陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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29話

 神殿の門をくぐったところで、眼鏡の奥の目がすっと細くなる。

「——大丈夫だった?」

 小野寺さんは、僕の斜め前に立って、目線を外したまま薄く笑う。その立ち位置が、ほんま助かる。

 

「……忍者になりました」

「お、かっこいいね」

 声が一段明るくなって、すぐにくすっと笑う。

「面談官の人、変な人だったでしょ」

「不思議な人でした。胡散臭い人やと思ったんですけど、真摯で……」

 言いながら、言葉がひとつ詰まる。胸の奥で、妙な確信がかすめる。

「……もしかして勇者様の関係者やったり?」

(期待半分、困惑半分。——仲間やったら、若すぎる気もするけど)

 

 小野寺さんは、唇に人差し指を当てて、いたずらっぽく。

「秘密だよっ」

(なにその言い方、可愛い)

「——なんてね」とすぐ柔らかく笑い直す。

「私の口からは言えないんだ。凪くんが任務をこなしていけば、また会えるかもね」

 諭すみたいに、でも背中を押すみたいに。

 

 話してるうちに、石畳のリズムが局舎の木の輪郭を連れてくる。

「……あ、もう局の前や」

「歩き慣れてると、時間が縮むんだよ」

 小野寺さんが肩をすくめる。制服の袖口が光をすべる。

 

「手続き、すぐ済むよ。二級の記録と、職業札の登録だけ」

「お願いします」

「うん。——それでね」

 

 小野寺さんが、ほんの少し声を弾ませる。

「手続き終わったら、すこしお茶しよっか」

「え、ええんですか」

「サボりじゃないよ!」と、両手を小さく振る。

「救済者の話を聞くのも仕事だからね。ね、忍者くん」

 最後の一語だけ、ちょっと誇らしげに。

 

 喉の鍵が、かちゃんと軽く鳴った気がした。

「……それやったら、次の任務とか相談したいです」

「おぉ、良いね。甘いのも食べながらねっ」

「約束でしたしね」

「そうだね、凪くんはもうちょっとスマートに女性をお茶に誘えるくらいにならなきゃね」

 からかうような笑み。

「え? 僕なんかが誘っても……あれですし」

 舌がもつれて、情けない。けど、笑ってくれたならまあ、ええか。

 

 小野寺さんはふふっと笑い、扉を開ける。

 玄関の影が僕らをひと口分だけ冷やし、すぐに受付の明るさが包む。

 

「それじゃあ、あそこの受付で」

 先導されてカウンターへ。小野寺さんはてきぱきと書類をそろえ、指先で順に示す。

「ここに名前、ここに職業とタグ番号、ここに住所。——はい、どうぞ」

「はい」

 ササッと書く。字が少し震えてないかだけ、こっそり確認。

 

「バッチリだね」

 書類を受け取り、受付裏へ消えていく。ほどなくして、カウンターの向こうから手でオッケーサイン。

「これで局の方でも二級の確認、取れました。改めておめでとう!」

 眼鏡越しの笑顔が、ほんま眩しい。

「おおきに。小野寺さんのお陰です」

 

 小野寺さんはトコトコとカウンターを回り、軽く顎で入り口を示す。

「それじゃあ行こっか」

「はい」

(今から——糖分や)

 

 肩並べず、半歩ずらして歩き出す。視線は外されたまま、会話はまっすぐ。

 胸の内側で、二枚目の影がすっと馴染む。

(二級・忍者。ちゃんと届いた。次は話して、決めて、動く)

 扉の向こうに、湯気と甘い匂いの予感がふわりと漂っていた。

 

 

 

 連れてこられた店は、僕がこれまで一度も足を踏み入れたことのない“静けさの種類”をしていた。

 真鍮の取っ手、深い色の木枠、アンティーク調の外観。外の喧騒が一枚のガラスですっと置いていかれる。

 

「ここ、私のお気に入りの店なんだ。凪くんも常連になってもいいよ」

 小野寺さんがほほ笑んで、扉を押す。

 カランコロン。低いベルの音が、店内の空気に丸く溶けた。

 

