陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

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7話

赤い煙が立った。

 合図はひとつ。ここからは——正しい段取りだ。

 

 「前衛、押さえろ! 通路を細く保て!」

 矢場班長の号令に、盾持ちが前列で膝を落とし、狭い口を“人の幅”に合わせて固定する。

 左右の路地には巡回班が二個、素早く回り込んで側面を詰めた。短い角材で仮の楔(くさび)を噛ませ、抜け道をつぶす。

 後方、神殿隊の僧侶たちが結界布を二枚、重ねて張る。淡い光が波紋のように広がり、負傷者の呼吸がわずかに整った。

 

 「癒術、前列優先! 出血止血、二番!」

 「了解、止血符、展開します!」

 

 (よし……これで“道”ができた。次は——工作班が通れる幅を作る)

 

 僕は影へ沈む。

 矢場班の盾のつま先と、巡回班の楔の間。敵と味方の視線が交差する、その死角だけを綱渡りのように繋いで進む。

 巣口から押し寄せる小型が、盾にぶつかっては砕け、隙間から潜ろうとしては棍で叩き落とされる。

 その“潜ろうとする”瞬間に——

 

「いーち」

 短剣を関節に“添わせて”滑らせる。音はない。赤い光点がふっと消える。

 

 「にー」

 巣材の影で跳ねようとした個体の首根を、針で一点だけ止める。体が糸の切れた操り人形みたいに静かになる。

 

 (さん……)

 絡み合った骨脚の“膝”を二枚まとめて外す。倒れた体が通路にふたをし、後続の群れが一呼吸ぶんだけ遅れる。

 

 「工作班、前へ! 封鎖材、第一投、準備!」

 矢場の声に、背負子を負った工兵が二人、盾列の間を屈みながらすり抜けてくる。

 僕は通路の床に引いておいた麻糸の位置を、足でごくわずかに示した。工兵の目がその線を拾う。ほんの一瞬、彼の眉が「助かる」という形に動いた。

 

 「導線、見えた。投入口ここ!」

 「了解——封材、注入!」

 

桶の蓋が外れ、灰色の封鎖材がとろりと流れ出す。

 床の細い割れ目(さっき針で穿っておいた)に吸い込まれ、巣材の内側へ毛細管のように広がっていく。

 工兵の相棒が冷却粉を薄く振り、別のひとりが符刻杭をコン、と打ち込む。

 符の光が灰色を白く変え、巣の“呼吸”が一つ浅くなった。

 

 「いいぞ、もう一投!」

 矢場の声。前列の盾が半歩だけ押し出して、隙間を守る。

 巡回班が横から飛び出そうとする小型を叩き、神殿隊が裂傷に符を押し当てる。

 僕はそのすべての“間”を縫い、さらに三体、静かに消した。

 (四、五、……六)

 

 「工作班、確認! 巣心まで届いてるか!」

 「視認窓から……よし、核嚢に触ってる! 第二封材、流し——!」

 再び灰が流れ、符が光り、巣材の奥で“ぬらり”と蠢いていた影が、ぎゅ、と縛られるように固まる。

 巣の口からあふれていた小型の身振りが、一斉に鈍った。

 

(今や——数は減る。ここで押し返す)

 僕は盾の横をすり抜け、巣口の縁にすっと立つ。

 正面。真正面。——でも、誰にも見えない高さと角度に、輪郭を落として。

 「七」

 ふくらはぎの骨を横薙ぎに外す。

 「八」

 肩の付け根を“回す”。

 「九」

 首輪を、抜く。

 倒れた体を矢場が粉砕し、巡回班が楔を打ち増して通路をさらに細くする。

 神殿の祈りが重ねられ、空気の“ざわめき”が確かにひとつ、静かになった。

 

 工兵が最後の確認を叫ぶ。

 「核嚢、完全硬化! 巣の呼吸、停止! ——封鎖完了!」

 

 空気が変わった。

 赤い光点はもう新しく灯らない。

 残っていた小型を、矢場班と巡回班が丁寧に叩き潰し、カスは神殿隊の塩で祓う。

 瓦礫の奥から、生まれてくる気配は——ない。

 

(終わりや。ここから“恐怖”は、もう生まれへん)

 僕は短剣を収め、深く息を吐いた。胸の奥に張り付いていた冷たい爪が、やっと離れていく。

 

 「前進停止! 掃討終了! 負傷者、神殿へ! 工兵、封鎖印の保護!」

 矢場が腕を回し、全体を見渡してから、高く言った。

 「——よし。この巣は死んだ。残りは遺品の回収だ。手早くやるぞ」

 

 (遺品……この周辺で消えた人たちの)

 僕はうなずき、影の中で膝をつく。

 巣材の外側、布や縄、破れた鞄の金具、焦げた木札。

 慎重に、ひとつずつ拾い上げ、布袋に入れていく。名前が読めるものは稀だ。けれど、指輪の刻印、ボタンの模様、手縫いのほつれ——“誰かのもの”であった印は、必ずどこかに残る。

