陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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30話

 訓練場は、昼過ぎの空気がぼんやり漂ってて、人はまばら。入り口近くの明るいエリアに的や筋トレ器具が集まってて、そこにだけわいわい生き物が寄ってる。

 僕の場所は、逆側。屋根の梁が落とす影が半分くらい床を塗ってる端っこ。ここや、ここが落ち着く。

 

 壁際のラックから藁の的を引っ張り出して、柱の影に立てかける。距離は……まずは八歩。様子見。

 腰のポーチを指で叩いて、口を開ける。鉄の匂い。新しい苦無、十。一本、二本、指先で重さを測る。根本寄りの重心、ええ。回らせず直進させるやつ。

 

(よし。一本目は“素”で投げる。感触確認)

 

 肩を抜く。肘を立てて、息を細く。

 ——スッ。

 鉄が滑って、藁に「スコン」。刺さりは浅い、けどまっすぐ。うん、素の軌道はこんなもん。

 

(次。技、意識していくで)

 

 呼吸を一拍止めて、頭の中で苦無投の“名”を撫でる。指がうずく。肩甲骨の奥、なにか薄い糸がピンと張る。

 

 踏み足、わずかに前。

 ——シュッ。

 空気を割る音が一段細くなる。鉄が走って、藁の芯に「スコン」。さっきより音が高い。

(今の、入ったな。意識した途端、指先から肘、肩にかけて“流れた”。投げた瞬間に当たるって分かる感じ。これや、これ)

 

「このまま“意識しやんでも当たる”まで持ってくで」

 

 二投目。

 ——シュッ、スコン。

 三投目。

 ——シュッ、ドン。

 肩から肘へ、力がブレずに抜けきった時だけ鳴る、あの重たい音。

(出た。大成功のやつ。的の芯、骨ごと掴んだみたいに沈む音。気持ちええ)

 

 回収。影の帯を踏み、足音が勝手に浅くなる。(静落ち、ちょっと効いてる。これくらいでええ)

 苦無を引き抜いて、藁の手応えも確認。刺さり角、良。次は十歩。距離伸ばそ。

 

 十歩。体の向きだけ半身。指は軽く。

 ——シュッ、スコン。

 ——シュッ、スコン。

 ——シュッ、ドン。

(うん、十歩でも“線”がつながる。肩の高さが一段落ち着いたな。いいぞ、僕)

 

 息が少し上がる。けど楽しいのほうが勝つ。

(技ってめっちゃおもろいな。名前一個あるだけで、体がそれに寄っていく。これ、百本投げたらもっと“濃く”なるやつや)

 

 距離、十二歩。影の濃い床に親指の印。立ち位置固定。

 ——シュッ、スコン。

 ——シュッ、スコン。

 たまに小さくブレる。そんな時はすぐ回収、すぐ修正。肘の入り、手首の返し、一つずつ合わせる。

 無心で続けて、汗が耳の後ろを伝う。足元の影が、投げるたびに呼吸みたいに伸び縮みする。うん、馴染んできた。

 

 回収の往復、何本目やろ。藁の的から苦無をまとめて抜いて、手の中の重さを左右で分ける。

 その時——背中側から、低くて太い声が飛んできた。

 

「おう、邪魔するぜ!」

 

 振り向かんでも分かる。この無遠慮な肺活量、鎧塚さんや。

 僕は苦無を一本、指で回してポーチに戻しながら、口の端だけ上げる。

 

「どうも。ええとこ来ましたで。今、めっちゃノッてます」

 

「技って覚え始めが楽しいよなぁ。懐かしいぜ」

 鎧塚さんが目を細める。若い頃の筋肉の記憶でも撫でてるみたいや。

 

「おっと、すまねぇな影。こいつが俺の息子だ。ほら、挨拶しろよ」

 

 ドスン、と影がひとつ増えた。

 鎧塚さんでもデカいのに、その肩越しにさらにデカい影。全身を覆うフルプレート、身長は二メートルを軽く超えとるんちゃうか。鉄の面頬がギラリとこちらを向き、巨体がすうっと跪く。

 

「お初にお目にかかる。拙者、鎧塚家の末の子、鎧塚グルマーで御座る。父上より目線のことは聞き及んでおるゆえ、委細承知。先達より指導賜れると聞き、喜び勇んで馳せ参じた。以後、よしなに——お見知り置きを」

 

 時代劇みたいな口上やけど、板についてる。甲冑の膝が床を押す音も、妙に品がある。

 

「お、おぉ……よろしゅうな」

 僕は思わず困惑笑い。面頬の向こうの目は見えん。助かる。

 

「いやぁ〜物心つく前から時代劇見せててよ!」

 鎧塚さんが腹を抱えて笑う。

「気づきゃ心持ちは侍よ! あっぱれってな!」

 

