陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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13話

ブリーフィングが終わって、人の波が引いた廊下は一気に静かになった。

 壁の機械式時計がカチ、カチ。紙の匂いがまだ空気に残ってる。

 

(……小野寺さん、やっぱ只者やないよな)

 受付のはずやのに、殲滅依頼を束ねて、班の割り振りまで最短で回す。ベテランとも“普通に”話しが通ってる。

(受付って、あんなんが“普通”なんか? いや、局の心臓や。ほんまはあの人みたいなんが“要”なんやろ)

 

 そんなことをぼーっと考えて歩いとったら、横から低い声が落ちた。

 

「……紙は、足りてるか」

 

 反射で肩が跳ねる。けど、すぐわかる。榛名さんや。

 彼は壁の掲示を眺めたまま、僕のほうを見ない。声の調子は独り言みたいに淡々としてる。

 

「明後日の風は、夜明け前は南が軽い。導線を出すなら“口”は北寄りだ。……で、加賀谷。そこにいるな」

 

「……はい」

(この人、優しい。目ぇ合わせんでええ話し方、最初から選んでくれてる)

 

「確認だけだ。各員の能力は把握しときたい。

 お前の“できること”——何が、どこまでだ」

 

 喉の輪が、するりと緩む。

「僕は……見えん。……いや、“見えへんようにできる”。影の濃さで二段、三段、薄くなる。目の前でも、ほぼ気づかれへん」

「移動は?」

「足音ゼロ。目地だけ踏んで、段鼻は外す。十数秒で一体まで“落とせる”。連続は三が安全圏。四は運が要る」

「視られたら?」

「止まってまう。けど、紙で繋げるなら動ける。二叩き(了解)、長押し(再確認)で、問題ないで」

 

 榛名さんは「ふむ」とだけ言って、相変わらず掲示を見ている。

 指先がトン、トンと手帳を二回叩いた——了解の合図、たぶん“練習”で。

 

「お前のそれ、影潜りだな」

 

「……え?」

 胸の奥で、小さく火が点く音がした。

 

「影に潜って前へ出る。線を引いて、また潜る。記録にもそう書く。——影潜り(かげもぐり)」

 言い切って、弓の弦をきゅと鳴らす。

「当日は“俺の視界の縁”にいろ。俺はお前を見ない。線だけ拾う。

 前衛が“背中”を出す。お前はそこへ紙を差せ。喉が凍ったら二叩きで十分だ」

 

「……はい。影潜り、やります」

(名前、ついた。名前がついたら、認められたみたいや。ベテランの救済者に。へへ……顔、緩むの止まらん)

 

 榛名さんは、気づいてるのかいないのか、相変わらず掲示へ目を向けたまま続ける。

「徘徊型は先導一歩で切り崩す。巣では総力戦だ。

 お前は“入口”を見つけろ。口を開けたら、あとは俺が太くする。音在が面にする。神殿が蓋をする。工兵が締める」

「……はい」

「英気を養っとけ。細い線を明後日まで磨け」

 

 それだけ言って、彼は踵を返した。

 去り際、矢筒の帯のポケットを指でトンと叩いてみせる。——“ここに置け”の合図。

 

 僕はしばらく、その場でニヤけ顔を外套の襟で隠してた。

(影潜り。ええやん。ええやん! 認めてもろた! ニッコニコや!)

 

「明後日、潜って、見せて、残して、封じる。

 ——僕の影潜りで、線を通す」

 

「頼れるもんは頼る。僕は僕で強うなる。——やったるで」

 

 英気を養う、っちゅうわけで——

 その足で食堂へ

 

 食堂街は、いつもみたいに湯気で白んでた。

 鉄鍋のじゅうって音、味噌だしのふつふつ、木杓子が器に当たるこんという軽い響き。レジはアナログのガチャン、黒板メニューには白チョークの粉がうっすら舞ってる。

 

「本日の日替わり〜、鯖味噌コロッケ! 揚げ立て行くじゃン!」

「唐揚げは追加で二連いけるじゃン! 炭水化物は正義じゃン!」

 

(……出た。止まらん。よう喋るなぁ……)

 声は通るし滑舌もええ。しかも途切れへん。音在 奏子、相変わらずの存在感や。

(見たら固まる。見ぃひん。僕は注文して、受け取って、帰る。それだけ)

 

 カウンター前の列に紛れて、目線はひたすら床の目地。

「唐揚げ弁当、コロッケ追加で」

「はいよ、若いの」

(唐揚げ弁当、コロッケ追加。勝つ&転がす。完璧や)

