朝。
目が覚めた瞬間、体のどこにも“重石”がない。スッキリや。
「おはよう……僕、えらい。ちゃんと寝た」
テントを出ると、工作班の鍋がちょうど蓋を開けるところ。湯気がもわっ。米と乾野菜、塩気の効いた鶏スープ。
「配給——一人一杯、塩を忘れるな」工兵の兄ちゃんが手旗で合図。
「はい、いただきます」
スープをごくり。「うま。喉、回るわ。影、滑るやつやこれ」
装備を整える。短剣の刃を紙一枚分だけ通る角へ、針を数本、麻糸は半巻き。凡例ミニカードを胸ポケットに差し替え、外套を肩に。
榛名さんが短く、いつもの声で。
「四階から入る。一〜三階は神殿・工兵の清め済み。痕跡なしだ。安心して前に進め」
「了解」
鎧塚さんが盾の布を締め直しながら、口の端を上げる。
「昨日の“線”、今日も太くしてけ。背中は出す」
「はい。紙、刺します」
奏子は杖の皮バンドに僕のカードをきゅっと差し、小声でどや顔。
「音量二割運用、今日も継続じゃン。氷、昨日より冴えてる感じがするじゃン」
(ええ空気や。居心地、抜群。喉は凍ってへん。——よっしゃ、行こ)
ビルへ。
一階、二階、三階——清めの白が薄く残り、足音が吸われる。黒い霧の気配はゼロ。
(ここまで“安全”やと、前へ踏み出す勇気が勝手に補充されるんや)
階段を上がる。コツ、コツ。踊り場で一呼吸。
「四階、索敵から」榛名。
「受ける。口は狭く、いつでも」鎧塚。
「射線、右半身空けるじゃン。了解じゃン」奏子。
「——先行、出る」
僕は輪郭を一段落とし、踊り場の梁影から四階の天井へすっと移る。床のカーペットは波、壁は古紙のにおい、誘導灯の緑がかさと滲んでる。耳を澄ませ——
——コトコトコト/ピタ/コト。
(……小型だけ。しかも三体一組で走って止まってまた走る。奇襲が刺さりにくいやつや)
廊下の“コの字”をなぞる。誘導灯の緑がかさっと滲んで、カーペットはところどころ膨れ。そこへちょこまかと三つの白い光点。
動きは早い。三角形を組んで互いの盲角を潰し合う。一匹に触った瞬間、残り二匹が逆側から刺し返す配置。
(単発の奇襲は返り血コース。——やるなら口(ボトルネック)ごと止める段取りや)
僕は白を胸に一枚立て、×(息の溜まり)を手の甲で切って戻る。
踊り場。榛名さんがいつものように視線を外したまま手帳をトン、トン。薄板に走り書きして差し出す。
「四階、敵性は小型のみ。三体一組で徘徊。速い。三角で盲角を潰す。——奇襲、難」
鎧塚が盾の縁を撫でて、低く。
「一体ずつ釣るのはやめだな。前へ引っ張って“口”で止める。狭口、厚めに作る」
榛名が即座に要点だけ。
「膝下の面制圧を先に置く。矢は掃射(スイープ)で下段限定。——影、白を立てたら射線を開けて下がれ」
奏子が小声どやの笑みを浮かべ、杖の皮バンドに差した僕のミニ凡例をきゅ。
「氷の幕(カーテン)で三角の足を一回ほどくじゃン。“霜縄”→“氷梳”の二枚重ねで路を貸さない。声は二割、熱量は全開じゃン」
「小声」と鎧塚。
「小声じゃン(限界)」
(作戦:狭口+氷二枚+下段掃射。僕は麻糸で目地を縫って足を一目浮かせる。——面で受ける段取りに切り替えや)
「順路は?」
薄板に矢印〈中央ホールに“口”を作って迎え撃ち〉。
榛名が弦をきぃ。
「よし。白を立てろ、影。口を細く、ビビらず進む」
「——先行、出る」
僕は輪郭を一段落として、三角パトロールの背の辺へすっと回り込む。
短剣の角度は紙一枚。狙いは“合図”だけ——ふっと顎の窪みに触れ、麻糸を目地にぱちと渡す。
小型の一匹が半歩だけ足を取られてピタ。残り二匹がキュッと三角形を組み直す。
(……ええ“癖”や。まとまって来い。まとめて止める)
