陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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28話

 狐男は帳面から指を離し、天井の梁を一度だけ見上げる。声の温度が半歩さがって、昔話の調子になった。

 

「一昔前にね、ある人物がこの世に生を受けた。——生まれながらに、別の世界の記憶を持っていたそうだ」

 語尾が柔らかく丸まる。(別世界、か……この人、そういうおとぎも喋るんや)

 

「それはそれは大層に喜んでね。物語の主人公を目指して、努力したみたいなんだ」

 狐男は目を細め、口元だけで懐かしそうに笑う。

 

「けれど、彼は主人公ではなかった。同世代に“勇者”が現れて、バッサバッサと恐怖を斬り伏せていく。親友だと思っていた相手が、実はその勇者だった——彼は努力しても、勇者の十分の一もスリラーを倒せなかったんだよ」

 ひと呼吸、短い哀しみが落ちる。(十分の一、か。すごい数字やのに、残酷に聞こえる)

 

「でもね——彼は“作り出した”。勇者と並び立つための方法を!」

 狐男の声に、ちいさな熱が差す。手の甲の血管が浮いた。

 

「それが神殿。別世界の記憶を参考に、自分で組み上げたシステムさ。職業(ジョブ)という役割を自身に与えることで、強くなる。役割を定めれば技が芽吹き、道が見える。これで——並び立てる」

 言いながら、自分の胸をこんと指で叩いた。(作り手みたいな口ぶりやな……まさか)

 

「——はずだったんだよ」

 熱が、すっと引く。

「でもね、勇者はもう笑っちゃうくらい強くてね。当時、勇者の周りの仲間は、結局露払いが精々。彼が全盛期を過ぎても、構図は変わらなかった。僕らは、お荷物だったのさ」

 悔いが畳に沈む。僕は息をひとつ溜める。(“僕ら”って複数形……やっぱこの人、ただの面談官やない)

 

「その後、勇者様は右腕やら足やらをやられてね。どうにか取り戻すため、考えに考えた末に——核移植手術なんてものにも手を出して、そして大成功。……けれど、これは今回関係ないね」

 狐男はあっけらかんと笑って、すぐ顔を整える。(関係なくはなさそうやけどな。第三世代の根っこや)

 

「話を聞いて分かってくれたと思うけど、職業についたからって劇的に強くなるわけじゃない。勘違いくんはたまにいるけどね」

 目線は窓の外のまま、言葉だけがこちらに届く。

(矢場班長を思い浮かべて、あれには絶対ならん)

 

「だから君は、ちゃんと力を正しく振るえる人であってくれたまえ。役割は刃物にもなる。握り方を間違えたら、誰かを切る」

 

 喉がひとつ動く。(刃。せや、影も刃や。握り方、気ぃつけな)

 

「——さて。長話はここまでにしようか」

 狐男が机の引き出しに手を入れ、人の顔ほどもある水晶を、そっと置く。室内の光を吸いこんで、内側に淡い霞が巻いている。

 

「さぁ、これに手を伸ばして祈り給え。祈りは自由だよ。願いでもいい、誓いでもいい、手紙でもいい。神殿が君に返す候補は、君の祈りに形を合わせて出てくる。——完全にじゃない。少しだけね」

 片目だけ、わずかに細めた。(少しランダム、さっき言うてたやつ)

 

「影を深く。速く。正確に。それを願うのは、とてもいい。ただ——自分を縛り切らないこと。祈りは道しるべであって、鎖ではない」

 

 水晶の前に、僕の手が止まる。冷たい気配が指先から肘にあがってくる。

(選べへんこともある。でも、選べる言葉はある。言い方で、道は変わる)

 

 僕はゆっくり掌を重ね、反対の手でその上を覆った。視線は横。呼吸はまっすぐ。

(——願うのは、線。見つからんまま、見せる力。恐怖を薄める段取りのすべて。一撃で露払い、先に進んで、戻ってくる。

 僕は、使う。刃を。正しく)

 

