転生特典としてゾルトラーク使えるようになったけどなんか世界観違くね? 作:wet
飛行訓練での一件以来、俺はかつてないほどに注目を浴びていた。
廊下を歩けば「あ、箒を爆発させた天才だ」「無言呪文の達人らしいぞ」などとヒソヒソされ、グリフィンドールの談話室では、上級生たちから「あの制動魔法、どうやったんだ?」と質問攻めに遭う毎日。
そのたびに俺は「いや、あれは事故で……」「直感です……」と曖昧に笑ってごまかし続けるしかなく、胃薬が手放せない日々を送っていた。
平穏な学園生活は、どこに行ったんだ。
俺はただ、モブとして静かに卒業したいだけなのに……!
そんな俺の心労などお構いなしに、ホグワーツでは季節が巡り、ハロウィーンの日がやってきた。 大広間は数千のかぼちゃのランタンで飾られ、天井からはコウモリの群れが飛び交う。テーブルには山海の珍味が並び、生徒たちはお祭り気分で浮かれていた。
俺も、この日ばかりは日頃のストレスを忘れ、かぼちゃパイを頬張りながら、つかの間の平穏を味わっていた。
(うん、うまい。やっぱりイベントはこうでなくっちゃな)
そう、このまま何事もなく、楽しいパーティーで終わるはずだったのだ。 あの男が、大広間に転がり込んでくるまでは。
「トロール!——地下牢に!——トロールが!」
ターバンを巻いた闇の魔術に対する防衛術の教師、クィレル先生が、血相を変えて叫んだ。
「——お知らせまで」
そう言い残して、彼はその場にばったりと倒れ、気を失った。
その瞬間、大広間はパニックの坩堝と化した。
生徒たちの悲鳴が上がり、誰もが我先にと出口へ殺到する。
「静粛に!」
ダンブルドア校長が杖から閃光を放ち、その声でようやく生徒たちの混乱は収まった。
「監督生諸君、速やかに自分の寮の生徒を談話室へ誘導したまえ!」
パーシーが「グリフィンドール生!こっちだ!落ち着いてついてこい!」と叫び、俺たち一年生もその後に続く。
よし、このまま大人しく寮に戻れば、面倒ごとに巻き込まれずに済む。俺は人波に紛れ、足早に談話室を目指した。
その時だった。
隣を歩いていたハリーが、はっとした顔で立ち止まった。
「どうしたんだい、ハリー?」
ロンが尋ねる。
「ハーマイオニーだ!彼女、トロールのことを知らないんだ!昼間、ロンと喧嘩して、女子トイレでずっと泣いてたんだよ!」
ロンが、しまったという顔で青ざめる。
そういえば、今日の呪文学の授業で、ロンがハーマイオニーのことを「知ったかぶりで鼻持ちならない」と言ってしまい、彼女を泣かせてしまったのだった。
「どうしよう……彼女、一人なんだ!」
ハリーとロンは顔を見合わせると、次の瞬間には監督生の列から離れ、逆方向へと走り出していた。 女子トイレへ向かう気だ。
(……おいおい、マジかよ)
俺は、彼らの後ろ姿を見ながら、心の中で頭を抱えた。
原作通りだ。この後、二人はハーマイオニーを助けるためにトロールと戦うことになる。そして、それをきっかけに三人の友情が芽生える、重要なイベントだ。
つまり、俺が関わるべきではない、ということだ。
そうだ。これは彼らの物語なんだ。俺みたいなイレギュラーが首を突っ込むべきじゃない。俺は寮に戻る。それが正解だ。
そう自分に言い聞かせ、俺は再び歩き出した。 しかし。
「うわあああん!」
脳裏に、昼間泣いていたハーマイオニーの顔が浮かぶ。 いつもは勝ち気で、少しおせっかいだけど、根は真面目で優しい女の子だ。そんな彼女が、今頃何も知らずに、巨大なトロールと遭遇してしまうかもしれない。
……クソッ!
俺は、自分の良心という名の厄介な感情に悪態をつきながら、踵を返した。
「なんで俺がこんな目に!」
悪態をつきながらも、足は自然とハリーたちを追っていた。
平穏な生活は、どうやら俺に微笑んではくれないらしい。
「ハリー!ロン!」
追いついた俺に、二人は驚いた顔をした。
「アーク!君も来てくれたのか!」
「ああ、もう!放っておけるか!」
俺たちは、地下牢とは逆方向の、一階の女子トイレへと急いだ。
角を曲がった瞬間、鼻を突く強烈な悪臭に、俺たちは思わず顔をしかめた。汚れた靴下と、誰も掃除していない公衆便所を混ぜ合わせたような、耐え難い匂い。
トロールだ。
俺たちは息を殺して、女子トイレの入り口を覗き込んだ。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
身長は三メートル以上、灰色のごつごつした皮膚に、こぶだらけの体。小さな頭には、豆粒のような目。そして、その手には、巨大な木の棍棒が握られていた。
そのトロールが、一番奥の個室の前で、立ちすくんでいるハーマイオニーに狙いを定めていた。
「ハーマイオニー!」
ハリーが叫ぶ。
ハーマイオニーは、恐怖で声も出せない様子で、へなへなと床に座り込んでしまった。
トロールが、唸り声を上げながら棍棒を振りかぶる。
まずい!
