陰キャ、無口のコミュ障でもやる男です   作:イェスコマ

8 / 35
8話

再編成までソロ。

 寮の屋根に腰を下ろすと、街の灯りが遠くでまたたいていた。夜風は冷たくて、今日の粉塵の匂いだけがまだ喉に残ってる。

 

「……哨戒(パトロール)だけやったら、僕ひとりでも回せる。ひとりやったら足も口もよう動くし、見つからへん。けど——」

 

 空を見上げる。崩れかけの塔スリラーの黒い影が、雲の切れ間に縁だけを見せていた。

 

「巣を潰して、恐怖を薄めて、孤児を増やさん。……それがほんまの目的やろ。僕みたいな子、もう出さんために」

 

「それやったらひとりで頑張っても限界なんてすぐ見えてくる……どないせぇっちゅうねん」

 言い切ってから、膝の上のノートを開く。

 やり方は分かってる。見つけて、線を引いて、封鎖まで持っていく。

 でも、僕ひとりの線は、今の局のやり方だと、よく消える。

 明日、いつもの受付さんに相談しよう。話がちゃんと届く“道”を作るために。

 

「ほな、“相談メモ”作っとこ。……噛んでも伝わるよう、短う、具体的にな」

 

 

---

 

相談メモ(明日・受付さん宛)

 

1. 役割のお願い

 「先行隠密/導線確保」を専任気味に回してもらえるよう取次をお願いしたい。

 目的:①滞留域の特定 ②工兵用の封鎖導線作成 ③小型の静音排除

 成果物:導線地図(麻糸印・割れ目位置)、最短投入口リスト、危険点マーキング

 

 

2. ソロ哨戒の運用

 時間帯:夜明け前〜朝(人が少ない時間に線を引き、日中班が踏襲しやすく)

 提出物:微地図/残滓ログ/危険標(紙札)

 ポスト投函でも受理いただけるよう取次をお願いしたい(対面で詰まる可能性があるので)。

 

3. 技能の横連携

 工兵補助の簡易資格(符杭位置・封材基礎)受講を紹介してほしい。

 

 

4. 再編成の見通し

 上記任務や資格が整い次第、5名前後の班に合流できるよう道筋の相談に乗ってほしい。

 

 

5. 例外計上(記録のみ)

 核回収の個人付記が認められる条件を知りたい。

 例:先行隠密が単独で落とした核が一定数以上/導線設計の採用など。

 ※金銭不要、記録だけ僕名で残してほしい(再編成の根拠に)。

 

 

6. 最後に(意図)

 恐怖は消えへん。けど、薄められる。

 見えへん場所で線を引き続けたい。線が“消えないように”局内の道を一緒に考えてほしい。

 

 

〈※今日は言葉が出んかったら、この紙そのまま読んでもらう〉

 

「……よし。言えるだけ言う。言えんかったら、紙で伝える!」

 

 ノートを閉じる。風が一枚だけページをめくって、昨日の「封鎖完了」の朱線を覗かせた。

 消えずに残った線。これから増やす線。

 

「明日や。朝いち、あの窓口から。ここから僕も変わらなあかん。いつまでも視線に怯えてたらあかん。——やったるで」

 

 

---

 

 

翌朝。

宿舎の廊下はまだひんやりして、窓の外に白い朝靄が残っていた。人の少ない時間を狙って、僕は局の受付へ向かう。早い鐘の音が一度だけ鳴って、玄関ホールの床石が淡く光る。

 

カウンターの向こうに、彼女はもういた。

少し年上、つやのない黒縁のメガネ、仕事用にきっちり結った髪。背筋は真っ直ぐなのに、話すときだけ視線をほんの少し外してくれる——あの気遣いの仕方は、誰にも真似できへん。

 

胸の札には、端正な字で名前。

小野寺 遥(おのでら・はるか)。

 

「——おはよう、加賀谷くん」

いつもどおり、真正面からは見ないまま、穏やかな声だけが届く。

喉の輪が、すっと緩む。

 

僕は頷いて、用意していた紙束をそっと差し出した。

“相談メモ”。昨夜、噛まんで済むよう短く並べたやつ。

 

小野寺さんは受け取り、手元だけで素早く目を走らせる。

読みながら、木の仕切りをすっと立てて、外からの視線を遮ってくれた。

 

 

「……うん、短くて具体的。とてもいいね」

彼女はメモの余白に三本、細い線を引いた。

「まず“今日できること”に分けよう。焦らなくていい。三つ」

 

彼女はペン先で、落ち着いた声のまま指示を区切る。

 

「① 先行隠密/導線確保は、臨時扱いで私が取次ぎます。朝の哨戒は、今朝からあなたの名義で受理できるようにする」

「② ポスト投函の受理、承りました。あなたの提出は“個人付記”で必ず残す。回覧の帯色は優先で回すね」

「③ 工兵補助の簡易講習、1週間後なら空きがあるね。仮押さえしておくけど……行けそう?」

 

