休暇一日目、昼過ぎ。
目覚ましは切ってあったのに、体内の警戒アラームが一回だけ鳴ったのを、枕でぐいっと押し返した。
(……寝れた。ええやん。任務外の勝利や)
髪だけざっと水で撫でつけ、楽なパーカーに着替える。外はやわい日差し。風が甘いパンの匂いを連れてきて、思わず笑う。
(掲示板だけ見て、結果だけ確認して、あとは——遊び七・訓練三の休暇や)
局のロビーは、夕方ほどの喧噪もなく、床のワックスがつるっと光ってる。
掲示板の前、人が少ないタイミング。紙を追う指先が勝手に踊る。
——隣町・廃ビル群 地下巣 封鎖完了
——報酬:各班 等分配分(核点数係数反映)
——被害:軽傷2(打撲/凍傷軽微)/重傷0
——功績メモ:先行隠密導線/鳶色班魔法火力/前衛制圧
(……等分になってる。核も記録で残してくれてる。小野寺さん、ほんま丁寧や)
指で一行なぞってると、視界の端でひらひら。
窓口の向こうから、手招き。小野寺さんや。今日も目線は僕の横に置いてくれてる。
「凪くん。——少し、いい?」
「……はい」
窓口の丸い台に近づくと、彼女はスケジュール板をぱたとひっくり返して、さらっと本題。
「二級の昇格面談、いつにする? 早くて四日後だけど、どうかな」
(……忘れかけてた! いや忘れてへんけど、休暇モードで脳みそ甘かった!)
「四日後、いけます!」即答。
自分でもびっくりするぐらい声が出たので、喉の鍵を慌ててかけ直す。
「うん。わかりました。じゃあ——四日後の朝、ここに来てください。紙はもう回しておきます。その間はしっかり休んでね」
手元で小さいカードをさらさら書き、窓口の端に置いてくれる。
文字は丸いのに、内容はキリッとしてて、読むだけで呼吸が整う。
「……おおきに。任務外の休み、今日は本気でやります」
「ふふ。本気の休み、いいですね。じゃあ——またね」
そう言って、僕の後ろを指さす。
足音、ぱたぱた。あのテンポ。
「やっぱりここじゃン! 探したじゃン!」
振り向かずともわかる声。奏子が両手でぶんぶん手を振ってる気配。いや、実際振ってる。
「凪、休暇計画の続きじゃン! パン屋二軒目どっち行くか決めるじゃン! あと氷細工の鳩、今日の温度なら五分は持つじゃン!」
「小声ね」と背後から小野寺さんがにこやかに添える。
「休暇、楽しんでね」
「了解じゃン!(小声全開)凪、行くじゃン!」
「……はいはい。遊び七・訓練三な」
「黄金比じゃン!」
カードを胸ポケットにそっと差し込み、僕は小さく会釈して窓口を離れる。
(四日後。二級。神殿面談。——線がまた太くなる。
でも今日は——休む任務、やったる)
奏子の足取りは、いつも通り軽犯罪級に軽い(比喩)。
「まずは糖分補給じゃン! そのあと影かくれんぼでウォーミングアップじゃン!」
「遊びが先やんけ」
「遊びも仕事じゃン!」
ロビーの空調がひんやり背に当たる。
僕は胸ポケットをとんと二度叩いて、心の中で返事をした。
(見つからんまま、ちゃんと届く。
休むのも、次に進むための導線や)
局の門を出て、石畳の遊歩道をとことこ。
奏子は横でご機嫌ウォーク、口は相変わらず全開小声や。
「今日の甘味はどうするじゃン? 今日の“感じ”は“甘じ”じゃン?」
「お、おう……語感ゴリ押しやな」
「団子に“てん菜糖”は“天才(てんさい)の選択”じゃン!」
「うまい言うてほしいんか、殴られたいんか、紙一重やで」
「“メープルのラテ”は“名プレー”級じゃン!」
「そのシリーズ、何本用意してきたん」
「朝から考えてきたじゃン!」
そう言って、得意げに胸を張る(目線はちゃんと僕の肩の横)。
(……昨日のスベり、忘れてへんアピールかいな。ドーナッツ、ドーナッてんねん……)
自分で思い出して、胃がちょっときゅとなる。
奏子が僕の顔色を横目で拾って、さらに畳みかける。
「“プリンは無理ん”とか“カヌレは勝てぬれ”も用意してるじゃン!」
「無理してんのはお前のダジャレやろ」
「昨日の“ドーナッてんねん”を、ひとりにしないためじゃン!」
「……あぁ」
肩の力がすとんと落ちた。笑いが勝手にこぼれる。
(面白い人や、ほんまに。僕、今——自然に笑えてるやん)
「ほらほら、笑ってるじゃン。勝利の第一歩じゃン」
「勝利ってなんの勝負やねん」
「**“休み上手選手権”**じゃン。優勝目指すじゃン」
「ほな課題出す側やなくて、受ける側やな。僕、休む宿題から始めるわ」
「赤点とらないように“甘点”稼ぐじゃン!」
歩道の影と日向を、半歩ずつずらして並ぶ。
目は合わせへん。けど——歩調は、いくらでも合わせられる。
信号待ち。人の波が来て、胸の奥が少し固くなる。奏子がすっと半歩前に出て、壁みたいに視線を遮る。
「はい、氷のカーテン。心のやつ」
