——開始三十分。
「判定、失敗。——落とし扉が、足元で鳴らずに開きます」
GMの声は相変わらず柔らかい。視線は来ない。
「回避、二個振って低い方。難易度8」
ダイスが掌でころん。出目は3と7。
(あかん、低い方で3……)
「届かず。——薄闇が一段深くなり、斥候は邪悪な魔法使いの炎に巻かれる」
GMが木の器で、こつんと乾いた音を鳴らす。
「ロストです。新キャラを作るか、見学なら後ろへ。選択は二叩きで」
胸でとん・とん。
(見学。初回はこれで充分や)
「了解」GMもとん・とんで返す。
卓の空気は揺れない。誰も顔を上げないし、誰も責めない。合図だけが流れていく。(楽や……けど、くやしい)
椅子から半歩引いたところで、後ろから硬貨の触れる音。
「最初はそんなもんだ」鎧塚さんの小声。斜めから落ちる、相変わらずの優しい角度。
「それにな、負けると燃える。——席代は俺が出しとく。GM、二人分」
「感謝」GMがカウンターへ合図し、鈴がちりん。
「……すんません」
「礼は二叩きでいい」
僕は胸でとん・とん。
「ちょっと見とけ。見本を見せてやる」
鎧塚さんが自分のポケットから駒を取り出す。
——ビキニアーマーの女戦士。大剣を肩に、筋肉はしなやか、鎧は面積が少ない。
「俺の分身だ。エロいだろ」
「……渋い顔で言うセリフちゃう」
「わかってねぇな。渋みとエロは相性がいい」
GMが別卓の空きを示し、鎧塚さんは二叩きして座る。
「宣言。——扉を蹴破る」
「判定、力で。難易度10」
ダイス、6と2。
「届かず。扉は固い。——では代替案、罠感知を無視して突入」
「望むところだ」
女戦士の駒がどんと奥へ置かれる。GMの手元で、細い糸がちょいと動く。
「天井から、鎖の刃。——反応、難易度8。2ダイス」
ダイス、5と1。
「……」
「……」
GMが一拍置いて、静かに言う。
「鎖の刃が女戦士の命の線を消す、落命。潔い死です。仲間が歌を一節、送ります。」
隣のプレイヤーがカードで短い賛歌をすっと差し出し、卓全体が二叩き。
鎧塚さん、顎で頷き、渋い顔。
「このルールとは相性が悪いな」
時間、僕とほぼ同じ。
(おっさんも早すぎロストやん……!)
喉の奥で笑いがぷつと弾ける。声にはしないけど、胸の中で爆笑。
「な? 最初はこんなもんだ」
駒を丁寧に布に包み直しながら、鎧塚さんが肩越しに続ける。
「凪、これはな。駒を自作できる良さがある。だから余計ハマる。
俺のは仲間の工兵に作ってもらった。鱗の重ねは封材の癖を参考にしてたりな。駒を着飾っても強くなるわけじゃねぇんだけどな。趣味だ」
「……趣味、ええですね」
「お前も作ってみろ。自分の分身と思えば愛着も湧くぜ。影潜りのフードに糸印の切れ端でも巻いてみろよ。それっぽく見えるぜ」
「こだわりっすね……」
「おう、こだわりだ。仕事も趣味も自分のこだわりの物使ってるやつの方がカッコいいだろ。」
GMが二人に小さな紙を滑らせる。
「リザルト。今回の探索は失敗でしたが、御同輩ならまた歓迎します。」
「ありがたい」鎧塚さんが二叩き。
「……おおきに」僕も二叩き。
「よし。一戦目はこの程度で十分口が温まる。
——腹は減ってねぇか」
「大丈夫です。いけます」
「それがいちばんだ」
鎧塚さんが立ち上がり、フロアの端にある工具台を顎で示す。
そこには、木の串や紙やすり、小瓶(インク)と筆。
カウンターのマスターが、道具を整理しながらも声を落とす。
「簡易ペイント台。駒の面出し、色のせ、有料各別途料金ですが。2人やりますか」
「二人分だ」鎧塚さんが硬貨をコツンと置く。
「少しお待ちを。——」
待ち時間、僕はGMから買ってきた、自分の斥候駒を掌に乗せる。
フードの端に、紙鳩堂で買った麻糸を一本だけ、結ぶ。