「おい!エテ公!こっちだ!」
ロンが、近くにあった水道の蛇口をひねり、金属のパイプをトロールの背中に向かって投げつけた。
ガツン、と鈍い音がして、トロールはゆっくりとこちらを振り返る。その目は、明らかに怒りに燃えていた。
「ロン、何してるんだ!」
「気を引くんだよ!」
作戦は成功し、トロールの注意は俺たちに向いた。しかし、それは同時に、俺たちがターゲットになったことを意味する。
トロールが、地響きを立てながら俺たちに迫ってくる。
「ウィ、ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
ハリーが、トロールが持つ棍棒に向かって呪文を唱える。
原作通り、棍棒を浮かせて頭に落とす作戦だ。
しかし、ハリーの呪文では、巨大な棍棒はぴくりとも動かない。
トロールは、そんな俺たちを嘲笑うかのように、再び棍棒を振り上げた。
(死ぬ)
俺の脳裏に、その一言が浮かんだ。
変身術の授業。飛行訓練。これまでの失態が走馬灯のように駆け巡る。
だが、今回はレベルが違う。今までの比じゃない。本物の、死の脅威が、目の前にある。
ダンブルドアとの約束が、頭をよぎる。
『二度と、あの魔法を軽々しく使ってはならん』
……軽々しく、なんて思ってない!
今が、その『万が一』の時じゃなくて、いつだって言うんだ!
俺は、震える右手をトロールに向けた。
恐怖で、目の前がチカチカする。
棍棒が、振り下ろされる。
スローモーションのように、全てが見えた。
ロンとハリーの絶望した顔。
ハーマイオニーの閉ざされた目。
「うおおおおおおおおっ!」
俺は、雄叫びを上げていた。
もはや、魔力の制御なんて考えている余裕はなかった。
ただ、目の前の脅威を排除する。その一心で。
「ゾルトラーク!!」
指先から放たれた黄金の光は、もはやビームではなかった。
それは、全てを飲み込む光の奔流。トイレの狭い空間を、眩いばかりの閃光で満たし尽くす。
轟音。
俺が今まで聞いたこともないような、鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き渡った。
衝撃で、トイレの壁がビリビリと震え、天井から埃がパラパラと落ちてくる。
光が収まった時。
そこには、信じがたい光景が広がっていた。
トロールが、いた場所に、何もなかった。
いや、正確には、その下半身だけが、膝から崩れ落ちるようにして、その場に残っていた。
上半身は、跡形もなく消滅していた。
そして。
トロールがいた場所の、さらに後ろ。
トイレの壁、そしてその向こうにある廊下の壁にまで、直径二メートルはあろうかという、完璧な円形の風穴が、ぽっかりと口を開けていた。
穴の向こうには、先ほど俺たちが走ってきた廊下が見えている。
「…………」
トイレの中は、死んだような静寂に包まれた。
鼻を突くのは、先ほどの悪臭に加えて、何かが焼けたような、オゾンの匂い。
ハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、口をあんぐりと開けたまま、目の前の光景を信じられないといった顔で見つめている。
俺は、自分の右手を、呆然と見下ろした。
(……あ、やべ。また、やりすぎた)
その時だった。
廊下の向こうから、複数の足音が聞こえてきた。
「今の音はなんだ!?」
「こっちだ!」
現れたのは、マクゴナガル先生、スネイプ先生、そして気を失ったはずのクィレル先生だった。
三人の教師は、トイレの惨状と、壁に開いた巨大な穴を見て、絶句した。
「……一体……何が……あったのですか?」
マクゴナガル先生が、震える声で尋ねる。
その視線は、トロールの下半身、壁の大穴、そして、未だに右手を突き出したままの俺の間を、行ったり来たりしていた。
「あ、あの、先生!僕たちが!」
ハリーが慌てて前に出る。
「僕たちがトロールを探しに来たんです!アークは、僕たちを助けようとして……!」
「そうです!彼がいなかったら、私たちは死んでました!」
ハーマイオニーも、涙ながらに訴える。
しかし、マクゴナガル先生は、もはやトロールのことなどどうでもいい、といった様子だった。
彼女は、ゆっくりと俺に近づくと、その細い指で、壁の穴の縁を、そっとなぞった。
「……ミスター・ウィンドソア」
その声は、地獄の底から響いてくるかのように、低く、冷たかった。
「トロールを倒したことについては、後でグリフィンドールに点をあげましょう。友人を救ったのですから。……ですが」
先生は、俺の目を、まっすぐに見据えた。
「私の城に、無断で窓を増やすのは、感心しませんね」
その言葉に、俺はもう、胃が痛いを通り越して、無の境地に達していた。