陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

32 / 35
32話

ワゴンのドアが閉まる音が、腹に来る良い音で鳴った。

 エンジンが低く唸り、局舎が後ろに流れていく。窓の外の光が揺れて、膝の上の手が勝手に拳を作った。

(見つからんまま、導く。繭は必ず連れ戻す。——待っとけ、奏子。待っとけ、みんな)

 

 助手席で局員が、地図を僕に渡す。「京浜小まで十五分。到着したら、現地で神殿班と合流です」

 

「了解。昇降口から入って右壁沿いで行きます。粉で糸を出して、道引く」

 僕は地図の角を指でとんと叩いた。

「戻る道は太く。誰でも踏める線にする」

 

「頼もしいで御座る、凪殿」  金属越しの声は、いつもより少し低かった。

 

「グルマーも一緒に太くすんねんぞ」カラッと笑う。

 

「承知つかまつった」  ワゴンは、信号を滑るように抜けていく。車内の空気が、任務の温度にじわじわ温まる。

 

「じゃ、確認しよか。合図は声で統一。『止まれ』『集まれ』『戻れ』の三つ。——これ、絶対に間違えんこと」 「心得た。されど、昏い廊下で声だけは不安が残るで御座る」 「せやな。指さしと復唱、徹底しよ。誰かが言うたら、全員が同じ言葉を返す。『止まれ』言うたら、全員で『止まれ』」 「うむ。重ねて胸に刻んだ」

 

 後席の局員も身を乗り出してくる。 「僕らも合わせます。『止まれ』『集まれ』『戻れ』、復唱ですね」 「そう。あともうひとつ。救助優先。戦いになりそうでも、今日は無茶せん」 「了解!」

 

 短い言葉が何度も往復して、意識が一列にそろうのが分かる。(これや。線は、もう引けてる)

 

 十五分後。ワゴンが減速し、校門の前で止まった。  鉄の門扉、風に揺れる雑草、剥がれかけの行事ポスター。見た目は“ただの学校”。グラウンドだけが現実を告げてる——ブルーシート、担架、うずくまる人影、白い包帯の光。

 

(つい昨日まで、ここで誰かがボール蹴ってたんやろな……)  胸の奥で、何かがきゅっと縮む。けど、すぐ伸ばす。連れ出すために来たんや。

 

「僕らは道具準備が終わり次第動けます。お二方も準備を」若い局員が振り返る。 「いつでも大丈夫や」

「いつでも行けるで御座る」

 

(若いのに頼もしい……さすが小野寺さんの推薦だ)と、局員が目で言うてるのが分かる。ええから早よ積んで、頼む。

 

 スライドドアが開いた瞬間、影が二つ、音もなく近づく。 「神殿派遣です。同行いたします」  フードを深う被った男女。僕の事情を知ってるのか、自然に目線を外してくれてる。助かる。

 

「神殿治療の真砂(まなご)と申します。こちらは補助の文(あや)です。必要なら“視線散らし”の簡易札、すぐ張れます」 「助かります。止血と安静、頼みます。——合図は声で。今、共有しますね」

 

 その場で簡易ミーティング。

「先頭、僕。導線引きと危険点マーキングやる。二番手がグルマー。盾で道を押さえる。真砂さんと文さんは真ん中、担架の局員が最後尾。——止まれ・集まれ・戻れ、全員で復唱。繭を見つけたら**“繭ひとつ・救助開始”って声に出す。糸はまず見える化**、石鹸水か粉。燃やすのは最終手段」

 

「了解」

「了解で御座る」

「了解」

「了解しました」

 

 復唱のリズムが揃ったところで、局員が装備箱を両手で掲げる。 「準備、完了です!」

 

 荷台には、担架二つ、ロープ、チョーク粉の袋、石鹸水スプレー、糸切りの鉤、簡易ジャッキ、角木、白布、清め粉、バーナー、オイルランタン。きれいに、太い線みたいに並んどる。

 

「先導する。グルマーが二番手。真ん中に神殿組。最後が局員。——これで行く。ほな、気張ってこか」

 

「参る!」

「はい!」

「了解!」

 

