転生特典としてゾルトラーク使えるようになったけどなんか世界観違くね? 作:wet
ダンブルドアとの胃がキリキリするような面談から数日後。
俺は人生最大の試練に直面していた。
「いいですか、みなさん!今日は待ちに待った初めての飛行訓練です!」
ホグワーツの訓練場に、黄色い鷹のような目をした女教師、マダム・フーチの鋭い声が響き渡る。
その言葉に、グリフィンドールとスリザリンの一年生たちは「うおおお!」と歓声を上げた。地面にずらりと並べられた、年代物の箒『シューティングスター』を前に、誰もが目を輝かせている。
ハリーは父親譲りの才能があるだろうし、ロンも兄たちから話を聞いているのかワクワクしている様子だ。あのドラコ・マルフォイでさえ、得意げな笑みを浮かべている。
皆がこれからの授業に胸を躍らせる中、ただ一人。
俺、アーク・ウィンドソアは、顔面蒼白でその場に立ち尽くしていた。
(……無理無理無理!絶対無理だって!)
心の中で、俺は絶叫していた。
何を隠そう、俺は……前世から、筋金入りの高所恐怖症なのだ。
遊園地の観覧車ですら頂上付近では目を開けられないし、会社のビルの窓際にも近づけない。そんな俺が、あんな細い木の棒にまたがって空を飛ぶなんて、正気の沙汰じゃない。死ぬ。確実に死ぬ。
「さあ、各自箒の左側に立って!早く!」
マダム・フーチの号令に、俺はビクッと肩を震わせながら、おそるおそる箒の横に立った。足がガクガクと震えて、今にも崩れ落ちそうだ。
「いいですか!右手を箒の上にかざして、『上がれ!』と強く命じるんです!」
『上がれ!』
生徒たちの威勢のいい声が、訓練場に響き渡る。
すると、あちこちで箒がビュン、と音を立てて持ち主の手に収まった。ハリーの箒は、まるで彼の手に吸い寄せられるかのように、一発で完璧に持ち上がった。さすが主人公。
俺も、震える声でなんとか命じる。
「あ、上がれ……」
俺の箒は、地面の上でぴくりと震えただけで、持ち上がる気配は一切ない。
こいつ、俺の恐怖心を読み取ってやがる……!
「もっと気合を入れて、ウィンドソア!」
マダム・フーチの檄が飛ぶ。
俺はもう一度、腹の底から声を絞り出した。
「上がれっつってんだろゴルァ!」
ドスの効いた声に反応したのか、箒はようやくふわりと浮き上がり、俺の手に収まった。
……よかった。第一関門は、なんとか突破したらしい。
「よろしい!では、箒にまたがって!地面を強く蹴るんです!落下したくなければ、しっかり握ること!」
マダム・フーチが笛を吹く。
それを合図に、生徒たちが次々と地面を蹴って宙に舞い上がった。
「うわー!」「見て、飛んでるわ!」と、あちこちから歓声が上がる。
俺は、というと。
箒にまたがったまま、地面に根が生えたかのように一歩も動けずにいた。
(怖い怖い怖い怖い!地面から足が離れるとかありえない!物理法則に反してる!)
前世の常識が、俺の体を縛り付ける。
そんな俺の隣で、同じように苦戦している生徒がいた。ネビル・ロングボトムだ。彼は箒にまたがった瞬間から、なぜかゆっくりと地面から浮き上がってしまっていた。
「だ、だめだ!戻れない!」
ネビルの悲鳴が聞こえる。彼の箒は、彼の意思を無視して、どんどん高度を上げていく。
マダム・フーチが「ロングボトム君!すぐに降りてきなさい!」と叫ぶが、もはやネビルに箒を制御する術はなかった。
「うわああああああ!」
ネビルを乗せた箒は、まるでロケットのように急上昇し、あっという間に城の尖塔と同じくらいの高さまで到達してしまった。
訓練場にいた全員が、空の一点を見上げて固まっている。
そして、最悪の事態が起きた。
暴走する箒の動きに耐えきれず、ネビルの体がずるりと滑り落ちたのだ。
一瞬、彼はなんとか箒の先端にしがみついたが、それも長くは続かなかった。
ぷつり、と糸が切れるように。
ネビルの小さな体が、空から真っ逆さまに落ちてきた。
「「「きゃあああああ!」」」
女子生徒の悲鳴が響き渡る。
マダム・フーチが慌てて箒に飛び乗ろうとするが、距離が離れすぎていて、どう考えても間に合わない。
ハリーやロンも、ただ空を見上げるだけで何もできずにいる。
誰もが、次の瞬間に訪れるであろう悲劇を覚悟した。
俺も、その一人だった。
高所恐怖症で足がすくんで、一歩も動けない。
頭の中では「助けなきゃ」と思うのに、体が言うことを聞かない。
(死ぬ)
ネビルが、死ぬ。
俺の目の前で。
俺が、この世界に来てから初めてできた、クラスメイトが。
その瞬間。
俺の中で、何かがブチリと切れた。
恐怖心も、前世の常識も、ダンブルドアとの約束も、全てが吹き飛んだ。
気づいた時には、俺は右手を、落下してくるネビルに向けて突き出していた。
杖なんて持っていない。ただ、無我夢中で。
(助けろ!)
