夕暮れは薄く、風は冷たい。
ビル前の空地に出ると、榛名さんが全体へ短く声を落とした。
「設営は工兵に任せろ。他はしっかり休め。水分、塩。道具の刃だけ見て、あとは座れ」
それだけで、空気がすっとほどける。
工兵班が二十人規模の簡易テントを段取り良く立て始め、無煙コンロに鍋が並ぶ。米の匂い、乾燥野菜と鶏の煮込み、薬草の湯気——英気の匂いや。
前衛は盾の布を拭き、神殿は清め札を束ね、魔術班は杖を布で磨きながら足を伸ばす。誰もが好きな距離を保って、思い思いの場所に腰を下ろした。
(……なんやろ、居心地ええ。視線、刺さらん。適切に外してくれる人らや)
僕もテントの影にちょこんと座って、短剣の刃に紙を一枚すっと通す。
そこへ、鎧塚さんが近づいてきた。ちゃんと目線は外したまま、空を見上げるふうで。
「若いのに上出来だ。……この任務が終わったら、うちの班に入るか? いい斥候は班の命に直結するからな」
「え、あ、僕……えっと、その……」
言葉が絡まる。喉は凍ってへんのに、初めてすぎて舌がついてこん。
(ま、待って。誘われる側? 僕が? そんなん、今まで……)
鎧塚さんは口角だけ上げ、同じく空を見たまま続ける。
「背中だけ見てりゃいい。お前がスリラー見つけて俺らがぶったたく。……単純で強いだろ」
「……おおきに。ほ、ほんまに、嬉しい、です」
やっとのことで言えた。胸がきゅっと鳴る。
「はいはーい、そこでオジサンに囲われる前に〜」
奏子が小声で割り込んでくる(小声でも陽や)。杖をぽんと肩に担いで、にかっと笑う。
「じゃン!!若い私たちと組んだほうがいいじゃン! ね、第三世代は“扱いづらい=強い”、だから癖の速度が合う相手がいると気持ちいいじゃン?私可愛いから影も嬉しいじゃン! 影と音でさ、じゃン?」
「おい、騒音」と鎧塚が苦笑する。
「小声じゃン」と奏子は口元に指。たしかにいつもより半分くらいの音量や。
「……僕、えっと……」
顔が熱い。この種類の熱は戦闘の熱とちゃう。照れや。
奏子がのぞき込む——いや、のぞき込むふりだけして、ちゃんと目は外す。
「凪が決めるじゃン。“居心地”いいほう。でも、今日の線、めっちゃ綺麗だったじゃン。一緒に走りたいって、私、思ったじゃン」
胸がどくと鳴った。
(“居心地”。……それ、僕、さっきからずっと感じてたやつや)
「なに、掛け持ちって手もある。現場は線だ。早くて正確な斥候はどこでも欲しい、枠は後から決まる」
榛名さんが、いつの間にか背中越しに立っていて、やっぱり僕の顔は見ない。
「どこにいようが、命は仕切り直せない。こうして一緒に組むときもある。手順は仕切り直せる。……焦って決めるな。今は休め」
言いながら、僕の前に干し肉の皿がすっと置かれた。
「塩、摂れ。明日も影潜りが先導だ」
「……はい」
返事は、自然に出た。喉は凍らない。
奏子が、小声で肩パン(めちゃ軽い)。
「じゃ、明日も“音量二割”で頑張るじゃン。氷、また借りるじゃン」
「僕も、紙で喋るわ。……あの、ありがとう。二人とも」
言ってから、顔がさらに熱くなる。
(うわ、なにこれ、青春……いや、そんな洒落たもんちゃうか。でも、生きてる感じや)
遠くで工兵が「飯、できたぞー」と手旗で合図。
鍋の蓋が上がって、湯気がもわっと広がる。
鎧塚さんは立ち上がり、「先に行く。背中空けとく」
奏子はピースして、「席、隣空けとくじゃン(小声)」
僕はテント影に腰を戻して、ひと呼吸。
「……僕、うわ、めっちゃニヤけてるやん。やべ」
外套の襟で口元を半分隠して、空を見上げる。
薄い雲の隙間から、星がぽつぽつ。
(運気、上向き。いや、人や。人が居る。
見られへん僕にも、見てくれる方法をくれる人が——)
鍋の匂いがさらに濃くなって、腹がぐと鳴る。
「はい、いただきます。……明日も、線、通す。見つからんまま、見せる。
それでええ。——やったるで」
湯気を吸い込み、米をかき込む。
夜営のざわめきは穏やかで、どこか誇らしい。
鍋は二巡目。米の甘さがまだ湯気に残ってる。
