陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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4話

赤い光点が、僕を正面から射抜いた。

 なのに。

 

 ——スリラーは動けない。

 「そこ」に僕がおるはずなのに、「居ない」と錯覚している。

 

 それが、僕の“核”の特性や。

 

 

---

 

「目ぇ合ってんのに、気づかれへんとか。……なんや、僕の学生時代かい」

 

 小声でクスクス笑いながら、一歩踏み出す。

 砂埃すら舞わんほどの軽い足取りで、獲物との距離を詰める。

 

 スリラーは首を傾げる。探している。

 目の前にいる僕を、必死に。

 

 

---

 

 

「な? おるやろ、ここに。ほら、今すぐ前におるで? せやけど——届かんやろ」

 

 囁く声は、耳元で聞こえるはずやのに。

 スリラーの耳は空振りする。

 

 影を纏う僕の気配は、触れた瞬間に溶けて消える。

 認識される寸前に、“無”に滑り落ちる。

 

 

---

 

 刹那、僕はその足元へ潜り込んだ。

 骨のような脚を、するりと避けて背後へ抜ける。

 

 「——チェックメイトや」

 

 短剣が一閃。

 乾いた裂け目が骨の節を走り、赤い光点が一瞬だけ揺らぐ。

 

 

---

 

スリラーは振り返ろうとした。

 だが、もう遅い。

 

 その前に、僕は影から影へと滑っている。

 すぐ背中に立ち、次の一撃を刻み込む。

 

 「目の前におんのに、気づけんのは……悲しいなぁ」

 

 スリラーの胸骨を、静かに突き裂いた。

 

 

---

 

 赤い光点が、ぼうっと揺らめいて消える。

 瓦礫の中に崩れ落ちた骨の塊は、ガラガラと音を立てて散った。

 

 

---

 

 

「……ふぅ。任務完了。音も立てんと済んだな」

 

 短剣を拭きながら、息をひとつ。

 心臓は早鐘のように鳴っている。

 でも震えはない。

 

「これが僕の役目や。誰にも褒められへんけどな」

 

 ぽつりと呟き、ノートを開く。

 血の色、残滓の温度、崩れ落ちた瞬間の形。

 全てを淡々と記録していく。

 

 僕の仕事は、殺すだけやない。

 残すこともまた、役目や。

 

 

---

静まり返った廃墟に、僕の声だけがひっそり響いた。

 

「ほんま、誰も見てへんときしか、僕は饒舌やな……情けない」

 

 

---

 

 

骨の残骸が完全に崩れ落ち、赤い光が消えたあと。

 僕はその場を立ち去らず、しばし耳を澄ませていた。

 

 ……静かや。

 けど、胸の奥がざわざわして落ち着かん。

 

「ここで引き返したら、後で寝覚め悪いわな」

 

 短剣を納め、瓦礫の奥へと進む。

 

 

---

進むごとに、空気がねっとりと肌に張り付いてきた。

 冷たいようで、汗ばんだ掌を舐めるような、不快な感覚。

 恐怖の“残滓”や。

 

「おぉっと……出とる出とる。こんなん班長らに言うても“気のせい”で片付けられるやろな」

 

 崩れかけた壁に沿って歩くと、薄暗い奥の部屋に、小さな血の斑点が点々と残っていた。

 赤黒く乾き、もう臭いは消えてる。けど——

 

「子供のやな。ちっちゃい靴跡に混じっとる」

 

 僕はしゃがみ込み、指先で床をなぞる。

 砂に混じって残った足跡の深さ。

 逃げようとした方向。

 血が擦れた軌跡。

 

 全部、頭に叩き込む。

 

---

 

 ノートを取り出し、細かに記す。

 「残滓濃度:微強」「血痕:子供」「足跡:複数名」。

 

 字は早いけど、乱れへん。

 この作業を、僕は誰より大事にしてる。

 

「誰も見いひんし、誰も褒めてくれへん。でも……これが残っとらんかったら、ほんまに人死んだだけで終わりや」

 

 小さく独白し、ノートを閉じた。

 

 

---

 

 背筋に寒気が走る。

 振り返ると、瓦礫の奥から“目”に見えん気配がこちらを覗いているような錯覚がした。

 

「……おおこわ。けどまあ、今は引っ込んどるな」

 

 わざと軽口を漏らし、足早に引き返す。

 

屋外に出た瞬間、ざらついた風が頬を撫でた。

 胸の奥の圧迫感がすっと抜けて、息が吐ける。

 

「はい、念入り調査も完了。……さて、戻るか。どうせ“余計なことすんな”って言われるんやろけどな」

 

 苦笑いを浮かべながら、僕は班の集合地点へと足を向けた。

 

 

---

 

 

集合地点へ戻る途中、瓦礫の向こうから人の笑い声が聞こえた。

 班長の太い声と、軽口を叩く班員たちの声。砂埃に混じって、気の抜けた冗談が漂ってくる。

 

 「な? やっぱ何もねーじゃん」

 「昨日と同じ、ただの空き家ツアー」

 「帰ったらなにすっかなー」

 

 ……指先が少し震えた。けど、足は止めへん。

 僕は息を整え、影から歩み出る。視線が集中する前に距離を詰め、無言で輪の外に並んだ。

 

 

「……誰だと思ったら加賀谷かよ」

 「一人でどこほっつき歩いてたんだ」

 「勝手に帰れよって話」

 

 嘲りは耳に入る。けど、拾わない。

(聞こえとるけど、拾わん。今は仕事や。僕は救済者——“記録して、戻す”のが仕事や)

 