 紙袋に油の輪が薄く広がっていく匂い。重みは、今日の分の英気の重量。

 

(よし、受け取った。帰る。視線は下、足は早め、呼吸は浅め——)

 

「任務よろしくじゃン!」

 

真横から手がにゅっと伸びてきた。鳶色の団子ポニテが視界の端でぴょこぴょこ。

 

 反射で心臓がドクンと鳴った。

 

「——っ、み、見るな」

 小声が勝手に落ちる。喉が固まる前、ぎりぎりの声帯。

 

 伸びていた手が空中でぴたりと止まり、すっと角度が変わった。

 油の匂いと湯気の向こうで、彼女のキレイな、でも不安げな横顔だけが輪郭線みたいに揺れていた——。

 

「ごめんじゃン」

 即、半身を横へ向け、視線を天井の配管に逃がす。

 片手で自分の目元を軽く隠しながら、声だけ落としてきた。

「正面はやめとくじゃン。距離もこれくらいで平気じゃン?」

 

(……助かる。めっちゃ気ぃ遣ってくれるやん)

「さっきのは悪い。僕、視線、刺さると喉が凍るんや。癖みたいなもんで……ごめん」

 

「了解じゃン。じゃ、壁見ながら話すモード入るじゃン。声も二割下げるじゃン……(これくらい?)」

 

「もう一割」

「了解じゃン(どう?」

「ええ感じ」

 

 音在は壁を見たまま、にやっとした気配を滲ませる。

「改めて。音在 奏子。第三世代。うるさい魔法担当じゃン」

「加賀谷 凪。……“影潜り”、やってる。見えへんまま近づいて、線引いて、戻す」

 

「影潜り——最高にカッコいいじゃン! じゃ、現場では凪くんを影って呼ぶじゃン。私は音。影と音、相性いい感じするじゃン」

 

 思わず、口の端が上がる。

「……悪うない」

 

「弁明あるなら、今のうち言っとくじゃン?」

「弁明ってほどでもないけど……僕、見られると固まる。けど紙があれば饒舌や。カード渡せば、たぶん百倍喋る。あと、声は小さめやけど……」

「聞こえてるじゃン。じゃ、私からも弁明。——私、黙るの怖いの。静かになると心臓が暴れる。だから喋る。じゃンはお守り。でも、音量は合わせるじゃン」

 

(なるほど……“喋る”が彼女の恐怖の薄め方なんや)

「じゃあ、お互い様やな。僕は見られへんぶん、紙で。奏子さんは喋るぶん、小声で。落ち合う場所は線の上」

 

「了解じゃン。運用提案:

 ① 凪くん→凡例ミニカードを私の杖の皮バンドに差す

 ② 私→二回指トントンで“了解”、一回長押しで“再確認”

 ③ 視線は配管か床目地を見る(目は合わせない)

 ④ 緊急時は『じゃんっ』って小さく言う(合図)」

 

「④はちょいおもろいけど、覚えやすいな。ほな採用」

「やったじゃン!」

 

 音在は横向きのまま、そっと手を差し出した——目は伏せたまま。

「握手はどうする? 目、閉じるじゃン?」

 

 僕も紙袋を片手に持ち替えて、指先だけ軽く触れる。

 手のひら、柔らかくてあったかい。

 

「……よろしく、奏子さん」

「よろしくじゃン、影」

 

 

彼女は一歩だけ下がり、杖のバンドをぺしっと叩いた。

「ここにカード。ここに火力。ここに合図。——当日、線を太くするじゃン」

 

「僕は細う引く。細いけどしっかりや。後は任せた」

「任されたじゃン」

 

 音在はそのまま横向きで小走りに去り、角で誰かに「声」と言われて「了解じゃン(下がってない)」と大声で返していた。……たぶん、すぐ慣れる。

 

 紙袋を抱え直して、胸の奥がじんわり温かい。

(味方、もう一人)

 足取りはさらに軽くなる。宿舎までの廊下、床の目地が音符みたいに並んで見えた。

 

「明後日、影と音で行こか。見つからんまま、聞こえるように」

 独り言は、湯気みたいにやわらかく溶けた。

 

 

 宿舎の部屋に戻る。扉を閉めると、外のざわめきがふっと遠のいた。

 机の上に紙袋。湯気はもう薄い。油の匂いだけが、まだちょっと元気や。

 