「……い、けます」

掠れ声でも、彼女はすぐに頷く。

 

「よし」

ぱん、と薄い受理票に朱が落ちる。

朱の横に、彼女の苗字と今日の日付、そして小さく“臨時:先行隠密”の印字。

もう一枚、名刺サイズの札を渡してくれた。裏に小さな凡例——▶(投入口)/∥(冷却帯)/×(脆弱部)。

 

「導線の記号はこれで統一しよう。工兵が見て一秒で分かるように。あなたの麻糸も、この凡例に合わせておいて」

「……はい」

 

「それと」

小野寺さんは視線を伏せたまま、声だけを柔らかく落とす。

「再編成まではソロで活動、って聞いた。だから“合図だけで動ける線”を、あなたの速度に合わせてここで作る。班の采配は私たちがやる。あなたは——見つけて、残して、戻してきて」

 

喉の奥が、熱くなる。言葉は出えへん。

けど、伝わってる。確かに、届いてる。

 

「……孤児を増やさんように、したいんです」

やっと落ちた言葉に、彼女は小さく息をのみ、うなずいた。

 

「うん。受け止めた。届いてるよ」

机の上で、彼女の指がそっと受理票を押しやる。

「今日の朝哨戒、受付は私が担当。あなたは視線を気にしなくていい。戻ったら、紙で置いていって。私が回す」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「こちらこそ、いつもありがとう。

それじゃあ1件加賀谷君にやってもらいたい依頼があるからお願いするね」

 

彼女は控え票にも同じ朱を落として、僕の手元に戻す。

小さな印なのに、指先に確かな重みが移った。

 

「じゃあ——行ってらっしゃい、加賀谷くん。戻ったら、また“線”を見せて」

 

頷いて、踵を返す。

ホールに差し込む朝の光が少しだけ強くなっていた。

胸ポケットの中で、受理票がかさりと鳴る。

その音が、今日の最初の合図。

 

(見つからんまま、見つけて、残す。今日もそれをやるだけや)

 

僕は音のない足取りで、朝靄の街へ溶けていった。

 

 

——

胸ポケットの受理票が、歩くたびにかさ、かさって鳴る。

その音、今までただの紙の音やと思ってたけど……今日はちゃう。味方の心音や。

 

(うわ、なんやこれ。世界、軽っ……!)

 たったひとり。“信じてくれる人間が確かにおる”ってだけで、ここまで景色が変わるんか。

 今まで僕は「見つからんまま、見つける」しか取り柄がない思てた。

けど、小野寺さんが受け取って、回して、残してくれる言うた瞬間、僕の“線”が地図になった。独りの線やない、誰かに届く線になったんや。

 

(助かるで、ほんまに。僕の声、紙越しでも拾ってくれて)

 見られたら固まる僕の“欠け”を、欠点やなくて“扱い方”として置いてくれた。

 視線を外してくれるあの一秒、僕の喉の輪をひゅっと緩める魔法や。

 その一秒が、僕の十歩を前に進ませる。いや、百歩でもいける気すらする。

 

(なぁ、凪。お前、ずっと“透明”でええ思てたやろ。違うねん。透明のまま役立ってええんや)

 影で線を引く僕と、窓口で線を通す彼女。

 この二本がクロスしたら、恐怖は薄まる。孤児は減る。——理屈やなく、確信になった。

 

(よっしゃ、燃えてきたで)

 饒舌は相変わらず小声やけど、心ん中は火柱や。

 今まで「どうせ消えるやろ」で細く引いてた線、今日からは太う引いたる。

 “残滓:微強”とか“導線:A→B”とか、数字と印で誰が見ても動ける線にする。

 僕の手は震えへん。震えたら、小野寺さんが朱で押さえてくれる。そういう関係になれたんや。

 

(味方が一人おるだけで、こんなにも戦えるんやな)

 怖さは消えへん。視線はまだ刺さる。喉も時々、鍵がかかる。

 それでもええ。鍵の向こうに、僕の言葉を拾ってくれる人がいる。

 だから僕は、影へ潜る。もっと深う、もっと静かに。

 そして戻る。紙を置く。朱が落ちる。世界が、一行ぶん良くなる。

 

(行くで。僕は僕のやり方で、全力でやる。

 見つからんまま、見つけて、残す。

 ——そして、必ず届ける。味方が“おる”今の僕は、前の僕とはちゃうねん)

 

 

 宿舎の部屋。薄い朝の光が畳を四角く切り取っている。

 机の上に装備を並べ、ひとつずつ指で触れて確認した。

 

 短剣二、針束、麻糸、チョーク、白赤黒の煙管。

 薄板と鉛筆、止血符、布ガムテ、予備の手袋。

 紙の地図は端を透明テープで補強し、折り目が割れないよう背に薄い布を貼っておく。

 最後に、文字盤だけがやけに主張する機械式の腕時計を巻く。カチ、カチ、と秒針の音が静かに部屋へ沁みる。

 

