夕食後の大広間。
燭台の光が金の皿に反射し、ざわめきに満ちた空気が漂う中。
スリザリンの卓へ戻ろうとしたセレナの背に、鋭い声が響いた。
「セレナ・フロスト!」
大広間の空気が一瞬止まる。
振り返れば、グリフィンドールのテーブルから立ち上がったハーマイオニー・グレンジャーが、感情を隠しきれない瞳でこちらを見据えていた。
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その視線には、羨望、焦燥、そして悔しさが混じっている。
普段は理知的で冷静な少女が、初めて抑えきれぬ感情を露わにしていた。
「どうして……どうしてあなたばかりが、先生に呼ばれるの?」
ざわめきが波のように広がり、他寮の生徒たちも息を呑む。
“先生”という言葉が誰を指すか、誰もが察していた。
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セレナは足を止めたまま、静かに振り返る。
冷たいほどに澄んだ青い瞳が、真っ直ぐにハーマイオニーを射抜いた。
「理由を聞いて、どうするの?」
その声は淡々としていた。
挑発でも嘲笑でもなく、ただ真実を突きつける冷静さ。
ハーマイオニーの拳が震える。
「だって……! 私だって誰よりも勉強してる! 先生にだって、認められるべきなのに……!」
その声は悔しさと誇り、そして僅かな羨望に揺れていた。
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セレナは一歩、彼女に歩み寄る。
近づくその気配に、周囲の生徒が息を詰めた。
「努力を否定するつもりはないわ。むしろ……私はあなたを尊敬している」
その言葉に、ハーマイオニーの瞳が大きく揺れる。
誰よりも努力を誇りにしてきた少女にとって、尊敬という言葉は一番欲しい評価だった。
だが次の言葉が、その胸を突き刺した。
「でも、教授が私を呼ぶのは──私の“出自”や、抗えない理由のせい。
あなたの努力とは……別のものよ」
淡々と告げる声には、誇りも蔑みもなかった。
ただ、否応なく背負わされた運命を静かに受け入れる響き。
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ロンが小声で呟く。
「な、なんか……ハーマイオニーが負けそうだ」
ハリーは黙ったまま二人を見ていた。
緑の瞳は、セレナの言葉の奥に隠された“孤独”を敏感に感じ取っていた。
彼女が羨まれる理由は、決して幸せではないのだと。
⸻
沈黙の後、ハーマイオニーは唇を強く噛み、背を向けた。
その瞳には涙が滲んでいたが、彼女は決して人前で零さなかった。
「……私は、私の努力で認められてみせるわ」
毅然とした背中が遠ざかる。
その姿に、セレナはほんのわずかに瞳を伏せ、小さく吐息を漏らした。
冷たい青の瞳の奥で、柔らかな光がかすかに揺れていた。
それは、羨望を向けられる者の孤独と、努力する者への静かな敬意。
彼女の歩みは再び、スリザリンの卓へと戻っていった。
夜の図書室は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
高い天井から垂れ下がるランプが、黄金色の光を落とし、長い影を棚の間に伸ばしている。
羽根ペンのかすかな音と、時折どこかで本のページを繰る音だけが響いていた。
セレナは窓際に腰を下ろし、分厚い魔法薬学の書を開いていた。
月光がガラスを透かして差し込み、彼女の青い瞳に冷たい光を宿す。
その横顔は氷のように澄んでいて、近寄りがたいほどの静けさをまとっていた。
──そんな姿を見つけて、足を止めた影がある。
ハーマイオニー・グレンジャーだった。
彼女はしばらくためらい、本を胸に抱いたまま立ち尽くしていたが、やがて小さく息を吐き、勇気を振り絞った。
「……セレナ」
呼びかけに、セレナが静かに顔を上げる。
冷たい青が、真正面からハーマイオニーを射抜いた。
「何かしら、グレンジャー」
ハーマイオニーは一瞬だけ怯んだ。
けれどすぐに自分を奮い立たせ、言葉を吐き出す。
「……昼間のこと、ごめんなさい」
彼女は本をぎゅっと抱きしめ、眉を寄せた。
「あなたにあんなふうに言うつもりじゃなかったの。ただ……私、ずっと努力してきたから。それなのにあなたばかりが特別扱いされているように見えて……悔しかったの」
その声は震えていた。
努力と誇りが裏切られたように感じた少女の、精一杯の告白だった。
セレナはすぐには答えなかった。
その沈黙は冷たくもあったが、やがて彼女は本を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
そしてほんの少しだけ柔らかな笑みを見せた。
「……正直なのね。あなたらしいわ」
「え……?」
「昼間も言ったけど、私はあなたの努力を尊敬しているのよ」
その言葉に、ハーマイオニーの目が驚きに揺れた。
セレナは窓越しの月を一瞥し、静かに続ける。
「私は……選ばれた血を持つ。努力ではなく、生まれによって道を定められてしまった。