僕は器を手で温めながら、口角が勝手に上がるのを外套の襟で半分隠してた。……そこへ、榛名さんが唐突に、火のはぜる音にまぎれて言った。
「俺たちおじさん世代はな、核の移植なんて無い時代に入った口だ。職業(ジョブ)の恩恵だけで戦ってきた世代だ」
さらっと、でも芯のある声。
隣で鎧塚さんが「おう」と頷き、鶏の煮込みを大きくひと口。
「神殿で戦えるようにスリラーにビビらなくていいってなった時はよ、アツかったもんよ。
戦士に魔法使いに俺らがなれる、勇者様じゃなくてもいい時代が来たってな」
(そうや……最初の“恐怖の薄め方”は神殿や。初めて普通の人がスリラーに抵抗できるようになった職業。そっから今の——)
榛名さんは器を置き、焚き火の外側を見た。僕の顔は見ない。いつもどおり、優しい視線の角度。
「今はさらに核の移植で、魔法や職業とは違う新しい力を手に入れられる。
第三世代の“癖”は、ひどく扱いづらいが、同じだけ強い。……これからはお前たちの時代だ」
胸がどくと鳴る。器の縁がすべって、慌てて持ち直す。
(言い切った。“お前たちの時代”。……僕も、その中に入れてもらえたんや)
鎧塚さんが木匙を器に立て、こちらを見ないまま口の端で笑う。
「今回の任務で、俺たちおっさん達の経験、吸っとけ。斧の面圧、盾の口の作り方、退くタイミング——命は仕切り直せねぇ。だから退く段取りを身体に入れとけ」
周りの班員も頷いている。
「……はい」
返事が、思ったより素直に出た。喉は凍らない。
言いながら、胸の中で(命は仕切り直せない、手順は仕切り直せる)をもう一度なぞる。今日、何回も救われた言葉や。
そこへ、奏子が器を抱えて横滑りで割り込んできた。小声だけど陽はそのまま。
「はいはーい、加齢臭じゃン。
でも経験は欲しいじゃン。だからニオイは風上でお願いするじゃン。私は風下で氷つくるじゃン」
「おい、騒音」鎧塚さんが眉を上げる。
「小声じゃン(限界)」
周りでくつくつ笑いが起きた。
工兵の誰かが「風向き変わったぞー」と手旗をひらひら。神殿の若い僧は「清めは、消臭効果はありません」と真顔でボケる。
笑いが二回波になって、夜気にふわっと溶けた。
(……初めてや、こんなん)
笑いに混ざれてる。刺す視線がない。外される視線だけが、ちょうどいい距離でそこにある。
器を抱えたまま、指先が少し震えた。けど、それは怖さの震えやない。嬉しさのほうや。
「凪(かげ)」奏子が器を差し出す。「おかわりいくじゃン? 今日はやめとくじゃン?」
「……ほな、半分だけ。鍋、薄めんように」
「了解じゃン。薄めるのは“恐怖”だけじゃン」
「了解」
短く答えて、器の底の米をさらう。塩気と出汁が、今日の線の余韻みたいに喉を通っていく。
「なあ、凪」鎧塚さんが、空を見ながら。
「うちの班の話は保留でいい。走りやすい背中に付け。背中は俺が出す。
……それと、紙はいつでも俺の腰に差せ」
「……おおきに」
声が、火に温められて少し丸い。
(背中、出してくれる。紙、差せる場所。……居場所って、こういう形なんやな)
「じゃ、明日の標語決めとくじゃン」奏子が指を一本、ぴっと上げる。
「“恐怖は消えない。けど、薄められる”。
“見つからんまま、見せて、残して、封じる”。
“加齢臭は風上へ”!」
「三つ目消せ」榛名と鎧塚が同時に言って、また笑いが起きる。
僕も、笑った。声が出た。凍らない。
鍋も片づいて、火がぱち、ぱちと小さく跳ねる。
そんな静けさの中で、鎧塚さんが箸をくるくる回しながら言った。
「で、実際よ。第三世代の“核”の力って、どんな具合なんだ?」
榛名さんがこちらを見ないまま、薪の外側に視線を置く。
「凪、影潜りは見事だ。見えない・聞こえない・捉えられない——“隠れ”系の核だな。……神殿はもう済んでるのか?」
「……えっと、神殿は、まだです」
二人の眉が、揃ってわずかに上がった。
「まだ、だと?」榛名。
「おいおい、移植済みで神殿未登録は珍しいな」鎧塚。
(うわ、やってもた……!)
