陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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18話

夕暮れは薄く、風は冷たい。

 ビル前の空地に出ると、榛名さんが全体へ短く声を落とした。

 

「設営は工兵に任せろ。他はしっかり休め。水分、塩。道具の刃だけ見て、あとは座れ」

 

 それだけで、空気がすっとほどける。

 工兵班が二十人規模の簡易テントを段取り良く立て始め、無煙コンロに鍋が並ぶ。米の匂い、乾燥野菜と鶏の煮込み、薬草の湯気——英気の匂いや。

 前衛は盾の布を拭き、神殿は清め札を束ね、魔術班は杖を布で磨きながら足を伸ばす。誰もが好きな距離を保って、思い思いの場所に腰を下ろした。

 

(……なんやろ、居心地ええ。視線、刺さらん。適切に外してくれる人らや)

 

 僕もテントの影にちょこんと座って、短剣の刃に紙を一枚すっと通す。

 そこへ、鎧塚さんが近づいてきた。ちゃんと目線は外したまま、空を見上げるふうで。

 

「若いのに上出来だ。……この任務が終わったら、うちの班に入るか? いい斥候は班の命に直結するからな」

 

「え、あ、僕……えっと、その……」

 言葉が絡まる。喉は凍ってへんのに、初めてすぎて舌がついてこん。

(ま、待って。誘われる側? 僕が? そんなん、今まで……)

 

 鎧塚さんは口角だけ上げ、同じく空を見たまま続ける。

「背中だけ見てりゃいい。お前がスリラー見つけて俺らがぶったたく。……単純で強いだろ」

 

「……おおきに。ほ、ほんまに、嬉しい、です」

 やっとのことで言えた。胸がきゅっと鳴る。

 

「はいはーい、そこでオジサンに囲われる前に〜」

 奏子が小声で割り込んでくる(小声でも陽や)。杖をぽんと肩に担いで、にかっと笑う。

「じゃン!!若い私たちと組んだほうがいいじゃン! ね、第三世代は“扱いづらい=強い”、だから癖の速度が合う相手がいると気持ちいいじゃン?私可愛いから影も嬉しいじゃン! 影と音でさ、じゃン?」

 

「おい、騒音」と鎧塚が苦笑する。

「小声じゃン」と奏子は口元に指。たしかにいつもより半分くらいの音量や。

 

「……僕、えっと……」

 顔が熱い。この種類の熱は戦闘の熱とちゃう。照れや。

 奏子がのぞき込む——いや、のぞき込むふりだけして、ちゃんと目は外す。

「凪が決めるじゃン。“居心地”いいほう。でも、今日の線、めっちゃ綺麗だったじゃン。一緒に走りたいって、私、思ったじゃン」

 

 胸がどくと鳴った。

(“居心地”。……それ、僕、さっきからずっと感じてたやつや)

 

「なに、掛け持ちって手もある。現場は線だ。早くて正確な斥候はどこでも欲しい、枠は後から決まる」

 榛名さんが、いつの間にか背中越しに立っていて、やっぱり僕の顔は見ない。

「どこにいようが、命は仕切り直せない。こうして一緒に組むときもある。手順は仕切り直せる。……焦って決めるな。今は休め」

 

 言いながら、僕の前に干し肉の皿がすっと置かれた。

「塩、摂れ。明日も影潜りが先導だ」

 

「……はい」

 返事は、自然に出た。喉は凍らない。

 奏子が、小声で肩パン(めちゃ軽い)。

「じゃ、明日も“音量二割”で頑張るじゃン。氷、また借りるじゃン」

 

「僕も、紙で喋るわ。……あの、ありがとう。二人とも」

 言ってから、顔がさらに熱くなる。

(うわ、なにこれ、青春……いや、そんな洒落たもんちゃうか。でも、生きてる感じや)

 

 

 遠くで工兵が「飯、できたぞー」と手旗で合図。

 鍋の蓋が上がって、湯気がもわっと広がる。

 鎧塚さんは立ち上がり、「先に行く。背中空けとく」

 奏子はピースして、「席、隣空けとくじゃン(小声)」

 

 僕はテント影に腰を戻して、ひと呼吸。

「……僕、うわ、めっちゃニヤけてるやん。やべ」

 外套の襟で口元を半分隠して、空を見上げる。

 薄い雲の隙間から、星がぽつぽつ。

(運気、上向き。いや、人や。人が居る。

 見られへん僕にも、見てくれる方法をくれる人が——)

 

