私と呼ぶときだけ   作:パレット24

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第3章 ― 最初の魔法薬学

 

石造りの冷たい地下室。棚には無数の瓶が並び、奇怪な生き物や薬草が浸された液体が鈍く光を放っている。

スリザリンとグリフィンドールの一年生たちは緊張した面持ちで座り、ざわつく声が反響していた。

 

 ドアが勢いよく開き、黒衣が音もなく室内を滑る。

 セブルス・スネイプ教授が現れると、一瞬でざわめきは静まり返った。

 

「魔法薬学とは……繊細な技、正確な手順、そして集中力が要求される学問だ」

 

 スネイプの声は低く冷ややかに響く。

 彼は視線を巡らせ──青い瞳の少女に一瞬だけ止める。

 だがすぐに表情を戻し、別の方向へと目を逸らした。

 その一瞬を感じ取ったのは、セレナだけだった。

 

 スネイプは黒板の前に立ち、ゆっくりと教室を見渡す。

「さて……ポッター」

 名を呼ばれ、ハリーがびくりと体を強張らせた。

 教室の空気がぴりりと張り詰める。

「もしウィガテン草のしぼり汁に、アスフォデルの根を加えたら、どんな効果がある?」

「えっ……」

 ハリーが言葉を詰まらせる。

「ベゾアールとは何か、そしてそれはどこで見つかる?」

隣でロンが小声で「難しすぎるよな……」とつぶやく。

前列のハーマイオニーが必死に手を伸ばしているのを、スネイプは完全に無視した。

「もしドラフト・オブ・リビング・デス『生ける屍の水薬』に、どんな材料を加えれば効果が強まるか?」

 

 沈黙が落ちたその時、教室の隅から静かな声が響いた。

 

「…… 死に至る眠り、仮死状態にする薬をつくる材料。ベゾアールとはヤギの胃の中に見つかる石で、ほとんどの毒の解毒剤になる。最後の質問は砕いたバレリアンの根です」

 

 全員の視線がそちらへ向く。

 答えたのは、セレナ・フロスト。

 スネイプの口元がわずかに動く。

「……正解だ、フロスト」

 短くそう告げ、彼は黒板に杖を振るい、材料の名前を次々と書き出した。

 

 ハリーは少し赤くなりながらセレナを見やった。

 セレナは視線に気づいたが、青い瞳をただ黒板へ戻す。

 彼女にとって、誇示するつもりはなかった。ただ「知っていることを口にしただけ」。

 その冷静さが、ハーマイオニーには妙に眩しく見えた。

(わたし以外にも……知識でスネイプ先生に評価される人がいるのね……!)

 

 授業の終わり。

 スネイプは生徒たちを冷たく見渡した。

「今日の出来は……凡庸。だが──」

 そこでほんの一瞬、青い瞳の少女に視線を送る。

「……一部を除いて、だ」

 その言葉が誰を指すのか、生徒たちは分からない。

 だがセレナは、自分だけが理解していた。

 

授業を終えた一年生たちは、ざわつきながら教室を後にした。

 廊下に出た瞬間、ロンが大きく息を吐く。

「うわぁ……なんだあの先生。いきなりハリーに当てるなんて、意地悪すぎるだろ」

「でも答えられなかったじゃない」

 ハーマイオニーが口を尖らせる。

「ちゃんと勉強していれば、すぐ分かる問題だったのに」

「いやいや、あれは普通分かんないだろ!」

 ロンが反論するが、横でハリーは少し複雑な顔をしていた。

 その時。

 静かに歩いていたセレナが、彼らの横を通り過ぎる。

 

「ねえ!」

 ハーマイオニーが思わず声をかけた。

「さっき……どうしてあんなにすぐ答えられたの? 教科書を全部覚えているの?」

 セレナは立ち止まり、振り返った。

 青い瞳が三人を映す。

「……覚えているわけじゃない。ただ……分かっただけ」

「分かっただけ?」

 ハリーが首をかしげる。

「薬は……材料の性質を考えれば、結果が見えるものだから」

 さらりと告げると、セレナは再び歩き出した。

 冷たい印象を残しながらも、その声にはどこか柔らかさが混じっていた。

 残された三人は顔を見合わせる。

「……ちょっと怖いけど、すごい子だな」

 ハリーの呟きに、ロンは「怖いってのは同感だな」と肩をすくめた。

 ハーマイオニーは何も言わず、ただ強く唇を噛んだ。

 

 

教授の独白

 地下室の授業が終わり、生徒たちのざわめきは遠ざかっていった。

 石造りの部屋に残されたのは、魔法薬の匂いと、黒衣の男ひとり。

 セブルス・スネイプはゆっくりと杖を振り、残された薬瓶を棚へ戻す。

 瓶がぶつかる乾いた音が、静寂の中に響いた。

 

