

 笑いが起きる。前衛の誰かが「元気なのはいい」と肩を竦め、神殿の若い僧が「声に護符でも貼ります?」と冗談を言って、また笑い。「でも頼むぞ火力」

「任せるじゃン!第三世代の中でもトップクラスの火力じゃン!」

 小野寺さんが掌を軽く上げ、笑いを収める。

 

「では確認。作戦は明後日・夜明け前。明日は各班で最終合わせ。導線の一次配置は凪くん、補助に前衛二。現場の微調整は榛名さん判断。——質問は?」

 

 重装の顎傷が手を挙げる。

「先行隠密の“紙”が来るまでの押さえ、盾幅は?」

「一人分。口を細く。∥の上で足音を落とし、▶を開ける」と榛名。

「了解。指示があれば、突っ込んでスリラーどもを殲滅してやらぁ」

 

音在がすかさず被せる。

「白が立ったらドンドン乗せるじゃン。赤の直前で火力上げて工兵には一歩も近づかせないじゃン、封材の硬化を加速するじゃン。神殿の清めと同期するから印を二回——」

「声」

「了解じゃン(やっぱり下がってない)」

 

斧持ちが振り向き、僕に顎をしゃくる。

「おい“線屋”。視線が無理なら俺の背中だけ見とけ。背中は誰にも刺されねぇ。紙は俺の腰に差せ」

「……おおきに」

(“背中だけ見ろ”は優しい言い方や。前に立ってくれるってことやから)

 

 僕は“隠密席”でカードを整えながら、心の中で呟く。

(これや。紙で繋がる。僕は線、榛名さんが太らせる。奏子さんが火力で面にして、神殿が蓋をする。

 “見られへん”僕でも、届く)

 

 会議の締め。全体が立ち上がり、榛名さんが短く言う。

「各自、やることだけやれ。余計な見栄は捨てろ。恐怖は消えない、だが薄くできる」

 

音在が杖をくるっと回して、満面。

「じゃ、現地で線を“太く”するじゃン!」

うるさい。——けど、心強い。

 第二世代の地力、第三世代の“癖”、それを知ってる隊。

 僕の細い線が、ほんまに太なる)

 

 

 その言葉に、小野寺さんが小さく頷き、僕の机の端をコツと指で叩いた。

「行こうね、“英雄(ひと)見知り”くん」

「……やめて」

「ふふ、頼りにしてる」

 

 扉が開き、人の波が再び流れ出す。

 奏子は最後まで元気だ。「じゃ、合流は現地でよろしくじゃン!」

「うるせぇ」「でも頼む」と背中に半笑いが飛ぶ。

 

 僕は資料を束ね、カード一枚だけ胸ポケットに残す。

(視線はまだ怖い。けど——味方が見える。

 明後日、終わらせに行く。見つからんまま、見せて、残して、封じる

—この隊なら、できる)

 




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