 胸元のポーチから、堅い革表紙の簡易報告書を取り出す。現場でまとめ直した要点だけの抜粋だ。もう片手には、小さな金属ケース。中にはさっき仕留めた小型スリラーの核片が収まっている。

 僕は班長の前に立ち、震えを押し殺して両方を差し出した。

 

 班長は露骨に眉をひそめ、まずケースを開けた。

 赤黒い結晶片が光を鈍く弾く。途端、班員のざわめきが止まる。

 

 「……は?」

 「核……?」

 「マジで?」

 

 班長は鼻で笑った。

 「ふん。ゴミを拾ってきただけかと思ったら、たまには使えるもんも持ってくるじゃねぇか」

 

(ゴミちゃうわ。命ひとつ浮いた“証拠”や)

 喉まで出かかった言葉は、視線の重みで霧散する。代わりに、僕は報告書の一枚目を開いて無言で指さした。

 そこには、巡回ルートと採取地点、残滓濃度の目測、指向性の矢印、そして「危険度:要再監視(微強)」の赤字。

 

 班長は面倒くさそうに数行だけ目を走らせ、指で紙面をトンと弾いた。

 「……で、なんでこれを昨日言わなかった?」

 

 胸が詰まる。

 言いたい。昨日は視線が……声が……。

 でも口は動かない。代わりに、紙の別ページをめくって見せる。子供の足跡と血痕の略図。逃走方向に矢印を伸ばし、奥の小部屋に“恐怖の滞留域”のマーク。

 

 班長の口角がわずかに歪んだ。

 「ふぅん……子供、ね。——言っとくがな、こういうのは“その瞬間”に俺に報告すんだよ。お前がちゃんとしてれば、昨日の骨折だって避けられたかもしれねぇんだ。わかるか?」

 

喉が焼けるみたいに熱くなる。

(ちゃう。責められて当然なんかもしれんけど……僕は、見つけて、残して、戻した。その全部が“仕事”や。今も、今この瞬間も、次の犠牲を減らすための線を引いとる)

 それでも声は出せない。僕は小さく頷いて、報告書の最後の行を指で叩いた。

 〈北側棟・奥室:再封鎖要。住民立入規制の申請推奨〉

 

 班員のひとりが鼻で笑う。

 「立入規制とか大げさだって。こんなボロ屋、誰も近寄らねえよ」

 「核片もたまたま転がってただけかもな」

 「加賀谷、また怖がらせたいだけだろ」

 

(たまたま? アホ言え。核が“偶然”床で呼吸するかい。残滓の流れ、指向性、子供の逃げ跡。全部同じ方向指してるやろ)

 内心で毒づいても、顔は上げない。代わりに、核片のケースを班長へ押し戻した。持ち帰り・提出——これで回収の手順は完了だ。

 班長はケースをひょいとつまみ上げ、無造作にポーチへねじ込むと、腕を振って班員へ向き直った。

 「——よし、この辺で切り上げるぞ。成果は“俺たちの再調査で異常個体を確認、回収”。以上。隊列を組め、戻る」

 

 その言い方に、わずかな熱が混じった。

 自分の指揮で上げた手柄。そう記録される未来の報告書が、もう班長の頭の中で出来上がっている。

 

 後ろで誰かが言う。

 「やっぱ俺ら、やればできるよな」

 「二日で片付けたって言えるし」

 「加賀谷、ま、たまには役に立つな」

 

 笑い声。背中にさざ波みたいに広がってくる。

 僕は震える指をポケットの内側に押し当て、深く息を吐いた。

(ええよ。持っていき。手柄なんて誰のものでもええ。——ほんまに欲しいのは、“封鎖”の印鑑と、“次”を防ぐ権限や)

 

 ふと、班長の背へ視線を上げる。勇気をかき集め、ひとことだけ喉の奥で転がした。

 「……き、北の棟……封鎖、を」

 

言えたのは、それだけ。

 班長は振り向きもせず、肩越しに手をひらひらさせた。

 「上が決める。俺たちは命令に従うだけだ」

 

(上に“渡す”のは、アンタの仕事やろ。……頼むから、捨てるなや)

 言葉は届かない。届くように作られてへん喉や。

 代わりに、僕は自分の本ノートの同ページへ、赤で太線を引いた。〈北棟:滞留域/子供痕跡 再訪必須〉

 

 帰還の列が動き出す。

 靴底が砂を噛む音。甲冑の留め具が微かに鳴る音。雑談、笑い声、何もねぇという呑気な結論。

 僕は最後尾につき、廃屋群を振り返った。

 さっき記した赤い線が、胸の裏でじんわり熱を帯びる。

 

(恐怖は消えへん。けど、薄められる。——そのための線や。誰が笑っても、僕は引き続ける)

 

班長の声が風に乗って飛んでくる。

 「帰ったら俺がまとめて提出する。お前らは余計なことすんなよ」

 「了解でーす」

 「はーい、隊長の手柄ってことで!」

 

 ああ、そうやろな。

 手柄は持っていき。僕は構わん。

 ——ただ、僕が残した赤い線だけは、捨てるな。

 

 心の中で小さく呟いて、僕は踵を返した。

 影が伸びる。列の最後尾、誰にも見られん場所。

 そこが、いまの僕の居場所や。

 

(いつか——ちゃんとした班が集まったら、ここを正面から塗り替えに戻ってくる。

 その時まで、僕は黙って線を引く。何度でも。何本でも)

 

 

廃墟の角が視界から消えた。

 残るのは、ポーチの中でカサリと鳴る簡易報告の控えと、ノートに刻まれた赤い線。

 そして、誰にも見えないところで静かに燃え続ける、僕の小さな意地だけだった。

 

 

 

 

 





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