「……いただきます。ちょい冷め、うん、冷めコロッケも悪うないな。衣がきゅって鳴る感じ、ええやん」

 唐揚げを一個。

「おお……冷めても勝つ。お前は強い。ほな二個目——勝ち越しやで」

 

 もぐもぐしながら、壁の機械式時計のカチ、カチを聞く。

「小野寺さん、榛名さん、奏子さん。……名前並べるだけで喉ゆるむって、どないやねん僕。

 せやけど、ほんま運気、上向いとる気ぃする。矢場班から追い出……いや、抜けてからやな」

 

 コロッケにソースをちょん。

「矢場班のことはもうええ。手柄だけ持ってく人らは、勝手に持って行き。僕は線持ってく。

 『影潜り』、名前もらった。名は力や。これで一本、背骨通った感じあるわ」

 

 ご飯を口に押し込む。

「奏子さんの“じゃン”、あれ護符やな。喋り続けるのが彼女の恐怖の薄め方。

 僕は逆で、見られへんのが薄め方。ええねん、真逆で。

 影と音。……漫才かな? 僕がボケる前に奏子さんが全部ツッコんでくれそうやけど」

 

 唐揚げラスト一個を持ち上げて、ちょっと考える。

「榛名さん……“細くていい。太くするのは現場だ”。あれ、ずるいな。惚れてまうセリフや。

 僕、明後日、絶対太うなる線引くわ。紙で世界動かす係、ちゃんとやる」

 

 味噌汁代わりの麦湯をすすって、ふー。

「はぁ……生き返る。冷め弁でも英気は入る。入る、入る。はい三回言うて確定。

 ——よし、気入れ直し!」

 

 椅子から半分立ち上がって、手を叩く。

「作戦前の段取り確認タイム! えー、まず明日。

 午前中は休む。寝坊してええ。喉と足を温存。

 昼、軽うに体起こして、短剣の刃を紙一枚通るくらいに整える。針の返しをほんの少し落とす。

 麻糸は新しい束を半分だけ巻き直し。巻きすぎると音が増えるから半分。

 凡例カード、ミニ版を十枚。奏子さんの杖バンド用は角丸めとこ。刺さったら痛いしな。

 で、午後から隣町へ移動。下見は『口』の周りだけ。中は入らん。今日はもう入らん。

 夕方までに戻る。飯食って、風呂入って、早寝。夜更かし禁止。以上!」

 

 自分に指差し確認。

「復唱! 午前は寝る! 午後は移動! 中は入らん! 夕方戻る! はい僕えらい!」

 

 紙袋の底を折り畳んで、ごみ袋へ。

「……しかし、ほんま、こっからやな。

 “行方不明、外に出した”——よし。次は“徘徊型、片付ける”。

 その次に“巣、封じる”。

 段取り、波の順、全部頭ん中でもう一回——」

 

 指を折る。

「一、影潜りで“白”。

 二、前衛が口を細くして処理。

 三、複数やったら奏子さんが熱を置く。

 四、神殿が蓋。

 五、工兵と神殿で通った道を清める。

 ——徘徊型お掃除完了。

 ラスト、地下の巣。ここで総力戦。

 僕は“入口”と“鍵穴”だけでええ。あとは、任せる。任せて、太い線にしてもらう」

 

 枕元の薄板を引き寄せ、短いメモを走り書きする。

「《明日やること:寝る/整える/巻く/切る/丸める/移動/戻る》……うむ、完璧」

 

 ふ、と笑う。

「矢場班に外へ押し出されへんかったら、この道、見えんかったんかもな。

 結果オーライ。ありがとうな、追い風。僕、のるで。のって、潜るで」

 

 机の上を片づけ、外套を椅子に掛ける。

 機械式の時計がカチ、カチ、心音みたいに揃ってきた。

 

「明日はゆっくりする。

 “ゆっくり”も任務のうち。——ええか凪、急いだら線は歪む。

 薄う、真っ直ぐ。それが僕の美学や」

 

 布団に潜り込み、天井を見上げる。

「小野寺さん、明日も頼る。榛名さん、背中見とく。奏子さん、じゃンは小声な。

 僕は紙で喋る。影で走る。それでええ」

 

 目を閉じる前に、もうひと言。

「——明後日、勝つ。勝って、封じて、残す。にひひ……ほな寝よか」

 

 部屋が静かになった。

 “影潜り”の線だけが、目には見えへんけど、確かに明日の地図へ伸びていった。

 

 

 





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