青海異聞紀行   作:ワクワクsun

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インセプション

声を掛けた先に居たのは地に胡座をかいて座る、温和そうな中年の男だった。簡素なシャツに帽子をかぶり、傍らには荷物袋が幾つか置いてある。見たところ、商人か旅人の類だろう。

 

「ん?観光客かい? あんまり見ねえ顔だな。頭の上のそりゃあなんだ?」

「上……?どういう意味かしら?」

 

男の視線を辿るように見上げた。自身の頭上で静止する、白と黒の天使の輪に似た巨大なオブジェクトが視界に入り込む。思わずオルガマリーの口から、あ、と声が漏れる。自身の頭を追尾するように自動で動くそれであったから、存在をすっかり忘れていた。この輪はサーヴァントとなった時にオルガマリーの体の一部として付いてきたもので、レイシフト先で遭遇した敵の掃討のために使用することもある。だがそれ以上のことは分からない。説明を求められても、彼女自身にも上手く言い表せないものだった。

 

「これは……ええと、武器よ。護身用の」

「変わった形してるねえ、初めて見た。海も広いもんだな……」

 

男は感心するように言うだけで、訝しむ様子もないことに安堵した。男のもとに辿り着くまでにざっと周囲を観察した限り、目につく技術力の科学製品は見当たらない。この地はまだ科学が発展途上の段階にあるらしい。そんな中でオルガマリーの頭上に浮かぶ輪、金属が持つ光沢を伴う───例えるならばUFOの円盤のようなこれは余りに異質過ぎるのだ。怪しまれない方がおかしい。詮索されないことが奇跡に近い。内心冷や汗をかいていることを自覚しながら、男の顔を見ていた。

 

「この島は見どころも多いからな。あんたみたいなよそ者も珍しくはねぇさ。ゆっくり見ていきな」

 

そんなオルガマリーの内心を他所に、男は気さくに話し、道の先を指さして見せた。

泡の木々の間を抜ける通りには、色鮮やかな屋台や珍妙な動物を連れた行商人たちが並んでいる。

 

「ああ、そういや聞きたいことって?」

「ここがどういう場所なのかを教えて欲しいの。迷っていたら偶然辿り着いたようなもので……」

「そりゃ運が良かったな。ここはシャボンディ諸島ってんだ、名前くらいは聞いたことあるだろ?海賊や商人が集まる、中継地みたいなもんさ。泡でできた乗り物なんかもあるぞ」

 

オルガマリーは内心で小さく唸った。ほら、という言葉と共に男の指が新たに示した先には、確かに魔術ではなく、泡を素材にした技術の賜物がそこにあった。やはりこの地には「魔力」という概念は存在しないらしい。とはいえ、言葉は通じる。人の形も大きくは違わない。

安堵と同時に、異質な場所に放り込まれた実感がじわじわと胸を締めつけてくる。

所長であった時代に、カルデアス───カルデアにある、100年後の地球をシミュレーションする天球儀。それを通じて、オルガマリーは世界の様子を観測していた。流石に細部まで完璧にとはいかないが、世界の地形、建造物、文明の特徴は粗方把握していた。その自負があるのにも関わらず、オルガマリーの知識の中には、シャボンディ諸島という名前も地理の特徴も存在していなかったのである。

 

 

「島とは言うが……見ての通り、実際はヤルキマン・マングローブっつう樹の集合体でよ。全部で79本、それを1本1本を1つの島として数えてんだ。他の島にゃ遊園地やら観光名所があるぞ。土産なんかも遊園地がある島の近くの方が置いてる」

「ふぅん……?賑わっているようだから、この島も観光名所なのかと思ったけれど違うのね」

「……まァ、ある意味じゃ名物っつーか。ちょっと変わった酒場はあるんだがな。ありゃあ観光向けとは言えねえ」

 

オルガマリーは眉をひそめた。聞こえは平凡だが、男の声音は妙に含みを帯びている。その意図を読み取ることは困難だった。

 

「はは、気になるか?行きたいってんなら止めはしねぇけどよ。……ここらは観光地の島より治安が悪ぃんだ。海軍の目が届かねえからな。特に――」

 

言葉が終わるより早く、オルガマリーの視界が激しく揺れた。

背後から伸びて来た手に腕を強く掴まれている。

 

振り返る間もなく、数人の男たちが取り囲んでいた。薄汚れた服を着て、歯を剥き出しに、薄ら笑いを浮かべながらオルガマリーを見ている。値踏みするような視線に、思わずオルガマリーは顔を歪めた。

 

「身なりが良いな、高そうな女だ……こいつは売れるぞ」

「この輪っかどうする?」

「適当にオマケとか言って付けとけ」

 

不幸にも、人間オークションの商品を探していた人攫いたちに目をつけられたのだ。この世界の異邦人たるオルガマリーにはそんな事情が分かるはずもないが、危機であることを察知した本能がけたたましい警鐘を鳴らしている。逃げ出そうと身を捩じるが、両腕を押さえられ、口元に布を当てられる。鼻を突く薬品の匂い。

 

「……な、にを……はなしなさい……!」

 

目に映る全ての輪郭がぼやけ、体が、指一本すら動かすこともままならなくなる。

最後に見たのは、男が慌てて立ち上がり、何か叫ぼうとする姿だった。

 

 

意識が急速に暗い場所へと転がり落ちていく。

そうしてオルガマリーは意識を手放した。

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