陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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17話くらいからセリフとか見やすいように修正しています。
そのあたりからより面白くなる予定なので、もうちょっと続き読んでください!


14話

翌日。

 宣言どおり午前は寝た。正直びっくりするくらい寝た。

「任務前の最大の仕事は寝る。完遂。よし」

 麦湯で喉ならして、刃を紙一枚ぶん通る角に整えて、針の返しをほんの少し落とす。麻糸は半巻き——音が増えん、ちょうどええ量。凡例ミニカードは十枚。角は丸め済み。完璧や。

 

 午後、バイク。

 旗の合図で幹線を渡り、手旗の「すすめ」を受けて住宅地を抜ける。電喰い対策で相変わらず電子は死んでる世界やけど、人の手はよう動く。

 隣町の廃ビル群へは、口の位置だけ下見。中へは入らん。今日は線を増やさない日。

 

 現地。

 昨日つけた∥(冷却帯)は風で半分薄れてたから、床の目地に沿って一本だけなぞり直す。▶(投入口)の小印も、誰の目にも止まらん高さでひとつ。

「よし。今日はこれでええ。足跡を残さないのも仕事のうちや」

 白い光点は——見えへん。徘徊は、たぶん下に寄ってる。静かや。

 短く息を落としてから、踵を返す。

 

 帰り道。

 局のある通りへ出る前に、神殿付属の医務室の前を通る。……いや、通りかけて、足が止まった。

(見るだけ。見られへん距離で。覗くだけ)

 窓のひさしの影に潜って、内側の明るい四角をそっと覗く。

 

 ——おった。

 ナツミとレン。

 ナツミは膝に薄い毛布。肘の小さい絆創膏。レンは手旗のミニおもちゃを振り回して、神殿の若い僧に「それはとまれや」て指導されて笑ってる。

 机の上には、色鉛筆と紙。紙の端っこに、子どもの字で大きく**「なつみ」**。

(“な”の写真切れ端……ここに戻ってきたんやな)

 胸の奥が、じわっと温かくなる。

 

「レン、走らない」「ナツミちゃん、お水もう一口ね」

 医務の人の声。

 窓の内側で、受付札を下げた女性がふとこっちを見る——でも目を合わせない。

 視線を床に落としたまま、窓のカーテンを半分だけすべらせて、こちらの影をそっと守るみたいに閉じる。

(……わかってくれてる。ありがと)

 

 レンが、旗をくるっと回して叫ぶ。

「すすめー!」

 ナツミが笑って、紙に丸を三つ描いた。家の窓、やろか。

 レンが「ちがうよ!」って言うて、丸を一つ潰して扉に変えた。

(……口や。入口を描いたんや)

 視界が少し滲む。風のせい、風のせい。

 

「——よっしゃ」

 小声が勝手に漏れた。

「やったるで。明日も明後日も薄うする。この辺から“孤児”を増やさんためにな」

 

 医務室のドアが開いて、神殿の若い僧が外へ出る。すれ違う瞬間、彼は地面の石だけ見ながら、指先でポケットを二回トン——了解の合図だけ置いて去っていく。

(合図、通じとる。ほんま、味方が多い)

 

 バイクに戻る。エンジンは機嫌よくかかる。

 局をかすめて宿舎へ。今日は寄らん。紙は明朝にまとめて、小野寺さんに渡す。

「ほな決まり。今日はもう、英気を貯めるターン」

 口角が勝手に上がる。

 

 宿舎に着いて、外套を掛け、机に凡例カードを並べる。

「再確認。

 当日、先行で潜る。白立てて、前衛呼んで、複数なら奏子さんに小声で火力置いてもろて、神殿が後詰め、工兵が道を清める。徘徊を掃いてから、巣へ。総力戦。

 僕は口と鍵穴(▶)。紙で喋る。喉が凍っても、紙が喋る。榛名さんが太くする」

 

 機械式の時計がカチ、カチ。脈と重なる。

「レン、元気やった。ナツミも、字がでかい。生きてる字や。……ありがとな。燃料入ったわ」

 

 窓を少しだけ開け、夜風をひと呼吸。

「よーし。明後日、勝つ。

 見つからんまま、見つけて、見せて、残して、封じる。

 ——影潜り、出陣や」

 

 口に出したら、部屋ん中が少しだけ明るうなった気がした。

 僕はライトを落とし、目を閉じる。

 あの紙の「なつみ」の字が、まぶたの裏で白く残った。明日の線の起点みたいに。

 

