五階の風は重い。
(……また“でかい”。てか、ここ大型しかおらん気ぃする)
倉庫の隙間から白い光点が二重で滲むのを確認して、短剣の平で“のび根”をコツ、目地をトン。
——おいでやす。
狭口に向けて白札を掲げ、半身で射線を空ける。
「白——でか一、連れ!」
「受ける! 口、細く!」鎧塚。
「下段、掃射維持」榛名がきぃ。
「氷、一本敷くじゃン!」奏子、杖先とん——冷気が床を走る。
狭口の前で、ぎち。でかいのの膝が冷えを噛む。
そこへ、鎧塚班の二番手——太い腕の古強者が、気合いをすぅと吸い込んだ。
「——見せ場、もらうぞ。戦士技《膨腕(ぼうわん)》」
ぶわっ。
両腕が二倍に見えるほどパンプする。血管がどくっと浮き、筋が鳴る。
「からの——《断頭衝(だんとうしょう)》!!」
どごん。
踏み込み一歩。肩から肘、肘から手首まで一本の杭みたいに面で繋がって、
斧の刃が押すのでも斬るのでもない——叩き辟(ひら)く一撃。
でかいのの首帯がばきっと割れ、白い光点がぶるっと震えた一拍後——
ぶちり。ごとり。
「どうだ! 見たか!」
オジサン、満面。……小声で、
「いてて……明日は筋肉痛だな」
「オジサン達、かっこいいじゃン!!」奏子が小声全開で跳ねる。
「小声」榛名。
「小声じゃン(限界)」
鎧塚が肩を竦めて苦笑い。
「若いヤツにいいとこ見せようって、張り切りすぎだ」
二番手のオジサンは腕をぷらぷらさせながら、どや顔(小声)。
「一撃必倒、たまにはな」
(エグい……! パンプ→面で叩き辟く。力の化け物やん。戦士職、やっぱ“地味”ちゃう、渋い派手や)
僕は次の白を立てに走る。——やっぱり大型。
狭口、∥、下段掃射、氷。
さっきの二番手は今度は補助に回り、鎧塚の《踏鳴》《剛壁》で地を固め、僕が“のび根”を裂いて、榛名が腱を縫い、奏子が霜を重ね、
——ぶちり/ごとり。
盤石。崩れへん。
「五階——大型のみ、制圧」榛名が弦をきぃと締める。
神殿が軽清めを置き、工兵が通路端へ薄杭を打つ。
二番手のオジサンは腕をさすりながら、小声で「マジで明日くる」とぼやき、奏子は「じゃ、氷でアイシングするじゃン」と杖をとん(冷やしはほどほど)。
鎧塚が振り返り、僕に顎をしゃくる。
「影、線が速ぇ。次は六階だ。同じ段取りでいける」
「了解。——見つからんまま、見せ場もう一丁、取りに行きますわ」
(恐怖は消えへん。けど、薄められる。
“おじさんの技”も、“僕の影”も、“奏子の氷”も、全部足して太い線にする。
——五階、盤石。次、上や)
隊は息を合わせ、軽快に、でも確かに、六階へ続く風の曲がりへ滑り込んだ。
---
6階。
廊下の片面が一面ガラス。反対もガラス壁の会議室。
僕の輪郭が、十も二十も映って視線の雨みたいにぶつかってくる。
(うわ、最悪や!視線の嵐やん……! 設計者、出てこいアホ!)