僕は踊り場側の直線に出て、床の**∥(冷え帯)をひと刷き**、×の膨れはひらと避け印。▶は壁際の配線ダクト。
白をぴと掲げ、人差し指で射線を示して後退。
「白——前方、三。速い」
「受ける! 口、作る!」鎧塚。
「下段掃射、準備」榛名。
「霜、一本目——敷くじゃン」奏子。
コトコトコトが一気に詰む。
角を曲がる三角形の先頭が、狭口の手前でぴたりと氷を踏む。
「——今」
奏子の杖がとん。
「鳶流・霜縄(しもなわ)、足首から借りるじゃン!」
白い霜の縄が床目地からすうっと走って足首に絡み、脛へぴしゃっと巻き上がる。
榛名の矢がぱしゅっと掃射、膝下のみを面で撫でる弾道。
「下段、抜いた」
「口、細く! 面で押す!」鎧塚が盾をがちん。肩で狭口がさらに狭い口へ。
小型の二匹が跳ねて越えようとする瞬間、僕は壁際の影から半身。
麻糸を低く——ぱち。
一目だけ、浮く。がくり。
(今は刺さへん。面で止めるための一目や)
「二枚目——氷梳(ひょうす)、重ねるじゃン!」
霜の櫛がぎちぎちと逆撫でし、三体の膝→脛を同期で止める。
榛名が「下段、維持」。矢がすっと低い線を描き続ける。
鎧塚が「面で潰す! 右から!」
——コトが止まる。三角の呼吸がずれる。
(奇襲は難。せやけど、段取りの奇襲は刺さる。——今や)
「影、下がれ。首は面で取る」榛名。
「了解」
僕は射線を空けて半歩退く。短剣は支点外しに徹し、面は前衛へ預ける。
奏子が小声ドヤで笑う。
「三角、ばらけたじゃン。——はい、“首刈りタイム”に入るじゃン!」
狭口は完成。
前衛の斧と剣が面圧で重なり、膝下掃射+二枚氷+麻糸一目が、速い三体の足をまとめて奪う。
四階は三階の焼き増しやない。
速さに、面で速度制御をかけるフロアや。
僕は喉を落ち着かせ、白を胸にもう一枚。
(**見つからんまま、見せる。**奇襲が難しいなら、段取りで奇襲したらええ。——薄める準備は整った)
ぎち、ぎち——氷の簾が三体の小型を足元から噛み止めた、その瞬間。
榛名さんが弦にそっと指を置き、こちらを見ないままふっと笑った。
「せっかくだ、後輩。職業(ジョブ)の芸当をひとつ見せてやる」
弓をすっと引き絞る。
空気が細く鳴り、一本の矢が——
「——《弓師技:千羽落(せんばおと)し》」
ぱしゅっ。
たった一矢が、空中で弾けた。
一本、二本、五本、十……いやそれ以上。
光の尾を引く分裂矢が扇のように開き、狭口の前に並んだ小型スリラーへ雨のように降り注ぐ。
ぱしっ/ぱしゅっ/ぱしゅぱしゅ!
膝下を縫い、頸の側帯を撫で, のび腕の根元を釘にする角度で——すべて下段限定、致命限定。
奏子の霜縄+氷梳で足を奪われた三体が、逃げ場なく矢の面に押し潰される。
「——落ちた」榛名。声は平熱。
ごとり/ごとり/ごとり。
白い光点が一つ、また一つと消え、赤い核がどく、黒い霧がすうっと剥がれていった。
「……っっかっこええ……!」
思わず出た僕の声に、榛名さんは弓を下ろして、口の端だけにひる。
「日に何度もは使えん。弦(リソース)の消耗がでかい。だが——職業に就くと、こういうこともできる」
矢筒を軽くとんと叩き、続ける。
「影潜りが何になるかは知らん。だが、職業は鍛え上げれば核持ち以上に強い。核+職業なら——なおさらだ」
「オジサン、すっごいじゃン!!」
奏子が小声最大全開で跳ねる。杖の皮バンドがきゅと鳴り、目は星。
「今の、矢の雨だよ!? 分裂じゃン!? えぐじゃン!!」
「小声」鎧塚が苦笑。
「小声じゃン(限界)!」
僕は胸の中がどくどく鳴ってるのを感じた。
(一本が——群れになった。面を作るって、こういうことも含むんや。
紙で“線”を引く僕。矢で“面”を描く榛名さん。氷で“路”を敷く奏子。
これ、強い。これが職業の地力……!)