 

 (これは——髪留め。……小さいな。子供の)

 胸に小さな痛みが走る。

 僕はそっと、袋の最も柔らかい場所へそれを入れ、紐を二重に結んだ。

 

 周囲でも巡回班が瓦礫をのけ、神殿隊が塩で清めながら、遺品を白布の上に並べていく。

 矢場は一歩引いて腕を組み、やがてこちらを振り向いた。

 

「——おい、加賀谷」

 

 喉がひゅっと鳴る。

 矢場は相変わらず僕を“見ない”。正面にいても、視線はすべっていく。

 彼は鼻で笑い、わざとらしく肩を竦めた。

 

 「やっと出てきたか。どこで油売ってた。俺たちが体張って掃除してる間、隠れて見物してたんじゃないだろうな?」

 

 胸の奥で血が逆流するみたいに熱くなる。

 (見物? ——僕は、前におった。盾と楔の“間”で。工作班の導線を引いて、十は消しとる)

 声にしたい。けど、視線が刺さると喉が固まる。

 僕は代わりに、遺品袋と、簡易報告の控えを差し出した。巣の封鎖印の位置、封材の量、硬化時間、再開口の困難度。必要なことだけが、一枚に収まっている。

 

 矢場は受け取ると、袋を乱暴に揺らし、書類を斜めに一瞥した。

 「ふん。紙は後で報告課に回せ。……ったく、お前が真面目に前に出てりゃ、俺たちだけで殲滅できたんだ。余計な応援なんざ要らねぇ」

 

 

(“前に出て”、な。——僕は、ずっと前や)

 喉の奥で笑いがこぼれそうになって、飲み込む。

 笑ったら、たぶん涙が混じる。

 僕は深く、静かに頭を下げた。言葉の代わりに。

 

 「隊長、遺品、こっちもまとまりました」

 巡回班の隊長が白布の束を持ってくる。矢場はそちらに向き直り、得意げに頷く。

 「よし、俺たちの殲滅任務は完了だ。撤収する。——工兵、封印確認。神殿、最後の清め。各班、列を整えて帰るぞ」

 

 僕は、封鎖印の白が乾いていくのを見届ける。

 灰が白になり、符が静かに線を結ぶ。

 ここから、もう“恐怖”は生まれない。

 

 (ええ。これでようやく、次の誰かが“消えん”で済む)

 

 遺品の袋を胸に抱え、列の最後尾へ戻る。

 誰にも見られない場所。

 でも、ちゃんと届く場所へ——受付の窓口へ。

 

 矢場の背中が前で大きく揺れる。

 「今回は俺たちの速断がモノを言ったな」

 「さすがです、隊長!」

 

(速断……せやな。正しい段取りに乗った“後”は、速いほうがええ)

 心の中で小さく毒づき、同時に、自分のノートの同じページに線を一本、引き足した。

 〈封鎖完了。遺品:返還ルート申請〉

 

 恐怖は消えへん。

 けど、薄くはできる。

 名前のない線でも、繋いでいけば地図になる。

 

 僕は歩きながら、受理票の番号を指先でなぞった。

 小さく、でも確かな印。

 次も、同じように——引いて、残して、薄める。

 

 

 

 

局の玄関ホールは、午後の日差しで白く霞んでいた。

 矢場班長は真っ先に報告課の窓口へ歩き、封鎖印の押された台紙と核回収ケースをドンと置く。

 

 「北棟奥室、封鎖完了。滞留域は死んだ。地区の恐怖、沈静化を確認——以上だ」

 

 「確認しました。封鎖印、良好。殲滅任務は一時完了扱い、経過観察に回します」

 受付の印が小気味よく落ちる。ぽん、ぽん、と二つ。

 すぐ横の掲示板には赤帯の「臨時編成・殲滅結果(速報)」が貼られ、矢場班の欄に太い墨で〈達成〉の文字。

 

 後ろの列で、帯同していた他班も次々に核の袋を差し出していく。

 「巡回第二、回収核、六」

 「巡回第五、三。工兵分の付随回収が二」

 金属のように硬い核同士が袋の中で当たり、からん、と乾いた音を立てる。

 

 

僕は列の最後尾に並び、自分の袋を胸に抱えた。

(数は——数えるまでもない。軽く十を超えとる。……あかん、手が汗ばむ。落ち着け。渡すだけや)

 

 正面の窓口にいたのは、いつもの彼女ではなかった。

 四角い縁の眼鏡を掛けた、無表情の若い男。声は早く、視線は正面から真っ直ぐ突き刺さる。

 

 「次——矢場班の回収者?」

 喉がきゅっと詰まる。

 僕は小さく頷き、袋を差し出した。

 

