陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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31話

 何度か模擬戦を回した。条件変え、間合い変え、投げ方も一本ずつ癖を削る。

 鉄の山はぐいぐい押してくるし、僕は影の縁を踏んでひたすら当て逃げ。

 最後の一本を終えたところで、互いに肩で息が揃った。

 

「……今日はここまで、やな」

「異存、なし。拙者、学ぶこと多しで御座る」

 

 グルマーはさっきからずっと饅頭を補給していて、面頬の下でもぐもぐのリズムが一切乱れへん。

(燃費、えぐいな……てか、戦場おやつの概念、完全に定着しとる)

 僕はというと、被弾ゼロ。無傷。影の足運び、だいぶ体に馴染んできた。

 

「明日の朝、受付行って任務の件聞くから、一緒に来ぇへん?」

「御意! 父上殿からも『くっついて学べ』と申し付かっておる。随行いたす」

「ええで。顔は今日、ちょっとも見えへんかったけど……ええ奴そうやったわ」

 面頬の隙間から、饅頭を口に運ぶ一瞬だけ、口元がちらり。

(……優しそうな口角。やっぱ、ええ奴や)

 

「父上殿! 拙者、明朝は受付へ参りまする!」

「おう、行ってこい。影、頼んだ」

 

 軽く手を上げて別れる。夕方の訓練場は影が長く、床に伸びた鉄の山の影と、細い僕の影が一瞬だけ重なって、それから離れた。

 

 腹が空いた。脳みそが糖分を要求してる。

 いつものように局内の食堂でテイクアウト。今日は唐揚げ弁当とプリン。

(タンパク質、糖分、完全勝利や)

 

 宿舎の自室。机の隅に、昨日塗った斥候ミニチュア。その横に、買ったばかりの苦無ポーチを置く。

 弁当をサクッと片づけ、プリンをちゅるんとやっつける。

(投げ:良。歩き:良。薄め:良。明日は受付→任務相談→グルマー引率。)

 

 外套を掛け、ベッドに倒れ込む。

 目を閉じる直前、脳裏に面頬の口元がもう一回だけ出てきて、ちょっと笑ってしまう。

(楽しみやな。新しい仲間、増える予感)

 

 枕が気持ちよすぎて、意識がとぷんと影に沈んだ。

 

 

 

 

 翌朝。窓を割って入ってくる空気が冷たく気持ちいい。顔を洗って、帯を締めて、鐘が一つ鳴り終わる頃に部屋を出る。

 影の細い道を選んで局へ急ぐと——扉の前に鉄の山がそびえていた。身を隠せるほどの大盾、何キロあるんやそれって凶悪メイス、それを片手で持つフルフェイス・フルプレート。

(……侍やない、やっぱ騎士やん)

 内心ニヤけつつ、声をかける。

 

「おはようさん、早いなグルマー」

「おはようございます、凪殿。楽しみで、つい早く着きすぎてしまいました」

 照れてる感じやけど、面頬の奥は読めん。声だけちょっと籠もる。

 

「僕は一つ目の鐘が鳴り終わる頃に出てる。次からはそんくらいでええよ」

(“次”ってええ響きや。先輩らしいとこ、見せなな)

 

 扉を押して二人で受付へ。いつもの小野寺さんの窓口。……やけど、僕が誰か連れとるの、意外やったんか、笑顔が半分だけ硬い。

 

「凪くん、グルちゃん、いらっしゃい」

(あれ、いま笑顔固かったような……気のせいか)

「おはようございま——え、グルちゃんってグルマーのこと? 知り合いやったんすか?」

「遥姉さんとは小さい頃から知ってるで御座る」

「“小さい”って言っても当時でも身長、私と変わらなかったけどね。よく遊んでたの」

(うぐ……十代前半でこんな美人年上お姉さんと遊ぶって何その勝ち組経験。羨ましすぎやろグルマー!)

 

「さて、凪くん。依頼だったね。グルちゃんも一緒でいいのかな?」

「はい」「御意」

「ちょっと待ってね。凪くん用で考えてたから」

「すんません、成り行きで」

「拙者もすみませぬ。邪魔であれば、日を改めまする」

「いいのいいの! 凪くんがしっかり班を作れるっていうのも大事だからね。後輩の指導もするなんて、偉いよ、凪くん」

「い、いえ……」

「うーん、この辺かな……」

 

 小野寺さんが書類を素早く選り分ける。紙がしゃっ、しゃっと鳴る。

 その時——

 

 バンッ!

