陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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22話

 仮設テントの前は、引っ越しの朝みたいな騒がしさだった。

 工兵がロープを外して白布を畳み、砂袋を担ぎ、杭を一本ずつ抜いていく。鍋は空。ランタンの火は指先みたいに小さくなって、風にふっと消えた。

 

「撤収、三十分。各員、水分と甘いもん取れー」

 手旗がひらひら。僕は紙コップの甘いお茶を啜る。喉に残ってた氷の感じが、少しずつほどけていく。

 

「よう、影」

 背中ごし。視線は外したまま、鎧塚さんが腰を下ろした。盾はもう背中に回してある。

 

「……お疲れさまです」

「おう。よくやった。——でだ」

 

 鎧塚さんは、ちょいと頭をかいた。

「俺の班じゃなくてもいい。けどよ、“俺の子どもの班員”になること、考えといてくれや」

 

「え」

(子ども、の、班員……? どゆこと?)

 

「三人おってな。全員、救済者だ。上の二人はもう何年かやってるから良いんだが。……下の子が今年からでな。まだ新入りだ。職業も核も、まだなんだよ」

 言いながら、彼は空を見て笑う。

「昔から“父さんみたいになる”って聞かなくてよ。止めても効かねぇ。ほら、似てるだろ? 前に出たがるところだけは」

 

 僕は思わず笑ってもうた。

「……似てはります。前に壁を作る人、ですね」

「そうだ。俺に似てでかいし愛嬌もあるぞ。でだ、後輩を見るのも仕事のうちだ。見かけたら声かけてやってくれ。背中の見方、紙の差し方——お前が教えられることも山ほどあるだろ」

 

(……僕が、誰かに“紙の道”を渡す側? うわ。胸がちょっと熱い)

 

「僕でよければ。目、合わさんでも喋れる方法なら、なんぼでも」

「それでいいさ。声と気持ちだけ届けば十分だ」

 

 鎧塚さんは、隊の名札を指でとんと叩いた。

「いまは新人の寄せ集めだ。時間をかけて形にする。お前が先導してくれると、きっと太くなる。……俺の班じゃなくてもいい。俺の子どもの班で、背中を貸してやってくれ」

 

「……考えます。いや、前向きに。会ったら、声かけます。」

「それで十分だ」

 彼は立ち上がり、少しだけ肩を回す。

「縁はな、段取りと同じだ。無理に作らねぇ。でも逃すなよ。見えねぇようでどこにでも転がってやがる」

 

「はい」

(縁。……僕にも、繋がる線ができ始めてるんや)

 

鎧塚さんとの話がひと段落したところで、横から勢いだけで出来た生き物みたいな声が飛び込んでくる。

「——お、なんの話? 若者勧誘じゃン?」

 奏子が小声で横から滑り込み、目をきらきら。

「はいはーい! 私の班もいつでも待ってるじゃン!」

 奏子、満面。走ってきて、止まらない。

「うちの班、まだ二級は私だけじゃン! 班員、私入れて三人しかいないじゃン! 入るしかないじゃン!」

 

「……息継ぎしろよ」鎧塚さんが苦笑い。

「その辺にしとけ、騒音」

「小声じゃン(今、三割)」

 

 奏子は僕の目の横をうまく外しながら、指をぴっ。

「決めるのは凪じゃン! 私、可愛いし、強いじゃン! 入り得じゃン! 待ってるじゃン!」

 言い切るやいなや、「じゃ、つづきは帰ってからじゃン!」と自分の班員のところへ騒ぎながら走っていく。手をぶんぶん、杖もぶんぶん。

 

(……確かに、可愛いは可愛いけど)

(聞こえの良い正論で押し切る圧よ。あれ、嫌いやない)

 

 榛名さんは僕らの斜め後ろを見ないまま通り過ぎ、手旗の合図に目だけをやった。

「出発十五分前。荷を軽く。報告は俺と工兵隊長で上げる。——凪、あとで紙を一枚、小野寺さん宛に。封鎖の凡例、お前の書式でいい」

 

