陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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23話

休暇一日目、昼過ぎ。

 目覚ましは切ってあったのに、体内の警戒アラームが一回だけ鳴ったのを、枕でぐいっと押し返した。

(……寝れた。ええやん。任務外の勝利や)

 

 髪だけざっと水で撫でつけ、楽なパーカーに着替える。外はやわい日差し。風が甘いパンの匂いを連れてきて、思わず笑う。

(掲示板だけ見て、結果だけ確認して、あとは——遊び七・訓練三の休暇や)

 

 局のロビーは、夕方ほどの喧噪もなく、床のワックスがつるっと光ってる。

 掲示板の前、人が少ないタイミング。紙を追う指先が勝手に踊る。

 

 ——隣町・廃ビル群 地下巣 封鎖完了

 ——報酬:各班 等分配分(核点数係数反映)

 ——被害:軽傷2(打撲/凍傷軽微)/重傷0

 ——功績メモ:先行隠密導線/鳶色班魔法火力/前衛制圧

 

(……等分になってる。核も記録で残してくれてる。小野寺さん、ほんま丁寧や)

 

 指で一行なぞってると、視界の端でひらひら。

 窓口の向こうから、手招き。小野寺さんや。今日も目線は僕の横に置いてくれてる。

 

「凪くん。——少し、いい?」

「……はい」

 

 窓口の丸い台に近づくと、彼女はスケジュール板をぱたとひっくり返して、さらっと本題。

 

「二級の昇格面談、いつにする? 早くて四日後だけど、どうかな」

(……忘れかけてた! いや忘れてへんけど、休暇モードで脳みそ甘かった!)

 

「四日後、いけます!」即答。

 自分でもびっくりするぐらい声が出たので、喉の鍵を慌ててかけ直す。

 

「うん。わかりました。じゃあ——四日後の朝、ここに来てください。紙はもう回しておきます。その間はしっかり休んでね」

 手元で小さいカードをさらさら書き、窓口の端に置いてくれる。

 文字は丸いのに、内容はキリッとしてて、読むだけで呼吸が整う。

 

「……おおきに。任務外の休み、今日は本気でやります」

「ふふ。本気の休み、いいですね。じゃあ——またね」

 

 そう言って、僕の後ろを指さす。

 足音、ぱたぱた。あのテンポ。

 

「やっぱりここじゃン! 探したじゃン!」

 振り向かずともわかる声。奏子が両手でぶんぶん手を振ってる気配。いや、実際振ってる。

 

「凪、休暇計画の続きじゃン! パン屋二軒目どっち行くか決めるじゃン! あと氷細工の鳩、今日の温度なら五分は持つじゃン!」

「小声ね」と背後から小野寺さんがにこやかに添える。

「休暇、楽しんでね」

 

「了解じゃン!(小声全開)凪、行くじゃン!」

「……はいはい。遊び七・訓練三な」

「黄金比じゃン!」

 

 カードを胸ポケットにそっと差し込み、僕は小さく会釈して窓口を離れる。

(四日後。二級。神殿面談。——線がまた太くなる。

 でも今日は——休む任務、やったる)

 

 奏子の足取りは、いつも通り軽犯罪級に軽い(比喩)。

「まずは糖分補給じゃン! そのあと影かくれんぼでウォーミングアップじゃン!」

「遊びが先やんけ」

「遊びも仕事じゃン!」

 

 ロビーの空調がひんやり背に当たる。

 僕は胸ポケットをとんと二度叩いて、心の中で返事をした。

 

(見つからんまま、ちゃんと届く。

 休むのも、次に進むための導線や)

 

 

 局の門を出て、石畳の遊歩道をとことこ。

 奏子は横でご機嫌ウォーク、口は相変わらず全開小声や。

 

「今日の甘味はどうするじゃン? 今日の“感じ”は“甘じ”じゃン?」

「お、おう……語感ゴリ押しやな」

「団子に“てん菜糖”は“天才(てんさい)の選択”じゃン!」

「うまい言うてほしいんか、殴られたいんか、紙一重やで」

「“メープルのラテ”は“名プレー”級じゃン!」

「そのシリーズ、何本用意してきたん」

「朝から考えてきたじゃン!」

 

 そう言って、得意げに胸を張る(目線はちゃんと僕の肩の横)。

(……昨日のスベり、忘れてへんアピールかいな。ドーナッツ、ドーナッてんねん……)

 自分で思い出して、胃がちょっときゅとなる。

 

 奏子が僕の顔色を横目で拾って、さらに畳みかける。

「“プリンは無理ん”とか“カヌレは勝てぬれ”も用意してるじゃン!」

「無理してんのはお前のダジャレやろ」

「昨日の“ドーナッてんねん”を、ひとりにしないためじゃン!」

「……あぁ」

 肩の力がすとんと落ちた。笑いが勝手にこぼれる。

(面白い人や、ほんまに。僕、今——自然に笑えてるやん)

 

「ほらほら、笑ってるじゃン。勝利の第一歩じゃン」

「勝利ってなんの勝負やねん」

「**“休み上手選手権”**じゃン。優勝目指すじゃン」

「ほな課題出す側やなくて、受ける側やな。僕、休む宿題から始めるわ」

「赤点とらないように“甘点”稼ぐじゃン!」

 

 歩道の影と日向を、半歩ずつずらして並ぶ。

 目は合わせへん。けど——歩調は、いくらでも合わせられる。

 信号待ち。人の波が来て、胸の奥が少し固くなる。奏子がすっと半歩前に出て、壁みたいに視線を遮る。

 