「僕、三級で。とりあえず救済者ってだけの立場で……」
鎧塚が頭を掻く。「三級か。二級ライセンスがあれば局から神殿へ紹介が出る。職業(ジョブ)付与か補助加護の面談に行けるんだがな」
(……三級のまま手柄、全部消えてきたから、上げてもらう機会ぜんぜんなかったんや)
(人付き合い断ってたツケ、ここでがっつり来た……頭抱えるわ……!)
思わず外套の襟で顔を半分隠す。
「僕、いまんとこ無職業(ジョブレス)+核オンリーで……」
榛名さんは淡々と、しかし助け舟みたいに言葉を置いた。
「終わったら俺が推薦する。面談の段取りも付けよう。必要なもんは受付の嬢ちゃんに聞け」
鎧塚も頷く。「うちの班からも実戦記録を添える。今日の“先導”と“スリラーの撃退”、立派な二級相当だ。職業なし+核だけでこれだけ動けるなら、将来性バツグンよ」
「……お、おおきに。ほんま、助かります」
そこへ奏子が横から滑り込む。小声で、でも明るい。
「はい、ここでちゃんとした第三世代の見本——私! 魔術士の職業に核移植も済み。ダブルでございますじゃン!魔法も使えて、核の能力もあって大活躍じゃン!」
胸をどんと叩いて、にかっと笑う。
「核にはね、当たり外れがあるじゃン。で、私のは“騒音の核”。でかい声で騒げば騒ぐほど、魔法の威力が上がるタイプじゃン!」
「だからうるさいのか」鎧塚。
「そうじゃン!(小声最大) 欠点(うるささ)と長所(火力)が絶妙にマッチ。最適解じゃン」
神殿の若い僧が苦笑する。「結界すら貫く騒音ですね。」
「じゃ、小声で喋るじゃン!」と大声で返す。
周りがまたくつくつ笑った。僕も、つられて笑う。
榛名さんが補足する。
「第三世代でも、核移植を受けない選択をする若いのもいる。適性がなければ職業だけで戦う者もいる。逆に凪のように、核だけで走ってる者もいる」
鎧塚が続ける。「核は相性もあるらしいからなぁ。道は一本じゃねぇ。……だが職業はついとけ。どれでも今よりは確実に強くなれる。命は仕切り直せねぇからな」
「……はい。行きます。ちゃんと」
(紙の道、今日やっと通る。籠ってたツケ、ここで返す)
奏子が僕の肩をこつと小突いた(やさしい)。
「二級取ったら、杖バンドに差すカード、金縁にしてあげるじゃン。見栄えも大事じゃン」
「目立つのは勘弁して……灰縁で」
「銀縁なら、了解じゃン(折衷案)」
榛名さんが二叩きで会話を締める。
「明日は四階。凪は白を立て、下がれ。面は俺たちが太くする。」
胸の奥が、静かに熱くなる。
(見てくれる人が、手続きまで見通してくれる。……こんな夜、ほんま初めてや)
「じゃ、就寝——小声で解散じゃン」奏子が両手で×を作る。
「小声」榛名と鎧塚。
「小声じゃン(たぶん限界)」
笑いが一波、ふわっと広がる。
僕は外套を肩に、テントの影へ。
まぶたを落とす前に、心の中で復唱した。
(二級。神殿。職業付与。
影潜り+○○(——何が合うやろ。“斥候”か“暗殺者”。ビルドが、やっと始まる)
手柄は紙に残す。線は消させない。
恐怖は消えへん。けど、薄められる。)
火のぱちという音が、今夜のピリオドになった。
僕は微笑んで目を閉じる。
明日の線は、きっと今日より太い。
作者のモチベーションに大きな影響を与えます。
評価お願いします!
読んでくれてありがとうございます。
感想とか読みづらい箇所があれば教えてください。