 

 

 

 夜明け前の空は、まだ色が決まっていない。

 冷えた風が廃ビル群の角を撫でて回り、金具がちりと鳴る。

 各班が定刻に集結。遅れは——ゼロ。誰もが必要な数だけの息を吸い、必要な音だけを身に纏っている。

 

 重装の前衛は盾の縁を布で拭い、斧の刃は薄紙を落とす角に。

 神殿は白布の下で祈りを一つ、息を一つ。

 工兵は符杭を束ね直し、封材の口を確かめる。

 魔術——音在 奏子は、杖の皮バンドに僕の凡例ミニカードを差し、いつもより二段静かに「了解じゃン」とだけ。

 僕は“影潜り”。輪郭を一段落とし、**白(発見)/赤(封鎖)/黒(撤退)**の合図を胸に並べる。

 

 榛名 弦一が一歩、前へ。

 点呼は静かに、しかしひとつも落ちず通っていく。

 

「——全員、よし」

 低い声が夜明けの平野に杭を打つ。

 

「封鎖は大事だ。だがまず俺たちが無事であることが絶対条件だ」

 弓のベテランは、たったそれだけの言葉に場の呼吸を揃える術を持っている。

「怪我で撤退してもいい。明日、仕切り直せばいいだけだ。

 命は——仕切り直せない」

 前衛がうなずき、神殿が静かに「然り」を重ね、工兵が符杭の束を握り直す。

 音在は杖をきゅと軽く鳴らし、「了解じゃン」を息の音量まで落とした。

 

(ええ声や……“無事が絶対条件”。——好きや)

 喉の輪が、するりと緩む。

(白は僕が立てる。赤は皆が太くする。黒は恥やない。線を歪ませんための約束や)

 

 榛名が弓弦を軽く弾いた。きぃ、と一本の線が空に引かれる。

「ビビらず進むぞ」

 簡単で、強い。恐怖との戦いの合図として、それは十分すぎた。

 

 僕は榛名の視界の縁へ滑り込み、手帳の端をトン、トン。

 榛名も二叩きで返す——了解。

 背後で盾がこつと触れ合う短い音。

 音在が横目も向けず、杖の皮バンドをぺしと叩いてみせる(ここにカード)。

 神殿の僧は掌を前衛の背へ一瞬だけ添え、工兵は目地の先を見据える。

 

「先行——影、出る」

 声は息に近い。けど届くべきところには届く。

 

(行くで、凪。見つからんまま、見つける。

 白を置く。口を細くする道を、細う引く。

 ——太くするのは、皆や)

 

 僕は廃ビルの口を見た。

 昨日測った“薄息”が、朝の冷えでより細く見える。

 床目地、段鼻、柱影。音の逃げ道と風の曲がりが、一本の譜面みたいに並んでいる。

 

「配置——先行→前衛→魔術→神殿→工兵。

 徘徊型を掃く。そのあと巣へ。総力戦」

 

 榛名の声が短く重なる。

「影、白を立てろ。前衛、口を細く。魔術、複数なら即フォロー。神殿は背中を冷やせ。工兵、通った道を清めていけ」

 

 各班の足が地を掴む音が、ぴたりと合った。

 遅刻者はなし。迷いもなし。

 あるのは整った恐怖——そして、それを薄める段取り。

 

 僕は一歩、影へ。

 輪郭がすっと薄くなる。

 視界の端で、音在の口元が「じゃン」と形だけ作って、音は出さない。

 前衛の斧が、息に合わせてふっと重心を落とす。

 神殿の指先が符を一枚、風の層へ溶かす。

 工兵の視線は**∥と▶**へ、すでに焦点があっている。

 

(——よっしゃ。ワクワクしてきたやんけ)

 足元の目地をひとつ跨ぎ、僕は“最初の白”に向けて、無音で走り出した。

 

 朝の光が、まだ決め切れない色のまま、隊の背中を押す。

 恐怖との戦いは——静かに、だが確かに、始まった。

 

 

 入口の影が、まだ夜を一枚だけ貼りつけている。

 僕は輪郭を一段落とし、エントランスの“空気の継ぎ目”をまたいだ。

 

(一階、先行。目地だけ踏む。段鼻は外す。——行こか)

 

