陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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21話

 柱の陰で息を細くする。コンクリの匂いと古いタイヤのゴム臭。耳で数を数えるみたいに、遠くの擦れる足音を拾っていく。

 

(まずはノロマの大型からや。重い足取りは、誘導しやすい)

 

 身を薄くして車の影から影へ。でかい胸板のやつの真横に回り込み、短剣の刃じゃなく平で、伸びる腕の付け根を小突く。ほんの触れるだけ。

 巨体がぴくりと震えて、顔をこちらへ向ける。喉の奥で名前のない音が鳴った。

 

(よし、釣れた。こっちや、こっち)

 

 踵で床をちょんと叩いて、柱から柱へ無音で後退。でかいのがゆっくり追う。

 狭い通路の先には、鎧塚さんたち前衛が盾で作った壁。あそこに流し込む。

 

(次、普通のやつ)

 

 別の列へ滑り込み、標準サイズの個体の顎の窪みに短剣の平をふっと触れる。視線がこちらに寄る。足取りは均等、よし来い。

 さらに離れた角で、小型が二、三、床を軽く叩く音に反応して跳ねる。こいつらは一番速い。足元に薄い糸を引いて一目だけつまずかせ、進行方向だけ整える。触ったのは空気の端。気付かれんでええ、来ればええ。

 

 僕は車列の間を弧を描くように走り、三つの群れを同じ直線に重ねていく。

 でかいのが前、普通のが中、小さいのが後ろ。列車ごっこみたいに、狭い通路の入口へ。

 

(ええ子らや、一列に並んだら、あとは押し込むだけ)

 

 前方の闇の向こうから、人間の声が飛んできた。かなり離れてるのに耳に刺さる、あの声。

 

「準備できてるじゃン! こっちおいでじゃン!」

 

(……奏子やなくて騒子やな、相変わらず。助かるわ、そのでかい声)

 

 でかいのがわずかに速くなる。普通と小型も釣られて増速。

 僕は狭い通路の手前でひらりと横へ抜け、入口の床を指で弾いて合図。

 前衛の盾がぎゅっと寄って、人の幅ひとつ分の狭い路地ができる。矢を番える音。杖が床を小さく叩く音。息をそろえる気配。

 

「凪、いいコース!」

「任せるじゃン! 氷、走らせるじゃン!」

「下段は俺が抜く。前は立て」

 

(ぎょうさん連れてきたったで。——ほな、どうぞ)

 

 僕は壁際に半身になり、射線を空けて一歩だけ下がる。短剣を握り直して、呼吸をひとつ。

 

「——決戦開始や」

 

 

 

 狭い路地に“波”が雪崩れ込む——その瞬間、奏子が杖をぶん、と肩で回して満面。

 

「開幕一発目、もらうじゃン! いっぱい騒いだし——威力一〇〇倍じゃン!!」

 

 息を吸い込む音が、空気の芯まで冷やす。

 次の瞬間、轟音。肺が縮むほどの冷気が前方へ爆ぜて、白い吹雪が廊下いっぱいに膨らむ。

 霜の粉が回転し、床から氷の柱がぼごぼごと突き上がる。

 先頭の大型の膝が逆に折れ、普通型の胸板が凍り付いて割れ、小型は跳ぶ間もなく氷の網に絡め取られる。

 

 ゴウウウ——ッ! バキバキバキッ!

 

 白い嵐が過ぎた跡には、砕けた氷塊と崩れる黒霧。

 さっきまでわんさかいた連中は、射線の外側にたまたまいた数体を除いて——見るも無残に沈んでいた。

白い嵐が収まったあと、チリ、チリと氷の粉が降る音だけが残った。

 息を吸うたび、肺まで冬になっていく。

 

(……なに今の。冷凍暴風? 真冬以上の寒さやんけ、季節変えたんか。騒音の核×魔術、ここまで噛み合うとか——エグすぎちゃう……?!)