(導線。僕の筋肉。駒にも、見える形で)
「笑ったな」鎧塚さんが、僕の横でぼそっと言う。
「え」
「さっき。俺のビキニ戦士が即死したとこ」
「……ちょっとだけ」
「まぁいい。少しだけ笑える場所。そういう場所が続けば、休まるだろ」
「はい」
ぴ、とカウンターの砂時計が鳴り、マスターが合図。
「ペイント台、入れます」
「行くぞ」
「了解」
二人で二叩きして席を立つ。
背後では別卓のダイスがころん。
誰も顔は見ない。合図だけが、確かに通っていく。
(死んでも終わりやない。笑って繋がる。駒が主役で、僕が支える。——この遊び、好きやわ)
ペイント台。小瓶がずらっと並んで、筆は太細いろいろ。
手のひらサイズの斥候(スカウト)駒、まだ木の色のまんま。フードだけ深めに被ってるやつ。
「……まず、下地。黒、でええんか?」
独り言。キャップをカチっと開ける。
「黒は黒で“力”は出るがな、影色は真っ黒じゃねぇだろ」
隣で鎧塚さん、太い指で細筆つまんでる。
「影色?」
「灰、群青、ちょい茶、ちょい緑。混ぜて鈍る。迷うくらいが丁度いい」
「なるほどな。……ほな、灰ベースで青ちょい足し」
パレットでくるくる混ぜる。筆先を紙で一回しぼって、フードから塗り始め。
「お、のるな。これ、おもろ」
「のりが良いのは水の量。焦るな。二回に分けろ」
「二回、ね。——よし、一層目」
肩、袖、手袋。境目に黒の薄めを流して、溝に影を落とす。
「……影の筋が入るとそれっぽなるわ」
「それっぽいは大事だ。実戦もそれっぽさで形になったりする」
「現場でもそれっぽい言うなや」
「ある程度形作ったらそれを固めていけばいいんだよ」
横目——いや、横耳で鎧塚さんの方。
女戦士の駒。ビキニアーマー部分だけ、真紅でちまちま塗ってる。
「ビキニ、ええんすか」
「最高だ。勇者様の最初の仲間はビキニアーマーの女戦士だったらしいぜ、目立つ色は俺向け」
「嘘やろ、斥候でビキニは意味わからんからナシやな」
「噂だけどな。お前は消える色だ。俺は目立って盾になる」
「……せやな。役割って色に出るんやな」
フードの縁に薄灰でハイライト。顎下は黒で落とす。
「二層目。——お、締まる」
「よし。洗い(ウォッシュ)で汚し入れろ。綺麗すぎる影は嘘っぽい」
「はいはい。——薄墨を全体にさらり」
溝が深なって、木の質感にしっとり馴染む。
「生きたな。……あ、糸印」
カウンターで麻糸をちょっと貰って、腕に一巻きさせる位置を白い点で下書き。
「ここに糸巻く。導線の目印。——可視化しとく」
「いい。記号は強い」
鎧塚さんの方は——胸当ての赤がピカピカになってる。
「それ、光らす?」
「光る。見栄は火力」
「防御どこ行ったん」
「心に着てる」
「出た、名言やん」
笑いながら、僕はブーツを墨黒で塗る。靴裏は艶消し、音がしない感じに。
「足底はマットや。音出したら死に近づくからな」
「わかってるじゃねぇか。現実味が増すと駒の存在は強くなるし、実戦の勉強になるだろ」
筆を持ち替えて、ベルトと鞘は焦げ茶。バックルに鈍い銀をちょん。
「……目は塗らん」
「塗るな。見られない顔は正解」
「ですよね」
集中してると、時間が一気に飛ぶ。筆洗いの水が薄い黒になって、手元の光が少しだけ青を強めた頃——
「外、暗いぞ。……帰るか?」
鎧塚さんが腕時計(ゼンマイのやつ)を小さく叩いて見せる。
「——はい。今日はありがとうございます。めっちゃ楽しかったです」
「礼は二叩き」
胸でとん・とん。
「俺もそろそろ帰らねぇと、女房が怒る。先行く。——またな」
「また」
鎧塚さんは視線を外したまま、親指をちょいと立てて、ネオンの向こうに溶けた。
