陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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2話

暗い講義室の壁一面に、古い映像が流れていた。

 カチカチと古いプロジェクターの切り替わる音がやけに響く。

 

 スクリーンに現れたのは、六十年前の記録だ。

 空から黒い影が降り注ぐ。塔のように天を突き、山のように盛り上がり、あるいは骸骨の巨人の形を取った。

 人々は逃げ惑い、街は崩れ、文明は音を立てて崩れていった。

 

 無機質なナレーションが続く。

 ——“恐怖”と呼ばれる現象が世界を覆った。

 ——人類は衰退の一途を辿った。

 

 僕は机の上に手を組んで、その声をただ聞いていた。

 表情を動かすことはない。周りに誰かがいるから。

 けれど、心の中ではずっとざわめいている。

 

(ああ……またこの映像や。何度も繰り返し見せられてきたけど、慣れることなんかないな)

 

 僕は十八歳。救済者候補として訓練を受けている。

 今は新入局員全員がそろっての「歴史講義」の時間だった。

 

 

---

 

 映像の中に、一人の男が現れる。

 長い剣を掲げ、仲間を率いて黒い巨人に挑む。

 

 ナレーションが抑揚を強めた。

 ——そのとき、一人の“勇者”が現れた。

 

 場内がわずかにざわついた。

 やはり第一世代の勇者は今でも特別や。

 生徒たちは食い入るように画面を見つめ、誰かは憧れの眼差しを浮かべていた。

 

 僕も——子供の頃はそうやった。

 孤児院の硬いベッドの上で、勇者の伝記を擦り切れるまで読んだ。

 ページの隅がちぎれてても気にしなかった。

 両親を奪った“恐怖”を倒せる唯一の存在、それが勇者やったから。

 

 

---

 

勇者は戦いの末、動くタイプの恐怖を討伐し、人類をかろうじて生き延びさせた。

 けれど塔や山、建造物となった恐怖“スリラー”は残ったままだ。

 

「はいはい、お決まりの流れやな」

 

 僕は口の中で小さくつぶやいた。

 声に出しても、幸い誰も聞いていない。

 僕に向けられる視線がなければ、喉は少しだけ動く。

 

 画面は切り替わり、勇者の仲間が神殿を築く姿を映し出す。

 石の柱が立ち並び、人々がそこに列を成す。

 

 ナレーションが続く。

 ——神殿により、人々は“職業”を得た。

 ——戦士、僧侶、魔法使い……人々は再び戦う力を取り戻した。

これが第二世代。

 

「そうそう、ここ大事なんよな。職業システムのおかげで人類は絶滅せんかった。……まあ、僕が一番憧れたんは“魔物使い”やったけどな」

 

 僕は心の中で笑う。

 孤児院の子供たちの遊びは、いつも“救済者ごっこ”やった。

 木の枝を剣にして、布切れをマントにして。

 僕は決まって勇者役をやりたかったけど、視線が怖くて名乗り出られんかった。

 だから、みんなの輪の外で「魔物使い役」をやって、空き地に転がった石ころを「僕の仲間」って言い張ってた。

 

(今考えたら、ほんま笑えるな。……けどあれが、僕の始まりやったんや)

 

 

スクリーンの光をぼんやり見つめていると、不意に幼い日の風景が胸の奥から浮かび上がってきた。

 

 あの頃の僕は、まだ背も小さくて、声も今よりさらに細かった。

 孤児院の石造りの壁に囲まれた中庭。いつもそこでは子供たちが「救済者ごっこ」をしていた。

 

 木の枝を剣にして、勇者役が敵を斬り伏せる。

 古びた毛布を羽織って魔法使いが呪文を唱える。

 僧侶役が転んだ子の手を取って、「回復!」と叫んで笑い合う。

 

 笑い声が響く輪の外で、僕はいつも一歩下がって立っていた。

 

 「加賀谷、お前もやれよ」

 誰かにそう声をかけられても、喉が詰まって声が出なかった。

 勇者役をやりたい——そう思っても、みんなの視線がこちらに向いた瞬間、胸の奥が氷で固められたみたいに動けなくなった。

 

 

「……や、やめとく」

 蚊の鳴くような声を振り絞ると、子供たちはすぐに興味を失って、また遊びに戻っていった。

 

 

---

 

 仕方なく、僕は別の遊びを考えた。

 石ころを拾って「こいつは僕の魔物や」と名前をつける。

 ひとりで石を並べて、「ほら、僕の仲間が増えたやろ」と心の中で誇らしげになっていた。

 

 当然、他の子供たちからは笑われた。

 「なにやってんだよ、石ころにしゃべりかけて!」

 「気持ち悪い!」

 

 でも、その石ころ遊びは僕にとって救いだった。

 声を出さなくてもいい。視線を浴びなくてもいい。

 ひとりで、心の中だけで勇者になれる。

 

(……今思えば、あれが“隠れる核”との縁やったんかもしれんな)

孤児院では夜になると必ず寝物語があった。

 院長先生が勇者の伝記を読み聞かせてくれた。

 灯りの下で聞くその話は、子供たちの心を奮い立たせる。

 