「了解」

 

 

 工兵の「撤収完了!」の声。

 ランタンは箱に収まり、白布は束になって担がれていく。

 僕は外套の裾を払って立ち上がった。

 

(次、会えるやろか。鎧塚さんの“下の子”。

 紙の差し方、背中の見方、影の歩き方。

 ——渡せるで。今の僕なら)

 

遠くから奏子の声が聞こえる。

「じゃ、決まりじゃン。帰ったら甘いもの食べに行くじゃン。勝利糖分じゃン」

 

「あいつはほんとに騒子だな……」鎧塚さんが苦笑して、でも楽しそうに肩をすくめる。

 

「……わかります。でも楽しそうでこっちまで明るくなります」

「そうだな」

 彼はわざと別の方向を見て、親指だけ立てた。

 

「さ、帰るぞ」榛名の合図。

「おう」「了解じゃン!」

 

 僕は短剣の重さを確かめて、隊の列に入った。

 背中のほうから、鎧塚さんの低い笑いがついてくる。

 帰路の風は冷たい。けれど、不思議と軽い。

 僕の中で、一本新しい線が、静かに結ばれた。

足取りは軽い。帰路の先、窓口の笑顔まで、ちゃんと見える。

 

 

 夕方。

 空が茜から群青へ変わるころ、俺たちは全員そろって局の門をくぐった。装備の金具がちり、と鳴るたびに「帰ってきた」って実感が腹の奥に落ちる。

 

「ここからは班長だけでいい。他は解散、休め」

 榛名さんが短く告げる。

「了解!」

 前衛も神殿も工兵も、それぞれの荷を肩に、三々五々に散っていく。

 

 残ったのは——榛名さん、鎧塚さん、前衛の剣士の班長、神殿班長、工兵班長、奏子、そして僕。

 受付へ向かう通路は、いつもより静かやのに、心臓の音だけやたら元気や。

 

 窓口には小野寺さんが、にこやかに立っていた。いつもの薄い眼鏡、整った髪。

 まっすぐ目は合わさず、それでもちゃんとこちらを迎える角度の笑み。

 

(……うわ、帰ってきたって笑顔や。暖か。いやいや、惚れたとかやない。ちゃうちゃう。これは窓口の光や)

 

「おかえりなさい。まずは全員のご無事に。お疲れ様でした。」

 声の高さが刺さらない高さ。ありがたい。

 

 榛名さんが一歩進み、代表で書類を差し出した。

「隣町廃ビル群・地下巣、封鎖完了。現場記録はこちら。核は各班で回収分を取りまとめ。明細、添付してます」

 工兵班長が無言で封材使用量の表を置き、神殿班長が清め定着報告を添える。

 鎧塚さんは核の袋を台にそっと置き、前衛班長と一緒に個数と階層を読み上げる。

 奏子は……袋を抱えたまま小声でどや顔。

「魔法の使用回数と体感温度、メモあるじゃン」

「可視化はありがたいです」小野寺さんがくすと笑って受け取る。

 

「確認しますね。——はい、封鎖完了、核提出、清め定着、二次被害なし。大変お疲れさまでした」

 さらさらとペンが走る。

「報酬は各班に等分で振り込みます。細かい按分は核の点数と現場作業の係数で、明朝までに精算部から確定連絡しますね」

 

「助かる」榛名さんがうなずく。

 で、次の一枚をすっと重ねた。

「それと——加賀谷 凪の二級資格 推薦状。現場での先行隠密・導線確保、並びに核運用の有効性を認める。神殿面談もあわせて依頼する」

 

(……うわ、ほんまスマート……! タイミング完璧や)

 