僕はハイライトをもう一筆だけ足して、筆洗いを片づけ、駒をそっと布で包む。
立ち上がって伸び。肩が軽い。胸も軽い。
「マスター、ありがとうございました。会員札、また使います」
「二叩きでどうぞ」
カウンターの鈴がちりん。僕もとん・とん。
扉を押すと、路地は夜。ネオンの色が背中を一度撫でて、外の空気がひやっと頬を冷やした。
フードの斥候を胸ポケットにしまう。木と塗料の匂いがちょっと残る。
(——趣味、増えそうや。
見つからんまま、残せるもん。色と糸で)
足音は小さく、呼吸はゆっくり。
明日の朝はボランティアの鐘磨きに行ってみるか。今夜は早めに寝る。
「……やったるで」
小声で言って、宿舎への影に滑り込んだ。
宿舎の部屋。扉を閉める音が、いつもより軽い。
机の真ん中——いっちゃん目立つ場所に、布からそっと斥候の駒を出す。昨夜、影色を重ねたフード。袖口の薄灰。腕に一巻きの麻糸。
「——これからよろしく、分身」
言うて、自分でちょっと照れる。けど、置き場はここがええ。視線は合わさんでも、存在は見える。
引き出しから、影絵の道具も並べる。
黒画用紙、トレーシングペーパー、格子定規、細い麻糸、鉛筆とメモ。
どれも静かで、新しいものや。どれもこれからのやつや。
(……やること増えたな)
けど、胸の奥に広がるのは、いままで知らんかった種類の忙しさや。
(焦る忙しさとちゃう。楽しくて手が勝手に伸びる忙しさ。これ、ええ)
椅子に座って、ノートを開く。
休む任務:遊び七・訓練三
ペン先が止まらん。なに書いても前に進む感じ。
「——よし。今日はここまで。寝る」
灯りを落として、ベッドに倒れ込む。
枕元の駒が、窓からの薄明かりでちょっとだけ輪郭を持つ。
(明日の朝は、鐘や。静かに人助ける手伝いや。人も少ないやろうし。続く気がする)
目を閉じる前、胸のところでとん・とん。
(了解。休む。寝る)
——夜が、ちゃんと夜として過ぎた。
*
翌朝。
目覚ましの鳴る一拍前に、すっと目が開く。
身体は軽い。任務の疲れ、もうきれいに抜けてる。
洗面、歯磨き、顔を上げすぎへん角度で鏡に「よし」。
コップに水をなみなみ。一気に飲む。喉を通る冷たさが、内側から鍵をかちゃんと外す。
動きの最後に、胸で二叩き。合図は自分にも効く。
机へ。
斥候の駒に軽く指先で触れて、位置を半センチだけ整える。
「留守番、頼むで。……見張り役な」
駒は喋らん。けど、見てる感じがする(目は塗ってへんのに不思議や)。
影の道具は置きっぱなし——今日は鐘磨きや。
小さな肩掛け袋に、薄いタオル、ノート、鉛筆だけ入れる。
扉の前で、深呼吸を一回。
(視線が刺さったら、背中を見る。詰まったら紙に書けばええ。二叩き。——大丈夫)
とん・とん。
ドアを開ける。
朝の廊下には、夜勤明けの靴音がひとつ、ふたつ。誰も真正面から覗かない。
階段を降りる途中、窓から薄金色の光が差して、手すりの影が段に斜めの線を作っている。
(線。——今日も引ける)
玄関。
冷たい空気が頬を撫でる。空は薄い水色。街はまだ半分眠そう。
局の門の外、神殿へ続く道は、人影がまばらで、石畳の目地に白い砂が少し。
遠くから、鐘楼の低い息みたいな音が一度だけ。
「——行こか」
小声で言う。胸で二叩き。
足音を小さく、呼吸をゆっくり、神殿へ向かう。
角を曲がる。光が一段強くなって、影がくっきり伸びる。
鐘のある方角へ、僕は影の端っこを選んで歩いた。
作者のモチベーションに大きな影響を与えます。
評価お願いします!
読んでくれてありがとうございます。
感想とか読みづらい箇所があれば教えてください。
低い評価入れるのは良いんですよ、何処が良くなかったか教えて欲しい。女の子が足りないとか、肌色が足りないとか教えてください。