私と呼ぶときだけ   作:パレット24

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第4章 ― 特別課題

 

 地下の教室に、湿った空気と薬草の香りが満ちていた。

 スネイプはゆっくりと黒板に複雑な配合式を書き出す。

 アッシュワインダーの卵、ムーンストーンの粉末、グリンゴット冷却液……上級生ですら習わぬ材料名に、生徒たちは息を呑んだ。

「──これが完成すれば、“透明化の霧”が得られる。

 だが……間違えば毒霧だ。命を縮めたくなければ、手を出すな」

 冷たく言い放つと、生徒たちのざわめきはさらに広がる。

 ハリーはレシピの複雑さに眉をひそめ、ロンは「冗談だろ……」と呟いた。

 ハーマイオニーは必死に黒板を写し取りながら手を上げかけるが──スネイプは一瞥すらしない。

 

 セレナは静かに手元の材料を揃えていた。

 長い黒髪が揺れ、青い瞳が淡々と順序を見極める。

 その姿に、周囲は呆然と息を呑んだ。

 煮え立つ鍋の前で、セレナは一切の迷いなく杖を振る。

 淡い銀色の霧がふわりと立ち上り、やがて透明へと変わっていった。

 ──成功。

 沈黙が訪れる。

 スネイプの目が細められ、彼女の作り出した霧を映した。

 教室の誰もが「信じられない」と思ったが、教授だけは別の思いを抱いていた。

(やはり……フロストの娘は──特別だ)

 

 授業が終わると、生徒たちは慌ただしく退出していった。

 ハーマイオニーは悔しさで顔を赤くし、ハリーは「すごいな……」と小声で呟いた。

「……フロスト」

 背を向けかけたセレナに、低い声が落ちる。

 振り返った青い瞳と、教授の漆黒の視線が交わった。

「授業の後……残れ」

 理由も告げず、スネイプは黒衣を翻して去っていった。

 残されたセレナは、その言葉の意味を測りかねながら、静かに教室を後にした。

 

 

夜の地下室は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。

 厚い石壁はひんやりと冷たく、灯されたランプが弱々しく光を投げる。

 並べられた薬瓶や鉱石の影が長く伸び、まるで異形の獣が潜んでいるかのように揺れていた。

 セレナは背筋を伸ばし、机の前に座っていた。

 黒衣の教授が後ろに立っているだけで、空気は張りつめる。

 だが彼女は怯まず、静かな青い瞳で前を見据えていた。

「……我輩が呼んだ理由は、分かるか」

 低い声が背後から落ちる。

「授業での調合……それがきっかけでしょうか」

 セレナは静かに答えた。

「ふん……半分だ」

 スネイプは机に置かれた瓶のひとつを指先で叩いた。

 硬質な音が地下室に響く。

「お前には“理論を超える直感”がある。理解せずとも核心を掴み、成功へ導く力だ。……だが、それは諸刃の剣でもある」

 セレナのまつげがわずかに揺れた。

「危うさを、知る必要があると……?」

 スネイプは一瞬だけ彼女の横顔を見つめ、冷たく頷いた。

「そうだ。知る前に失敗すれば、命はない」

 

 彼が机に置いたのは、青白く輝く小瓶だった。

「“記憶の抽出薬”を作れ。……三年後に学ぶ薬だ」

「……!」

 セレナの瞳がわずかに見開かれる。だが、すぐに平静を取り戻し、材料に視線を落とした。

 魔法薬の調合が始まる。

 粉末が光を帯び、液体が泡立ち、独特の香気が立ちのぼる。

 セレナの手は迷いなく動き、鍋の中に魔法の痕跡を描いていく。

 ──だが、わずかに順序を誤った。

 液体がくすみ、暗い色を帯び始める。

「……止まれ!」

 鋭い声とともに、冷たい手が彼女の手首を掴んだ。

 スネイプの指先は氷のように冷たかったが、その強さには確かな庇護があった。

「記憶は脆い。順序を間違えれば、二度と戻らん」

 叱責の声の奥に、焦りと苛立ち、そして別の感情が混じっていた。

 セレナは見上げた。

 黒い瞳と青い瞳が交わり、互いの呼吸がわずかに触れ合う。

「……教授」

 その声があまりにも真っ直ぐで、スネイプは一瞬だけ心を乱された。

 胸の奥で、口をつきそうになった。

(私が……守らねば)

 だが、吐き出されたのは冷徹な沈黙だけだった。

 

 やがて、薬液は静かに澄んだ銀色を帯びていった。

 セレナは深く息を吐き、手を下ろす。

「……できました」

 スネイプは瓶を取り上げ、光にかざした。

 その中で銀色の液体がゆらめき、ほのかに輝いた。

 長い沈黙ののち、低い声が落ちる。

「……初めてでこれを仕上げる者は、ほとんどいない。上出来だ」

 冷たさを崩さぬ口調の奥で、ほんの一瞬だけ口元が緩んだ。

 それをセレナは見逃さなかった。

「だが覚えておけ」

 再び声が硬さを取り戻す。

「鋭い刃は使いこなせば武器となる。だが油断すれば、自らを斬り裂く」

 セレナは深く頷いた。

「……心得ます、教授」

 青い瞳に宿る決意を見て、スネイプは胸の奥で小さく息を呑む。

 その声に触れた瞬間、彼の心は確かに熱を帯びていた。

 

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