石造りの空間、スリザリン談話室は、今日も変わらず静かだった。
湖の底から透けて差し込む緑色の光が壁を染め、生徒たちの顔を青ざめさせている。
暖炉はぱちぱちと音を立てていたが、その温もりは心を解かすことはなかった。
セレナが中に入ると、途端に会話が細くなる。
ちらりと視線が向けられ、すぐに逸らされる。
彼女の足音だけが床石に響いた。
(……また、か)
孤立はもう日常となりつつあった。
だが、今日はそれがいつもより重く感じられる。
セレナが腰を下ろすと、上級生のひとりが囁いた。
「……また呼ばれてたな。スネイプに」
声は小さく、だが明らかに周囲に届くように発せられた。
笑い声が数人の口元から漏れた。
「なんであいつだけ……」
「先生のお気に入りなんだろう?」
言葉は鋭く突き刺さる。
セレナは顔を上げず、ページをめくるふりをした。
けれど文字は視界に入らなかった。
(特別視されるほど、私は居場所をなくしていく……)
ドラコの視線
その時、不意に向かい側から声がした。
「……くだらない」
セレナが顔を上げると、銀色の髪が緑の光に反射していた。
ドラコ・マルフォイが、半分退屈そうに椅子へ寄りかかっている。
彼は目を細め、周囲の生徒たちを見回した。
「先生に呼ばれるくらいで大騒ぎするなよ。羨ましいなら、自分が呼ばれるようにすればいい」
その声は、皮肉と傲慢を滲ませながらも、不思議とセレナに向けられたものではなかった。
上級生たちは一瞬黙り、やがて興味を失ったように会話を続ける。
空気が少しだけ和らいだ。
セレナは本を閉じ、低く問いかけた。
「……どうして、そんなことを言うの?」
ドラコは肩をすくめた。
「事実だろう。……それに、君が特別扱いされるのは、先生の気まぐれなんかじゃない」
「……え?」
彼の目が、一瞬真剣に光った。
「君には、他の誰も持っていないものがある。
……分かってるよ、僕は。君がただの“お気に入り”なんかじゃないことくらい」
その言葉に、セレナの胸がわずかに揺れた。
ドラコはすぐに目を逸らし、鼻で笑った。
「まあ、僕にとっては敵か味方か、どっちかになればいいだけだが」
皮肉めいた言葉で会話を切り捨てると、立ち上がり、クラッブとゴイルを引き連れて去っていく。
セレナはその背中を見つめながら、手の中の杖を強く握った。
(……敵か味方か)
その境界線に、自分の居場所はあるのだろうか。
孤独の中で胸に広がるのは、ほんのわずかな温もり。
意外な言葉が、冷たい談話室に小さな火を灯した。
― 密やかな対話
校長室・深夜
ホグワーツが眠りについた頃、校長室の扉は再び閉ざされていた。
炎が静かに揺れ、古びた肖像画たちが半分眠たげに見守る中、アルバス・ダンブルドアは机の前に腰掛けていた。
その前に立つのは、黒衣をまとった男──セブルス・スネイプ。
彼の瞳は冷たい闇を湛えていたが、言葉には抑えきれぬ焦りが滲んでいた。
「──彼女は見られた。森で、あの影に」
スネイプの声が、炎の中で低く響いた。
ダンブルドアは目を細め、組んだ指に顎を預けた。
「ふむ……やはり、避けられぬかのぅ」
「避けられぬ……?」
スネイプの声に棘が宿る。
「校長、あれはただの生徒ではない。奴が求めるものを持っている。──“鍵の血”だ」
炎がぱちりと弾け、肖像画のひとつが寝返りを打つ。
ダンブルドアは視線を外さずに続けた。
「石を守るための結界は万全じゃ。だが、石を奪おうとする者が血を求めるのなら……セレナ嬢もまた、巻き込まれる運命にある」
「許せることではない!」
スネイプが声を荒げ、机に手を叩いた。
青い炎が大きく揺らぎ、窓ガラスに影を映した。
「……彼女はまだ十一歳だ。純粋で、無知で……」
声は怒りに見せかけながら、苦痛のように震えていた。
「それを盾にするなど、正気の沙汰ではない」
ダンブルドアの瞳が深く光る。
「セブルス。君がそう言うことは、ワシもよく分かっておる。じゃが──彼女の血は彼女だけのもの。
選ぶのは我々ではなく、彼女自身じゃ」
スネイプは言葉を詰まらせた。
その沈黙の中に、守りたいのに守れぬ矛盾が渦巻いていた。
校長は椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄った。
夜空の星々を眺めながら、穏やかに言葉を紡ぐ。
「セブルス。君が彼女を気にかけていることは、隠しようがない。
だが、それを弱みと見抜かれれば……彼女は狙われる」
振り返った瞳は、老いてなお鋭かった。
「くれぐれも忘れるでない。守ることと、執着することは違うのじゃ」
スネイプの黒い瞳が揺れた。
口を開きかけて閉じ、やがて低く答える。
「……我輩は……決して、弱みなど持たぬ」
だが、その言葉は自分自身への誓いのようであり、苦しい否定でもあった。
長い沈黙の後、ダンブルドアが柔らかく言った。
「セレナ嬢は“鍵”かもしれぬ。じゃが、鍵は使われるためにあるのではない。
──誰が使うかを選ぶためにある」
その声が、星明かりに溶けていった。
スネイプは答えず、ただローブを翻し、扉の方へ向かった。
黒衣の背中に揺れる影は、怒りでも悲しみでもなく、静かな決意を孕んでいた。
扉が閉まると、校長室には再び炎の音だけが残った。