私と呼ぶときだけ   作:パレット24

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第2章 ― 組み分け帽子

 

ホグワーツ城の重厚な扉が開いた瞬間、セレナは思わず息を呑んだ。

 大広間に一歩足を踏み入れると、頭上に広がるのは満天の星空──だがそれは天井の魔法が映し出したもの。

 数百本の蝋燭が宙に浮かび、温かな光を放ちながらゆらゆらと揺れている。

 石造りの壁には歴代の魔法使いの肖像画が並び、見下ろすように新入生を迎えていた。

 四つの長いテーブルには上級生たちがずらりと並び、見知らぬ顔が好奇と期待の入り混じった視線を投げてくる。

 セレナはその視線を静かに受け止めながら歩を進めた。

 

 先導していたのは、背筋をしゃんと伸ばした女性教師──マクゴナガル教授。

 眼鏡越しの鋭い視線は、落ち着き払ったセレナにも容赦なく注がれる。

「フロスト嬢、ですね?」

 名を呼ばれ、セレナは小さく頷いた。

 教授はしばし観察するように彼女を見つめたあと、唇をわずかに引き結ぶ。

「……随分と静かな子。ですが、瞳の奥に“決して怯まぬもの”を持っているように見えます。……良いですか、ホグワーツは知識と勇気を求める場。あなたもここで自分の居場所を見つけるのです」

「……はい、教授」

 セレナの声は澄んでいた。

 マクゴナガルは僅かに満足げに頷き、列の先へと歩みを進めた。

 

 そして──古びた椅子と、その上に置かれた組み分け帽。

 数えきれぬほどの生徒を寮に送り込んできた帽子は、今度はセレナを見上げる。

 

「フロスト、セレナ!」

 

 名を呼ばれ、少女は一歩前に出た。

 大広間の視線が一斉に注がれる。

 

 帽子が頭に触れた瞬間、低い声が彼女の心に響いた。

『……ほう、面白い子だ。知識欲、冷静な理論、そして類稀なる直感……レイブンクローにぴったりだな』

「……」

『だが……おや、これは……強い血だ。古代の魔法……ほう、ほう! これは滅多にお目にかかれん。勇気も備わっておるが……なにより野心、力を望む心……スリザリンもお前を欲しがっているぞ』

「……私は……」

 セレナは心の中で小さく息を吸った。

 レイブンクロー──学問と理論の寮。

 スリザリン──闇と野心の寮。

(……どちらでも生きられる。だけど……私が背負うものは……)

 

 視線の先。

 教授席に座る黒衣の影が、ほんの一瞬こちらを見た。

 冷ややかな瞳。だがセレナには、その奥のわずかな熱を感じ取れた。

(……あの人が、私を導くなら……)

 

『ふふ……決めたようだな。いいだろう。お前は……』

 

「スリザリン!」

 

 帽子の声が大広間に響いた。

 緑のテーブルから拍手と喝采が湧き上がる。

 セレナは帽子を外し、静かに席へ向かう。

 その横顔を、スネイプはほんの刹那だけ追った。

「……やはり」

 声にならぬ呟き。

 我輩と呼ぶ男の胸に、確信と安堵が入り混じった。

 

 

組み分け式が終わると、スリザリンの新入生たちは上級生に導かれ、地下へと続く長い石の階段を降りていった。

 湖の底に築かれた寮の入り口は、蛇の意匠を彫り込んだ扉。合言葉が唱えられると、重厚な音を立てて開いた。

 中へ入った瞬間、ひんやりとした空気が頬を撫でる。

 スリザリンの談話室は湖に面した大きな窓を持ち、深い緑の光が揺らめいていた。水中を漂う巨大な影が、ぼんやりと外を横切る。

 壁には銀と緑を基調とした装飾。蛇を象った燭台がいくつも並び、暖炉の炎が部屋をかすかに照らしていた。

 冷ややかで荘厳、それでいて落ち着きを覚える空間。

 

