私と呼ぶときだけ   作:パレット24

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第6章 ― 嫉妬の影

 

夕食後の大広間。

 燭台の光が金の皿に反射し、ざわめきに満ちた空気が漂う中。

 

 スリザリンの卓へ戻ろうとしたセレナの背に、鋭い声が響いた。

 

「セレナ・フロスト!」

 

 大広間の空気が一瞬止まる。

 振り返れば、グリフィンドールのテーブルから立ち上がったハーマイオニー・グレンジャーが、感情を隠しきれない瞳でこちらを見据えていた。

 

 

 その視線には、羨望、焦燥、そして悔しさが混じっている。

 普段は理知的で冷静な少女が、初めて抑えきれぬ感情を露わにしていた。

 

「どうして……どうしてあなたばかりが、先生に呼ばれるの?」

 

 ざわめきが波のように広がり、他寮の生徒たちも息を呑む。

 “先生”という言葉が誰を指すか、誰もが察していた。

 

 

 セレナは足を止めたまま、静かに振り返る。

 冷たいほどに澄んだ青い瞳が、真っ直ぐにハーマイオニーを射抜いた。

 

「理由を聞いて、どうするの?」

 

 その声は淡々としていた。

 挑発でも嘲笑でもなく、ただ真実を突きつける冷静さ。

 

 ハーマイオニーの拳が震える。

「だって……! 私だって誰よりも勉強してる! 先生にだって、認められるべきなのに……!」

 

 その声は悔しさと誇り、そして僅かな羨望に揺れていた。

 

 

 セレナは一歩、彼女に歩み寄る。

 近づくその気配に、周囲の生徒が息を詰めた。

 

「努力を否定するつもりはないわ。むしろ……私はあなたを尊敬している」

 

 その言葉に、ハーマイオニーの瞳が大きく揺れる。

 誰よりも努力を誇りにしてきた少女にとって、尊敬という言葉は一番欲しい評価だった。

 

 だが次の言葉が、その胸を突き刺した。

 

「でも、教授が私を呼ぶのは──私の“出自”や、抗えない理由のせい。

 あなたの努力とは……別のものよ」

 

 淡々と告げる声には、誇りも蔑みもなかった。

 ただ、否応なく背負わされた運命を静かに受け入れる響き。

 

 

 ロンが小声で呟く。

「な、なんか……ハーマイオニーが負けそうだ」

 

 ハリーは黙ったまま二人を見ていた。

 緑の瞳は、セレナの言葉の奥に隠された“孤独”を敏感に感じ取っていた。

 彼女が羨まれる理由は、決して幸せではないのだと。

 

 

 沈黙の後、ハーマイオニーは唇を強く噛み、背を向けた。

 その瞳には涙が滲んでいたが、彼女は決して人前で零さなかった。

 

「……私は、私の努力で認められてみせるわ」

 

 毅然とした背中が遠ざかる。

 その姿に、セレナはほんのわずかに瞳を伏せ、小さく吐息を漏らした。

 

 冷たい青の瞳の奥で、柔らかな光がかすかに揺れていた。

 それは、羨望を向けられる者の孤独と、努力する者への静かな敬意。

 

 彼女の歩みは再び、スリザリンの卓へと戻っていった。

 

 

 夜の図書室は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。

 高い天井から垂れ下がるランプが、黄金色の光を落とし、長い影を棚の間に伸ばしている。

 羽根ペンのかすかな音と、時折どこかで本のページを繰る音だけが響いていた。

 セレナは窓際に腰を下ろし、分厚い魔法薬学の書を開いていた。

 月光がガラスを透かして差し込み、彼女の青い瞳に冷たい光を宿す。

 その横顔は氷のように澄んでいて、近寄りがたいほどの静けさをまとっていた。

 ──そんな姿を見つけて、足を止めた影がある。

 ハーマイオニー・グレンジャーだった。

 彼女はしばらくためらい、本を胸に抱いたまま立ち尽くしていたが、やがて小さく息を吐き、勇気を振り絞った。

「……セレナ」

 呼びかけに、セレナが静かに顔を上げる。

 冷たい青が、真正面からハーマイオニーを射抜いた。

「何かしら、グレンジャー」

 

 ハーマイオニーは一瞬だけ怯んだ。

 けれどすぐに自分を奮い立たせ、言葉を吐き出す。

「……昼間のこと、ごめんなさい」

 彼女は本をぎゅっと抱きしめ、眉を寄せた。

「あなたにあんなふうに言うつもりじゃなかったの。ただ……私、ずっと努力してきたから。それなのにあなたばかりが特別扱いされているように見えて……悔しかったの」

 その声は震えていた。

 努力と誇りが裏切られたように感じた少女の、精一杯の告白だった。

 

 セレナはすぐには答えなかった。

 その沈黙は冷たくもあったが、やがて彼女は本を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。

 そしてほんの少しだけ柔らかな笑みを見せた。

「……正直なのね。あなたらしいわ」

「え……?」

「昼間も言ったけど、私はあなたの努力を尊敬しているのよ」

 その言葉に、ハーマイオニーの目が驚きに揺れた。

 

 セレナは窓越しの月を一瞥し、静かに続ける。

「私は……選ばれた血を持つ。努力ではなく、生まれによって道を定められてしまった。

 教授に呼ばれるのも、その血のせい。私自身の力とは限らない」

「……」

「だからこそ、あなたのように努力で自分を高めていく人を、羨ましく思うことがあるの」

 淡々と告げるその声音には、嘲りも優越感もなかった。

 ただ、心の奥にある“孤独”がにじんでいた。

 