 かつては華やいだ商業テナントの並び。ガラスは抜け、ディスプレイの台座だけが骨のように残っている。貼り紙は色を失い、カーペットは波打ち、柱の根元に風がすっと潜る。

 

 ——いた。

 

 通路の真ん中、人型のスリラー。

 背は人並み、肩がやや広い。手は“のびる”気配。足取りはコト……コト、遅い。けれど、表面の皮膜がぬめと光を撥ねる。白い光点が、顔の奥でぽわっと滲む。

 

(単体。やれる。……せやけど段取り通りや)

 

 僕は柱影から白(発見)の小札を指先だけ出してぴと貼る。

 背後の気配が、緊張とともに合う。盾の布がこすれ、斧の重心が落ちる。

 

「入るぞ——口を細く!」

 前衛の顎傷が低く合図。二人が扇を小さく畳み、狭い口を作って歩幅で詰める。

 

 僕は“影潜り”。通路の光の切れ目を渡り、スリラーの盲角へ。

 斧が振りかぶられる寸前、僕は短剣で床の目地をコツと叩く(合図)。

 ——今。

 

 前衛の斧がぶんと落ち、ずばりと首の半ばまで喰い込む。

 骨の感触——ない。弾力のある樹脂みたいに、刃がもっと止まった。

 

「——ッ!!」

 切断、届かず。

 傷口からシュワシュワと気泡が湧き、灰色の液が糸を引くみたいに自己接着を始める。

 半分断たれた首が、みるみる形を取り戻す。

 

「タフだ! 首、落とすまで気を抜くな!」

 熟練の戦士が吠える。盾で押して間合いを固定、もう一人が返しを狙う。

 

(再生、速い。切断圧、もっと要る。——ほな、外すべきとこ外す!)

 

 僕は短剣を逆手に、スリラーのアキレス帯へすっと滑り込む。

 刃は紙一枚だけ潜らせ、引かない。置く。

 筋の“張り”がふっと抜け、スリラーの膝ががくんと落ちる。

 

「ナイス!」

 顎傷が一歩入る。斧の面をわずかに寝かせ、横薙ぎの面圧に変える。

 

 スリラーの腕がにゅーっと伸び、盾の縁をぎゅっと掴む。

 白い光点がふっと大きくなって、かすれ声で『みつけ——』と途中で千切れる。

 僕は針を一本、顎の下の“窪み”へふっと置く。

 針は光らない角度で、刺さるでもなく触れるだけ。気配の分散。

 白い光点が一瞬だけ迷う。——その瞬間、前衛の肩がさらに半身、刃がもう一目奥へ。

 

 ずちん。

 

 首が七割入った。

 だが、またシュワシュワ。

 泡が幾筋も走り、裂け目を縫う。

 

(ほんましぶとい! 斬り切る支点……あれや)

 

 僕は麻糸をぱちと抜き、スリラーの足元へ低く張る。

 前衛の足さばきに合わせて一歩引き、一歩置く。

 スリラーが盾を押し返した反動で後ろ足が糸に絡み、重心が浮く。

 

「——今!」

 僕の小声と同時、斧が縦へ。

 さっきの切断線に面圧が重なって——

 

 ごりっ。

 

 白い光点が、ふっと消えかけてまた灯る。

 まだ落ちてない。タフ。

 再生の泡が増える——ってことは、“冷やし”が効く。

 

 僕は床の∥(冷却帯)へ誘導するため、チョークで点を三つだけ置き、前衛の踵を指で示す。

「∥! 上、踏んで!」

 顎傷が二叩きで応え、盾を半足ずらす。

 気配が一段冷える。泡の勢いが鈍る。

 

「もう一丁、首!」

 斧がためからの返し。

 ざくり。

 

 首の八割が割れ、繋ぎ目が細い糸だけになる。

 スリラーの手がのびてくる。僕は短剣で“のびの根元”をコツと叩いて外し、針を頸の側帯へ二本置く。

 白い光点がぶれる。今。

 

 前衛の二人が交差し、刃が十字にかちっと噛み合った。

 ぶちり。

 

 ——首が、落ちかける。

 床に当たる寸前、まだシュワっと膜が張る。

 

(あと一目!)

 

 僕は影の切れ目から半歩出て、短剣を平で叩き込む。

 ぴしっと膜が割れ、泡がはじけ飛ぶ。

 最後の一太刀は、熟練の戦士。

 刃が静かに通って——

 

 ごとり。

 

 

 




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