 鍋の匂いがさらに濃くなって、腹がぐと鳴る。

「はい、いただきます。……明日も、線、通す。見つからんまま、見せる。

 それでええ。——やったるで」

 

 

 湯気を吸い込み、米をかき込む。

 夜営のざわめきは穏やかで、どこか誇らしい。

 

 

 鍋は二巡目。米の甘さがまだ湯気に残ってる。

 僕は器を手で温めながら、口角が勝手に上がるのを外套の襟で半分隠してた。……そこへ、榛名さんが唐突に、火のはぜる音にまぎれて言った。

 

「俺たちおじさん世代はな、核の移植なんて無い時代に入った口だ。職業(ジョブ)の恩恵だけで戦ってきた世代だ」

 

 さらっと、でも芯のある声。

 隣で鎧塚さんが「おう」と頷き、鶏の煮込みを大きくひと口。

 

「神殿で戦えるようにスリラーにビビらなくていいってなった時はよ、アツかったもんよ。

 戦士に魔法使いに俺らがなれる、勇者様じゃなくてもいい時代が来たってな」

 

(そうや……最初の“恐怖の薄め方”は神殿や。初めて普通の人がスリラーに抵抗できるようになった職業。そっから今の——)

 

 榛名さんは器を置き、焚き火の外側を見た。僕の顔は見ない。いつもどおり、優しい視線の角度。

 

「今はさらに核の移植で、魔法や職業とは違う新しい力を手に入れられる。

 第三世代の“癖”は、ひどく扱いづらいが、同じだけ強い。……これからはお前たちの時代だ」

 

 胸がどくと鳴る。器の縁がすべって、慌てて持ち直す。

(言い切った。“お前たちの時代”。……僕も、その中に入れてもらえたんや)

 

 鎧塚さんが木匙を器に立て、こちらを見ないまま口の端で笑う。

「今回の任務で、俺たちおっさん達の経験、吸っとけ。斧の面圧、盾の口の作り方、退くタイミング——命は仕切り直せねぇ。だから退く段取りを身体に入れとけ」

周りの班員も頷いている。

 

「……はい」

 返事が、思ったより素直に出た。喉は凍らない。

 言いながら、胸の中で(命は仕切り直せない、手順は仕切り直せる)をもう一度なぞる。今日、何回も救われた言葉や。

 

 そこへ、奏子が器を抱えて横滑りで割り込んできた。小声だけど陽はそのまま。

 

「はいはーい、加齢臭じゃン。

 でも経験は欲しいじゃン。だからニオイは風上でお願いするじゃン。私は風下で氷つくるじゃン」

 

「おい、騒音」鎧塚さんが眉を上げる。

「小声じゃン(限界)」

 

 周りでくつくつ笑いが起きた。

 工兵の誰かが「風向き変わったぞー」と手旗をひらひら。神殿の若い僧は「清めは、消臭効果はありません」と真顔でボケる。

 笑いが二回波になって、夜気にふわっと溶けた。

 

(……初めてや、こんなん)

 笑いに混ざれてる。刺す視線がない。外される視線だけが、ちょうどいい距離でそこにある。

 器を抱えたまま、指先が少し震えた。けど、それは怖さの震えやない。嬉しさのほうや。

 

「凪(かげ)」奏子が器を差し出す。「おかわりいくじゃン? 今日はやめとくじゃン?」

 

「……ほな、半分だけ。鍋、薄めんように」

「了解じゃン。薄めるのは“恐怖”だけじゃン」

 

「了解」

 短く答えて、器の底の米をさらう。塩気と出汁が、今日の線の余韻みたいに喉を通っていく。

 

「なあ、凪」鎧塚さんが、空を見ながら。

「うちの班の話は保留でいい。走りやすい背中に付け。背中は俺が出す。

 ……それと、紙はいつでも俺の腰に差せ」

 

「……おおきに」

 声が、火に温められて少し丸い。

(背中、出してくれる。紙、差せる場所。……居場所って、こういう形なんやな)

 

「じゃ、明日の標語決めとくじゃン」奏子が指を一本、ぴっと上げる。

「“恐怖は消えない。けど、薄められる”。

 “見つからんまま、見せて、残して、封じる”。

 “加齢臭は風上へ”!」

 

「三つ目消せ」榛名と鎧塚が同時に言って、また笑いが起きる。

 僕も、笑った。声が出た。凍らない。

 

 

 

 

 鍋も片づいて、火がぱち、ぱちと小さく跳ねる。

 そんな静けさの中で、鎧塚さんが箸をくるくる回しながら言った。

 

「で、実際よ。第三世代の“核”の力って、どんな具合なんだ?」

 

 榛名さんがこちらを見ないまま、薪の外側に視線を置く。

「凪、影潜りは見事だ。見えない・聞こえない・捉えられない——“隠れ”系の核だな。……神殿はもう済んでるのか?」

 

「……えっと、神殿は、まだです」

 

 二人の眉が、揃ってわずかに上がった。

「まだ、だと?」榛名。

「おいおい、移植済みで神殿未登録は珍しいな」鎧塚。

 

(うわ、やってもた……!)