 

「お、おい……大型も全滅じゃねぇか……」

「本当に騒げば騒ぐほど強ぇのかよ!?」

「さっきの『威力100倍』、冗談じゃなかったのか……!」

「嬢ちゃん、マジで氷の爆発起こしたぞ……!」

 

 周囲の班員が口々にざわつく。目が丸い。盾がわずかに下がりかけ——

 

「まだ残ってる。集中しろ」

 榛名さんの声が、一拍で空気を締めた。

「右の車陰に三、左奥の柱裏に二。息を整えるな、照準を整えろ。前衛、間合い維持。——騒ぐのは魔法だけでいい」

 

「ハッ」「了解!」

 盾が再びぎゅっと寄る。緩みかけた空気が、また戦場の密度に戻る。

 

「やべぇ……壁、要らねぇかと思った」

「バカ言え、盾引っ込めるな! すばしっこいやつは残ってるぞ。首、取る!」

「ついな、……いや、今は黙る!」

 

 

 奏子は杖をつき、肩で荒く息を吐く。頬が上気、目はきらきら。

「本気出しすぎたじゃン……ちょっと、休憩じゃン……!」

 

(震えるわ。ビビってんのちゃう。これはワクワク抑えれん時の震えや。めっちゃ上がるやんけ)

 

「残り、右側の陰に三。左奥に二」榛名が淡々。

 弦がきぃと鳴り、矢が一直線。

 ぱしゅ/ぱしゅ/ぱしゅ——三つの白点が灯って消え、黒霧が糸みたいにほどける。

 続けざまに二射、迷いなし。残り二体も、霧。

 

「……俺の出番は?」戦士の二番手が苦笑いで肩すくめ。

「嬢ちゃんの魔法、すげぇな」鎧塚さんが素直に舌を巻く。盾の角で床の氷をこんと弾き、「壁、いらなかったかもな」なんて冗談まで出た。

 

「残敵視界内に零。進むぞ」榛名。

「了解!」「了解じゃン!(ちゃんと小声)」

 

 

 僕は壁際で半身のまま、喉の震えを確かめる。

(凍るのは敵だけや。僕の喉は凍らん。……奏子、やるな)

 

 奏子が親指を立て、小声でどや顔。

「ね? 騒げば騒ぐほど、効くじゃン」

「小声」榛名。

「小声じゃン(がんばってる)」

 

 氷の粉がさらさらと落ち、駐車場の空気が一段澄む。

 榛名が弓を下ろし、短く告げた。

 

「残りは少しだ。——進む」

 

(恐怖は消えへん。けど、今みたいに薄められる。

 見つからんまま、見せて、残して、封じる。——続行や)

 

「任せるじゃン。今燃え上がってるじゃン!」

「小声」

「小声じゃン!」

 

 笑いが半拍だけ弾けて、すぐ消える。

 

 

 散り散りになっていたスリラーは、もう“群れ”じゃない。

 柱の陰、車の下、壁の剥がれ——そういう“小部屋”から一体ずつ、確実に落として進む。

「右、ひとり」「了解、下段抜く」「押さえた。首、もらう」

 短いやり取りが積み木みたいに積み上がって、前へ前へと押し出していく。

 

 やがて——空気が変わった。

 塗装の剥げた床に、亀裂が走っている。いや、床だけやない。空間そのものが裂けて、そこから赤黒いモヤが静かにあふれ出していた。

 耳鳴りみたいな低い音。吐く息が重くなる。胸の奥がざわつく。

 

「……巣だな」榛名さんが静かに言う。

 近くを警戒していた個体は、もう粗方落とした。守りは剥がれてる。

「封鎖に移る。手順、確認する」

 

「前衛、ここに壁を作る。不意打ちも許さねぇぞ」鎧塚さんが盾を寄せる。

「工兵、前へ。封材、濃い目。順番は樹脂→杭→砂袋だ」榛名。

「神殿は結界を重ねて、モヤの流れを細くしろ。声は短く、一定で」

「魔法班、冷やし幕をかける。モヤの動きが鈍る温度に落とすじゃン(小声)」奏子が杖を握り直す。

「影——凪。投入口と杭の打ち位置を見つけて“そこ”に立て。合図は二回叩きでいい」

 

「了解。……僕、見つけるわ。見えへん道、引いてくる」

 