 局の扉が乱暴に開いた。冷たい朝の空気と一緒に、血の匂い。

 決死の形相の救済者が転がり込む。

 

「緊急!! 矢場班! 討伐失敗!! 怪我人多数!! 救助に何人か頼む!!」

 

 玄関ホールに、声が爆ぜて、反響した。

 

 

 

 

 

 喉の奥で、心臓がどんと一回。

「小野寺さん、グルマー、任務は今度や」

 思わず前に一歩出てた。自分の声がホールに跳ねる。焦りが舌に残る。

 

「凪君、向かいたいのは分かるけど、待ちなさい」

 小野寺さんの声は水面みたいに静かや。

「もう少ししたら、しっかりした情報が出てくるはずだから」

 

「せやかて、すぐ出てこやんでしょっ!」

 つい大きい声。言った瞬間、頬が熱くなる。(やってもうた……)

 

 横で鉄の山が小さく揺れた。

 グルマー、面頬の奥でおろおろしてるのが分かる。肩の浮き沈みで心拍が読める。

 

「奏子ちゃんたちが心配なのは分かる。でも、しっかりした情報がないと二次被害を引き起こす。分かるでしょう?」

 聞き分けのない子に宥める口調。喉の鍵が、きゅっと締まる。

 

 小野寺さんはふーっと長めのため息。次の瞬間、いつもの笑顔でくるっと切り替えた。

「五分ちょうだい。凪くん用に依頼、作るから。特別だよ」

 目がぱちんと笑う。

 

「拙者は、どうすれば……」

「救助も必要なはずだから、凪くんと一緒に行って。——ちょっと待っててね!」

 

 踵を返すと、受付裏へ軽やかに消える。

 ホールでは、駆け込んだ救済者が職員に囲まれて、身ぶり手ぶりで状況をまくし立ててる。

「矢場が——判断早すぎ——巣が二重——」

 切れ切れの言葉の断片が、耳に棘みたいに刺さる。

 

(焦るな、凪。息、整えろ。五分や。五分で線を引く準備をする)

 意識を足裏に落とす。影の濃い場所を選んで立つ。それだけで、少し呼吸が戻る。

 

 横を見る。自分より困惑してる鉄山。

(そら、いきなりこれはビビるやろ。デカいけど年下や。先輩は、僕や)

 

「グルマー、安心せえ」

 面頬の横っ面に向けて、声の角度を柔らかくする。

「救助だけや。グルマーは力いっぱい、怪我人運んだれ。下手な車より力あるやろ?」

 冗談、ほんの一匙。

 

 面頬の奥でふっと空気が軽くなる。

「拙者、トラックであれば持ち上げられるで御座る」

 冗談返し。ちょっと笑いが混じった声。良かった、戻ってきた。

 

「気ぃ使ってくれて、忝ない! ……もう大丈夫で御座る」

 甲冑の胸板にこぶし一つ、こんと当てて気合を入れ直す。

 

「すまんな。僕も焦ってたわ」

 苦笑いが漏れる。

「先輩やからな。頼りにしてくれや。……グルマー一人くらいは背負えるわ」

 自分でも照れる台詞。頬の内側を噛んで誤魔化す。

 

「拙者、当初より凪殿を信頼して御座る!」

 面頬の向こうで、たぶん全力サムズアップ。見えんけど、伝わる。

 

(——僕より、よっぽど気合入っとるな)

 笑いそうになるのをこらえて、肩の力を一つ抜く。

 

「それと拙者、鎧合わせて百キロ以上はありますぞ!」

「そりゃ、気合やろ」

 二人して、短く笑った。ほんの少し、空気が温くなる。

 

 そのとき——受付の奥の扉がカチャと開いた。

 小野寺さんが、茶封筒を二つ、小脇に抱えて戻ってくる。

 顔はいつもの笑顔。でも目の奥は戦場の色になっとる。

「お待たせ。五分、ぴったり。——凪くん、グルちゃん」

 指先で書類を二回、ぺんと叩く音が、合図みたいに胸に届いた。

 

 横でグルマーは、いつの間にか饅頭の包みを開けていた。緊張と糖分の同居、さすがや。

 

 

「まず、情報ね。場所は京浜小学校。スリラーの巣が発見されて、今は休校中のところ」

 

 小野寺さんの声は、いつもより半音低い。僕とグルマーは同時にうなずく。饅頭も同時にもう一口いく。こいつ、でかいのに可愛いな。

 

「矢場班が斥候を疎かにして早く進みすぎてしまって、罠に嵌った。分かっているのはここまで。蜘蛛型が多いのは確か。繭に閉じ込められている人がいる可能性を前提に動いて」