(電子は使わん。使えん——“電喰い(でんぐい)”のスリラーが出たら、一瞬で死ぬ)

 この国の電気は、恐怖災害のあと九〇年代で止まった。なんやったらちょっと衰退したらしい。シランケド。

 

 信号は手旗、交差点は警笛、工場のラインは半分人力。

 テレビは街頭の古いブラウン管が昼だけ映ることがあるが、みんな信じてない。

 だから、僕らは紙で動き、旗で走り、線で残す。

 

 外套を羽織り、靴裏の静音パッドを押し込む。

 ヘルメットは庇の深いジェット型。曇ったシールドを指で拭い、紐をきゅっと締めた。

 

「電車、やと……無理や」

 昔、一度だけ挑戦した。車内に満ちる視線、揺れに合わせて流れるざわめき。

 胸が締め付けられ、酸素が薄くなるみたいに手が震えた。

 ——僕は輪郭を消すのは得意でも、見られる箱の中では呼吸ができん。

 

「バイクで行こ。ひとりやったら、足も口も動く」

 

 中庭に降りて、庁舎脇の駐輪場へ。

 僕の相棒はキャブ車の小排気量、アナログメーターが二つだけ付いた地味なの。

 キーを差し、チョークを引いて、キック一発。

 ぶるる、と古いエンジンが目を覚ます。

 ハンドルに掛けた赤白の手旗が、かすかに揺れた。

 

 

 街は目を擦るみたいにゆっくり動き出す時間帯。

 商店街のシャッターは半分閉まったままで、店主が手で札を裏返す——CLOSE→OPEN。

 パン屋の前には黒板が出て、今日の品書きが白い粉で書かれている。

 路地の角、腕章を巻いた交通係が赤と白の旗を振る。

 「とまれ」と「すすめ」をリズムで伝える、人間の信号機や。

 

(このテンポがええ。僕には合う)

 

 住宅地を抜ける。洗濯物が風に揺れ、子どもが木の剣で遊ぶ。

 電柱の上には古い拡声器、定時になると鐘の音だけ鳴るやつ。

 胸ポケットの受理票が、かさ、かさ、と鳴って、鼓動と重なる。

 

(味方ができた。線は消えん。燃えるなぁ——行こか)

 

 幹線に出ると、車専用道のアスファルトにタイヤが吸い付く。

 街外れの高架をくぐると、遠目に廃ビル群が見えてきた。

 恐怖災害以前——商業の中心やった区画。ガラスは抜け、看板は色を失い、鉄骨だけが空を縫っている。

 住宅と商店が続いた街並みの奥に、ひっそりと“山脈”みたいに黒い影がそびえているのが、この世界の今や。

 

 途中、路肩で止まる救済局のパトカーに会釈し、旗を一振り。

 向こうも旗で返す。電子サイレンなんてものはもうない。笛と旗、そして喉。

 遠く、線路をディーゼルの通勤列車がゆっくりと滑る。駅のホームで駅員が大きな旗を振り、出発の合図を送っていた。

 

(電気が消えて、人がやることが増えた。

 そのぶん、手は足りへん。だから——僕が線を引く)

 

 

 廃ビル郡の手前でバイクを止める。

 錆びたフェンスの影に寄せ、ディスクロックを噛ませ、黒いシートで覆う。

 ナンバーに布を掛け、足音の少ない裏通りへ身を溶かす。

 

 正面通りへひょいと出た瞬間、空気の温度が変わった。

 陽は出ているのに、日陰の冷たさが皮膚の下へ滑り込んでくる。

 風がガラスの破片を転がし、看板の骨がかすかに鳴る。

 

「——着いたで。隣町の、廃ビル」

 囁きを口の中で転がす。

 目の前の建物は、災害以前にはきっと洒落た商業ビルやったんやろ。

 外壁のタイルは所々剝がれ、エントランスの回転扉は斜めに傾いて止まっている。

 入口脇のテナント看板には、消えかけのロゴ——カタカナの店名、古い電話番号。

 その上に、救済局の立入注意の木札が打ち付けられていた。紙ではない。釘で留めた木だ。雨で滲まんように。

 

 耳を澄ます。

 街の遠い音と、このビルの中の音の境目が、はっきり見える。

 風の抜ける通路と、風が曲がる穴。

 僕の喉は、もう固まってない。

 視線は——ない。今は、僕しかいない。

 

「さて。線、引こか」

 外套のポケットから麻糸を出し、柱の根元に小さく結ぶ。

 チョークを指で転がして、足元の割れ目に白い印を落とす。

 

(行方不明は三日以内、二件。間に合う。いや——間に合わせる)

 

 前に、薄い空気の壁がある。

 それを静かにくぐり抜けるみたいに、僕は一歩、廃ビルの影へ溶け込んだ。

 

 

 

 

 





作者のモチベーションに大きな影響を与えます。
評価お願いします!
読んでくれてありがとうございます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。