 口の中で、誰にも届かん小声がひとかたまりになる。

「……お願いします」

 水晶の奥の霞が、ほんの少し濃くなった気がした。狐男の横顔は相変わらず窓の外で、口元だけが楽しげに動く。

 

「いい祈りだ。——さあ、神殿からの返事を、受け取りにいこう」

 

 

 

 水晶の内側で白がほどけて、帯みたいな光がこちらへ流れ出した。

 温かい。包まれる。毛布じゃなくて、自分の影ごと抱きしめられる感じ。

 

 視界に文字が浮かぶ。墨で書いたみたいにくっきりと。

 

> 斥候

義賊

忍者

 

 

 

(三つ……説明、ないんかい)

 どれが何できるんや、って考えながらも、手はもう決めてた。

「——忍者」

 直感で押す。光が部屋いっぱいに広がって、次の瞬間、収縮。ぴたりと僕の身体の内側に着地した。

 背中にもう一枚、薄い影が重なる感触。呼吸が一段深くなる。

 

 ぱち、ぱち。

 狐男がゆっくり拍手している。

「すごい光だったね。これは——いっぱいスリラーを倒してきた感じかな?」

 口角が例のニヤニヤで上がる。

 

「いえ、三級でけっこう足踏みしてたんで。……それなりやと思いますけど」

「なるほど、なるほど」

 帳面の端を指でとんと叩いて、狐男が少し考える顔になる。

「あんまり知られてないんだけどね。スリラーを倒した分、自分の魂の“格”って言えばいいのかな、それが広がるんだよ。するとどうなると思う?」

 

「格が広がると……強くなるとか、ですか?」

「半分正解だよ!」

 楽しそうに指を立てる。

「強くなる、それもたしか。恐怖を吸って打ち勝てるようにもなる。——ただ、もう一つ。職業についていない状態で、君みたいに実戦で積んでるとね、良い職業が“出やすくなる”んだ。驚いたかい?」

 いたずらを自慢する小学生みたいな笑顔。(やっぱりこの人、狐。人をからかうために生まれてきた顔してる)

 

「……じゃあ、忍者が出たのは、僕の線とか影の積み重ねのおかげ、ってことですか」

 

「自然だね。他には何が候補にでたんだい?少し解説してあげよう」

「斥候と義賊と忍者です。忍者を選びました。」

「ふむふむ、斥候は基礎の役割、義賊は民に紛れて潜入・支援が強い。忍者は影に潜み、機動を戦闘向けに拡張していく。君の願いと実績からすれば、相性が良い」

 

 胸の奥で、何かが“コト”ってはまった。(足跡、無駄やなかった)

 

 

「ただ、さっきも言ったが“なんでもできる”わけじゃない。技目録は段階的に閃くように、あるいは、思い出すように浮かぶ。今日は扉が開いただけ。しっかり歩き出すことが大事だよ」

「了解です。これまで足踏みしてたんで」

 

 

狐男が、僕の指先を見て少し顎をしゃくる。

「何か身体に不思議な感覚はないかい?何か新しいことが出来るって言う感覚があるはずだよ。言葉にしてごらん」

 

目を閉じる——心の中でなんとなく出来ることがある様な感覚がある。

「……苦無投。これは指がうずく感じがある。他は、隠れ身、静落ち」

 

「うん、正しい認識だ」狐男は口角だけで笑う。

「今の能動的な技は一枚、『苦無投』のみだね。忍者としては一般的な技だよ。投擲の技さ、効果は単純に威力の高い遠距離攻撃ってとこだね。隠れ身は名前の通り見つからない。だけじゃない。

—未発覚時の致命の目が少し上がる(気づかれていない相手に一撃で深く通りやすい)。—静落ちは微妙に足音が軽減される。まぁ最初はそんなとこだね」

 

「……つまりコツコツやるしかない、ってことやな」

「そうだねぇ。次第にいろいろ使えるようになるよ。身体に職業が馴染んでいく度に“技目”が濃くなる。焦らないことだよ。まずは苦無投を百本投げて癖を揃える。未発覚一撃は欲張らず一日一回でいい。静落ちは三日、意識して歩くだけでも効きが変わる」

 

