陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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6話

北棟・奥室。

 滞留域の入口に立てた白煙が、静かに天井の抜け目へと吸い込まれていく。

 湿った空気は昨日より濃く、床の粉塵は、人が通った直後のようにうっすら流れ模様を作っていた。

 

 「確認。ここが巣だ」

 矢場班長——いや、もう「矢場」と呼んだ方が早い——が顎をしゃくる。

 奥室は、崩れかけた壁面と、骨と木片と布切れが層になって固まった“巣材”が円形を形づくっている。

 巣材の穴から、小さな骨の指のようなものが、節ごとにのたうっては引っ込んだ。

 

 「このサイズなら俺たちだけで余裕だな。——突入する。お前らやるぞ」

 「了解!」

 「うおっしゃ!」

 「行くぞ!」

 

 (待てや。四班連動、側面封鎖と工兵の投入を合わせて——って段取りやったやろ)

 喉まで出かかったが、当然声にはならない。

 矢場は白煙管に靴先で触れただけで奥へ踏み込み、赤煙(封鎖)も上げずに巣材を蹴り崩しはじめた。

 「巣の芯を砕け! 小型なんざ掃除で十分だ!」

 

巣が鳴った。

 骨の擦れる、嫌な音。

 巣材の隙間から、小型のスリラーがぞろぞろと湧いた。骨片の腕、空洞の眼窩、赤い微光。

 数は——五、六、いや、もっと。

 

 「数は多いが雑魚だけだ! 前衛、押し潰せ!」

 斧が唸り、棍と剣が骨の群れを薙ぐ。

 序盤、優勢。

 骨は砕け、巣材はばらけ、班員たちは勝利の空気を吸い込みはじめる。

 

 「なんだよ、ほんとに雑魚じゃん!」

 「隊長の読み、当たりっすね!」

 「封鎖は後続にやらせりゃ——」

 

 巣の奥で、何かが割れた。

 乾いた膜が破れるような音。

 次の瞬間、床下の割れ目から、細い骨脚の束が蜘蛛みたいに這い出してきた。

 

 「うわ、数増えてる!」

 「右! 右だ、押されるぞ!」

 矢場が舌打ちし、前に躍り出る。「退くな! 小型だ、潰せば終わる!」

 

(“小型”やから、数で押してくんねん。巣が“生む”段階や)

 喉の奥で短く息を切り、僕は影に溶けた。

 人の目の正面から、そっと輪郭を落とす。

 スリラーの赤い光点がこちらを撫でても、すべり落ちる。

 ——僕は、居るのに、居ない。

 

 「前っ! 正面が薄い、押せ押せ——ぐっ!」

 班員のひとりが膝をついた。骨脚が脛に喰いついている。

 別のひとりが腕を切られ、血が飛ぶ。「いってぇ! ちょ、待——」

 瞬く間に優勢がしぼみ、巣の口からあふれる数にラインが押し返される。

 

 (矢場、赤煙を——封鎖合図を先に)

 矢場は聞かない。聞こえない。僕の声は“届かん”。

 彼は前に出る。大斧で骨を粉砕し、豪腕で通路を確保する。

 確かに、強い。

 けど、巣は“数”で応える。

 

 「くっそ、距離詰めろ! 押し負けるな!」

 「足が、足が絡まって——!」

 「左、左! うわ、まだ出てくる!」

 

 

僕は巣材の縁に膝を落とし、微かな囁きで数える。

 「いーち……」

 短剣がひとつ、骨の付け根を“音のない角度”で切り裂く。

 赤い光点がふっと萎み、体が崩れる。

 「にー……」

 巣の影に潜る個体の首根を、背後から針で刺す。

 視認の直前に、認識を滑らせる。

 ——目の前で“消えた”と相手は思う。

 

 背で矢場の怒号が跳ねる。

 「何してやがる、加勢しろ! ……あ?」

 (“見えてない”んや、僕が。前にいても)

 骨の腕が班員の肩に引っかかる。

 僕は斜め前に回り込み、節目をこそぐように断つ。

 肩が解放され、班員は何かに助けられたように前へ転がる。

 「い、今の何だ——!」

 「いいから下がれ! 立て直すぞ!」矢場が押し返す。足元は血と粉塵で滑りやすい。

 巣の奥から、さらに膜の破れる音が近づく。

 ——まだ孵る。まだ出る。

 

 

 「白煙は上がっている。側面と工兵が来るまで持たせろ!」

 誰かが叫ぶ。

 矢場は歯噛みし、「持たせろ」が「押し切れ」に変わる寸前で舌を飲み込む。

 「っ……前列、半歩下げ! 狭めろ! 細い口で潰す!」

 

 判断自体は悪くない。

 けれど負傷者が出始めた隊列は、命令を“半拍”遅らせる。

 その半拍に、小型が三体、四体、割り込む。

 悲鳴が混じる。

 血の匂いが濃くなる。

 

 (——三)

 僕は巣材の裏側、骨と布の層の“空洞”を這う。

 核の力で輪郭を落とすと、相手の“聴き耳”もこちらを素通りする。

 骨の爪が僕の頬の前を掠めても、触れない。

 短剣は刺さず、滑らせる。

 骨の関節は、刺すよりも“外す”方が速い。

 