 男が受け取った瞬間、眉がわずかに動く。

 袋が、想像より重かったのだろう。

 「……回収数、申告は?」

 「……っ」

 声が出ない。

 男は待たない。手元の秤に袋を載せ、癖のない手つきで一つずつ数え始める。卓の上に並ぶ、鈍い赤黒の欠片。

 

 

「一、二、三……十、十一……十五……十八」

 周囲の空気が、少し揺れた。

 同じ矢場班の若い男が、横から身を乗り出す。

 

 「おい、十八? は?」

 「拾い過ぎだろ、加賀谷。誰のを拾った?」

 「お前、コソコソ隠れて、人の倒したやつ拾ってただけじゃねぇのか?」

 

 胸の奥が熱くなり、同時に喉が固まる。言葉が砂みたいに崩れて消える。

(違う。僕が、落とした。盾と楔の“間”で——)

 口は動かない。

 代わりに、僕は記録ノートを開き、核を落とした位置の細かい“点”を指先で示す。導線に沿った、小さな赤い点がいくつも並んでいる。

 

 「なにそれ、落書きか?」

 嘲り笑いが背中にまとわりつく。

 矢場班長が間に割って入った。

 「お前ら、くだらないこと言ってねえで提出を終わらせろ。——窓口、核の計上は班の計上でいいな?」

 

 

受付の男は無表情のまま頷く。

 「はい。原則、回収核は“任務単位・班長名義”での集計です。個人計上は例外。班長承認印があれば別ですが」

 印。

 矢場は台紙の端を指で叩き、短く言った。

 「矢場班の回収十八、加算しておけ」

 

 「了解。矢場班、総回収——二十八(他班と重複なし確認)」

 

 カウンターの上で数字が黒々と増えていく。

 僕の袋の中身は、まるごと“矢場班”の数字に飲み込まれた。

 

 「ほら見ろよ。やっぱ俺らが一番じゃん」

 「隊長の読みが良かったからな」

 「加賀谷、お前は札でも数えとけ」

 

 心臓が痛いほど打つ。

 いつもの彼女なら、視線を外して「個人付記で残しておくね」と言ってくれたかもしれない。

 けれど、彼女は今日、反対側の窓口にいて、年配の市民対応で手一杯だ。こちらを振り向く余裕はない。

 

受付の男が事務的に言う。

 「核の評価額は、班長名義の回収として処理。賞与の分配は班長裁定。……次の方」

 ゴム印が、乾いた音で落ちる。

 僕の提出は、ひとつの数字になって消えた。

 

 矢場班の一人が肩を小突いてくる。

 「なぁ、“拾ってただけ”って顔してるけどさ、次からはちゃんと前に出ろよ? 俺たち、体張ってんだからさ」

 別の一人が笑い、声を潜める。

 「てか、隊長が言ってたぞ。『あいつが真面目にやれば俺たちだけで殲滅できた』って。な?」

 

 喉が熱い。

(僕は——前におった。お前らよりも前で!見つからんまま、恐怖を倒しとってん。導線も、楔も、封材の口も……)

 言えない。

 言えないまま、僕は俯く。視線は床に落とし、足を半歩引く。

 

 

「終わりだ、散れ散れ」

 矢場班長がケースを抱え、満足げに背を向ける。

 掲示板には新しい札が追加される。「殲滅結果(暫定)・矢場班:回収二十八」。

 その下に小さく、鉛筆で〈再編成会議:明朝〉の告知が挟まれていた。

 

 (再編成……)

 背筋に、冷たい汗が流れる。

 矢場班長は立ち止まりもせず、報告課の扉に消える瞬間、肩越しに一言だけ投げた。

 

 「——加賀谷。お前、明日は来なくていい。編成会議の結果が出るまで、単独で雑務でもやっとけ」

 

 胸の奥で、何かが静かに落ちた音がした。

 周りの笑いが遠のく。

 目の端で、向こうの窓口にいる彼女が振り返るのが見えた。

 でも、彼女はすぐに元の相手へと向き直る。仕事の手を止めない。

 ——その姿が、逆に僕の背を支えた。

 

(ええよ。僕は、やる。線を引く。誰に見られんでも)

 受付台の端で、控えの半券が風に少し揺れた。

 僕はそれをそっと摘み、ノートの間に挟み込む。

 今日の線は確かに残った。封鎖は効いた。恐怖は薄まった。

 

 それで、十分や。……と言い聞かせる。

 けど、胸の奥のどこかが、ほんの少しだけ疼いた。

 

 扉を出る前、廊下の角でふと立ち止まり、誰にも聞こえない声で呟く。

 

「——次も、僕は僕のやり方でやる。見つからんまま、見つけて、恐怖をなくす。……それが、僕の仕事や」

 

 返事はない。

 けれど、ポケットの中の半券がカサ、と鳴って、確かにそこにあると教えてくれた。

 

 再編成までは、ソロ。

 僕は踵を返し、音のない足取りで、次の“薄めるべき場所”へと歩き出した。

 




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