「いや、フルプレで侍言うより騎士やろ!」

 反射でツッコミ入れてもうた。口が先に動く。

 

「鎧兜は高ぅ御座る。拙者ではまだ手が出ませぬ」

 グルマーは面頬の隙間から饅頭を押し込みながら平然。

「折角ならオーダーで大角を付けとう御座る」

 

「見た目通り頑丈だぜ。俺の子だからな」

 鎧塚さんが肩をドンと叩く。鉄が鈍く鳴る。

 

(第一印象は山。でも面頬で目線が隠れるから、僕的にはありがたい。相性ええかも)

「まぁ、デカいっすもんね」

 

「でだ。次の任務、邪魔じゃなけりゃグルマーも連れてってやってくれ。まだ新入りだが、そこらの前衛より堅くて強いぜ」

 

「何卒、よろしく頼みます!」

 グルマーがもう一個、饅頭を取り出してもぐもぐ。

「拙者、見た目で同期に怖がられて、誰も話しかけてくれぬので御座る」

 

「……まぁ気持ち分かるからええで」

(声こもっとるから、男か女かすら分からんレベルや。神秘の塊やな)

 

「頼むぜ。——模擬戦でもしてみるか?」

 鎧塚さんの目が、いたずらの光で細くなる。

 

「ええよ。端っこ空いとるから、そこ使いましょ」

 

 僕らは訓練場のいちばん影の濃いゾーンへ移動。床のチョークで簡単な円を二つ描く。

 鎧塚さんがラックから木剣と模擬盾を出してグルマーに渡す。盾は人一人は隠れそうな円盤。グルマーが構えると、金属がこすれて低い音が鳴った。

 

「ルールは簡単で行く」

 鎧塚さんが指を立てる。

「影は模擬苦無で三回タッチできたら勝ち。急所は首元の布とわきの下の革、膝裏の三点。グルマーは木剣で一回クリーンヒット出したら勝ち。——無理はすんな。止めは俺が入る」

 

「父上殿助かり申す。拙者、盾を前に参る」

 グルマーがゆっくり立ち上がる。鉄山が起き上がるみたいに、影が伸びる。

 面頬の向こうの呼吸音だけがこもって聞こえる。目は見えん。胸が楽や。

 

「影、準備は?」

「行けます。一本、試しに行きます」

 

 僕はポーチから練習用の苦無を一本。刃先は落としてあるやつ。

 半身。足裏を床に溶かすみたいに置く。呼吸を整え、頭の中で苦無投の名を短く撫でる。指先がうずく。静落ちが足元に染みる。

 

「始めっ!」

 鎧塚さんの号令。

 

 グルマーの盾がぐっと上がる。隙のない正面。真正面は壁。なら——影の縁から。

 僕は一歩、二歩、音を落として右へ流れる。視界の端でグルマーの面頬がわずかに追う。いい。見えてないはずやけど、気配は拾ってくるタイプか。

 

(なら、虚を一個置く)

 

 苦無を投げる振りだけして——投げない。肩だけを浮かせて、逆へすり抜け。

 盾が思わず正面に戻る、一拍の遅れ。そこへ短い送り足。わきの下の革が見える高さに、低く滑り込む——

 

 コツッ。

 練習苦無の柄でわき革をタッチ。

 

「一」

 鎧塚さんの声。グルマーが小さく唸る。

「速やか。……見えぬ」

 

(よし、一つ。次は膝裏)

 

 距離を切ってまた影へ。グルマーは盾をやや下げ、木剣を斜めに構え替えた。さっきの角度、学習早い。重いのに柔らかい構えしてくる。やるやん。

 

 床の影を渡り、今度は真正面から一歩踏み込み、すぐ引く。刀身が空を切る音。盾が追う。そこを半身で抜け、低く回って——

 

 コン。

 膝裏、タッチ。

「二」

 

 グルマーが息を吐く。面頬の隙間から饅頭の香りがふっと漏れて、ちょっと笑いそうになる。(戦場おやつマンやん)

 

「見事。では——参る」

 木剣が一段深く落ちて、盾と一体になった押しが来る。床がわずかに軋む。正面突破の圧、デカい。

(ここで正面は悪手。横や)

 

 僕は真横へ二歩、静落ちで滑る。グルマーの押しが空を掴む。その肩の後ろを風みたいに回って——首元の布、指先でちょん。

 

「三。影の勝ち」

 鎧塚さんが手を叩く。

 グルマーはすぐに木剣を下ろし、面頬の奥で笑ってるのが分かる声で言った。

「早い。音が……消える。忍者、恐るべし」

 