 カウンターでは、老マスターがカップをきゅっと磨いている。

「……いらっしゃい」

 耳にやさしいひと言。声まで木目調や。

 

 小野寺さんは慣れた足取りで奥へ。「ここなら喋っても大丈夫だからね」

 指先が示した席は、壁際の日陰。僕好みの位置取りに心の緊張がひとつ解ける。

「落ち着いた雰囲気でええですね」

「でしょ? ここ、凪くんにぴったりだって前から思ってたの」

(……見られにくい席、ちゃんと覚えてくれてるんやな。ありがたい)

 

「コーヒーとケーキのセットでいいかな?」

 頷くと、小野寺さんはササッと注文を取りに行き、「少ししたら出来るって」と戻ってきた。

 

「すんません、何から何までやってもうて」

「じゃあ、次は凪くんにどこか案内してもらおうかな?」

 いたずらっぽい笑み。

「僕で良かったら! ええ店、探しときます」

「楽しみにしておくね」

 

「次の任務のことなんですけど——」

「せっかくのデートなのに、いきなり仕事の話は嫌われちゃうよ、凪くん」

「え?! でっ……でデートですか??! すっすみません」

「ふふっ。冗談だよ、真面目な加賀谷凪くん」

 いたずらの角度をほんの少しだけ戻して、柔らかい声に変える。

「うん、次の任務の話ね。何か考えてる?」

 

「(深呼吸ひとつ)職業に就いたばかりなんで、まずソロ向けのスリラー討伐とか、軽いので一回慣れときたいなって」

「堅実で良いと思うよ。足元から整えるの、凪くんらしいね」

 指でテーブルの端をとんと叩いて、少し考える顔。

「規模の大きい討伐は今朝、矢場班が出てるから、早くて明後日の夕方には戻るはず。それの後処理の確認とか、小規模任務をいくつかピックアップしておくね。明日、また受付に来てくれる?」

「助かります。いつでも出れるよう、準備しときます」

 

 そのタイミングで、トレーに小さな揺れ。

 白いカップと、厚みのある皿。ナイフの横に、季節のケーキがちょこん。

 湯気にやわらかい酸味、その向こうに焙煎の香りが運ばれてくる。

 

 ひと口。

「……美味しい。(香りがええ)」

「でしょ! ケーキも美味しいよ」

 勧められるままフォークを入れると、外はさくっ、中はしっとり。

「……うま。これ、正解ですわ」

「よかった」

 眼鏡の奥がすこし細くなる。低い声で笑うの、反則や。

 

 カップが半分ほど軽くなった頃、互いに最近の出来事をぽつぽつと。

 僕は「忍者の最初に出た技が『苦無投』だけだったこと」「静落ちがまだ気のせいレベルやけど確かに効くこと」「隠れ身の未発覚一撃が『一日一回』って自制にちょうどいい縛りになること」。

 小野寺さんは「受付の裏側で誰がどう任務を束ねてるか」「現場向けの伝言はどの窓口だと早いか」「記録は紙と口頭どっちを先にすべきか」。

 

「……やっぱり、口でですか」

「うん。緊急の時はどうしてもね。凪くん場合は紙の方がよく喋るから。正確だし、あとに残るのも大事だしね。裏方は目一杯サポートするからね、将来有望な忍者くん」

「任せます。紙、よう喋らせます」

 二人で小さく笑う。店の奥で時計がコトと鳴った。

 

 

「それとね——」

 小野寺さんが、さっきまでの柔らかい空気をすっと引き締めて、小声になる。

「最近、スリラーの“巣”が密接しているって報告がいくつか上がってるの。件数は多くないけどね」

 

(巣はふつう単体で、一定範囲を恐怖で満たす——二つが近接することもゼロやない、くらいに思てたけど……)

 

「これは俗説って言われてるんだけど、巣って“何かのモチーフ”になってる核に恐怖が集まってできるの。だから巣の核は基本ひとつ。そこから出てくるスリラーも系統が似るのよ」

「この前の凪くんの任務も、ゾンビっぽい人型が中心だったでしょ?」

 