「僕、三級で。とりあえず救済者ってだけの立場で……」

 

 鎧塚が頭を掻く。「三級か。二級ライセンスがあれば局から神殿へ紹介が出る。職業(ジョブ)付与か補助加護の面談に行けるんだがな」

 

(……三級のまま手柄、全部消えてきたから、上げてもらう機会ぜんぜんなかったんや)

(人付き合い断ってたツケ、ここでがっつり来た……頭抱えるわ……!)

 

 思わず外套の襟で顔を半分隠す。

「僕、いまんとこ無職業(ジョブレス)+核オンリーで……」

 

 榛名さんは淡々と、しかし助け舟みたいに言葉を置いた。

「終わったら俺が推薦する。面談の段取りも付けよう。必要なもんは受付の嬢ちゃんに聞け」

 鎧塚も頷く。「うちの班からも実戦記録を添える。今日の“先導”と“スリラーの撃退”、立派な二級相当だ。職業なし+核だけでこれだけ動けるなら、将来性バツグンよ」

 

「……お、おおきに。ほんま、助かります」

 

 そこへ奏子が横から滑り込む。小声で、でも明るい。

「はい、ここでちゃんとした第三世代の見本——私! 魔術士の職業に核移植も済み。ダブルでございますじゃン!魔法も使えて、核の能力もあって大活躍じゃン!」

 胸をどんと叩いて、にかっと笑う。

「核にはね、当たり外れがあるじゃン。で、私のは“騒音の核”。でかい声で騒げば騒ぐほど、魔法の威力が上がるタイプじゃン!」

 

「だからうるさいのか」鎧塚。

「そうじゃン!(小声最大) 欠点(うるささ)と長所(火力)が絶妙にマッチ。最適解じゃン」

 

 神殿の若い僧が苦笑する。「結界すら貫く騒音ですね。」

「じゃ、小声で喋るじゃン!」と大声で返す。

 周りがまたくつくつ笑った。僕も、つられて笑う。

 

 榛名さんが補足する。

「第三世代でも、核移植を受けない選択をする若いのもいる。適性がなければ職業だけで戦う者もいる。逆に凪のように、核だけで走ってる者もいる」

 鎧塚が続ける。「核は相性もあるらしいからなぁ。道は一本じゃねぇ。……だが職業はついとけ。どれでも今よりは確実に強くなれる。命は仕切り直せねぇからな」

 

「……はい。行きます。ちゃんと」

(紙の道、今日やっと通る。籠ってたツケ、ここで返す)

 

 奏子が僕の肩をこつと小突いた(やさしい)。

「二級取ったら、杖バンドに差すカード、金縁にしてあげるじゃン。見栄えも大事じゃン」

 

「目立つのは勘弁して……灰縁で」

「銀縁なら、了解じゃン(折衷案)」

 

 榛名さんが二叩きで会話を締める。

「明日は四階。凪は白を立て、下がれ。面は俺たちが太くする。」

 

 胸の奥が、静かに熱くなる。

(見てくれる人が、手続きまで見通してくれる。……こんな夜、ほんま初めてや)

 

「じゃ、就寝——小声で解散じゃン」奏子が両手で×を作る。

「小声」榛名と鎧塚。

「小声じゃン(たぶん限界)」

 

 笑いが一波、ふわっと広がる。

 僕は外套を肩に、テントの影へ。

 まぶたを落とす前に、心の中で復唱した。

 

(二級。神殿。職業付与。

 影潜り+○○(——何が合うやろ。“斥候”か“暗殺者”。ビルドが、やっと始まる)

 手柄は紙に残す。線は消させない。

 恐怖は消えへん。けど、薄められる。)

 

 火のぱちという音が、今夜のピリオドになった。

 僕は微笑んで目を閉じる。

 明日の線は、きっと今日より太い。

 

 

 




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