教授に呼ばれるのも、その血のせい。私自身の力とは限らない」
「……」
「だからこそ、あなたのように努力で自分を高めていく人を、羨ましく思うことがあるの」
淡々と告げるその声音には、嘲りも優越感もなかった。
ただ、心の奥にある“孤独”がにじんでいた。
ハーマイオニーは息を呑んだ。
昼間はただ「特別扱いされている」としか見えなかった彼女が、実際には“背負わされている”のだと気づいた瞬間だった。
「……私、あなたのこと誤解していたかもしれない」
「誤解されるのは慣れているわ。でも──」
セレナは視線を戻し、ほんの少しだけ柔らかく笑った。
「あなたの謝罪は、嬉しい」
沈黙の中、ふと棚の影から声がした。
「やっぱり、そうなると思ってた」
二人が驚いて振り返ると、そこにはハリーが立っていた。
月明かりを受けた緑の瞳が、静かに二人を見つめている。
「グリフィンドールとスリザリンだからって、仲良くなれない理由はないだろ?」
ハーマイオニーは顔を赤らめて俯き、セレナは思わず笑みをこぼした。
氷のように冷たい印象のその顔が、ほんの少し和らいで見えた。
──その瞬間、三人の間にあった壁が、わずかに溶け始めていた。
翌日、スリザリンの談話室。
深い緑のカーテンと、ランプの炎に揺れる影が、冷たい石壁を照らしていた。
セレナはいつものように書物を開き、静かに羽根ペンを走らせていた。
──そこに、鋭い視線を落とす者がいた。
ドラコ・マルフォイ。
彼はしばらくセレナを見つめたまま黙っていたが、やがて我慢できずに歩み寄った。
「……フロスト」
声は低く、冷たさを帯びていた。
セレナはペンを止め、ゆっくりと顔を上げる。
「何かしら、マルフォイ」
「お前……最近、グリフィンドールの連中とつるんでいるらしいな」
吐き捨てるような声。
周囲のスリザリン生たちがざわついた。
「……それが何?」
「何だと?」
ドラコの表情が険しくなる。
「お前はスネイプ先生に目をかけられている。それだけでも周りから浮いてるっていうのに──あの忌々しいポッターやグレンジャーと仲良くしてどうするつもりだ?」
その声には、嫉妬と苛立ちが入り混じっていた。
“特別扱い”は自分の役目であるはずなのに──そう言わんばかりの響き。
セレナは冷静に瞳を細める。
「私が誰と話すか、あなたに決められる筋合いはないわ」
「な……っ」
「それに……あなたは勘違いをしている。教授が私を呼ぶのは、寵愛なんかじゃない」
セレナの青い瞳が、氷のように鋭く光る。
「私は守られる立場じゃない。いつだって狙われる側。
──それを、あなたは知らないだけ」
その一言に、談話室の空気が凍りついた。
ドラコは言葉を失い、拳を握りしめる。
だが、反論はできない。
セレナの瞳に映る影が、ただの“優等生”ではないことを、誰の目にも示していたからだ。
沈黙の後、ドラコは舌打ちをして背を向けた。
「……好きにすればいいさ」
冷たい声を残し、彼は闇の奥へと去っていった。
談話室に残ったのは、静寂と、わずかな緊張感。
セレナは深く息を吐き、ペンを再び手に取る。
だが胸の奥で、鋭い視線の余韻がまだ燻っていた。
──嫉妬という炎は、一度燃え始めれば容易には消えない。
それがやがて何を引き起こすのか。
彼女自身も、まだ知る由もなかった。
数日後、地下の石造りの教室。
魔法薬学の授業が終わり、生徒たちが次々と部屋を出て行く。
最後に残ったのは、ドラコ・マルフォイだった。
机の上に散らばった道具を片付けながら、彼はちらりと横目でセレナを見やった。
セレナは静かにノートを閉じ、出口へと歩いて行く。
その背中を見送りながら、ドラコの唇に小さな不満の影が浮かんだ。
「……フロストばかりに目をかけて」
低く呟いたその声を、聞き逃す者は──本来いないはずだった。
「マルフォイ」
冷たい声が背後から落ちる。
振り返ると、黒衣の男が立っていた。
セブルス・スネイプ。
その漆黒の瞳が、鋭くドラコを射抜いている。
「先生……」
「貴様の口から出た言葉、我輩は確かに聞いた」
スネイプの声は低く、石壁に反響して空気を震わせる。
「我輩が誰に目をかけ、誰を導くか──それを口にする資格は貴様にはない」
ドラコは反射的に言い返そうとした。
だが、スネイプの瞳に宿る冷たい光に気圧され、喉が詰まる。
「フロストは……」
「言うな」
スネイプは一歩近づき、黒衣の裾を翻した。
「彼女に関して、貴様が軽々しく口を挟むことは許されん」
その声音には、普段の冷酷さを超えた“特別な響き”があった。
それは牽制であると同時に、暗黙の忠告でもあった。
ドラコは拳を握りしめ、悔しさを押し殺した。
スネイプに楯突くことは許されない。
だが、心の奥で芽生えた嫉妬の炎は、消えるどころかさらに燃え盛っていく。
「……承知しました、先生」
硬い声を残し、ドラコは教室を出て行った。
残されたスネイプは、扉が閉まる音を聞き届けると、深く息を吐いた。
──彼の脳裏に浮かんでいたのは、青い瞳の少女の姿。
冷たい仮面を被りながらも、孤独を抱え、狙われる運命を背負う存在。
「……愚か者どもに、容易く触れさせはせん」
低く呟くその声は、誰に聞かれることもなく、石壁に吸い込まれていった。