榛名さんは弦をきぃと一度だけ鳴らし、いつもの低さで締める。
「四階・小型三、クリア。次は五階へ。影は白を立て、下がれ。面は俺たちが太くする」
「了解」
鎧塚が盾を寄せ、工兵が後方で薄杭と清めの準備。奏子は胸の前で小さくガッツポーズ。
「よーし、“職業”でも“核”でも、恐怖は薄められるじゃン! 次も冷やしていくじゃン!」
僕は白札を胸に一枚。
(——やったる。見つからんまま、見せて、残して、封じる。
職業の線も、核の線も、太くしていこ)
階段の風が、次のフロアの匂いを連れてくる。
隊は軽やかに、けれど確かに、上へ進んだ。
四階を片づけて階段に足をかけたところで、奏子が小声上限のテンションで鎧塚さんの肩をこつ。
「ねぇねぇ、オジサンもかっこいい技あるじゃン? 見たいじゃン?」
「小声」榛名。
「小声じゃン(これ以上は無理)」
戦士班の何人かが振り向いて、苦笑いを分け合う。
「戦士の技は地味だからなぁ」
「パッシブ多めだしよ。刃こぼれ軽減とか踏ん張りとか、見てて派手じゃねぇ」
「でも勝つのはだいたい地味な積み重ねなんだよな」
鎧塚さんは盾のベルトをぎゅと締め直し、にやり。
「五階で見せてやるよ。この中じゃ俺が一番、戦士職(ウォリア)を修めてるからな」
「やったじゃン! BGMは私が心の中で鳴らすじゃン」
「鳴らすな。……影」鎧塚さんが、俺を見るふりをせず空に話す調子で。
「でかいのがいたら、引っ張ってこい。狭口にハメる。“技”は重いやつ相手が映える」
「了解。白立てて戻る。射線は右でええ?」
「おう。右半身空け。榛名、下段の掃射は合わせられるか?」
「できる。足を残して首へ導く。……凪、白を立てたら下がれ。面は俺たちで太くする」
「了解。——行ってきます」
(“戦士の技”。地味どころか、観たいやん。面圧をもっと太らせるやつやろ。……でかいの、一本ください。舞台、整えたる)
五階へ。踊り場の梁影からすっと滑り出て、空気を味見する。
古紙と鉄の匂い。誘導灯の緑がかさっと滲み、カーペットの膨れが**×**。
耳——コト……コト、ズ。重い足。……おる。
(でかい。二十歩の外……一五まで寄ったら白を立てて、口へ誘導。麻糸一目で歩幅崩す。氷と掃射が刺さる角度で)
倉庫跡のシャッターの隙間。白い光点が二重に揺れ、太い胸板がぼこん。
僕は短剣の平で“のび根”をコツ。踵で目地をトン(方向合図)。
でかいのがぴくと向きを変え、「み……」と声を千切って追ってくる。
(いい子や。こっち来い。狭口まで——あと十歩、七、五)
直線に出た瞬間、床の目地へ**∥をひと刷き**。壁際の配線ダクトに**▶、膨れは×で避け印。
僕は白札をぴと掲げ、半身で射線を開け、そのまま後退**。
「白——でか一、連れ」
「受ける! 口、細く!」鎧塚。
「下段、掃射」榛名が弦をきぃ。
「氷、一本敷くじゃン!」奏子、杖先とん。
狭口の前で、氷の薄路がすうっと伸びる。
でかいのがぎちと膝を鳴らした瞬間——鎧塚さんが、低く呟いた。
「——見とけ。戦士技《踏鳴(ふみなり)》」
どん。
鎧塚さんの一歩が地を鳴らす。盾の底が石杭みたいに食い込み、狭口の地面に衝撃の輪が走った。
でかいのの足首の芯が一拍痺れる。面圧を乗せるための、足だけ止める音。
「もう一つ——《剛壁(ごうへき)》」
盾の角度が半枚寝かされ、面が壁に化ける。押しても動かん。
「そして——《返し顎》だ」
斧が面で喉を押し上げ、顎を返す角度に導く。首の継ぎ目が開く。
「下段、固定」榛名の矢が腱を縫う。
「氷、二枚目——重ねるじゃン!」奏子の霜がぎちぎち。
僕は“のび根”へコツと支点外し。
でかいのの白い光点が鈍り、首元の帯が緩む。
「——首、もらう」
鎧塚の斧がためから面でぐい、副衛の剣が十字にかちっと噛み合う。
ざくり/ぶちり。ごとり。
「うひゃ〜! オジサン、すっごいじゃン!!」奏子が小声跳ね。
榛名が淡々と矢を納める。「地味だが、効く」
「地味どころか、土台ごと動いたやん……!」
僕は素直に感動してた。胸の奥がどくどく言う。
(踏鳴→剛壁→返し顎。面圧のための場作り、これが戦士職……!)
鎧塚さんは盾をとんと叩き、口の端で笑う。
「舞台は整った。……影、もう一丁引っ張って来れるか?」
「任せて。——次の白、立ててくる」
「射線、右半身。小声」榛名。
「小声じゃン(維持)/氷、温存一枚」奏子。
(戦士の技、最高。段取りが暴力に変わる瞬間や。
ほな、次も——見つからんまま、見せるで)
僕は輪郭を落として、五階の風の曲がりへ無音で滑り込んだ。
作者のモチベーションに大きな影響を与えます。
評価お願いします!
読んでくれてありがとうございます。
感想とか読みづらい箇所があれば教えてください。
評価頂けてるおかげでルーキーの部門ですがランキング内に作品が入るようになりました。ありがとうございます。
ランキング前後の作品のPV数桁違いで場違いじゃないですか?
大丈夫そ?