そう、心の中で叫んだ。
呪文なんて、頭にはなかった。ただ、彼を助けたいという一心だけが、俺の体を突き動かした。
次の瞬間。
俺の指先から、極細の黄金の閃光が迸った。
それは音もなく、しかし神速で空を駆け上がり、ネビルがしがみついていた箒の柄を正確に撃ち抜いた。
――パァン!
乾いた破裂音と共に、ネビルの乗っていたシューティングスターが、木っ端微塵に砕け散った。まるで、最初からそこには何もなかったかのように、一瞬で細かい木屑の雲に変わる。
「「「えええええええ!?」」」
訓練場に、今日一番の絶叫が響き渡った。
箒を破壊してどうするんだ!あれじゃ余計に!
誰もがそう思っただろう。俺自身も、そう思った。
(やべっ!またやらかした!)
助けようとした結果、彼の唯一の命綱を粉砕してしまった。これではただの殺人だ。
俺は自分のしでかしたことに、血の気が引いた。
しかし。
信じられない光景が、俺たちの目の前で繰り広げられた。
箒という推進力を失ったネビルは、一瞬、自由落下の速度を速めた。
だが、ゾルトラークが箒を粉砕した際に発生した魔力の衝撃波が、まるで目に見えないクッションのように彼の下に広がり、その体をふわりと受け止めたのだ。
落下していたネビルの体は、まるで羽毛のように、ゆっくり、ゆっくりと速度を落としていく。 そして。
ぽすん、と。
実に間の抜けた音を立てて、彼は訓練場の芝生の上に、尻餅をついた。
怪我一つない。ただ、何が起こったのか分からず、呆然と空を見上げているだけだった。
「…………」
訓練場は、水を打ったように静まり返っていた。
生徒たちは、無傷で地面に座っているネビルと、空に舞う木屑、そして、右手を突き出したまま固まっている俺を、交互に見比べている。
その沈黙を破ったのは、マダム・フーチだった。
彼女は、信じられないものを見たという顔で、俺に駆け寄ってきた。
「ウィンドソア!」
その声は、怒りではなく、純粋な驚愕に満ちていた。
「い、今の魔法は一体なんです!?箒を破壊することで、落下速度を相殺したというのですか!?なんていう発想!新しい制動魔法!?」
……え?
制動魔法?ブレーキってこと?
俺は、マダム・フーチの言葉がすぐには理解できなかった。
「あ、いや、その、これは……」
なんて説明すればいいんだ!?
「助けようとしたら、なんかビームが出て、うっかり箒を粉々にしちゃったんですけど、なんか奇跡的に衝撃波がクッションになって助かりました」 なんて言えるわけがない!
俺が口ごもっていると、マダム・フーチは興奮した様子で俺の肩を掴んだ。
「素晴らしい!実に画期的です!箒の暴走は、長年魔法界が抱えてきた問題だった!それを、こんな形で解決するとは!あなたは天才ですよ、ウィンドソア!」
ぜんっぜん違います!
あれはただの破壊魔法です!人を殺す魔法なんです!
俺の心の叫びは、もちろん誰にも届かない。
生徒たちが、ざわざわと俺を取り囲み始める。
「すげえ……ネビルを助けたぞ」
「箒を爆発させて助けるなんて、聞いたことない」
「あいつ、やっぱりただ者じゃない……」
ハリーとロンが、尊敬の眼差しで俺を見ている。
ハーマイオニーは、目をキラキラさせながら「あの魔法の理論的背景を教えてほしいわ!」と詰め寄ってくる。
スリザリンの連中でさえ、マルフォイが悔しそうな顔で俺を睨んでいる以外は、驚きを隠せない様子だ。
俺は、完全にキャパオーバーだった。
頭が真っ白になり、胃が、またあのキリキリとした痛みを発し始める。
「その……なんていうか…… instinct?……直感?で……」
俺がなんとか絞り出した言葉に、マダム・フーチはさらに感銘を受けたようだった。
「直感!?極限状態で、これほどの高等魔法を直感で編み出したというのですか!あなたは、間違いなくダンブルドア校長以来の逸材です!」
もうやめて!俺をそんなに持ち上げないで!
俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんだ!
結局、その日の飛行訓練は、ネビルの箒がなくなった(俺が消し飛ばした)ため、中止となった。
俺は、マダム・フーチから「今日のあなたの功績は、必ず校長に報告しておきます!」と力強く肩を叩かれ、また一つ、胃痛の種を増やすことになったのだった。
寮に戻る道すがら、俺は心の中で天を仰いだ。
(神様よ……あんたがくれたこの力、どう考えてもこの世界じゃオーバーテクノロジーすぎるんだが……)
俺の平穏なホグワーツライフへの道は、まだ始まったばかりだというのに、すでに暗雲が立ち込めている。 というか、もはや嵐が来ている。