「すんません! ここ僕は無理です」
「俺らが先頭だ、口を細くして進めばいい」盾を構える鎧塚さん。
「射線は通す。焦るな、慎重に行け。凪はこの階は下がってろ」榛名さんは僕に配慮する。
「働きすぎじゃン! 私らに任せるじゃン!」奏子はニカッと笑う。声は二割……のつもり。
ガラスの中の“僕”から目を外し、影に潜る。誰の視線も届かない場所に隠れて、ようやく震えが止まった。呼吸が戻る。……情けない。でも、仲間に任せられるのは心強い。
その隙に小型のスリラーがガラスの反射に惑って立ち止まる。
そこへ奏子の霜が床を走り、榛名さんの矢が足首を射抜き、鎧塚さんが盾で押し止める。
——連携で一気に潰した。
「な? 休憩になったじゃン?」奏子が小声で茶化す。
「……ありがと」僕は苦笑して頷く。
六階、クリア。
---
7階。
マネキンがずらり。落ちた棚やハンガーラックで迷路みたいなフロア。
小型や普通型のスリラーが三体一組で、棚の影や足元、マネキンの裏から次々突っ込んでくる。
「通路、作る。——鳶流《霜路》!」
奏子が白い氷の路を敷く。
「路の上だけで押せ!」鎧塚さんが叫ぶ。
「下段は任せろ」榛名さんが矢を放つ。
僕も短剣で一閃。
——ぎち/ぱしゅ/ざくり。ごとり。
倒れたマネキンがガタンと音を立て、奏子が「びっくりするじゃン!」とクソデカボイス。
「騒音」榛名。
「小声じゃン!(反射で大声)」奏子。
奥のフードコート跡では大型が五体。だが氷の通路を二本敷いて動きを制限し、矢と盾で波を削っていく。
盤石の流れで、ここも制圧。七階、クリア。
---
8階。
役員フロア。分厚いカーペット、重いドア。……音が死んでる。
スリラーは——いない。代わりに、机の奥から出てきたのは古い配線図や建築図。
榛名さんが指でなぞる。
「地下駐車場……この配電ピットが怪しい。巣に化けてる可能性が高いな」
神殿班が清めの札を置き、ビルの上層を安全地帯に変えていく。
「三階までの清めは生きてる。四〜八階も今日でクリーンになった。明日が本番だな」鎧塚さんが言う。
「巣を突き止めて削りきり、封鎖する」榛名さんが静かに続ける。
「任せるじゃン! 巣もスリラーもカチコチにしてやるじゃン! 大声で殲滅じゃン!」奏子はいつも通り元気だ。
僕は窓際に立ち、遠くの街の灯りを見下ろす。
(……ここが安全になったら、あの子らも安心して暮らせるやろ)
戻りがけ、榛名さんが二度机を叩く。
「神殿班の清めが終わり次第、今日はここまで。工兵、休息の準備だ。……明日に備えて、食って寝ろ」
「了解!」「了解じゃン!」
---
工兵班が張った仮設テントは、広い駐車場を半分塞ぐほどの規模だった。
白布が波のように風に揺れ、ランタンの灯りが中を温かく染めている。
「よっしゃ、配給開始だぞー!」
「煮込みだってよ、今日は肉多めだ!」
鍋から立ち上る匂いに、自然と笑みがこぼれる。
僕は配られた木椀を受け取り、少し冷ましたスープを口に含む。塩気と肉の旨味が喉に落ちた瞬間、胸の奥まで温まる。
「ふぅ……生き返るわ」
小声でこぼしたら、隣の奏子がどや顔。
「美味しいじゃン! 氷で冷やせば即食べれるじゃン!」
「お前、何でも氷で解決すんな」鎧塚さんが笑い混じりに突っ込む。
「まぁええやろ。明日は大仕事や。元気なのはありがたい」榛名さんは淡々としてるけど、どこか表情は柔らかかった。
食べて、笑って、テントの隅で横になる。
僕は天井布を見上げながら思った。
(……ここで笑えるんや。明日、ちゃんと終わらせなあかん。ここで暮らす人らを、僕みたいに怯えさせへんために)
* * *
翌朝。
まだ太陽が昇りきらないうちに、全員が装備を整えて立っていた。
空気は冷たく、空腹より緊張の方が強い。
僕らはビルの奥、地下へ続く階段の前に立つ。
そこからは、黒い水のように“恐怖”が流れ出していた。冷たい圧が肌を撫でるたび、背筋がぞわりとする。