「氷やのうて、紙やな。助かる」
「紙と氷と糖分で、恐怖は薄めるじゃン。これ今日のテーマじゃン」
青に変わる。ふたりで渡る。
パン屋の看板が見えてきた。
「第一候補——“小麦の庭”。ドーナツも団子もあるじゃン!」
「昨日のリベンジ会場やんけ」
「“名プレー”見せるじゃン。メープルに名プレーを!」
扉を押す直前、奏子がそっと囁く。
「ね、凪。目は合わせなくていい。でも、歩幅は合わせよ。それだけでいいじゃン」
「……せやな。それだけで、だいぶええ」
ちりん、と鈴。甘い匂いが押し寄せる。
(視線はまだ怖い。でも、こうして笑える。
——目は合わせられんけど、歩調は合わせられる。
それ、たぶん最初の友達のやり方や)
「じゃ、甘点(かんてん)取るじゃン!」
「それは寒天や」
「寒点(かんてん)も取るじゃン!」
「もうなんでもええわ。二個ずつな」
「了解じゃン!(※三個狙い)」
鈴の音がもう一度鳴って、僕らの休暇は、ちゃんと甘い開始を切った。
気づけば窓の外がオレンジで溶けて、店のガラスに「本日ラストオーダー」の札。
皿には粉砂糖の跡線。テーブルにはダジャレの残滓。
「たい焼きは“たいへん良き”じゃン!」
「まんじゅうは“満十点”やな」
「かき氷は“書きごーりごーり”じゃン! 日誌が進むじゃン!」
「カヌレは“勝てぬ”ゆうてたけど、今日のは完勝や」
「ショートケーキは“勝利トケーキ”じゃン!」
「誰が時計や、時間溶けるほど喋ってたんはホンマやけどな」
気づけば、奏子はずっと喋ってた。いや、気づけば僕も負けじと返してた。ダジャレになってるかは微妙なとこやったけど。
(沈黙が怖いって言うてたけど、素でお喋り好きなんやな、この人。ええことや)
「凪、今日だけで“甘点”百点じゃン」
「甘やかされ点も付けといてな。加点方式で頼むわ」
「加賀谷だけに“加点屋(かてんや)”じゃン!」
「……うまい。ちょっと悔しい」
二人で笑う。胸の奥に残ってた緊張が、粉砂糖みたいにはらはら落ちていく。
(こんなに話したの、人生でも初めてかもしれん。疲れた。でも、これええ疲れや)
店を出ると、夕風。街灯が一つずつ点き始める。
横断歩道で人の流れが増えた瞬間、奏子が半歩前に出て、また壁になってくれる。
「今日のハイライトは“ドーナッてんねん”保護プログラムじゃン」
「保護するほどのダジャレちゃうけど、救済された気ぃはする」
「救済局だからね? 言葉も救うじゃン」
(ずるい言い回しや。……でも、救われてるわ)
局に戻る手前で、奏子がくるっとこちらの横を向く。
「二級の面談まで、あと四日じゃン。明日からの宿題は“趣味見つける”じゃン。甘味部だけじゃなくて、静かなやつも混ぜるじゃン!」
「静かなやつ……」
「候補出すじゃン。影絵、紙地図描き、手旗信号の早打ち、氷細工のスケッチ、神殿の鐘磨きボランティア、パン屋ノート作り、工兵の封材ミニ模型、弓の素引きカウントお手伝い……どう?」
「欲張りセットやん。……変なんもあるけどなんかやってみるわ」
「じゃ、日替わりで一個ずつ。遊び七・訓練三の比率は崩さないじゃン。」
「黄金比やな。ほな明日は趣味探ししてみよかな。静かで人少ないやつ」
「見つけたら教えるじゃン! 次の任務終わったらまた遊ぶじゃン?!」
「ええよ。楽しみにしてて」
局の門前で、手をぶんぶん振るいつもの合図。
「じゃ、またじゃン! “休む任務”続行じゃン!」
「了解。ちゃんと休む」
「小声休暇、推奨じゃン」
彼女は笑って駆けていく。僕は局の宿舎へ。
部屋で外套をかけ、机にノートを開く。鉛筆の芯をコツと鳴らす。
——趣味候補(休む任務用)
1. 影絵(梁影/窓辺)
2. 紙地図(甘味マップ・封鎖凡例流用)
3. 神殿の鐘磨き(静か・人少)
4. パン屋ノート(“甘点”の判定基準つくる)
5. 工兵ミニ模型(封材の形、触るだけ・安全)
6. なんか別のものを見つける
(仕事の延長みたいやけど、遊びってだいたいそういうもんや)
(見つからんまま、見せて、残す。趣味も同じ筋肉使うんや)
「二級面談:四日後 朝」と余白に大きく丸をつける。
胸の中で、緊張と楽しみが半々でならぶ。
(趣味、ほんまに見つかるやろか。……見つかる気ぃしてきたな。歩調合わせられる相手、できたし)
ベッドに倒れこむ。枕が気持ちよすぎて、一回で降参。
(今日はよう笑った。ええ疲れや。明日も休む。やったるで、休む)
目を閉じる直前、頭の中で誰かが小声で囁く。
——甘点は、満点。
(それは甘すぎるやろ)
笑って、そのまま眠りに落ちた。
作者のモチベーションに大きな影響を与えます。
評価お願いします!
読んでくれてありがとうございます。
感想とか読みづらい箇所があれば教えてください。