「はい、氷のカーテン。心のやつ」

「氷やのうて、紙やな。助かる」

「紙と氷と糖分で、恐怖は薄めるじゃン。これ今日のテーマじゃン」

 

 青に変わる。ふたりで渡る。

 パン屋の看板が見えてきた。

「第一候補——“小麦の庭”。ドーナツも団子もあるじゃン!」

「昨日のリベンジ会場やんけ」

「“名プレー”見せるじゃン。メープルに名プレーを!」

 

 扉を押す直前、奏子がそっと囁く。

「ね、凪。目は合わせなくていい。でも、歩幅は合わせよ。それだけでいいじゃン」

「……せやな。それだけで、だいぶええ」

 

 ちりん、と鈴。甘い匂いが押し寄せる。

(視線はまだ怖い。でも、こうして笑える。

 ——目は合わせられんけど、歩調は合わせられる。

 それ、たぶん最初の友達のやり方や)

 

「じゃ、甘点(かんてん)取るじゃン!」

「それは寒天や」

「寒点(かんてん)も取るじゃン!」

「もうなんでもええわ。二個ずつな」

「了解じゃン!(※三個狙い)」

 

 鈴の音がもう一度鳴って、僕らの休暇は、ちゃんと甘い開始を切った。

 

 

 気づけば窓の外がオレンジで溶けて、店のガラスに「本日ラストオーダー」の札。

 皿には粉砂糖の跡線。テーブルにはダジャレの残滓。

 

「たい焼きは“たいへん良き”じゃン!」

「まんじゅうは“満十点”やな」

「かき氷は“書きごーりごーり”じゃン! 日誌が進むじゃン!」

「カヌレは“勝てぬ”ゆうてたけど、今日のは完勝や」

「ショートケーキは“勝利トケーキ”じゃン!」

「誰が時計や、時間溶けるほど喋ってたんはホンマやけどな」

 

 気づけば、奏子はずっと喋ってた。いや、気づけば僕も負けじと返してた。ダジャレになってるかは微妙なとこやったけど。

(沈黙が怖いって言うてたけど、素でお喋り好きなんやな、この人。ええことや)

 

「凪、今日だけで“甘点”百点じゃン」

「甘やかされ点も付けといてな。加点方式で頼むわ」

「加賀谷だけに“加点屋(かてんや)”じゃン!」

「……うまい。ちょっと悔しい」

 

 二人で笑う。胸の奥に残ってた緊張が、粉砂糖みたいにはらはら落ちていく。

(こんなに話したの、人生でも初めてかもしれん。疲れた。でも、これええ疲れや)

 

 店を出ると、夕風。街灯が一つずつ点き始める。

 横断歩道で人の流れが増えた瞬間、奏子が半歩前に出て、また壁になってくれる。

 

「今日のハイライトは“ドーナッてんねん”保護プログラムじゃン」

「保護するほどのダジャレちゃうけど、救済された気ぃはする」

「救済局だからね? 言葉も救うじゃン」

(ずるい言い回しや。……でも、救われてるわ)

 

 局に戻る手前で、奏子がくるっとこちらの横を向く。

「二級の面談まで、あと四日じゃン。明日からの宿題は“趣味見つける”じゃン。甘味部だけじゃなくて、静かなやつも混ぜるじゃン!」

「静かなやつ……」

「候補出すじゃン。影絵、紙地図描き、手旗信号の早打ち、氷細工のスケッチ、神殿の鐘磨きボランティア、パン屋ノート作り、工兵の封材ミニ模型、弓の素引きカウントお手伝い……どう?」

「欲張りセットやん。……変なんもあるけどなんかやってみるわ」

「じゃ、日替わりで一個ずつ。遊び七・訓練三の比率は崩さないじゃン。」

「黄金比やな。ほな明日は趣味探ししてみよかな。静かで人少ないやつ」

「見つけたら教えるじゃン! 次の任務終わったらまた遊ぶじゃン?!」

「ええよ。楽しみにしてて」

 

 局の門前で、手をぶんぶん振るいつもの合図。

「じゃ、またじゃン! “休む任務”続行じゃン!」

「了解。ちゃんと休む」

「小声休暇、推奨じゃン」

 彼女は笑って駆けていく。僕は局の宿舎へ。

 

 部屋で外套をかけ、机にノートを開く。鉛筆の芯をコツと鳴らす。

 

——趣味候補(休む任務用)

 1. 影絵(梁影/窓辺)

 2. 紙地図(甘味マップ・封鎖凡例流用)

 3. 神殿の鐘磨き(静か・人少)

 4. パン屋ノート(“甘点”の判定基準つくる)

 5. 工兵ミニ模型(封材の形、触るだけ・安全)

 6. なんか別のものを見つける

 

(仕事の延長みたいやけど、遊びってだいたいそういうもんや)

(見つからんまま、見せて、残す。趣味も同じ筋肉使うんや)

 

 「二級面談:四日後 朝」と余白に大きく丸をつける。

 胸の中で、緊張と楽しみが半々でならぶ。

(趣味、ほんまに見つかるやろか。……見つかる気ぃしてきたな。歩調合わせられる相手、できたし)

 

 ベッドに倒れこむ。枕が気持ちよすぎて、一回で降参。

(今日はよう笑った。ええ疲れや。明日も休む。やったるで、休む)

 

 目を閉じる直前、頭の中で誰かが小声で囁く。

——甘点は、満点。

(それは甘すぎるやろ)

 笑って、そのまま眠りに落ちた。

 

 

 

 




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