「……そういえば、そうや。大小はあっても、みんな人型で、ゾンビ言われたらまさにやったわ」

 言いながら、胸のどこかがハッと冷える。

 

「でね、核が近接して**“重なる”場所だと、単純にスリラーが多いうえに、弱点や挙動が食い違う。想定より手こずってるみたいなの」

 小野寺さんの声に、憂いがひと滴落ちる。

「だから、探索に行くときは、いつも以上に気をつけて**ね」

 

「了解です。情報、助かります」

 

「ついでに、もうひとつ」

 声の高さを半歩だけ落として、いつもの実務のトーンに戻る。

「矢場班の件。さっきの件にも関連するんだけど、戻りを見て、何かあったらすぐ教えるね。奏子ちゃんのこと心配だったでしょ?」

(……ほんま、おおきに)

 

「お仕事だからね」

 言い切りの声が、まっすぐで、やわらかい。

 

 ケーキの皿が空になって、カップも底が見え始める。

「次、凪くんおすすめの店、期待してるからね」

「任せてください。静かで、甘いとこ、線引いときます」

「ふふ。地図、楽しみにしてる」

 

 会計を済ませて、扉の前。

 カランコロン。外の光は少し傾いて、影が長い。

(甘味任務、完遂。次は——準備や)

 

 

 「じゃ、明日。受付で」「明日」

 半歩ずれて歩き出す。視線は外されたまま、歩調だけぴたりと合う。背中で“忍者”の布がすっと伸び、軽くなる。

(糖分補給、完了。準備、始めよ。投げて、歩いて、薄める)

 胸の奥が、静かにやる気の温度になっていた。

 

 その勢いのまま訓練場に向かおうとして——足が止まる。

(……あ、苦無、持ってへん)

 うっかり。方向転換。武器屋へ。

 

 昼下がりの武器屋は、油と革の匂い。カウンターの向こう、店主は無言で砥石を回している。こちらを一瞥もしない——助かる。

 投擲棚の前で、鉄肌の苦無を手に取る。刃渡りは掌半分、重心は根本寄り。腰の帯に沿う薄いポーチも一緒に。

 カウンターへ置くと、店主が品だけを見てぼそり。

「苦無、十で八万。ポーチ込みで十万」

 値付けも態度もぶっきらぼう。でもこういうのが落ち着く。

「それで」

 言われた額をそのまま払う。財布は軽くなるけど、心は重さが揃う。(趣味もなかったし、防具はほぼ無傷やし、貯金はまだある)

 

(よし。準備万端。訓練場や)

 

 店を出たところで、空気を裂く大声。

「また会ったな、坊主!」

 この無遠慮な響きは——鎧塚さんや。

 

「どうも」

「そういや、今日が職業決まる日だっけか? もう行ってきたのか?」

「忍者になりました。今から慣らしに行くところで」

「おお! かっこいいじゃねーの! 忍者ってことは、裸になると強いのか?」

「裸で探索してたら救済者やなくて、変質者やろ」

「ははは!」鎧塚さん、腹の底から笑う。「一昔前のゲームではそういうもんだったんだよ。——で、これから訓練場か?」

「そんなとこです」

「そうか。訓練中、少し邪魔しても良いか?」

 僕はつい、胡乱げな目。

「わりぃわりぃ、邪魔したいわけじゃねぇよ。前に言ったろ、俺の息子紹介するって」

「……あ、そういや言ってましたね。(最近インパクト強い人ばっかで忘れてた)」

「忘れてただろ」口元に笑み。「連れて行くから、少し相手してくれよ」

「ええですよ。訓練場の誰もいてへん隅におるんで、声かけてください」

「あぁ、すまんな。先に行っててくれ、後から連れてくよ」

 

 鎧塚さんはドスドスと大きな体を揺らして、別の通りへ消えていく。

(先に投げ癖、作っとこ)

 

 僕はベルトのポーチを軽く叩いて、訓練場へと歩を速めた。指先が少しうずく。新しい重みが、手に馴染もうとしている。

 

 

 

 

 




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