 僕は裂け目の手前へ出る。

 モヤは風と逆に流れる。渦の芯が、裂け目の脇でわずかに揺れた。

(ここや。息の通り道。ここに“詰める口”を作ったら、流れが細る)

 

「投入口、一つ目ここ。二つ目——この段差の内側。三つ目は柱の根本寄り」

 指で示すと、工兵が「了解!」と膝をつく。

「封材、一番濃いヤツ持ってこい。流れに押し当てて、押し込むぞ。……押し込む間、冷凍幕頼む」

「任せるじゃン。氷のカーテン、下げるじゃン(小声)」奏子が杖先を床にコツと触れ、白い冷気が薄い幕になって巣の前に降りた。

 流れが鈍る。息が細くなる。

 

「今だ。一本目」

 工兵が筒をぐっと押し当て、茶色の封材を裂け目に押し流す。

 ジジッと嫌な音。赤黒いモヤが逆流しかけるが、神殿の僧がすかさず短い祈りを一枚重ねる。

「結界、維持。……はい、安定します」

「二本目」

 別の工兵が段差の内側に封材を差し込む。濃い匂いが広がり、モヤの色が鈍る。

 

「杭、打つぞ! 前衛、押し込め!」鎧塚さんが盾をぐっと前に出す。

「榛名、背面の見張りは?」

「問題なし。動きゼロ。続けろ」

「了解。——一本目、入る!」

 

 工兵のハンマーが一度、乾いた音を鳴らす。

 杭が半身潜り、封材と裂け目を噛む。

「二本目、入る!」

 カン、カン、カン——リズムよく入る。モヤはさらに薄い。

「ラスト三本、扇形で。角度、ここ。流れを切って、詰める形にする」

 

「冷やし、もう一段」奏子が頬をふくらませ、もう少しだけ冷気を濃くする。

「本気出しすぎるな、持久でいけ」榛名が短く釘を刺す。

「小声で本気じゃン(控えめに全力)」

 

 杭が全部入った。封材が脈を吸い、赤黒いモヤの色が茶に近くなる。

 神殿の僧が最後の清めをそっと置いた。

「清め、定着。……いけます。閉じます」

 

「よし、封材最終注入——押し切れ!」

 工兵が筒を深く押し込み、最後の特殊な樹脂を流し込む。

 裂け目がぬるっと狭まり、モヤの音が遠ざかる。

 ——胸の圧が、ふっと軽くなった。

 

「……沈んだ」榛名が弦を一度だけ鳴らす。

「巣の流れ、止まった」神殿が頷く。

「固定、よし。砂袋、前面に。工兵、最終の塞ぎ作業」

「了解!」

 

 僕は一歩下がって、裂け目の前を見渡した。

 さっきまで“息”を吐いていた穴は、樹脂と杭で目を閉じている。

 赤黒いモヤはもう上がってこない。空気は冷たく、でも澄んでいる。

 

「……終わったんか?」思わず、小さく口に出た。

「終わった。——任務完了だ。よくやった」榛名さんが、僕の方を見ないまま言う。

「壁、崩すなよ。最後までだ」鎧塚さんが前を見据えたまま笑う。

「ふぅ〜……大成功じゃン! やったじゃン!」奏子が歯を見せる。

 

 工兵の隊長が手を上げる。「封鎖完了。記録、撮った。……撤収の段取りに入る」

 神殿の僧が小さく祈りを結ぶ。「この場所で、人がまた息できるように」

 

(恐怖は消えへん。けど、薄くした。止めた。

 ——見つからんまま、見せて、残して、封じた。今日の僕ら、やり切ったで)

 

 榛名さんが最後に短くまとめる。

「撤収。上で休む。今日中に帰って報告する。……全員、無事だ」

「おう!」「了解じゃン!」

 

 僕は安堵で少し笑ってもうた。喉は震えへん。

 短剣を納め、封鎖した“穴”に背を向ける。

 階段の方へ歩きながら、心の中でだけ、いつもより大きな声で言う。

 

(よっしゃ。終わった。終わらせた)

 

 

 




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