私と呼ぶときだけ   作:パレット24

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第12章 揺らぐ境界

 

 

石造りの空間、スリザリン談話室は、今日も変わらず静かだった。

 湖の底から透けて差し込む緑色の光が壁を染め、生徒たちの顔を青ざめさせている。

 暖炉はぱちぱちと音を立てていたが、その温もりは心を解かすことはなかった。

 

 セレナが中に入ると、途端に会話が細くなる。

 ちらりと視線が向けられ、すぐに逸らされる。

 彼女の足音だけが床石に響いた。

 

(……また、か)

 

 孤立はもう日常となりつつあった。

 だが、今日はそれがいつもより重く感じられる。

 

 

 

 セレナが腰を下ろすと、上級生のひとりが囁いた。

「……また呼ばれてたな。スネイプに」

 

 声は小さく、だが明らかに周囲に届くように発せられた。

 笑い声が数人の口元から漏れた。

 

「なんであいつだけ……」

「先生のお気に入りなんだろう?」

 

 言葉は鋭く突き刺さる。

 セレナは顔を上げず、ページをめくるふりをした。

 けれど文字は視界に入らなかった。

 

(特別視されるほど、私は居場所をなくしていく……)

 

 

ドラコの視線

 

 その時、不意に向かい側から声がした。

「……くだらない」

 

 セレナが顔を上げると、銀色の髪が緑の光に反射していた。

 ドラコ・マルフォイが、半分退屈そうに椅子へ寄りかかっている。

 

 彼は目を細め、周囲の生徒たちを見回した。

「先生に呼ばれるくらいで大騒ぎするなよ。羨ましいなら、自分が呼ばれるようにすればいい」

 

 その声は、皮肉と傲慢を滲ませながらも、不思議とセレナに向けられたものではなかった。

 

 上級生たちは一瞬黙り、やがて興味を失ったように会話を続ける。

 空気が少しだけ和らいだ。

 

 

 

 セレナは本を閉じ、低く問いかけた。

「……どうして、そんなことを言うの?」

 

 ドラコは肩をすくめた。

「事実だろう。……それに、君が特別扱いされるのは、先生の気まぐれなんかじゃない」

 

「……え?」

 

 彼の目が、一瞬真剣に光った。

「君には、他の誰も持っていないものがある。

 ……分かってるよ、僕は。君がただの“お気に入り”なんかじゃないことくらい」

 

 その言葉に、セレナの胸がわずかに揺れた。

 

 

 

 ドラコはすぐに目を逸らし、鼻で笑った。

「まあ、僕にとっては敵か味方か、どっちかになればいいだけだが」

 

 皮肉めいた言葉で会話を切り捨てると、立ち上がり、クラッブとゴイルを引き連れて去っていく。

 

 セレナはその背中を見つめながら、手の中の杖を強く握った。

 

(……敵か味方か)

 その境界線に、自分の居場所はあるのだろうか。

 

 孤独の中で胸に広がるのは、ほんのわずかな温もり。

 意外な言葉が、冷たい談話室に小さな火を灯した。

 

 

 

― 密やかな対話

 

校長室・深夜

 

 ホグワーツが眠りについた頃、校長室の扉は再び閉ざされていた。

 炎が静かに揺れ、古びた肖像画たちが半分眠たげに見守る中、アルバス・ダンブルドアは机の前に腰掛けていた。

 

 その前に立つのは、黒衣をまとった男──セブルス・スネイプ。

 彼の瞳は冷たい闇を湛えていたが、言葉には抑えきれぬ焦りが滲んでいた。

 

「──彼女は見られた。森で、あの影に」

 

 スネイプの声が、炎の中で低く響いた。

 

 

 

 ダンブルドアは目を細め、組んだ指に顎を預けた。

「ふむ……やはり、避けられぬかのぅ」

 

「避けられぬ……?」

 スネイプの声に棘が宿る。

「校長、あれはただの生徒ではない。奴が求めるものを持っている。──“鍵の血”だ」

 

 炎がぱちりと弾け、肖像画のひとつが寝返りを打つ。

 

 ダンブルドアは視線を外さずに続けた。

「石を守るための結界は万全じゃ。だが、石を奪おうとする者が血を求めるのなら……セレナ嬢もまた、巻き込まれる運命にある」

 

「許せることではない!」

 スネイプが声を荒げ、机に手を叩いた。

 青い炎が大きく揺らぎ、窓ガラスに影を映した。

 

 

 

「……彼女はまだ十一歳だ。純粋で、無知で……」

 声は怒りに見せかけながら、苦痛のように震えていた。

「それを盾にするなど、正気の沙汰ではない」

 

 ダンブルドアの瞳が深く光る。

「セブルス。君がそう言うことは、ワシもよく分かっておる。じゃが──彼女の血は彼女だけのもの。

 選ぶのは我々ではなく、彼女自身じゃ」

 

 スネイプは言葉を詰まらせた。

 その沈黙の中に、守りたいのに守れぬ矛盾が渦巻いていた。

 

 

 

 校長は椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

 夜空の星々を眺めながら、穏やかに言葉を紡ぐ。

 

「セブルス。君が彼女を気にかけていることは、隠しようがない。

 だが、それを弱みと見抜かれれば……彼女は狙われる」

 

 振り返った瞳は、老いてなお鋭かった。

「くれぐれも忘れるでない。守ることと、執着することは違うのじゃ」

 

 スネイプの黒い瞳が揺れた。

 口を開きかけて閉じ、やがて低く答える。

「……我輩は……決して、弱みなど持たぬ」

 

 だが、その言葉は自分自身への誓いのようであり、苦しい否定でもあった。

 

 

 

 長い沈黙の後、ダンブルドアが柔らかく言った。

「セレナ嬢は“鍵”かもしれぬ。じゃが、鍵は使われるためにあるのではない。

 ──誰が使うかを選ぶためにある」

 

 その声が、星明かりに溶けていった。

 

 スネイプは答えず、ただローブを翻し、扉の方へ向かった。

 黒衣の背中に揺れる影は、怒りでも悲しみでもなく、静かな決意を孕んでいた。

 

 扉が閉まると、校長室には再び炎の音だけが残った。

 

 

 

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