 セレナは周囲の生徒と共に部屋へ入った。

 しかし彼女は誰よりも静かで、まるで水面に映る影のように目立たぬ立ち居振る舞いをしていた。

 だが──その美貌と青い瞳は、否応なく人の視線を集めてしまう。

 

「おい、フロスト」

 声をかけてきたのはドラコ・マルフォイだった。

 彼は先ほど列車で見かけた時と同じ、挑むような笑みを浮かべている。

「結局スリザリンか。やっぱりな。……まあ悪くない。お前みたいなやつがいれば、うちの寮ももっと目立つだろうさ」

「……目立つつもりはないわ」

 セレナの返答は冷ややかだが、声は落ち着いていた。

 ドラコは一瞬むっとしたように眉をひそめたが、その後逆に面白そうに笑う。

「へえ……やっぱりお前、普通じゃないな。まあいいさ。退屈は嫌いだからな」

 そう言って肩をすくめ、取り巻きを連れて去っていった。

 

 残されたセレナは暖炉のそばに腰掛けた。

 薪のはぜる音を聞きながら、窓の外の緑の光を見つめる。

 胸の奥に、まだ答えの出ない疑問が浮かんでいた。

(……どうして、あの人は私を見捨てなかったの……)

 母の言葉。

 黒衣の教授の冷たい眼差し。

 その奥に、確かに揺らめいた何か。

 

 その夜遅く。

 談話室の灯りが落ち、生徒たちがそれぞれの寝室に向かったあと。

 静まり返った廊下の奥、闇に紛れるようにして一人の影が立っていた。

 ──セブルス・スネイプ。

 彼は談話室の扉が閉じられたことを確かめると、ただ一度だけ視線を湖へ向けた。

 その視線の先に、眠りにつく青い瞳の少女がいる。

「……これで良い。あの娘は、我輩の庇護下にある」

 低く呟く声は、冷酷さを装いながらもわずかに柔らかかった。

 やがて黒衣の影は廊下に溶けるように姿を消した。

 

 

 

スリザリン寮の明かりが落ち、湖底の静寂が戻った夜。

 ホグワーツの校長室では、別の灯りが静かに揺れていた。

 黄金の不死鳥フォークスが翼を震わせ、柔らかな鳴き声を響かせる。

 机を挟んで向かい合うのは──アルバス・ダンブルドアとセブルス・スネイプ。

 

「フロスト嬢は、無事にスリザリンに組み分けられたようじゃな」

 ダンブルドアの声は穏やかだが、その眼差しは鋭く光っている。

「はい」

 スネイプは短く答えた。腕を組み、冷淡な声音を崩さない。

「やはり、あの娘には特別な“力”がある。古代の血──ヴォルデモートが喉から手が出るほど欲しがるものだ」

 スネイプの目が細くなる。

「……だからといって、ここに連れてきたのは愚かだ。奴の耳に入れば、狙われるのは時間の問題」

「それでも、ホグワーツほど安全な場所はない。──そして、彼女には学びが必要だ。自らの力を制御する術をね」

 

 しばし沈黙。

 蝋燭の炎が、二人の影を長く伸ばす。

「……セブルス。あの子を導けるのは、そなたしかおらんのじゃよ」

 ダンブルドアの声音には、確信にも似た響きがあった。

 スネイプは低く鼻を鳴らした。

「我輩に子守は似合わん」

「子守ではない。──“教師”としてだ。いや、それ以上かもしれぬがな」

 

 スネイプの瞳が一瞬揺れる。

 窓の外、夜空に映る湖面を見やりながら、彼は小さく呟いた。

「……あの娘は、我輩の庇護下にある」

 その言葉に、ダンブルドアは口元をわずかに緩める。

「ならば良い。セブルス、どうか忘れるな。あの子は“闇に飲まれぬ光”を持っている。君がそれを見失わなければ……彼女は、きっと道を誤らぬ」

 スネイプは返答せず、ただ黒衣を翻して立ち去った。

 

 その背に、不死鳥の鳴き声が長く響き渡る。

 

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