陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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3話

 

 翌朝。局の宿舎の食堂は、まだ朝日が昇りきらない時間帯だというのに騒がしかった。

 金属製の椅子が擦れる音、皿にスプーンが当たる甲高い音、あちこちで交わされる新人たちの会話。

 

 「なあなあ、昨日の任務、マジで意味なかったよな」

 「だよなー。廃屋の中、埃しかなかったじゃん。俺の新しいブーツ真っ白だぜ」

 「ハハッ、それ“戦果”ってことでいいんじゃね?」

 

 笑い声が飛び交う。

 僕は隅の席に腰を下ろし、黙々と冷めたパンをかじっていた。

 

 視線がちら、とこちらをかすめる。

 ……それだけで胸が強張る。喉が閉じ、口の中のパンが紙屑みたいに味気なくなる。

 

(またや。別に声かけられたわけでもないのに……勝手に体が固まる。

 これじゃあ、ただの無愛想にしか見えんのに)

 

 心の中では言葉があふれている。

 彼らの笑い声にツッコミだって山ほどある。

 

 

(埃で真っ白? 掃除のアルバイトやないんやぞ。

 それに“意味ない”とかよう言うな。昨日見つけた痕跡、忘れてへんやろ?

 僕の部屋より汚かったけど、血の跡は確かに残っとったんやから)

 

 でも、声に出せない。

 誰かと目が合った瞬間、舌が鉛みたいに重くなる。

 

 

---

 

 そこへ、班長が食堂の扉を乱暴に開けて入ってきた。

 

 「おい、全員起きてるな。ちょうどいい」

 

 班内がしんと静まる。

 班長は手にした命令書を机に叩きつけた。

 

 「昨日の廃屋群、もう一度調査だ」

 

 「えっ、またっすか?」

 「マジかよ、二度手間じゃん」

 「どうせ何もねえだろ」

 

 露骨な不満があちこちから漏れる。

 班長は眉間に皺を寄せ、舌打ちを一つ。

 

 「上の判断だ。文句言っても仕方ねえ。さっさと準備しろ」

 

その言葉と同時に、また僕に視線が集まる。

 無言で座っているだけで、刺すような目線が突き刺さる。

 

(なんで僕に……いや、わかってる。昨日、何も言えんかったからや)

 

 胸が焼けるように熱い。

 言いたいことはある。昨日の痕跡について、ちゃんと話したい。

 でも、喉が閉じて声にならない。

 

(違うんや……ほんまは僕、ちゃんと見てたんや。気づいてたんや……!)

 

 

---

 

 出発準備に取りかかる班員たち。

 革鎧を調整し、剣の鞘を鳴らしながら軽口を飛ばす。

 

 「今日も無駄足か〜。ま、早く終わらせて昼寝だな」

 「ほんとそれ。こんな雑用ばっかじゃ、俺らいつまで経っても昇格できねえよ」

 

 僕は荷物の中から一冊のノートをそっと取り出した。

 昨夜、屋根の上で書き込んだ“観察記録”。

 

粉塵の散り方、壁の爪痕、床にこびりついた小さな血痕。

 誰も気づかなかった異常の証拠が、そこに詰まっている。

 

 ページを開きかけたところで——声が飛んできた。

 

 「おい、加賀谷」

 

 班長だ。

 僕はびくりと肩を揺らす。

 彼の眼光が突き刺さる。

 

 「昨日の任務、お前、何か見てたんじゃねえのか」

 

 喉が固まる。返事が出ない。

 胸の奥では、必死に言葉が渦を巻いているのに。

 

(……言いたい。ノート見せたい。昨日、確かに痕跡があったんやって!)

 

けれど結局、僕は小さく頷くだけだった。

 それが精一杯。

 

 班長の眉がひくつく。

 

 「チッ……ったく、ロクに喋れもしない役立たずめ」

 

 鋭い舌打ちとともに背を向ける。

 周囲から、また小さな笑いが漏れた。

 

(違う……ちゃうねん……! 僕は空気やあらへん!

 ほんまは、全部見えてるんや!)

 

 拳を握りしめながら、僕は静かにノートを胸に押し当てた。

 

 

---

 

 廃屋群は昨日と同じように沈黙していた。

 昼間だというのに薄暗い。砕けた屋根から差す光は白く濁り、漂う粉塵が煙のように揺れている。

 

 僕らは瓦礫を踏みしめて進んだ。昨日の足跡がまだ砂に残っている。

 「ったく、二日連続とか嫌になるわ」

 「どうせ何もないのに」

 班員たちは口を揃えて愚痴をこぼす。

 

 僕は胸の奥にずっと隠していたノートを取り出した。

 昨夜、必死に書き込んだ観察記録。

 爪痕の角度、粉塵の舞い方、血痕の大きさ。

 あの時は声にできなかったけれど、確かにここには異常があると証明できる。

 

 

(今しかない……昨日の分も取り戻さなあかん。僕が、見逃してへんって示さな)

 

 勇気を振り絞り、班長に差し出した。

 

 「……っ」

 言葉はやっぱり出ない。でも震える手でノートを押し出す。

 

 班長は怪訝そうに受け取り、ぱらぱらとめくった。

 最初は何の顔もしなかったが、次第に眉間に皺を寄せる。

 

 「……おい」

 

 低い声。空気が凍りついた。

 班員たちが「何?」と顔を向ける。

 

 班長はノートを突き返すように僕の胸に押し付けた。

 

 「なに後出しで書いてんだよ」

 

 その一言で、僕の心臓が鷲掴みにされる。

 

 

「てめえ、昨日これ気づいてたんだろ」

 「……」声は出ない。

 「なんでその場で言わねえんだよ! お前がちゃんと報告してりゃ、昨日の犠牲も出なかったかもしれねえんだぞ!」

 

 怒鳴声が廃墟に響き渡った。

 班員たちが一瞬押し黙る。

 誰もが思い出す——昨日、倒壊した壁に巻き込まれた別班の新人。助かったが、骨折で長期離脱と聞かされた。

 

 「お前のせいだよなあ?」班長は吐き捨てるように言った。

 「……っ!」僕の胸が潰れそうになる。

 

(ちがう……僕は、気づいとった。ちゃんと。誰よりも見ててん。

 でも……視線が刺さって、声が出えへんかってん……!)