 口の端が勝手に上がる。(嬉しい。地味でも、積めば伸びる)

 

 

「では手続きだ。君の職業授与の記録を作る。二級申請も神殿側で回しておこう。」

「……助かります」

「礼は、現場で返してくれたまえ。力を正しく振るうこと。それが唯一の返礼だよ」

 

 狐男は、机の引き出しから薄い札を出して、僕の前に置く。半透明で、内側に細かい印が走っている。

「職業札(ジョブタグ)。身につけておきなさい。これで晴れて2級の救済者さ。神殿の祭壇で一回、祝詞を受けてから正式発効になる。今日は重い訓練はするな。身体がびっくりしちゃうからね」

「気をつけます」

 

「それと、最後にもう一度。——恐怖には負けないことだ。共存は出来る。恐怖に飲まれてしまえば君は君じゃなくなってしまう。期待してるよ。忍者くん」

「……はい。見つからんまま、見せます。薄めます。正しくやります」

 

 狐男が満足げに鼻で笑って(でも褒めてる)、手をひらひら振った。

「よろしい。——では、祈りの間へ。祝詞を受けて、あとは自由さ。前途ある若者に幸多からんことを」

 

 立ち上がる。畳がやわらかく鳴る。

 背中に重なった二枚目の影が、歩幅に合わせてすっと伸び縮みした。

(忍者。……言うてみると、気持ちええな)

 

 

 障子を引くと、さっきの老シスターがもう待っていた。

 反射で後ろを振り返って、面談官に一礼——しようとしたら、もうどこにもいない。(……はや。狐、煙みたいや)

 

「こちらへどうぞ」

 老シスターがゆっくり先導する。廊下の突き当たり、天窓から光が落ちる神台へ。舞い上がった埃が金の粉みたいに浮いて、空気だけがあたたかい。

 

 老シスターは立ち止まらずに演台まで上がり、胸の前で手を合わせ、ひとつ深い息。

 背に後光が差したように見えた次の瞬間、声が降ってきた。

 

 ——祝詞。

 人の声なのに、水みたいに澄んでいる。

「ひとは灯、闇を割り、恐怖を薄め、道を成す……」

「過ぎし日の傷を恥じず、明日の安寧に手を伸べ……」

「並び立つ者よ、刃を正しく、糸を正しく……」

 

 僕は慌てて片膝をつき、頭を垂れる。胸の奥で二枚目の影がすっと整列して、職業札の印がじんわり温かくなる。

(……ああ、入った。ここで正式なんや)

 

 言葉がやむ。神台に落ちる光が、ひと呼吸ぶんだけやわらぐ。

 老シスターが演台から降りてきて、にっこり笑った。

 

「——無理はしないようにね。こんなお婆よりも、ずっと長生きするんだよ」

 目はしょぼしょぼやのに、声の芯はまっすぐや。

「怖くなったときは、いつでも神殿においで。温かい紅茶を用意しておくからねぇ」

 まるで本当に湯気が立った気がして、喉がほどけた。

 

「……おおきに」

 頭を下げながら、心の中で決める。(今度は茶菓子、なんかええやつ持ってこ。甘さ控えめのやつ。羊羹とか……いや、この人はサクサクのクッキー派かもしれん。二択で攻めよ)

 

 老シスターが僕の胸元の札をそっと確かめて、うんうんと頷く。

「よく似合うよ。——さぁ、行っておいで」

「はい」

 

 神台の段を降りる。影が足元に寄り添ってくる。さっきまで薄紙だった“忍者”が、いまは一枚の布になって、背中に静かにかかっている感じ。

 

(——小野寺さんのとこ、戻ろ)

 回廊に出たとたん、香の筋が細く伸びて、出口の方角を指す。

(祝詞完了、正式発効。報告して、もし時間あったら中庭で苦無の一本試し……いや、建物ん中はあかん。外で三歩下がってからや)

 

 歩幅を揃えて、神殿の門へ。

 朝より胸が軽い。手のひらは少し汗ばむ。

 でも、前を向ける。今日は、ほんまにそういう日や。

 

 

 

 

 

 




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