(……やはり、あの娘は群を抜いている)

 授業中、彼はあえてポッターに問いを投げた。

 答えに詰まり、恥じ入る姿を見て内心で冷笑したのも束の間──

 澄んだ声が静けさを切り裂いた。

 フロスト。

 青い瞳の少女は、まるで当然のことのように正解を口にした。

 

 スネイプは机の端に手を置き、指先で石の表面を叩いた。

 無意識に、思考が言葉となって零れる。

「……フロスト。お前は──私の……」

 そこで言葉が途切れた。

 「私」と言ってしまった自分に気づき、舌打ちのように短く息を吐く。

 再び心を閉ざし、冷徹な仮面を被る。

「……我輩の想像以上だ」

 

 黒衣を翻して部屋を出る前、彼はほんの一瞬だけ足を止めた。

 闇に揺れる記憶の中で、蒼い瞳の少女が振り返る。

 冷たいようでいて、柔らかい笑みを見せたあの瞬間。

(……なぜだ。なぜ、あの瞳に……惹かれる)

 答えのない問いを胸に抱えたまま、セブルス・スネイプは静かな闇へと姿を消した。

 

 

 

湖底にあるスリザリン寮の談話室は、深い緑の光に包まれていた。

 窓の外には巨大な水草が揺れ、時折、影のような大きな生き物がゆっくりと横切る。

 冷たい空気と荘厳な雰囲気。だが暖炉の炎だけが、静かに生徒たちのざわめきを照らしていた。

 その片隅に、セレナ・フロストは静かに腰掛けていた。

 開いた魔法書に青い瞳を落とし、周囲の喧騒に一切動じない。

 ただ存在しているだけなのに、その美貌と冷ややかな気配が、否応なく周囲の視線を引き寄せていた。

「……フロスト」

 声をかけたのはドラコ・マルフォイだった。

 彼は取り巻きのクラッブとゴイルを従え、暖炉の前に立っている。

 

「今日の授業……見事だったじゃないか。スネイプ先生に気に入られたな」

「……別に」

 セレナは視線を上げることなく答えた。

「いや、あれはすごいことだぞ。ポッターを押さえて先生の目に留まるなんて、普通できやしない」

 ドラコはいつものように皮肉げに笑うつもりだった。

 だが、彼女が涼やかな瞳を上げ、わずかに小首を傾げた瞬間──言葉が喉に詰まった。

 青い瞳は透き通っていて、見られているだけで胸の奥を掴まれるようだった。

 

「……注目されたいわけじゃないわ」

「……!」

 ドラコは思わず目を瞬かせる。

 冷たさを帯びた言葉。だがその声音の奥には、わずかに柔らかさが潜んでいた。

 それが彼にとって余計に心を揺さぶる。

「フロスト……お前は変わってる。スリザリンにいるのに、他の誰よりも……孤高だ」

 言い終えてから、自分でも意外な言葉を吐いたことに気づき、ドラコは気まずそうに視線を逸らした。

 

 セレナは再び視線を本に戻す。

 けれどその横顔には、炎に照らされて一瞬だけ優しい影が浮かんでいた。

「……変わっているのは、あなたの方かもしれない」

 囁くように告げられたその言葉は、ドラコの胸に深く残った。

 クラッブとゴイルが呆然とする中、マルフォイの灰色の瞳は、初めて誰かを真剣に見つめていた。

 

その夜、ホグワーツの職員室。

 暖炉の火がぱちぱちと燃える中、アルバス・ダンブルドアがゆったりとした声で口を開いた。

「セレナ・フロスト……あの子は特別だね」

 マクゴナガルが頷く。

「授業態度は静かですが、才能は目を見張ります。……それに、あの子が持つ“血筋”のことを考えると……」

「狙われる可能性は高い」

 ダンブルドアの声が低く沈む。

「だからこそ、導き手が必要なのだ。表の世界を生きる術を、誰かが教えなければ」

 

「……ならば」

 冷たい声が割り込んだ。

 壁際に立つ黒衣の男──セブルス・スネイプ。

「我輩が教える。魔法薬学だけでなく……必要な知識すべてを」

 マクゴナガルが眉をひそめる。

「スネイプ……本気で言っているのですか? あの子はあなたを──」

「……だからだ」

 スネイプの声は低く鋭かった。

 一瞬だけ、言葉を飲み込む。

(……私が導かねばならぬ)

 心に浮かんだ“私”を必死に押し殺し、彼は再び冷徹な仮面を纏った。

「フロストの娘は、闇に対抗できる資質を持っている。……ならば、闇を知る我輩こそが適任だ」

 ダンブルドアはその黒い瞳を見据え、静かに頷いた。

 

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