「——ここからが本番だ」
榛名さんが静かに言う。
弓を肩に掛け、皆を見渡す代わりに、声で引き締める。
「今日で終わらせる。巣を潰し、恐怖を薄める。そして——全員、無事に帰るぞ」
鎧塚さんが盾を叩き、奏子が杖を掲げる。
「おう!」「やったるじゃン!」
僕も短剣を握り直した。
(怖い。……でも、震えは止まらんでも進める。今日は——絶対に終わらせる)
地下へ。
恐怖と決着をつける戦いが、静かに幕を開けた。
--
地下駐車場。
降りた瞬間、空気が重油みたいにまとわりつく。柱の影が何百って並んで、黒い“息”が床からじわ……っと湧いてる。
息が重くなる。胸に石を詰め込まれたみたいな圧力。
(うわ……めっちゃおるやん。一発でも派手にやったら、群れで雪崩やわ)
広い。見渡す限りのコンクリの柱。
奥の奥まで車の影が連なり、壁の剥がれから黒い“靄”がじわじわ流れ込んでいる。
——ここで一戦起きたら、間違いなく巣全体に伝播する。
「……一旦、止まれ」
榛名さんの声。全員の足が同時に止まる。
彼は弓を肩から外し、矢羽に指をかけたまま、低く言い放つ。
「広すぎる。数も見えん。下手に小出しにしても押し潰されるだけだ」
短い沈黙。僕の鼓動がやけに響く。
そして、榛名さんは顔を上げた。
「前衛、盾持ち——技を惜しむな。踏鳴でも剛壁でもいい、壁を作って耐えろ。」
「おう!」前衛を代表して鎧塚さんが胸板を鳴らす。他の面々も自信有りげに薄い笑みを浮かべる。
「影——凪。お前は出来るだけ多くスリラーを引っ張って来い。姿は見せずに“波”だけ呼び込め。」
「……了解っす。もう隠れる準備はできてます」
短剣を握り直す。喉は震えてるのに、心臓はやけに熱い。
「弓と魔法は全力で一気に削る! 迷うな、撃ち抜け! 削り切った後に残ったやつは——」
「首を刈るだけじゃン!」奏子が杖を振り上げ、にかっと笑った。
戦士のオジサンが肩を回して、にやり。
「よぉし、若いのにまたいいとこ見せてやるか」
「張り切りすぎるな。退く段取りを忘れるな」榛名さんが軽く釘を刺す。
「任せとけ。命は仕切り直せねぇ、だろ?」
「ふふっ……血がぐらぐら沸騰してきたじゃン! やっっっと“大舞台”じゃン!魔法の見せ場じゃン! 氷も詠唱も、今日は止まらんじゃン! 鳴らして、燃やして、冷やして、ぜんぶぶっ飛ばすじゃン!」
「おい、声がでけぇ」鎧塚さんが苦笑い。
「小声じゃン!(全然小さくない)」
思わず僕も口元が緩んだ。
(……ほんま、うるさい。でも、頼もしさが隠しきれてへんのがすごいわ)
「その通りだ」榛名さんが弦をきぃと鳴らす。
「一撃目が勝負だ。……全員、臆すな! 今日で終わらせる!」
「「おうっ!」」
「任せるじゃン!BGMは“圧勝”をガンガン鳴らすじゃン!」
「鳴らすな」僧侶。
「小声じゃン(頭の中は自由)」
「工兵は符杭と砂袋、口の後ろに置け。神殿は前衛の背に薄清めを一枚。倒れたら引く。以上」
榛名さんがきぃと弦を鳴らす。音は細いのに、胸がぐっと締まる。
僕は柱影へするり。輪郭を落として、床の目地に指を滑らせる。
(**踵の“トン”**は一画目、**麻糸“ぱち”**で半歩崩す。白札で道標。声は要らん。足だけ呼ぶ)
「じゃ、行ってらっしゃいじゃン。帰ってきたら褒めまくるじゃン」
「言葉は後払いでええ。結果持って帰る」
喉は震えとる。でも、足は軽い。
駐車場に、火蓋が切られる寸前の空気が張りつめた。
僕は柱影へすべり込み、影に輪郭を落とす。
(よっしゃ……。引っ張るで。全部まとめて!)
恐怖に満ちた地下は、もうすぐ——戦場になる。
---
作者のモチベーションに大きな影響を与えます。
評価お願いします!
読んでくれてありがとうございます。
感想とか読みづらい箇所があれば教えてください。
評価頂けてるおかげでルーキーの部門ですがランキング内に作品が入るようになりました。ありがとうございます。