 

「繭、最優先で救助やな」思わず口が先に出る。

 

「そう。タイプはまだ断言できないけど、基本は熱に弱いはず。だから——」

 小野寺さんは封筒からメモを一枚抜いて、僕らに見せる。「簡易バーナーを用意してる。ただし屋内では最終手段。まずは糸を見える化して、切る・はずすを優先。これ、装備庫で渡すから車の中で確認ね」

 

「承知つかまつったで御座る」金属の箱の中からくぐもったグルマーの声。饅頭の包み紙がくしゅっと小さく鳴った。

 

「先遣隊として二人に行ってもらいます。局からサポート二人(担架要員)、神殿から医療二人。計六名で現場へ。本隊は別便で組成中、到着までの安全地帯確保と生存者の位置特定が目標。——深入りは厳禁。ほんとに気をつけて」

 

 僕の喉の鍵が一瞬だけ重くなる。(奏子……矢場班……)

 けど、鍵はすぐ外れた。やれることは決まってる。

 

「昇降口は開いてる。裏口もあるけど狭い。廊下には糸。見た目は払えば切れるのも混じるけど、**硬い“ピアノ線みたいな糸”**が紛れてる報告あり。頭上注意。繭の回収は校内各所になりそう。階段も危険」

 

 状況の地図が、脳内で勝手に線を引いていく。右壁沿いに“道”、繭は“荷”。声に出す言葉の順番を、今のうちに並べておく。

 

 小野寺さんは、次の紙を指でなぞってから、少しだけ表情を引き締める。

「凪くん。この前話した“巣が重なる”件、覚えてる?」

 

「最近のことやから、もちろん。……まさか、今回も?」

 

「多分、そう」短く、でもはっきり。

「蜘蛛型だけでは説明できない痕跡があるの。妖怪めいた“噂”系の兆し。二つ重なってると思って動いて。視線が集まる場所や反射にも注意してね」

 

 視線、反射。僕の弱点に直結する言葉やのに、不思議と手は震えへん。(祈さんの“散らし”……借りたいとこやけど、今日は医療班が来る。大丈夫、言葉で回す)

 

 玄関の方から足音。若い局員が駆け込んできて、手を挙げた。

「車、準備できました! 装備も積み込み完了です!」

 

「助かる」小野寺さんが軽く礼を返して、僕らに向き直る。

「必要になりそうなものは一通り積んだわ。担架、ロープ、チョーク粉、石鹸水のスプレー、糸切りの鉤、簡易ジャッキ、白布、清め粉、バーナー。車内で局員と最終確認して。神殿の医療二人は現地で合流する予定」

 

 列挙される道具が、胸の中で“安心”に変換される音がした。用意がある、道が引ける、戻せる。

 

「さ、二人とも。準備は大丈夫?」

 小野寺さんは、ほんの一瞬だけ目尻を柔らかくした。「気をつけて行ってきて。無事に帰ってきてね。待ってるから」

 

「了解」

「委細承知で御座る!」

 

 声が重なった。僕は一拍置いて、いつもの調子で付け足す。

「見つからんまま、見せて、連れ出します」

 

 小野寺さんが、ふっと笑って、封筒で僕の肩を軽く叩く。「頼りにしてるよ、忍者くん」

 

 胸の内側が温うなる。(任せろ)

 グルマーが大盾を持ち直して、ごつんと床に当てた。「出陣で御座る!」

「床、傷つけんなや」

「ははっ、失礼つかまつった!」

 

 局員が手で合図し、玄関へ先導する。ホールを抜けた外気は少しひんやりして、匂いで季節が分かるレベル。駐車帯に止まったワゴンの後部は、すでに扉が開けられ、担架の金具がきちんと並んで光っていた。

 

「装備の確認、お願いします!」

 若い局員がチェックリストを読み上げる。

「担架二、ロープ二巻、チョーク粉三袋、石鹸水スプレー二、糸切り鉤二、簡易ジャッキ一、角木四、白布四、清め粉二、バーナー二、オイルランタン二。——問題なし!」

 

「ええやん。積み直し不要。このまま行こ」

 僕は苦無の重みを確認し、ポーチの口をきゅっと締める。グルマーはメイスの柄を握り直し、こくりと一つ。

 

「目標は生存者の特定と搬出、校門からグラウンドへの“道”の確保。殲滅は後続に渡す。無茶はしない」

 言葉にすると、喉の鍵が完全に消える。できることを、やるだけや。

 

「——出発!」

 

 




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