陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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27話

 神殿面談の朝。空気がきゅっと冷えて、胸の鍵が勝手に外れる感じがした。

 僕はいつもより早めに宿舎を出て、石畳を影づたいに歩く。角を曲がった先——局の外門の前で足が止まった。

 

 ずらっと討伐の一団が並んでて、矢場班長が全体に指示を出しとる。

槍の先、剣の鞘、金具のこすれる音。前衛の装備はどれも使い込まれた傷があって、朝の光で縁だけ鈍く光る。

(……あれ、矢場が言うてた出撃やな)

 

 門柱の影にすっと潜る。視界の中から、こちらへの直線だけを切る。

(見つかったら面倒や。今日は僕、面談。余計な刺激、要らん)

 

 列の中に、見覚えのある顔——というより耳に覚えのある声。

「はいはい、今日も余裕じゃン!——って、違う班じゃン。うちの班員どこいったじゃン!」

(……奏子。ほんま、今日も元気やな)

 杖を肩で回して、班員に矢継ぎ早に飛ばす声が、離れてても聞こえてくる。

(たしか“三日後に任務”言うてたけど、矢場の任務やったんか。矢場がリーダーかよ、胸がちょいざわつく……けど、奏子の火力は本物や。大丈夫、大丈夫や)

 

 別の隊列から、矢場の班のうるさい連中の笑い声。

「俺らが先に終わらせて手柄総取りだろ」「なぁに、小型なんざ雑魚だしな」

(口は達者やけど、足と手が伴ってへんの、何回も見た。気をつけろよ……って、言うても聞かんか)

 

 出撃の合図。前列の盾がぐっと上がって、工兵たちが荷物を運び出す。全体が波みたいに動き出す。僕は門柱の陰でひと呼吸置いて、見送る。

(無事で帰ってこいよ。——特に奏子。またアホみたいなダジャレ、聞かせてもらわな)

 

 広場が少しずつ空になって、人の熱が引いていく。タイミングを見計らって影から抜け、局舎の受付へ。

 カウンターの向こう、眼鏡の奥の目がこちらに気づいて、いつもの柔らかい声が降ってきた。

 

「いらっしゃい、凪くん。——少しだけ待ってね」

 今日は髪を下ろしていて、肩で光をさらうたびに雰囲気がすっと変わる。いつも綺麗やけど、朝の小野寺さんはまた格別や。

「……おはようございます」

 声が出た。喉が詰まらんのは、たぶんこの人の温度のせいや。

 

「面談だよね。準備してあるから、今裏と交代するね」

 バックヤードに軽く合図を飛ばすと、別の職員さんが前に出てくる。小野寺さんはカウンターから回り込み、僕の少し斜めに立ってくれる。真正面じゃない、その気遣いがありがたい。

 

「じゃ、行こっか。——神殿までご案内します」

「おおきに」

 並んで歩く……のではなく、半歩前に出てくれる小野寺さんの背中を見る形。

「朝早くに来てくれてありがとう。緊張してる?」

「ちょい。せやけど、やること決まってる分、楽です」

「よかった。今日の段取りは——受付で身分確認、神殿で簡単な問診、それから職業授与の面談。終わったら私のとこに戻ってきて。甘いものでも用意しておく」

「……甘いの、助かります」

「ふふ。糖分は正義よね」

 

 廊下を抜けると、香の匂いがする方角へ風が流れている。木の床がすべすべで、足音が吸い込まれていく。

「そうだ、さっき出撃の列が見えたでしょう? 矢場さんに見つからなかった?」

「影に入ってやり過ごしました」

「うん、正解。——見られない上手さは、凪くんの強みだもんね」

 言い切る声が気持ちいい。胸の中の糸が少し張り直される。

 

 神殿の手前で一度足を止め、彼女が振り返らずに言う。

「ここから先は、凪くんだけだね」

「はい」

 

 扉の向こう、白木の空間に朝の光が斜めに落ちている。

「——凪くん」

「はい」

「行ってらっしゃい。先に進むのは怖いけど、今日は大丈夫」

 背中をほんの指先一つ分、押された気がした。

 

 僕はうなずいて、視線を高く上げすぎない角度で、神殿の中へ踏み込む。胸の奥は、さっきより軽い。

(見られへんまんまでも、見せられる。今日、それを肩書きにする)

 足を一歩、また一歩。香の匂いがゆっくり濃くなっていく。

 面談受けて、職業について、後は甘味やな。

 

 

 

 神殿の受付前は、朝いちの湯気みたいな香(こう)が薄く漂ってた。白木の床は磨かれすぎて、靴裏が「すっ」と鳴るたび、胸の中の呼吸も揃っていく。

 

「はいはい、いらっしゃい。——今日の面談の予約が入ってる、加賀谷 凪くんで合ってるかえ?」

 カウンターにいたのは、頬にやさしい皺がよった老シスター。目はしょぼしょぼで、こちらに向いてるようでどこも見てへん。

(……助かる。視線が、ぜんぜん刺さらん)

 

「はい。加賀谷です。今日はよろしくお願いします」

「ええよええよ。じゃあ、ついておいで」

 老シスターが椅子からゆっくり立ち上がる。ほんまにゆっくりや。歩幅は小さく、草履の底が木目を撫でる音がさわさわと続く。

 

 僕は半歩後ろ、横目で柱や欄間の陰を拾いながら付いていく。回廊を折れて、紙障子の前で足が止まった。

「この先に面談官がいるからね。ここからは——がんばりなさい」

 老シスターはにっこり笑って、またゆっくり戻っていった。背中が曲がってるのに、姿勢はきれいや。

 

(よし。大丈夫や。ここまで呼吸、崩れてへん)