 小野寺さんは書面を受け取り、僕の顔の横を見ながら、穏やかに言う。

「凪くん。よくがんばりました。この推薦、優先で回します。神殿面談は最短で来週頭が空いていますが、無理ない日で調整しましょう」

 僕は、喉が凍らんように一拍呼吸してから。

「……おおきに。紙、追加で凡例も添えます。導線図、ここに」

 胸ポケットから縮刷カードを出して台へ置く。指が少し震えたけど、置けた。

 

「受け取りました。ここにサインだけ」

 視線を外したまま差されるペン。

 この人、ほんまプロや。息がしやすい。

 

「うちの若いのにも回してくれ」鎧塚さんが口を挟む。

「後輩指導の記録として、加賀谷の紙を——」

「はい、共有用に複写して回覧に載せます。名前は伏せの形でよろしいですか?」

「それがいい」榛名さん。

「じゃン! “影の導線”が全局に広まるじゃン!」奏子が小声でぴょん。

「小声」前衛班長。

「小声じゃン(がんばってる)」

 

 小野寺さんが、最後に台帳をぱたんと閉じた。

「本当にお疲れさまでした。今日の分はこれで完了です。——甘いもの、おすすめは一階の売店ですよ。砂糖は、勝利の味ですから」

 目は合わない。でも、笑顔が届く。

 

(……わかってる。なんでこの人の窓口やと、僕みたいなんでもきちんとした人でいられるんか、わかってきた)

 

「行くぞ。解散——各自、休め。また別の依頼で」

 榛名さんが締めて、軽く二回机を叩く。

「了解」「了解じゃン!」

 

 みんなが散り、受付前に僕と小野寺さんだけの斜めの空気が残る。

「……凪くん」

「はい」

「どんどん先に進んじゃうね。急ぎ過ぎて怪我とかしちゃだめだよ。」

「……おおきに」

 短く返す。胸の奥が、あったかい。ほんま、惚れたとかやないけど——救われる笑顔や。

 

「じゃあ、砂糖いってらっしゃい」

「行ってきます」

 

 振り返ると、廊下の向こうで奏子が手をぶんぶん。

「凪! 売店で勝利ドーナツ買うじゃン! 糖分じゃン!」

「お前、今日だけで何回騒子になった?」鎧塚さんが苦笑。

「一日一万騒じゃン!」

「やめろ」

 

 笑い声が少しだけ転がって、夕方の局は穏やかに夜勤の空気へ変わっていく。

 僕は胸ポケットの軽い紙の束を確かめて、歩き出した。

 

 

 

 

 袋の口から砂糖の匂いがこぼれてる。僕はその袋を抱えたまま、ぴょこぴょこ鳶色の団子が揺れている。楽しげに先を行く奏子の後をついていく。局の中庭のベンチ、夕焼けの名残が芝生をオレンジに染めとる。

 

「ちょっとベンチで喋ろうじゃン?」

 座るやいなや、奏子は僕の膝の上の袋からするりとドーナツを抜き取って、がぶり。

「甘いじゃン! 身体に効くじゃン! 勝利の糖分じゃン!」

 

(喋るなぁ……でも、こうやって一方的に話してくれるの、正直楽や)

 

「で、明日からどうするじゃン? うちの班は三日くらい休むじゃン」

「僕は……掲示板見て、依頼出てたら受ける、やなぁ」

「働きすぎじゃン! しっかり休まないと良い仕事できないじゃン!」

 奏子、両手で丸いドーナツを強調しながら、むんっ。

「趣味とかないじゃン?」

 

「趣味……任務か、任務の準備」

「人生灰色じゃン!?」

 椅子から半分浮いた。目はちゃんと僕の肩の横を見てくれてる。助かる。

「若い世代は“遊びも仕事”じゃン! 休むスキル、取るじゃン!人生は色づいてこそじゃン!虹色じゃン!」

 

「休むスキル……新しいな」

「あるじゃン。例えば——凪の影で“かくれんぼ”とか。遊び兼訓練じゃン! 私は“それ反則”するじゃン!」

「それ、僕が反則負けやないか」

 