 グラウンドの土を踏む。砂の感触が靴底でやわらぐ。救護所でうめき声。胸が波打つ——焦らん。

 校舎の昇降口、開きっぱなしの扉。その内側は、昼間やのに薄暗い。空気が重い。恐怖の匂いや。

 

「凪殿」

「ん?」

「拙者、大盾は斜めに構える。万一糸を切り損ねても、人が引っかからぬ角度に受ける所存」 「完璧や。僕がまず粉を撒く。白う浮いたら、僕の後をピタ付け。——止まれ言うたら、すぐ止まる」

 

「止まれ」とグルマーが先に復唱する。

「止まれ」神殿組も続く。

(よし、揃ってる)

 

 僕はポーチからチョーク粉をひとつ掴み、指先で軽う潰す。白い粉が、手の中で小さく鳴る。

「行くで」

 

 昇降口へ一歩。空気が変わる。

 白い粉を床に払う。細い線がふわっと浮いた。何もない空間に、見えない糸が“見える”。

「——あった。低い位置に一本。右壁から二歩目。止まれ」

「止まれ」全員の声。

 

 僕は糸切りの鉤をすべらせ、そっと引く。ぱつ、と小さな音。

「一本、処理。集まれ。右壁沿いに半歩ずつ前へ」

「集まれ」

 

 グルマーの大盾が斜めに傾き、神殿の二人が影みたいに続く。

 僕はもう一握り、粉を撒く。白い筋が三本、床から膝くらいの高さに走る。

「三本。高低バラバラ。——止まれ」

「止まれ」

 

(……よし、行ける。見つからんまま、見せて、連れ出す)

 

 僕は振り返らず、けど声でつなぐ。

「繭見つけたら『繭ひとつ・救助開始』。危険は『危険あり・停止』。撤退は『戻れ』。——忘れるな」

「了解!」

「了解で御座る!」

 

 校舎の奥から、かすかな擦過音。遠い、でも近づいてる気配。蜘蛛か、あるいは“もうひとつ”か。

 喉の鍵は——ない。準備は済んだ。線は引ける。

 

「先導、再開。——前へ」

「前へ」

 

 白い粉袋を握り直して、体温を影に沈める。廊下には糸が、雨上がりのクモの巣みたいに隈なく垂れていた。埃と金属と、わずかな甘い匂い。(……餌を保存してる匂いや。油断せんと行こ)

 

 グルマーたちから十メートル先行。短剣の腹で、安全な糸だけを払う。粉を指先からひと撫でして、見えづらい線を浮かせる。

「これは大丈夫。——こっちはどっかに繋がっとる。触るな。右半歩寄って、左一歩で回避」

「了解」後続の声が落ち着いて返る。

 

 曲がり角の先、机と椅子が乱雑に積まれた山が道を塞いでいる。

「……生存者の気配がする」

 声は小さく。僕は山の周囲を円を描くように回り、罠の有無を確かめる。床に硬い糸はない。壁沿いの線は飾りや。近づける。

 

 山の奥から、押し殺したうめき。

「大丈夫か。意識はあるか」

「た、助けてくれ……! 机に挟まれて動けねぇ……助け……!」

「叫ぶな。まだスリラーがおるかもしれん。すぐ出す。落ち着いて深呼吸だけや」

 

 

振り返らず、声だけ飛ばす。

「救助者一名発見。仕掛けなし、敵影なし。——救助開始」

「救助開始」復唱がそろう。

 

「大きい音は厳禁ですね。角木とてこ棒、段階でいきましょう」局員が短く指示。

「承知つかまつった。拙者、盾で荷重を受け申す」グルマーが巨盾を斜めに立て、崩落を止める角度に構える。

「ほな、手前から順に出していくで。山は並べ替えで崩さんこと」

 

 道具は最小限。手前の椅子と机をそっと廊下に並べ、重い会議机だけはグルマーが腰で持ち上げる。

「ふん……っ!」

 鉄の山みたいな腕で持ち上がる。局員二人が引き出す角度を合わせ、男の体を滑らせる。

 

 顔が見えた。(……矢場班のやつや)

「はい出るで。息吸って、吐いて——今」

 抜けた瞬間、山がまた軋む。

「止まれ」僕が落として言い、全員も止まる。音が落ち着くのを待ってから、担架を寄せる

 

