陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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34話

白線を踏み外さんよう、一歩ずつ。

 担架は二つがペア、もう一つはグルマーが大盾ごと抱えてる。今、手ぇ空いてるのは僕だけや。糸を払う音も立てへんよう、短剣の腹でそっと触れては道を確認する。

 

「前へ」「前へ」

 声は低く、短く。靴裏が床に吸いつくみたいに進む。曲がり角——止まる。耳。……異常なし。進む。

 

 外の光が、やっと見えた。風の匂いが変わる。蜘蛛の湿り気が、流れていく。

「——外へ」

 眩しさに目を細める間もなく、担架組が速度を上げる。医療テントに滑り込むと同時に、神殿の僧が受け取り、局の医療班が声を飛ばす。

 

「血圧、こっちは保ててる!」「脱水強い、点滴急いで!」「体温、低下。保温毛布!」

 

 グルマーがそっと大盾を地べたに横たえ、奏子を移す。金属越しの声が、いつもよりさらに低い。

「拙者の役目はここまで。後は頼み入る」

 

  僕は一歩だけ下がって、肺の奥まで空気を入れた。(三人、返した。生きとる。——ようやった。けど、まだ中や)

 

 校門のほうがざわつく。砂煙を引いて、トラックと簡易救護車、工兵の台車。前衛の隊列、神殿班、工兵班——本隊が雪崩れ込む。

 先頭の男が顎だけ上げた。腕章には現場指揮の印。

 

「先行の二人か。今回、矢場二級から任務を引き継いだ馬場だ。報告を頼む」

 

 グルマーがそっと一歩前へ出て、でかい背で僕を視線から隠してくれる。僕はその背中越しに声を落とした。

 

「昇降口から右手の保健室・更衣室・職員室まで、安全の道を太めに引いてます。白粉の線、踏んでください。蜘蛛はその範囲、殲滅済み。救助者は計六名、生存確認、搬出済みです」

 

 馬場の目が細くなる。「よし。危険は?」

 

「糸の罠、ピアノ線混じりが少数。足元と梁に注意。糸の連動で机の崩落が起きた箇所あり。……それと別系統が混じってます。保健室で人体模型型を確認。弱点は心臓でした。廊下の奥、掲示板の上から四点歩行の足音。蜘蛛やない別口です。巣が二つ重なっとる可能性が高い」

 

 馬場は短く頷き、後続へ声を張る。

「聞いたな! 切断班は前列、掲示板上と梁、天井落ちに目を配れ。人体模型系は部位弱点狙い、乱戦するな。導線は白線を踏む、外れるな! 一階の左手から潰す!」

 

「了解!」——声が幾重にも返り、工兵はバーナーと楔を確かめ、神殿は清め札を束で抱え、前衛は盾を一打。視線が揃う。

 

 馬場が地図を差し出す。「道の補足を頼む。白粉の“太さ”、どこまで引いた?」

 

 鉛筆で昇降口→右手三室→行き止まりまでをなぞり、危険箇所は**×じゃなく言葉で置く。「梁注意/掲示板上注意/糸硬質混入」

「右手はクリア**。中央階段は机と椅子で塞がれて通行不可。左手は未探索です」

 

「把握した。先行ありがとう。君らは一度補給して、すぐ連絡係に入ってくれ。中の状況が変わったら、言葉で外に落としてもらう」

 

「了解です」

「承知つかまつった」

 

 本隊が足並み揃えて僕らの横を過ぎ、学校の影へ消えていく。

 

 振り返ると、兜の内側でグルマーが小さく息を吐いた。

「凪殿。拙者、先ほど一瞬、饅頭を取り出しかけ申したが——今はやめておき申した」

「我慢できるんかい。今からちょっと休憩やし、遠慮せんでええで」

「それは重畳」

 言うが早いか、鎧のどっかから饅頭が出てくる。ぱく。金属面越しでも、ちょっと笑ってるのが分かる。(どこに仕込んでんねん。鎧、四次元ポケットか)

 

 医療テントの端で神殿の女がこちらを見やり、短く頷く。

「あなた達、いい仕事でした」

 ストレッチャーの上の奏子は、まだ目ぇ閉じたまま。けど胸はちゃんと上下しとる。

(騒子、よう耐えた。——また、でかい声で騒げ)

 

「グルマー、本部テント行くぞ。補給と休憩や」

「承知」——と言いつつ、もう一個出てくる饅頭。

「饅頭の補充はないと思うで」

「心配無用にて。饅頭ならまだまだ持っておる故」

(やっぱ四次元ポケットやん)

 

 本部テントは本隊が出払って、少し静か。地図の机と無線の卓だけが低く唸ってる。

 

 中の局員に、グルマーが声をかけた。

「先遣隊で御座る。今の状況、教えて頂きたい」

 

 局員は記録板を見てから、こちらへ向き直る。

「今、あなた達が保護した六人で行方不明はゼロになりました。ありがとうございます。現時点の確定は死者一名、負傷十三名。うち原隊復帰可能が十名です」

 

(……一名、亡くなったんか)指先でそっと、机の端を撫でる。心の中で合掌。

 

「今回、矢場二級の任務は二十五名編成。うち一名は局で事情聴取中。これで全員の身元が揃いました」

 

「お二人は補給後、本隊に合流でよろしいですか?」

 

「僕ら、連絡係に入れと馬場一級から言われてます」

 