「いやいや、練習用やからですわ。実戦やと噛み合わん相手も多いし」

 肩で息を整えながら、ポーチの苦無を直す。手の中の重さが、さっきより身体に馴染む。

 

「今の三手、良かった。特に一手目の投げる振りな。癖が少ねぇ」

 鎧塚さんが頷く。

「もう一回、条件を変えてやるか。次は盾を捨てて、木剣だけ。グルマー、踏み込みを見せてやれ。影、今度は投げ一本をどっかで混ぜろ」

 

「承知。——影殿、もう一度お願い申す」

 巨体が、今度は軽さを帯びて構え直す。鉄山が跳ねる準備をしている。

 

(ええやん。やりがいある。一本、苦無投を通して“音”で覚えさせる)

 

  指先で苦無を回す。距離、角度、呼吸——ぜんぶが一本の“線”に寄っていく。訓練場のざわめきが遠のいて、影だけが濃くなる。

(やる気、もう一段上がっとる。ええ流れや)

 

「グルマー!ちっとは良いとこ見せろよ! 俺の子はすげぇって思わせてやれ」

 鎧塚さんが、わざとらしく大きな声で発破をかける。

 

「父上殿、そうは申せど早くて追いつけませぬ。……胸をお借りするつもりで参ります!」

 面頬の向こうで、ちょっと弱音。けど、芯は折れてない声や。

 

「タンク系には相性ええから。——とは言え、手は抜かんで」

「望むところ! いざ!」

 

「よーし! それじゃあ、始め!!」

 

「参る!!」

 グルマーが一直線。大盾を前に掲げて、床がギシと鳴るほどの踏み込み。

(直線は速い。デカい。山が迫ってくるみたいや。——一歩がデカすぎて距離感が狂う)

 

「——甘いで」

 盾がぶつかる刹那、足を半歩ズラして、とぷんと影に潜る。熱の壁をするっと抜ける感覚。

 

「ぬぬっ……消えたで御座る!?」

 面頬が左右に揺れる。盾の縁から覗いてきょろきょろ。

 

「終いや」

 背の影からすっと抜け出し、無防備の背中へ苦無投。

 ——カァン!

 甲高い音。面頬の後頭金具に弾かれたが、勢いでうしろ重心に崩れる。

 

「影の勝ちだな」

 鎧塚さん、悔しそうに口元をゆがめつつも即断。

「今のは“視界喪失からの確殺ライン”まで持ってった。十分だ」

 

「無念。手も足も出ないで御座る……」

 グルマーが木剣をおろして、僕のほうに真正面から一礼。

「完敗にござった。——大変勉強になったで御座る」

 

「まぁ、こっちは職業あるし、核移植もしてるしな。そっちはまだ入りたてやろ?」

「それでもで御座る」

 面頬の奥、声の芯は折れてない。ええ根っこしとる。

 

「影、救済局入ってから何年目なんだ?」

「十五で入って、もう三年ですね」

「グルマーはまだ十六だからな。気を落とすな。二、三年もすりゃ、それなりにやれる」

「え、まだ十六? デカいから同い年くらい思てましたわ」

「嫁もデカいからな。まだ伸びると思うぜ。有能だろ?」

 鎧塚さん、豪快に笑う。

 

「拙者、そろそろ身長は止まって欲しいで御座る……。鎧が段々高うなって、装備が追いつかぬで御座る」

 弱音を吐きつつ、また饅頭をもぐもぐ。戦場おやつブレないな。

 

「有望ですね。踏み込みも速いし、そこそこのスリラーなら轢き殺せるんとちゃう?」

「そうだろ! だから次の任務、頼むな。影がスリラー引っ張ってきて、グルマーが押しつぶす。簡単なとこなら行ける」

「凪殿! 若輩者ですが、よろしくお願いいたします!」

 鉄山が深々と折れる。床が少し震えた。

 

「——せやな。じゃ、次の任務はよろしく」

 

「よかったじゃねぇか、グルマー! 俺も影になら任せられる。安心だ」

「そんな期待せんといてくださいよ。僕、二級になったばっかですから」

「慣らし終わったら、一級の下くらいには届くぜ、影」

 鎧塚さんがニヤリ。

「その年でここまでのは、そうはいねぇよ」

 

(持ち上げ方、豪快やな……でも、悪くない。やったる気、湧くわ)

 

「ほな、もう数本やります? 苦無投、一本だけ本気で通す練習、付き合ってください」

「望むところ! 参る!」

 鉄の山が再び構え直す。

 僕はポーチを指ではじき、苦無の重さを手に集めた。影が濃くなる。線が一本、前に伸びる。

(投げて、歩いて、薄める。今はただ、積むだけや)

 

 

 

 

 




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