 

神殿の女が膝をつく。

「状態、見ます。頭は打ってない? 痛む場所は?」

「お、おう。足と……腕と肋、たぶん打撲だ。骨は折れてねぇと思う……」

「呼吸は整ってる。搬送優先。——担架、お願いします」

 

 担架が滑り込み、固定。

「一人目、搬送。神殿ひとり、局ひとりでグラウンドまで。戻って合流」

「了解」

 

 担架が離れるとき、男が僕を見て口を開く。

「ありが……って、加賀谷じゃねぇか」

 視線が刺さる気配に喉が固まりかける。僕は無視して前を向く。

 神殿の女が間に入って、穏やかな声で遮った。「お話は外で。今は呼吸だけにしましょう」

 

 担架が昇降口の光へ消える。

(よし、一本目の線は繋いだ。次や)

 

 山のさらに奥、白い楕円が二つ、ゆらゆらとぶら下がっている。繭だ。上に小型の蜘蛛が一匹、糸を吐いて層を増やしてる。小型犬ほどのサイズ。

「止まれ。蜘蛛一、繭ふたつ。——視認」

「視認」

 

「僕、先行く。動かんといて」

 足元の影に、とぷんと潜る。体温がすっと落ち、廊下の線が遠のく。(……背中向けとる。いける)

 

 

 繭の真下の影へ滑り、蜘蛛の腹側に沿って背後へ回る。短剣を逆手に握り、呼吸をひとつ吸って、吐く。

 すう、と出る。

 刃が胴を割り、頭まで通る。足が二度、痙攣して霧に変わる。濁った緑色の核がコロンと落ちた。

(ふぅ。敵影ゼロ)

 

 影から出て、手で合図——じゃなく声で。

「片付いた。——救助急ぐ。火は使わん。温めて緩めて、鈍い刃で開ける」

 

「承知」

 神殿の男がランタンを繭に寄せる。「熱はこれくらいでいい。焦らずに」

 局員が石鹸水を霧にして吹く。重なった糸の継ぎ目がふわっと浮いた。

「ここやな。——開けるで。中、息が荒なったら言うて」

短剣の背で継ぎ目を撫で割り、指に付けた清め粉で接着を鈍らせる。繭がすうと口を開き、顔がのぞく。若い巡回班員、涙目、でも生きてる。

「声出すな。今、出す。——息は鼻から」

「……っ、あ、ありがとう……」

 

 グルマーが繭ごと支え、局員が肩を抜く角度を作る。神殿が首と腕を固定。

「二人目、搬送。——外まで戻る」

「戻る」

 

 天井の暗がりがふっと揺れた。耳の奥で、糸が鳴る。かすかな“ピン”。

(上、残っとるやつが一匹)

 

 梁に猫ほどの影。

「グルマー、上。構えて——来るで」

「承知!」

 

 影が落ちる瞬間、僕は苦無を一本、眼の間へ通す。金属音より先に、影は床で痙攣して止まり、淀んだ緑の核を残して霧に溶けた。

「クリア。撤退線に戻す。二名確保——一旦外や。もう一回、行ける」

「了解」「承知」

 

 気づけば、グルマーはいつもの饅頭をもぐもぐやってる。(どこから出てくるねん、それ)

 

 担架が光のほうへ滑っていく。埃と金属の匂いが薄くなる。

(まだ三人。まだ間に合う命は、おる。焦らん。線を太く、確実に)

 

 昇降口近くは空気が温かい。遠くで救護の声が飛ぶ。「血圧、安定」

 僕はひと息、深く吸って吐く。

「もう一往復、いける」

 

 戻った足で残ってた繭をもうひとつ開け、二人目も担架に乗せて引き渡す。外で神殿と局員が受け取り、こちらに親指を立てた。

 

 サポートと神殿組が再び合流する。

「全員、問題なし?」

 頷きが揃う。

「行くで。——前進」

「前進!」




作者のモチベーションに大きな影響を与えます。
評価お願いします!
読んでくれてありがとうございます。
感想とか読みづらい箇所があれば教えてください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。