「承知しました。本隊が戻るまでお休みください。必要物資があれば、このテントの者に」

 

「おおきに。——ほな」

 

 テントを出る。風が白粉の匂いをさらっていく。

 校舎の暗がりは、まだ口を開けたままや。

 

 

 

 

 本部テントの端っこ。簡易机の上に置かれた箱弁当から、湯気がひと筋だけ立った。外の無線が時々「白、前進」「了解」と鳴って、風鈴みたいに消えていく。

 

「兜、取らへんのか? 飯食うとき邪魔やない?」  向かいの鉄の山に声を投げる。

 

「口元さえ開けば問題ないで御座る」

 グルマーはフルフェイスのスリットを、かしゃりと横にずらした。口のところだけが開く。

「すぐ戦闘にも入れるで御座る。常在戦場の心意気で」

 

(……やっぱ声、高いな。兜がなかったら、まだ声変わり前みたいやな)

 

「まぁ、グルマーが問題ない言うならええけど」 「凪殿こそ、そんな装備で問題ないで御座るか? 見たところ、要所だけ薄革……に見えるで御座るが」

 

「僕が鎧なんか着たら、重うて動きニブなるし、何より目立つやろ。アカンわ」

 

 ふと、自分の姿を頭の中で見下ろす。身長一七六、モサッとした癖っ毛、目にかかるくらいまで伸ばした重たい前髪。輪郭はたぶん整ってるんやろけど、前髪が全部隠してくれる。

 防刃のタイツと長袖インナー、ポケットだらけの半ズボン、同じくポケットだらけのベスト。音の鳴らん布、光を吸う色。

 対してグルマーは、フルプレート。どこからどう見ても山。

 ——素顔が見えへんという一点だけ、見事に一致。思わず笑う。

 

「それに、グルマーが目立ってくれたから、僕が影からサクッとやれた。あれ、良う回ったやろ」 「今日は見せ場がないかとウズウズしておったで御座る」

 兜の口の隙間から、もぐもぐ。……おい、ちゃっかり饅頭まで食うとる。

 

「最初ビビってたやろ?」

 笑い半分で突っつくと、 「凪殿が居るから、怖がる必要は無かったで御座るよ」

 即答。ちょい誇らしげ。

 

「言うようになったやないか。……まぁ、これからもよろしゅうな。今日初めて組んだけど、上手くいきそうや」 「こちらこそ、不束者ですが——末永く宜しくお願い致す」

 

「プロポーズちゃうねんぞ」

 噴き出しそうになって、米を飲み込む。向こうは向こうで、饅頭を詰まらせそうになっている。ごほごほ。

 

 局員がポットを持って来てくれた。「温かいお茶、どうぞ」

「おおきに」

 紙コップが指に馴染む。ひと口。体の芯が緩む。外の無線がまた遠くで鳴る。**白、階段口まで。**了解——

 

「なぁ、グルマー」 「うむ?」 「僕ら、顔見えへんコンビやけど、相性ええわ。目立つ壁と、見えへん刃。波が作れる」

 

「壁こそ本懐にて。刃は凪殿が担えばよい」

 兜の中で、ちょこんと頷いた気配。声はやっぱり少し高い。

「拙者、怖くない訳ではないで御座る。けれど、凪殿が前にいると、怖さの揺れ幅が無くなるで御座る」

 

(……よう言うてくれたな。僕も一緒や。前に盾がおると、胸の錠前が少し緩む)

 

「次も頼むで」

「合点承知」

 

 弁当は素朴な味やった。白飯、梅、卵焼き、漬け物、薄い肉。

 グルマーは弁当の隙間にミニ饅頭を勝手に追加して、二段構えにしてる。どんな収納術や。

 

「そういや、グルマー。さっきの人体模型、怖なかったか」 「少し、ぞっと致した。“心臓”を取り戻しに来る妖で御座るか、と。拙者、胸当てを撫でてしまったで御座る」

「わかる。僕も、ちょっと背中ぞわっとした。……でも倒し方が分かれば、もうただの手順や」

 

「うむ。弱点が言葉で共有されれば、恐怖は薄まる」

 グルマーは茶を飲む。こくり。

「凪殿、言葉にしてくれるのが良い。赤は止まれ、白は行け。掲示板上注意。梁注意。糸硬質混入。拙者でも、迷わぬ」

 

(合図は任務のときだけ、言葉で通す——分かりやすく安全に進むルール。間違えへんために。誰でも踏める線にするために)

 

 外の喧騒が一段落して、風がテントの裾を持ち上げた。砂がさらさら鳴る。

 コップの底を見て、僕は立ち上がる。

 

「ほな、連絡係に戻る。馬場さんに顔——いや背中出しに行こか」 「承知。拙者、饅頭はしまうで御座る」

「しまう場所、どこなんかは……永遠の謎にしとくわ」

 

 グルマーが兜のスリットを閉じる。かしゃり。すぐそこに、また壁が立つ。

 僕はベストのポケットを一つ叩いて、白粉と糸の残量をもう一度だけ確かめた。

 

(**見つからんまま、見せる。**戻る道は太く。恐怖は消えへん。でも、薄められる)

 

「行こか、相棒」 「御意、相棒」

 

 テントの幕をくぐる。昼の光が、甲冑の縁と僕の前髪の影に、同じ細い線を引いた。

 

 

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