彼女は深い水底に沈められたかのような感覚の中で目覚めた。
辛うじて聞こえてくるのは、高低様々な喧騒。視界はぼやけて、光と影の境目すら定まらない。
一言で言うなら、霊子転移の異常によるものだった。
霊子転移はレイシフトとも呼ぶ。過去や未来の時代へと、魂を霊子という形に変換して送り込むタイムトラベルの技術。そして彼女―――オルガマリー・アニムスフィアは、元は優秀な魔術師の家系の令嬢として、人類史の維持を目的とする機関「カルデア」の所長であった人物である。不慮の事故で一度消息を絶った彼女だったが、紆余曲折を経て人類史を守るために奮戦する、この時代最後の魔術師たちの希望の一つたるサーヴァントと呼ばれる存在となって帰還した。
カルデアは現在、霊子転移を用いて人類史で発生した異常箇所を修正する役割を担っている。今日も転移先で修正作業に当たるはずだったのだが、オルガマリーという人物がサーヴァントと成った経緯が余りに特殊であったからか、本来の箇所から大きくずれた場所に転移してしまったのだろう。
しばらくの間、意識が朧げな状態で地に横たわっていたように思う。
ようやく、視界が鮮明になる。そこにあったのは、見慣れない巨大な泡の樹木が聳える姿で、人々は見たこともない動物を引き連れて歩いている。何より、時代によって増減はするものの、空気中にあるはずの魔力を全くと言って良い程感じ取ることが出来なかったことに困惑した。
「―――……ここは、どこ……?」
かすれた声が、誰に聞かれることもなく泡の木々の間で一瞬響いて消えた。
オルガマリーは、自身の現状を分析した。場所は不明。知識にない地理、記憶にない生物たち。
転移失敗。その結果、彼女は、見知らぬ地に弾き飛ばされたのだと思い至った。
以前のオルガマリーであれば、孤立しているという状況に戸惑い、焦り、思考する余裕はなかった。いいや、今も確かに焦りはあるが、まずは情報を集めるべきだと、魔術師として生きていた時に比べれば幾らか冷静な思考が出来るようになっていた。この場所がどのような法則で成り立ち、どのような危険があるのか。時代は?人々との意思疎通は可能か?そういったことから、固く着実に。
そして無事に帰還を果たす、それだけを目的として。
彼女はよろめきながら立ち上がり、行き交う人々の流れに紛れ込んだ。
植物も動物も知らない形をしているものばかりだが、人間だけは見慣れた形をしていたことに安堵した。きっと同族だと信じてもらえるだろう。あとは言語が通じることを祈るばかりだが。
戸惑いで言葉が震えないように息を吸った。
最も無害そうな、だが同時に最も多くの情報を持っていそうな人物を探し。この世界の人間を見定めて、声を発する。
「少し、お話を伺っても良いかしら。聞きたいことがあるのだけど」