 「勇者は仲間を守り、恐怖に立ち向かった」

 「勇者は世界を救った」

 

 みんなが目を輝かせて聞いていた。

 でも僕だけは、掛け布団の中で小さく拳を握っていた。

 

(僕かて……ほんまは勇者みたいになりたいんや)

(けど、みんなの前に立った瞬間に体が固まる。視線が怖くて、何も言えなくなる)

 

 その矛盾が、幼い僕をずっと締めつけていた。

 

---

 

 スクリーンの中で、神殿の発展が描かれていく。

 やがて時代が進み、白衣の研究者が黒い結晶を掲げる場面に切り替わった。

 

 ナレーションが声を低める。

 ——二十年前、救済局の研究班は“スリラーの核”に着目した。

 ——これを人に移植することで、新たな救済者が誕生する。

 

「はい出ました。僕ら第三世代のご紹介やな」

 

 同期の何人かが身を乗り出して映像を見ている。

 僕も目を逸らせずにいた。

 画面に映った黒い結晶は、どこか冷たい輝きを放っていた。

 

(あのとき、手術室の光は眩しかった。けど……思い出すのはそれよりも、全身を走った寒気や)

 

 僕は小さく息を吐いた。

 核は僕の体に根を張った。

 適合率は最高。医師たちは口々に「奇跡だ」と言った。

 

 けれど宿ったのは、よりにもよって“隠れる”性質のスリラーの核やった。

 

 

---

 

 

「恐怖を克服しろ」

 

 講義室の壇上で、教官がそう告げた。

 スクリーンが消え、蛍光灯の白が眩しい。

 

「救済者は、自らの“恐怖”を制御し、それを武器に変える者である」

 

 僕は視線を落とす。

 “僕の恐怖”は——人に見られること。

 視線が突き刺さると、声も出んし、体も固まる。

 

 けど、スリラーの核はそんな僕を嗤うように、完璧に馴染んだ。

 気配を消し、隠れ、存在を薄める。

 僕の弱さそのものが、核と嚙み合ってしまったんや。

 

 

---

訓練施設の映像講義が終わり、部屋の灯りが戻る。

 ざわつく新人救済者たちの中で、僕はひとり机に突っ伏したまま目を閉じていた。

 

 孤児院の記憶が胸を掴んで離さない。

 勇者ごっこに混ざれず、石ころに話しかけていた自分。

 爪痕を見つけて震えていたあの日。

 

(……何も変わってへんやん、僕)

(今もこうして、みんなから浮いて。独りで痕跡を探して……)

 

 そう自嘲した時、耳に飛び込んできた会話に思わず目を開けた。

 

 「おい聞いたか? 昨日、北区の廃屋で子供が行方不明になったらしい」

 「またかよ。どうせ野犬に襲われたんだろ」

 「いや、血痕が残ってたって話だぜ。……赤ん坊くらいの血痕だって」

 

心臓がひとつ、跳ねた。

 

 赤ん坊。血痕。

 

 あの任務で、僕が見つけた痕跡と同じ。

 床の影にこびりついていた、小さな血の跡。

 報告書には書けなかった“違和感”。

 

(やっぱりや……あれはただの残骸やなかった)

 

 背筋に冷たいものが走る。

 班長も仲間も笑って取り合わなかったが、僕にはわかる。

 スリラーはまだあの街に潜んでいる。

 しかも——“子供”を狙っている。

 

 

---

 

「加賀谷」

 名前を呼ばれ、反射的に肩が跳ねた。

 振り返ると班長が腕を組んで睨んでいる。

 

 「お前、今日のシフト確認しとけ。……ま、どうせ役には立たねえだろうがな」

 

 皮肉混じりの声。周囲の新人たちが笑う。

 僕はうつむいて何も言えなかった。

 

 でも、心の中では叫んでいた。

 

(立たへんて? ふざけんな……! 命かかってんねんぞ!)

(僕ひとりでも、見逃さん。絶対に……!)

 

 

---

 

その夜。

 

 寮の屋根の上で、僕はノートを開いてペンを走らせていた。

 表紙には拙い字で「観察記録」と書いてある。

 

 1話で拾った痕跡——爪痕の形、血痕の広がり、粉塵の散り方。

 僕だけが知る“異常の証拠”を、すべて書き留めていく。

 

 月明かりに照らされたページの上で、文字が積み重なる。

 

 「恐怖は消えへん。

  けど、残す痕跡は嘘をつかん。

  僕はそれを拾う」

 

 書き終えると、ふっと笑いが漏れた。

 屋根の上なら誰の視線もない。

 だから僕は、饒舌になれる。

 

 

「子供を狙うスリラー、か……おもろいやん。

  どうせみんな気づかん。ほな、僕が暴いたる。

  僕だけの戦いや」

 

 夜風が吹いて、ノートのページがひらりとめくれる。

 

 やがてその記録は、後に“事件の始まり”を告げる唯一の証拠となるのだが——

 この時の僕はまだ、知る由もなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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