 ハーマイオニーは息を呑んだ。

 昼間はただ「特別扱いされている」としか見えなかった彼女が、実際には“背負わされている”のだと気づいた瞬間だった。

「……私、あなたのこと誤解していたかもしれない」

「誤解されるのは慣れているわ。でも──」

 セレナは視線を戻し、ほんの少しだけ柔らかく笑った。

「あなたの謝罪は、嬉しい」

 

 沈黙の中、ふと棚の影から声がした。

「やっぱり、そうなると思ってた」

 二人が驚いて振り返ると、そこにはハリーが立っていた。

 月明かりを受けた緑の瞳が、静かに二人を見つめている。

「グリフィンドールとスリザリンだからって、仲良くなれない理由はないだろ?」

 ハーマイオニーは顔を赤らめて俯き、セレナは思わず笑みをこぼした。

 氷のように冷たい印象のその顔が、ほんの少し和らいで見えた。

 ──その瞬間、三人の間にあった壁が、わずかに溶け始めていた。

 

翌日、スリザリンの談話室。

 深い緑のカーテンと、ランプの炎に揺れる影が、冷たい石壁を照らしていた。

 セレナはいつものように書物を開き、静かに羽根ペンを走らせていた。

 ──そこに、鋭い視線を落とす者がいた。

 ドラコ・マルフォイ。

 彼はしばらくセレナを見つめたまま黙っていたが、やがて我慢できずに歩み寄った。

「……フロスト」

 声は低く、冷たさを帯びていた。

 セレナはペンを止め、ゆっくりと顔を上げる。

「何かしら、マルフォイ」

 

「お前……最近、グリフィンドールの連中とつるんでいるらしいな」

 吐き捨てるような声。

 周囲のスリザリン生たちがざわついた。

「……それが何?」

「何だと?」

 ドラコの表情が険しくなる。

「お前はスネイプ先生に目をかけられている。それだけでも周りから浮いてるっていうのに──あの忌々しいポッターやグレンジャーと仲良くしてどうするつもりだ?」

 その声には、嫉妬と苛立ちが入り混じっていた。

 “特別扱い”は自分の役目であるはずなのに──そう言わんばかりの響き。

 

 セレナは冷静に瞳を細める。

「私が誰と話すか、あなたに決められる筋合いはないわ」

「な……っ」

「それに……あなたは勘違いをしている。教授が私を呼ぶのは、寵愛なんかじゃない」

 セレナの青い瞳が、氷のように鋭く光る。

「私は守られる立場じゃない。いつだって狙われる側。

 ──それを、あなたは知らないだけ」

 

 その一言に、談話室の空気が凍りついた。

 ドラコは言葉を失い、拳を握りしめる。

 だが、反論はできない。

 セレナの瞳に映る影が、ただの“優等生”ではないことを、誰の目にも示していたからだ。

 沈黙の後、ドラコは舌打ちをして背を向けた。

「……好きにすればいいさ」

 冷たい声を残し、彼は闇の奥へと去っていった。

 

 談話室に残ったのは、静寂と、わずかな緊張感。

 セレナは深く息を吐き、ペンを再び手に取る。

 だが胸の奥で、鋭い視線の余韻がまだ燻っていた。

 ──嫉妬という炎は、一度燃え始めれば容易には消えない。

 それがやがて何を引き起こすのか。

 彼女自身も、まだ知る由もなかった。

 

 数日後、地下の石造りの教室。

 魔法薬学の授業が終わり、生徒たちが次々と部屋を出て行く。

 最後に残ったのは、ドラコ・マルフォイだった。

 机の上に散らばった道具を片付けながら、彼はちらりと横目でセレナを見やった。

 セレナは静かにノートを閉じ、出口へと歩いて行く。

 その背中を見送りながら、ドラコの唇に小さな不満の影が浮かんだ。

「……フロストばかりに目をかけて」

 低く呟いたその声を、聞き逃す者は──本来いないはずだった。

 

「マルフォイ」

 冷たい声が背後から落ちる。

 振り返ると、黒衣の男が立っていた。

 セブルス・スネイプ。

 その漆黒の瞳が、鋭くドラコを射抜いている。

「先生……」

「貴様の口から出た言葉、我輩は確かに聞いた」

 スネイプの声は低く、石壁に反響して空気を震わせる。

「我輩が誰に目をかけ、誰を導くか──それを口にする資格は貴様にはない」

 

 ドラコは反射的に言い返そうとした。

 だが、スネイプの瞳に宿る冷たい光に気圧され、喉が詰まる。

「フロストは……」

「言うな」

 スネイプは一歩近づき、黒衣の裾を翻した。

「彼女に関して、貴様が軽々しく口を挟むことは許されん」

 その声音には、普段の冷酷さを超えた“特別な響き”があった。

 それは牽制であると同時に、暗黙の忠告でもあった。

 

 ドラコは拳を握りしめ、悔しさを押し殺した。

 スネイプに楯突くことは許されない。

 だが、心の奥で芽生えた嫉妬の炎は、消えるどころかさらに燃え盛っていく。

「……承知しました、先生」

 硬い声を残し、ドラコは教室を出て行った。

 

 残されたスネイプは、扉が閉まる音を聞き届けると、深く息を吐いた。

 ──彼の脳裏に浮かんでいたのは、青い瞳の少女の姿。

 冷たい仮面を被りながらも、孤独を抱え、狙われる運命を背負う存在。

「……愚か者どもに、容易く触れさせはせん」

 低く呟くその声は、誰に聞かれることもなく、石壁に吸い込まれていった。

 

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