 喉の奥でかちと鍵を確かめる。深呼吸、一回。手のひらをさらっと拭って、障子に向かって声を掛けた。

「失礼します」

 

 引き戸を開ける。畳の匂い、墨の匂い。小綺麗な部屋や。壁際に細い木机、窓からは曇り硝子越しの光。

 その真ん中に——狐を連想させる男が座ってた。切れ長の目に、薄いのに端正な顔。襟元はぴしっと締まって、爪の先まで手入れが行き届いてる。笑ってないのに、口元だけ動く。

 

「待っていたよ、加賀谷 凪 君!僕は今日を楽しみにしててね!ほらそんな所に立ってないで座りなよ」

 目が、まっすぐこっちに刺さる。

(あ、これアカンやつ)

 わずかな一拍で喉がきゅっと閉じた。声が出ない。肩がすぼむ。足の裏の温度が遠のく。

 

 男は僕の固まりに気づいて、片手をひらと振った。

「ぁあ、済まないね! 忘れてたわけではないんだけど、一度しっかり見ておきたくてねぇ」

 薄ら笑い。口角だけが上がるタイプ。

(いや、見んでええやろ。見られるのが一番ダメやのに)

 

「まぁ、そこの椅子に掛け給え」

 今度は目線を外して、横合いの木椅子を指し示す。

 視線が滑った瞬間、胸の圧迫が一段抜けた。

「し、失礼します」

 出てきた声、思ってたよりちっさ。喉の鍵穴がまだ半分閉じとる。

 

 椅子に腰を下ろす。背もたれは固いけど、木がしっとりしてて救いになる。

(……僕、この人、苦手かもしれん)

 涙目、とまではいかんけど、目の奥がきゅっと締まる感じ。男は細い指で帳面をめくりながら、横向きのまま軽く笑う。

 

「うん、うん。まずはご挨拶から始めようか。私は面談官の——僕の名前はどうでも良いね。君の声の出し方は確認できた。もう大丈夫さ、ここでは誰も君を正面から見ないよ。私も横を向いたまま話すから。それでどうだい?」

 言葉はやわらかい。けど、棘みたいな細い圧が間に挟まってる。

 

「……助かります」

「うんうん、素直で良いね。では、加賀谷 凪。三級救済者、視線恐怖を自覚、核適応手術済み。君の強みと課題、自分の言葉で教えてくれるかい?」

 男は窓の外に視線を逃がしたまま、僕の返事を待つ構えを取った。

 

(……横向き。これなら喉が動く)

 舌の位置をひとつ整える。胸の鍵がかちゃんと外れる音を想像して、口を開いた。

 

「強みは、見つからんことです。せやから先行と導線確保。痕跡読む索敵、線を引くのが得意です。課題は、正面戦闘です。正面からの注視で身体と言葉が詰まる。けど、言語化はできます。言い方を用意しとけば届きます」

 言い切ってから、指先の汗をズボンでこっそり拭った。

 

「ふふ、いいね。簡潔で、筋が通っている」

 男は帳面にさらさらと書き込み、細い目尻をわずかに緩めた。

「では、今日は職業授与に関わる適性面談だ。“斥候系”で申請しているね? 君が現場でどう振る舞うか、具体例をいくつか——語ってもらおう」

 

 窓の外の光が少し濃くなる。香の筋が部屋を横切る。

(……始まった。言葉で見せる番や)

 僕は目を合わせず、横顔のまま、口角だけをほんの少し上げた。

 

 

「僕は——もっと見つからんように影に潜りたいです。で、前に進みたい。恐怖を薄めるには速さも要るんで。影から一撃必殺で露払い、それからまた影に潜って先行して、正確な情報を持って帰る。……そういう仕事がしたいです」

 

 言いながら、自分で自分にうなずく。これが、今の僕の全部や。

 

 細目の男——(狐男)が、口角だけで笑った。

「いいね、いいね。任務では絶対に欠かせないポジションだよね。最初の一歩と最後の一報、どっちも君の線が握る。魅力的だ」

 

(褒め方が胡散臭い……けど、内容は間違ってへん)

 

 狐男は、帳面をぱたりと閉じて、指先をすべらせる。

「突然だけど、少し私の話をしようか。僕は賢者なんだ。もちろん職業ね」

 視線は窓の外へ、声だけはこっちに。

「本当はね、占い師みたいなのが良かったんだよ。ほら、ロマンがあるじゃない? でも、神殿で職業を決めるのはちょっとランダムでね。祈るといくつか候補が出てくる。僕の場合は賢者しか出なかった。つまり、選択肢なんてなかったってわけさ」

 

 懐かしそうに、薄い笑み。

(この人の“笑い”は薄いが似合うな……)

 

「——おっと、話しすぎたかな?」

 肩をすくめて、わざとらしく眉を下げる。

「まぁ何が言いたいかというとね、すべてが自分では選べないってことさ。才能も、核の相性も、職業の出目も。君の『影を深く』『速く』『正確に』という願い、すばらしい。でも、そこに至る道筋や札の色は、必ずしも君の希望通りとは限らない」

 

 口元だけで笑う。いやらしいほど整った笑い方。

(やっぱ狐や。油揚げ持ってきたろか)

 

「それと——説明しなきゃいけないことがいろいろある。職業が“つく”ってのは、ただ肩書が増えるだけじゃない。大事で、同時に危険でもある。身体と心の回路が書き換わることもある。だから、刻んでおいてくれたまえ」

 

 畳の上に、言葉がぽとんと落ちる。重さは軽いのに、沈む。

 

 狐男は姿勢を崩さないまま、声色だけ柔らげた。

「前置きが長くなったね。——じゃあ、ひとつずつ、丁寧に教えよう。君が望む働きに最短で近づくための話だ」

 

 

 

 




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