 

「四……」

 巣の縁から飛び出そうとした個体の“膝”を払う。

 崩れた体が前列にぶつかり、矢場の棍の一撃で粉砕される。

 ——誰にも、僕の手は見えない。

 (五)

 巣の奥から這い出る別個体の“首輪”を切る。

 赤光がたちまち弱る。

 巣そのものの呼吸が、浅く不規則になっていく。

 

 矢場の肩に骨の爪が当たった。

 鎧の上からとはいえ、布の帯が裂ける鋭い音。

 「っ、ご、っ——来いよオラァ!」

 矢場は笑った。笑って、敵を粉砕し、班員に怒鳴る。

 「下がれ! 負傷者は後退、立てるやつは右に寄れ、右! ——クソ、数が減らねえ!」

 

 (減っとる。けど、巣が“生む速度”のがいまは勝っとる)

 僕は影の中で、針を短剣に戻す。

 巣材の中央、布と骨の層のさらに下。

 ——“核嚢”。

 小型をまとめて養う、薄皮の袋。

 工兵が封鎖材を流し込めば乾いて固まり、巣の“呼吸”は止まる。

 でも、今は。

 (僕ひとりでは、届かん)

 

前で班員が滑って倒れ、足首に骨が食いついた。

 「や、やめ、離れろ——ッ!」

 矢場が飛び込むより先に、僕は横から“見えないまま”腕を差し入れる。

 骨の関節を外し、足首から引きはがす。

 刹那、班員の目が僕の影を掠めた気がした。

 彼は、何かが助けてくれた顔で、這いながら退く。

 「い、今の……誰、っ」

 矢場は答えない。気づいていない。

 彼の視界では、彼自身が巧みにさばいたことになっている。

 「遅いぞ! もっと速く下がれ!」

 

 巣口の小型が、ひと呼吸分だけ弱る。

 ——僕が五つ、六つ、静かに“消した”からだ。

 けれど、巣がまた鳴く。

 骨膜の奥で、ぬらり、と新しい影が波打つ。

 

 矢場の顔に初めて躊躇が浮かぶ。

 視線が白煙の立ち上る隙間から外をかすめ、まだ合流してこない他班の位置を測る。

 「……チッ」

 彼は大斧の柄で前を押し払い、短く叫んだ。

 「撤退だ! 黒煙、上げろ! 側面と合流して仕切り直す!」

 

後列の一人が黒の煙管に火を入れようとして、手を震わせる。

 火打金が滑る。矢場が奪い取り、力任せに火花を散らす。

 黒い煙が、低く、重く、天井へ。

 合図は明確に——撤退。

 

 「引け! 崩れるな、間隔詰めろ! 負傷者は死ぬ気で走れ、押される前に角を曲がれ!」

 矢場の采配は速い。声も通る。

 ——ただ、遅かった。

 序盤の優勢が作った余裕が、今は足を絡める重りになっている。

 

 (退き際を細く、短く。狭い口一路線)

 僕は巣材の縁を逆走し、口に滑り込む個体の“膝”を片っ端から外していく。

 倒れた骨が詰まり、後続をせき止める。

 矢場と班員がその“偶然の楔”を利用して角まで退く。

 彼らの背中がいくつも壁に消える。

 最後のひとりが角を抜けた瞬間、僕は巣口に針を残して跳ぶ。

 針の尾に結んでおいた麻糸が、通路に細い線を引いた。

 (封鎖導線——この位置に封材)

 

 

角を曲がる。

 側面の班の旗が見えた。

 矢場が肩で息をしながら、次の指示を飛ばす。「合流完了! 巡回班は側面、フォローに回れ! 工兵、準備急げよ!神殿隊、手当て頼む」

 彼はちらりとも僕を見ない。

 ——いや、見えない。僕の輪郭はまだ“薄い”から。

 

 「ちっ……加賀谷はどこだ。あいつ、逃げやがったか」

 矢場の舌打ちが背に落ちる。

 「真面目にやってりゃ俺たちだけで殲滅できたのに。使えねえ奴だ」

 

 (……あほか。見えとらんのは、そっちや)

 喉の奥で笑って、すぐ飲み込む。

 今は返す言葉も、姿も要らない。

 僕の仕事は、“線”を引いて、“薄める”ことや。

 黒煙は上がった。

 後は、赤を——

 

 「工兵、封材準備! 側面から流し込む! 神殿、後退線の結界を二枚!」

 矢場の声が、ようやく“正しい段取り”を呼び戻す。

 彼の足元の粉塵に、僕の麻糸が一本、静かに混じっている。

 封鎖材が流れるべき細い溝。

 誰の名前も書かれていない導線。

 ——でも、それが、巣の呼吸を止める。

 

僕は影のまま、通路の最奥に貼りつく。

 巣口の唸りが、一瞬、遅くなる。

 赤い煙管に手を触れる。

 時機——今。

 

 指先で火床を弾き、床に赤を落とす。

 細く、短く、真っ直ぐに。

 封鎖合図、赤煙が、巣の口へ向かって伸びた。

 

 

 

 




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