「私の勝ちで最高の勝負じゃン! あとね、パン屋めぐり。今日のドーナツは合格だけど、二軒目いくじゃン?」

「もう甘いのは……」

「甘いのは正義じゃン。核も魔法も糖で回るじゃン(※個人の感想)」

 

 くすっと笑ってもうた。喉、凍ってへん。

 

「それ以外にも——氷細工教えるじゃン。氷の鳩とか氷のドーナツとか。溶ける前に写真……は無理だからスケッチするじゃン」

「……電子機器は不安定やからなぁ」

「そうじゃン。だからアナログ! 神殿の鐘磨きのボランティアもいいじゃン。静かで人少ないじゃン。私は出禁だけど、凪は静かなとこ好きじゃン?」

「好き。人の少ない朝とか、夕方とか」

「なら決まりじゃン! 明日は昼まで寝て、午後は日陰を散歩、夕方に甘いもの二軒目、夜は星見るじゃン。完璧休暇プランじゃン!」

 

「いや、全部やったら休みちゃう気ぃするけど」

「休暇も任務じゃン。“回復任務”。はい、これ——サボる許可証」

 奏子はドーナツの粉砂糖を僕の掌にぽすっとつける。

「スタンプ押したじゃン。今日から有効じゃン」

 

(ゆるい。けど、なんか嬉しい)

 

「……ほな、明日は休む。掲示板は明後日見るわ」

「やったじゃン! 交渉成功じゃン!」

 奏子、ベンチで小さくガッツポーズ。

「じゃ、休みの“合同訓練”だけしようじゃン。氷の路と影潜りの合わせ。遊び七、訓練三じゃン」

「逆やろ、普通」

「若い世代の黄金比じゃン!」

 

 夕風が吹いて、粉砂糖が少しだけ宙に舞う。

 奏子が二つ目のドーナツをちょいと差し出す。視線は僕の横のまま。

「もう一個いくじゃン?」

「……半分こなら」

「半分こじゃン!」

 ちぎって、渡して、もぐもぐ。

 

「ね、凪。いつかさ。うちの班の連中とお茶しようじゃン。二人とも静かだから、うるさいの私だけじゃン。大丈夫じゃン」

「……考えとく。人、多ないんやったら、ええけど」

「多くしないじゃン。私の声だけは多めじゃン」

「それはいつもやん」

 

 ふたりで笑った。ほんの小さく、でも確かに。

 

「じゃ、明日は正真正銘の休み。昼まで寝る。絶対じゃン」

「わかった。絶対」

「サボ許可証、無くすなよじゃン」

「スタンプもう指先で食べたけど」

「証拠隠滅じゃン! 有罪じゃン!」

「無罪や。これで有罪やったら——ドーナッてんねんてな、ドーナッツだけにな」

 

中庭のスピーカーが一度だけブツと鳴って、夜勤のチャイムが流れた。

奏子が立ち上がり、制服の裾をぱんと払う。

「じゃ、また明日じゃン。寝る任務、サボるなよじゃン」

「了解。しっかり寝る」

「小声睡眠は健康に良いじゃン(※個人の感想)」

 

彼女は振り返らず、でも手だけぶんぶん振って、廊下へ走っていった。

残ったベンチで、僕は顔を伏せて、袋の口をきゅっと結ぶ。耳まで熱いのが自分でもわかる。

 

(めっちゃスベった。気楽にしゃべりすぎた。ダッサ、はっず!

 なんやドーナッてんねん、ドーナッツだけになや!

 ……時間戻してくれや)

 

ひとしきり悶えてから、ふと息が軽くなる。

(友達って、もしかしてこういう感じなんやろか。

 視線が怖いまんまでも、笑えるやんか)

 

指先についた粉砂糖を拭って、僕も立ち上がる。

(スベったこと忘れてますように)

(なんか前に進めてるんとちゃう? 楽しいやんけ)

 




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