 

 心の中で必死に叫ぶ。

 だが唇は震えるだけで、ひとつも言葉を外に押し出せなかった。

 

「はぁ……役立たずが。命かかってんだぞ、遊びじゃねえんだ」

 班長は額に手を当て、深くため息をつく。

 

 周囲の班員がくすくすと笑った。

 「昨日の怪我、こいつのせいだったのか」

 「やっぱ無口って迷惑だな」

 「マジで空気以下だわ」

 

 笑い声が皮膚を焼く。

 僕はうつむき、唇を噛んだ。血の味がした。

 

 

---

やがて班長は冷たく言い放った。

 

 「おい加賀谷。お前は今日、一人で行動しろ」

 

 「えっ……」班員たちが驚く声をあげる。

 

 「どうせ俺たちと組んでも役立たねえんだろ。だったら一人でやれ。お前の“観察眼”とやらを存分に発揮してこいよ。留守番してても良いけどな」

 

 それは事実上の突き放しだった。

 僕は言い返すことができなかった。喉がひゅっと閉まり、心臓が重く沈む。

 

(なんやねん……結局、僕は……邪魔者か)

 

 でも同時に、胸の奥でかすかに灯るものもあった。

 

(……せやけど、一人やったら僕は自由に喋れる。

 誰も僕を見てへん。なら、ほんまの僕を出せる。

 見とけよ。僕はただの役立たずやない。証明したる)

 

 

拳を握る。

 その表情は、誰からも見られないように瓦礫の影に隠れていた。

 

 

班から外れた瞬間、世界が変わった。

 背中にまとわりついていた視線が消え、空気が澄んでいく。

 胸に張り付いていた鉛の板が剥がれ落ちるみたいに、喉が軽くなる。

 

「……ふぅ。やっと僕のターンやな」

 

 声は、誰にも聞こえないほどの囁き。

 でもその囁きは、影の中ではよく響く。

 

 瓦礫の間を抜ける足取りは羽のように軽い。

 靴底が粉塵を踏んでも、跡だけを残して音は立たない。

 影から影へ、自然に溶け込むように移動する。

 

 

---

 

「ほれ見てみ……壁のヒビ、昨日より広がっとる。湿気と振動やな。誰も気づいとらん」

 「床んとこの粉塵も新しい。……踏んだやつがおる。昨日か、それより後や」

 

 小さな声で、観察を言葉に変える。

 それは報告用の記録。けれど僕にとっては、呼吸みたいなもんや。

 言葉にすれば、恐怖は形を持つ。形を持った恐怖は、ただの情報に変わる。

 

 「昨日の連中、絶対スルーしたやろなぁ。ほんまザルやで。」

 肩をすくめ、微かに笑う。

 笑い声は胸の奥にだけ響き、外には漏れない。

 それでも十分や。僕の声は、僕に聞こえてればそれでええ。

 

 

---

 

しゃがみ込み、床をそっとなぞる。

 粉塵に刻まれた小さな線。

 三本の爪跡と、擦った血の色。

 

 「……子供サイズやな。けど、子供そのものやとは限らん」

 

 背筋がぞわりとした。

 血の跡は乾きかけ。昨日、いや、もっと新しい。

 

 「やっぱり……ここにおるんや」

 

 唇が自然に引き締まる。

 軽口を挟みながらも、声の奥には熱が宿る。

 

 ノートを取り出し、素早く記録する。

 爪の角度、歩幅、血の乾き。

 ペンの音だけが廃墟に小さく響く。

 

 

さらに奥へと足を進める。

 床板の軋みを避け、崩れかけの柱の影を縫う。

 空気の揺らぎ、風の音……一つひとつを拾いながら。

 

 「子供型……いや、見かけだけや。餓者髑髏(がしゃどくろ)系の亜種やとしたら、不規則な動きする。……油断は死に直結やな」

 

 声を出すことで、心拍数を整える。

 舌は勝手に動く。

 それが僕の“平常心の形”や。

 

 

---

 

……風が切れた。

 ひゅう、と、短い音。

 

 廃屋の隅、影が揺れる。

 床の割れ目から、小さな影がするりと這い出した。

 

 「……出てきたか」

 

 喉の奥で笑む。

 呼吸を殺し、足を止める。

 壁の影に半身を沈め、気配を完全に消す。

 

 

---

 

 赤い光点が、暗闇に浮かんだ。

 骨ばった腕、軋む音。

 小型のスリラー。

 

 「はじめましてやな……小っこい悪夢さん」

 

 囁きと同時に、ノートを閉じた。

 次に必要なんは記録やない。行動や。

 

 影の中で指先が静かに武器に触れる。

 鼓動は早い。けれど震えはない。

 

(僕は……もう逃げへん)

 

 

 

 

---

 

 影が跳ねる。

 赤い光点が、まっすぐこちらを射抜いた。

 

 ——気づかれた。

 

 廃墟の空気が、張り詰める。

 僕と小型スリラーの視線が、闇の中で交わった。

 

 

---

 

 

 

 

 




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